【大好きなあなた】












 右羽が違う学校に行ったことに慣れてきた頃、その電話は掛かってきた。

「はい」

【私、リリアン女学院の、森村と申しますが。志藤茜さんはいらっしゃいますか?】

 リリアン女学院といえば、右羽が通っている学校。

 私は驚いて、少しどもってしまった。

「わ、私が茜ですが」

【そうですか。実は、昨日草薙右羽さんが階段から落ちて、入院しました】

 その言葉に、私は受話器を落としそうになった。

 愕然としている私の耳に、その人の言葉が聞こえる。

【それで、彼女と仲が良かったあなたは知りたいと思いまして、電話をさせていただいたのですが。
病院はお知りになりたいですか?】

 最後の言葉にハッとした私は、すぐに返事を返した。

「はい!教えてください!!」

【わかりました。場所は―――】










 次の日、学校を休んで私はその病院へとやって来た。

 緊張しつつも受付で病室を聞いた私は、その部屋に入る。

 もちろん、ドアをノックして。

「っ!!」

 そこにいたのは、見慣れた笑顔を浮かべた右羽ではなく、心電図を付けられ、頭に包帯を巻かれて眠
る右羽だった。

 震える足で、私は右羽へと近づいていく。

 椅子にも座らず、私はベッドの横に立った。

「右羽・・・・・」

 変わり果てた右羽の姿に、私は泣き出しそうだった。

 彼女がいなくなって、強くなったと思ったけれど。全然そんなことはなかったのだ。

 やはり、私は弱いままだった。

「右羽・・・・・・」

 そっと、彼女の頬に触れる。

 暖かい。

 それだけが、私の心を安堵させる。

 冷たくない。

 あの時みたいに。

 それは、私と右羽が日曜日に遊んでいた時に起こった。

 道路を歩いていると、一台の車が右羽に突っ込んだのだ。

 そして、公には骨折となっていたけれど、右羽が負ったのは骨折だけではなかった。
 
 否、正確には骨折だった。

 けれど、骨折という言葉だけでは済まされない怪我だったのだ。

 なんと、彼女の皮膚から骨が突き破っていたから。

 あの時、一緒にいた私は血を流す彼女を、泣きながら抱きしめていた。

 泣く私に、彼女は救急車に運ばれるまでずっと、『大丈夫』そう言い続けていた。

 痛そうにしながら、それでも私に心配かけないようにしようと、ずっと笑顔で『大丈夫』と。

 皮膚を突き破り、血が溢れだして、段々と体温が低くなっていながら、大丈夫と言う彼女に、私はさ
らに涙を流した。

 あの後、車を運転していたのが右羽を虐めていた生徒で、無免許だったことがわかりその生徒は普通
ならば刑務所に入れられる所を、右羽が許したために退学だけで済んでいる。

 虐めていた人から笑顔で『気にしないで』。

 そう言われた生徒は、泣きながら右羽に謝っていた。

 今では、違う学校で生徒会長をしているらしい。

 とにかく、あの時みたいに、右羽の体温は冷たくない。

「良かった・・・・・・」

 私の涙が、右羽の頬に零れた。

 私はそれを拭うと、右羽の頬に手を当てる。

「・・・・・・好きよ、右羽」

 言えずにいた気持ち。

 彼女の転校する原因を作った私が、言う資格はないけれど。

 それでも、言いたかった。

 そっと、私は彼女の唇にキスをした。














 右羽の病室を出た後、右羽の友達が同じ病院で入院していることを聞いていた私は、その子の病室に
も行ってみようと思った。

「ここね」

 名前を確認して、私はドアを叩く。

「あの、すみません」

 中に入ると、美女達が大勢いた。

 一瞬、怯んでしまいそうになる。

 それでも気合いを入れて、私は口を開いた。

「リリアン女学院の方から、こちらに右羽のお友達がいるとお聞きしたのですが」

「どちら様?」

 黒髪の綺麗な人の言葉に、私は頭を下げて名前を名乗る。

「申し遅れました。私は以前右羽が通っていた学校の、生徒会長をしておりました。志藤茜と申します」

 今はもう、生徒会長ではない。

 右羽があんな事になった後、私は辞職したのだ。

「もしかして・・・・・・」

 黒髪の人が驚いたように呟く。

 他の人達も驚いた顔で私を見つめてきた。

 どうやら、私のことを知っているらしい。

 ただ、ベッドで体を起こしているお下げの子は知らないらしく、首を傾げているが。

「前の学校で、右羽ちゃんが虐められた原因の人」

「ええ!?」

「・・・・・・はい」

 その言葉通りだったため、私は泣きそうになって下を向いた。

「聖。茜さんに失礼よ。今回だって、私達が原因なのだから」

「あ、そうだったね。ごめん」

「あ、いえ。本当のことですので」

 そう。

 本当のことだから。

 彼女が、私のせいでイジメにあったのは。

 沈黙がいたくて、私は口を開いた。

「・・・・・実は昨日、リリアン女学院の校長先生から、右羽が階段から突き落とされて、入院していると教
えてもらいまして」

 校長という概念があるのかわからないけど、あの人は責任者だと言っていたし、多分そんな感じだと
思って言う。

「それでお見舞いに?」

 額にヘアバンドをした人の問いに、私は頷いた。

「右羽ちゃんには?」

「先程、会ってきました」

 あの、動かない右羽を思いだして、私は又しても涙が出そうになり慌てて下を向いた。

「右羽ちゃんがいなくなって、あなたはどう?」

 その質問に、私は一瞬躊躇した。

 強くなったと思っていたから。

 でも、実際大して変わっていなかった。

 それでも、変わったことはあった。

「・・・・右羽がいなくなってからは、私も嫌なことは嫌と言えるようになりました。彼女のお陰です」

 人に、自分の意見をハッキリと言えるようになった。

 それだけは、言える。

 そんな私を、黒髪の人が抱きしめてくれた。

「すいませんっ」

 驚いたけれど、今は甘えさせてもらうことにして、私はその人の背中に腕をまわして、我慢していた
涙を解放した。

 右羽よりも少し硬いけれど、その人は優しく、私の背中を撫でてくれた。

「お見苦しい所をお見せしてしまって、申し訳ありませんでした」

 赤くなった目を心配してくれて、その人が濡れタオルをくれた。

 申し訳なく思いながら、私はタオルを両目にあてる。

「気にしないで良いわ。ところで」

 そう言って一度区切り、続いた言葉に私は驚きを隠せなかった。

「右羽ちゃんが、孤児だったことは知っていたかしら?」

「「孤児!!?」」

 知らない事実に、私とお下げの子の声が被る。

「うん、みたいなんだよね」

 肩くらいまでの髪をした人が、困ったように笑いながら私に言った。

「そ、それは、右羽から?」

 だとしたら、凄く悲しい。

 そんな重大なことを、3年間も一緒にいたのに教えてくれなかったなんて。

 そう思ったけれど。

「いいえ。先生から聞いたんです」

 違かった。

 それでわかった。

 彼女は、リリアンでも自分のことを話さないのだと。

「そう、ですか・・・・・」

 悔しくて、悲しくて。

 私はふいた。

「彼女は以前から、あまり自分のことは話さない子だったの?」

 ヘアバンドをした人の問いに、私は頷く。

「はい。私とは中学校に入ってから仲良くなったのですが、彼女はあまり自分の弱い所を見せる子じゃ
なくて、悪口とか言われていても、笑って大丈夫と。そう言うんです」

 全く変わらない。

 きっと、ここでも同じだったのだろう。

「今と、変わらないのね」

 やっぱり・・・・・・。

「やはり、リリアンでも同じでしたか」

 変わらない右羽。

 それが、悲しくて。

 今の私は、微妙な表情をしていると思う。

「そう言えば、こちらの名前を言ってなかったわね。私は3年の水野蓉子よ」

 黒髪の人。蓉子さんの言葉に、私は今気づいた。

 彼女たちの名前を知らないことに。

「そうだったね。わたしも3年の佐藤聖」

 肩までの髪の人が名乗った。

「私は鳥居江利子、3年よ」

 今度は、ヘアバンドをした人。

「2年の支倉令です」

 何処か、青年ぽい感じの人も。

「同じく2年の小笠原祥子です」

 何となく、私に似ている気がする人も。

「1学年、藤堂志摩子です」

 ふわふわの髪をして、悲しげに微笑んでいる子も。

「1年の島津由乃です」

 ベッドから体を起こした、お下げ髪の子。

「福沢祐巳です、1年生です」

 そして、最後にツインテールの子。

 全員が名乗ったのならば、と私も改めて自己紹介をした。

「改めまして、3年の志藤茜です」

 頭を下げると、江利子さんが苦笑しながら私に言う。

「畏まらなくても良いわよ。また、彼女のお見舞いに来るんでしょう?」

 それには、強く頷いた。

 絶対に来る。

「はい。最低でも、2日に1回は来ます」

 生徒会長ではない私は、受験もあるけれど実は暇だ。

 だって、もうすでに推薦が決まっているから。

「なら、敬語でなくても良いわ。私達3年は、もともと敬語で話していないもの」

 その言葉に、私はやっと微笑むことができが。

「お言葉に甘えて、そうさせてもらうわね」












 右羽が入院してから2週間が経った。

 まだ彼女は目を覚まさない。

 毎日右羽の体を拭く人を交代でしながら、私達は右羽の目が覚めるのを待っている。

 今日は、志摩子さんの日だ。

 だから私は、右羽と初めて会った時の写真などを由乃さん達に見せるために持ってきていた。

「わ〜!中1の時の右羽さん、幼い!」

 私も昨日棚から引っ張り出して、時間も忘れてみていた。

 持ってきていない中には、実は私達が冗談としてお互いの頬にキスをしている写真が何枚もある。

 もちろん、彼女たちには見せられない。

 なぜなら、志摩子さんと由乃ちゃんは、確実に右羽のことが好きだと思うから。 

 同じ右羽を好き同士、わかるのだ。

 きっと、彼女たちも気づいているはず。

「でしょう?でも、その時から右羽って真剣な話をする時は、凄く大人っぽくなるのよ」

「あ、このころからそうだったんですね」

 由乃さんの言葉を聞いて、やっぱり。と思った。

 由乃さんと、志摩子さん。

 この2人は、確実に右羽のあの姿を見ていると思っていた。

 何故わかったのかは、何となく。

 何となく、私と同じ理由の気がしたから。

「あら、由乃ちゃん。右羽ちゃんって、真剣な話をする時は大人っぽくなるの?」

 蓉子さんの問いに、由乃さんと祐巳さんも頷いている。

 どうやら、祐巳さんも見たことがあるようだ。

「すっごく!」

「見てみたいわね」

 江利子さんが言うと、由乃ちゃん達は顔を見合わせて笑う。

「黄薔薇さま方が、弱くなった時に見られますよ」

 祐巳ちゃんがニッコリと微笑めば、蓉子さん達は顔を見合わせた。

 うん。

 確かに、右羽は弱い時に、大人っぽくなる。

 元気な人には、可愛くて元気な子としかわからないだろう。

「・・・・・見られるかしら?」

 蓉子さんが呟けば、江利子さんと聖さんも困ったように首を傾げた。

 そんな3人を見ながら、私は口を開いた。

「祥子さんは、見られるかもしれないわね」

 そう言うと、祥子さんは不思議そうに首を傾げて私を見る。

「?どうしてですか?」

「私と祥子さん、なんか似てる気がするのよ。強い部分も、弱い部分も」

 私は苦笑しながら、そう言った。

 それは、私以外の人も思ったのだろう。

 祥子さん以外が、納得した表情になった。

 その時だった。

「右羽さんが目を覚ましました!!」

 そう言って、志摩子さんが泣きながら笑顔で病室に入ってきたのは。

 その言葉に、私達は顔を見合わせると、由乃さんを連れて右羽の病室へと急いだ。











 久しぶりに見る右羽は、相変わらず可愛らしい笑顔をしていた。

 私は、志摩子さんや由乃さんに混ざって右羽に抱きつく。

 私がいることに驚いた顔をした右羽だったけど、すぐに私も抱きしめてくれた。

 3ヶ月ほどしか経っていないのに、右羽の腕に抱きしめられるのが凄く久しぶりな気がする。

 大好きな

 大好きな右羽。

 沢山の人を虜にしてしまうあなた。

 久しぶり過ぎて泣く私の額に、右羽はキスをしてくれた。

 それは、一緒にいた頃からのおまじない。

 私が、泣かないようになるおまじない。

 周りが驚いた顔で私と右羽を見るなか、私はおまじないのお返しをする。

 私も、右羽の額にキスをした。

 それが、おまじないが効いたよ。という返事。





 私と、右羽だけのおまじない。        









  

 

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