【江利子、仲間入り】












「初めまして、祐巳の姉の小笠原祥子よ」

「わたしは由乃の姉の支倉令だよ」

「私は祥子の姉の水野蓉子よ」

「私は教えたことあるわよね。令の姉の鳥居江利子よ」

「わたしは志摩子の姉で、佐藤聖だよ」

 初めに令ちゃん達が、右羽さんに挨拶をした。

 わたしは右羽さんのベッドの端に腰掛けている。

 右羽さんがまだ安静にしなければいけない、といったからだ。

「初めまして!草薙右羽です!」

 ニッコリと微笑む右羽さん。

 久しぶりに見ることが出来た、笑顔の右羽さん。

 と、そこに先生がやってきた。

「目が覚めたって聞いて、来てみたの」

 微笑む先生。

「ありがとうございます!」

 先生にも笑顔をむける右羽さん。

「それで、さっそくなんだけど聞いても良いかしら?」

「はい?」

 首を傾げる右羽さんは、可愛かった。

「あなたを虐めた子達がいるでしょう?」

 その言葉に、ドキリとする。

 きっと、わたしが右羽さんの怪我をした現場にいたら、発作を起こしていただろう。

 だから、その場にいなくて良かったと思う。

 病気云々を抜かせば、いたかったけれど。

 そして、絶対にその子達を殴っていたと思う。

「はい」

 わたしの怒りとは反対に、右羽さんはニッコリと笑う。

 なぜ、右羽さんは笑えるのだろうか?

 腹が立たないの?

 聞きたいけれど、答えはわかっている。

 多分、右羽さんは怒っていない。

「その子達を裁判にかける?多分、2年くらいの懲役になると思うけれど」

 それはそうだ。

 未遂とはいえ、意図して人を階段から突き落としたのだから。

 それも、一時は心臓が停止したと聞いたし。

 わたしなら、絶対に裁判にかけるわよ!

 でも、右羽さんからでてきた言葉は、

「いえ。そんな事しません。わたしは、彼女たちをどうこうしようとも思いませんから」

 というもの。

 わたし達が驚く中、右羽さんと親友の茜さんはこれといって驚いた様子はない。

 むしろ「やっぱり」といった表情。

 そういう顔をするということは、茜さんの学校で骨を折られた時も許したのだろう。

「なぜ?」

 訝しげな顔をする黄薔薇さま。

 どうやら、黄薔薇さまと右羽さんは顔見知りだったらしい。

 聞けば、わたしがロザリオを令ちゃんに返した時、右羽さんを虐めから助けたのが黄薔薇さまだった
ようだ。

 それに、とても感謝した。

 黄薔薇さまの質問に、右羽さんは微笑んだ。

 ニッコリとした笑みではなくて、ふんわりとした微笑みを。

「シマちゃんから、彼女たちが自分から白状したって聞いたからですよ。自分から白状したっていうこ
とは、後悔してるって事。後悔して、反省している人を裁判にかけるなんてことはできませんから」

 その言葉に、令ちゃん達が目を見開いて右羽さんを見る。

 先生も、驚いたように右羽さんを見ている。

 でも多分、わたし達以外は右羽さんの変わり様に驚いているのもあると思うけど。

「そんな彼女たちに辛い思いをさせることなんて、わたしにはできません。例え、甘いといわれても。
それがわたしの意志です」

 微笑む右羽さんを、令ちゃん達は呆然としたように見ていた。

「でも、もしかしたら死んでいたかもしれないのよ?」

 先生が驚きながら問いかける。

 右羽さんはそれにも微笑みながら頷く。

「わかっています。それでも、わたしは生きていましたから。生きて、再びみんなに会うことができま
したから。だから、わたしは彼女たちを許します」

 優しい、慈愛の笑み。

 優しすぎるよ、右羽さん・・・・・。

「・・・・優しさは、時として自分を苦しめるよ?」

 白薔薇さまが真剣な顔でいうが、右羽さんはやはり優しい微笑みを白薔薇さまにむけた。

「わたし以外の人が苦しむくらいなら、わたしは喜んで苦しみますよ」

「・・・・・右羽らしいわ」

 苦笑する茜さん。

 茜さんは右羽の頭を撫でる。

「そうかな?」

「ええ。前も、出血多量で少し遅ければ死んでいたほどの重傷だったのに、右羽はその子に笑っていっ
たじゃない。もう、こんな事したらダメだよ。って」

「え・・・・?」

 わたしは驚いて茜さんと右羽さんを見た。

 多分、わたしだけではなく全員が。

 前も、死にそうなくらいに重傷だった?

「だって、わたしは気にしていないから。その子が、もうあんな事しなければわたしはそれで良いの。
その子が初めて傷つけた相手が、わたしで良かったと思ってるから。わたしが怪我したおかげで、その子
は人を傷つけることの怖さを知ったから。もうしないと、約束してくれたから。だから、わたしは許したの」

 天使、だと思った。

 右羽さんは、天使だと。

 マリア様もそうかもしれない。

 とにかく、右羽さんはわたし達には計り知れないほどの優しさをもった人だとわかった。

「・・・・・優しすぎるのも、考えものね」

 紅薔薇さまがため息をつきつつ呟いた。

 同感です、紅薔薇さま。

「そうですか?」

「そうよ。まったく。今回のことで私、食事が喉を通らなくて2キロ痩せてしまったんだから」

 黄薔薇さまが憮然とした表情でいう。

 その言葉に、わたし達は驚き黄薔薇さまを見た。

「・・・・・何よ、その眼」

 黄薔薇さまがわたし達を睨む。

 わたし達は慌てて顔を逸らした。

「だって、意外でしょ?江利子だよ?あの江利子が食欲不振に陥ったなんて、天変地異の前触れだよ」

 正確には、白薔薇さまと紅薔薇さま以外が顔を逸らしたようだ。

 白薔薇さまなんて、ニヤニヤと笑っている。

 紅薔薇様も、少なからず驚いたように黄薔薇さまをみている。

「うるさいわね。私だって、そうなることくらいあるわ・・・・・・」

 そう呟いた黄薔薇さまは、悲しそうに呟いた。

 そんな黄薔薇さまの手を、右羽さんが取る。

「ゆ、右羽ちゃん?」

 戸惑ったように右羽さんを呼ぶ黄薔薇さま。

 反対に、右羽さんはふんわりとあの優しい、慈愛深い微笑みをたたえている。

「江利子さまのせいじゃないですよ。だって、わたしの方からいったんですから。誰にも、言わないで
くださいと」

 右羽さんが手を引くと、黄薔薇さまは椅子に座った。

「けれど・・・・・」

 悲しげな表情のまま、黄薔薇さま。

 そんな表情をした黄薔薇さまを見たことがなくて、わたし達はもちろん、令ちゃんも驚いた顔で黄薔
薇さまを見ている。

 そんな黄薔薇さまの頬に、右羽さんは反対の手で触れた。

「自分を、責めないでください。江利子さまは、まったく悪くありませんよ。むしろ、わたしはあなた
に感謝しています。誰にも、いわないでいてくれたことに」

 わたし達はなにもいわず、右羽さんと黄薔薇さまのやりとりを見ているしかできない。

 そうすることで黄薔薇さまはいつもの黄薔薇さまにもどることができることを知っているから。

「けれど、私は後悔をしているわ。あなたがイジメにあっていたことを、人にいっていれば。と・・・・・」

 一粒の涙が、黄薔薇さまの瞳から零れた。

 黄薔薇さまが泣くところなど、わたし達は初めて見た。

 だから、わたし達全員がさらに驚き、目を見開く。

 そうしている間に、右羽さんは黄薔薇さまの涙を拭っていた。

「自分を責めるのは、いけないことですよ。あなたは、わたしがいったことをしてくれただけ。江利子
さまは、なにも悪くないんですから」

 黄薔薇さまの顔を、肩に抱き寄せ頭を撫でる右羽さん。

 それは、経験した者だけが知る、心地よい感覚。

「自分を、傷つけてはいけません。悪くもないのに、胸にナイフを突き立ててはいけません。そんな傷
を、もってはいけません。もつ必要などありません」

 ゆっくりと、優しく撫でる右羽さん。

 黄薔薇さまの手が、右羽さんの背中にまわさる。

 肩が震える黄薔薇さま。

「あなたは、なにも悪くはありません・・・・・」

 右羽さんが囁く。

 わたし達は、黙って右羽さん達を見ていた。
「・・・・・見られたわね」

「・・・・見れたね」

 黄薔薇さまが落ち着き、いつもの状態にもどった後紅薔薇さまと白薔薇さまが呟いた。

「へ?」

 もうすでに、右羽さんに先ほどの面影はない。

 優しい微笑みは消え、今は可愛らしく首を傾げている。

「実はね、ここに来る前。わたしの病室で紅薔薇さま達が話していたの」

「ええ。お姉さま方が、右羽さんがマリア様のように綺麗になるところを、見られるかどうかを」

 わたしに続いて志摩子さんがいう。

「マリア様!?綺麗!?」

 驚く右羽さんに、わたし、志摩子さん、祐巳さんはクスクスと笑いあう。

 それは他の人も同じで、先生も同意した。

「そうね。その言葉には賛成するわ。先ほどの右羽さんは、本当にマリア様のように綺麗だったもの」

「それって、マリア様にすっっっっっっっっっごく失礼では?」

 困り果てたようにいう右羽さん。

「溜めすぎじゃない?」

 紅薔薇さまは笑い。

 それにつられるように、わたし達も笑った。

 だから、気づかなかった。







 右羽さんが、小さく呟いていたのを。




「ばれるの、時間の問題・・・・?」





 もしこの言葉が聞こえていたら、この先なにか変わっていたかもしれないのに・・・・・・。





          

 

トップに戻る 小説入口へ戻る  目次  前へ  次へ


 

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送