【帰ってきたあの子】











「・・・・・・その話し、本当ですか?」

 右羽ちゃんが何故手術を受けるにあたったかを由乃ちゃんに話すと、由乃ちゃんは目を据わらせて私達
を見つめてくる。

 そんな怒った顔しないでくれないかしら。

 まるで、私達が右羽ちゃんにあんな事したみたいに感じるわ。

「そう。で、右羽ちゃん実はかなり危なかったらしくてね。救急車の中で一度心臓が停止しちゃったみたい
なんだ」

 聖が由乃ちゃんに送られてきたお見舞い品の果物を食べながら、由乃ちゃんに教えれば目を見開く由乃ちゃん。

「・・・・・許せない」

「でも、どうしようもないわ。祐巳ちゃんがその子達のいる教室で心臓が停止したことを話して、志摩子達が
出ていった後、自分たちから名乗り出たみたいだし」

 江利子が少し悔しそうに言う。

 そこまで江利子が誰かに執着するのは珍しい。

 まあ、今回は私も同感だけれど。

「きっと、黙っていられなくなったんでしょう。最悪、自分たちは殺人者だもの」

 私が肩をすくめて言うが、由乃ちゃんは掛け布団を握りしめたまま。

「それで、彼女たちの親御さんは何か言ってるんですか?」

「5人いたからね。5人の親御さん達が、かなりの額のお金を右羽ちゃんに渡してそれで許してもらおう
って思ってるみたい。ここの入院費も、その人達が出すって」

「当たり前です」

 ええ。

 そんなの当たり前よ。

 自分たちの子供がしたことなんだもの。

「それで、1人1000万を右羽ちゃんに渡すみたいよ?」

 江利子の言葉に、祥子が問いかける。

「もし、障害が残った場合はどうするんですか?」

「そうなったら、金額格上げでしょう?大学に行くのも、就職するのも、大変になるんだから」

 その可能性を考えたくないのか、聖が口を尖らせて言った。

 そこで、私達は黙る。

「・・・・どうしたんですか?」

 実は、手術を終えた先生から言われたことがあるのだ。

「・・・・・・もしかしたら、右羽さん目が見えなくなってるかもしれないんだって」

「なっ!?」

 祐巳ちゃんが言えば、由乃ちゃんは大きく目を見開いて祐巳ちゃんを見る。

 そう。

 手術は成功したけれど、打った所が悪かったらしく、失明の危険性があるらしいのだ。

 と、その時、ドアが叩かれて1人の女性が入ってきた。

「あの、すみません」

 入ってきた女性は、何処か祥子に似たキリッとした顔立ちの女性。

 私達は一斉に彼女を見る。

「リリアン女学院の方から、こちらに右羽のお友達がいるとお聞きしたのですが」

 私達は『右羽』という言葉に、顔を見合わせた。

「どちら様?」

「申し遅れました。私は以前右羽が通っていた学校の、生徒会長をしておりました。志藤茜と申します」

 『生徒会長』

 その言葉で、私達は思いだした。

 確か、右羽ちゃんが前の学校でイジメにあった理由が、生徒会長と仲が良かったからだったはず。

「もしかして・・・・・・」

 右羽ちゃんの過去や生い立ちについてはまだ由乃ちゃんに話していないため、由乃ちゃんは不思議そうに
彼女を見ている。

「前の学校で、右羽ちゃんが虐められた原因の人」

「ええ!?」

 由乃ちゃんも、まさか前の学校でイジメにあっていたとは思っていなかったらしく、驚いたように彼女を
見ている。

「・・・・・・はい」

 聖の言葉に、その人は顔を下に向けて返事をした。

「聖。茜さんに失礼よ。今回だって、私達が原因なのだから」

「あ、そうだったね。ごめん」

「あ、いえ。本当のことですので」

 悲しそうに笑いながらその人が同意すれば、奇妙な沈黙が訪れる。

 それを破ったのは、入ってきたその人。

「・・・・・実は昨日、リリアン女学院の校長先生から、右羽が階段から突き落とされて、入院していると教えて
もらいまして」

「それでお見舞いに?」

 江利子の問いに、茜さんは悲しそうに微笑んだまま頷いた。

「右羽ちゃんには?」

「先程、会ってきました」

 辛そうにふく彼女に、私は近づいていく。

「右羽ちゃんがいなくなって、あなたはどう?」

「・・・・右羽がいなくなってからは、私も嫌なことは嫌と言えるようになりました。彼女のお陰です」

 少し震えた茜さんの声。

 私は茜さんの前に立つと、彼女の頭を抱きしめた。

「すいませんっ」

 そう言って、茜さんは私の背中に腕をまわすと、小さく嗚咽を漏らして泣き出す。

 私は、優しく、優しく彼女の背中を撫でた。

 彼女が泣き止むまで、ずっと。















「お見苦しい所をお見せしてしまって、申し訳ありませんでした」

 目を赤くして頭を下げる茜さんに濡れタオルを渡し、私達は顔を見合わせて微笑みあう。

「気にしないでください。ところで」

 一応、聞いておこうと思った。

「右羽ちゃんが、孤児だったことは知っていたかしら?」

「「孤児!!?」」

 ああ、彼女も知らなかったのね。

 茜さんと一緒に、由乃ちゃんも驚いている。

「うん、みたいなんだよね」

「そ、それは、右羽から?」

 動揺した様子で問いかけてくる彼女に、私達由乃ちゃんを抜かした全員が首を横に振った。

「いいえ。先生から聞いたんです」

 志摩子が答えれば、彼女は下を向く。

「そう、ですか・・・・・」

「彼女は以前から、あまり自分のことは話さない子だったの?」

 江利子の問いに、茜さんは頷いた。

「はい。私とは中学校に入ってから仲良くなったのですが、彼女はあまり自分の弱い所を見せる子じゃな
くて、悪口とか言われていても、笑って大丈夫と。そう言うんです」

 それを聞いて、右羽ちゃんがその頃から変わっていないことがわかった。

「今と、変わらないのね」

「やはり、リリアンでも同じでしたか」

 困ったような、悲しいような表情をする茜さん。

 そこで、ふと気づく。

 私達が、名前を名乗っていないことに。

「そう言えば、こちらの名前を言ってなかったわね。私は3年の水野蓉子よ」

「そうだったね。わたしも3年の佐藤聖」

「私は鳥居江利子、3年よ」

「2年の支倉令です」

「同じく2年の小笠原祥子です」

「1学年、藤堂志摩子です」

「1年の島津由乃です」

「福沢祐巳です、1年生です」

 全員が名乗れば、茜さんは微笑んだ。

「改めまして、3年の志藤茜です」

「畏まらなくても良いわよ。また、彼女のお見舞いに来るんでしょう?」

 江利子が問えば、彼女は強く頷いた。

「はい。最低でも、2日に1回は来ます」

「なら、敬語でなくても良いわ。私達3年は、もともと敬語で話していないもの」

 そう言うと、彼女は微笑んだ。

「お言葉に甘えて、そうさせてもらうわね」













「わ〜!中1の時の右羽さん、幼い!」

 右羽ちゃんが入院してから1週間。

 いまだ彼女は目を覚まさず、今日は志摩子が彼女の病室で彼女のお世話をしている。

 お世話といっても、私達が一日交代(茜さん含む)で右羽ちゃんの体を拭いたりしているのだけれど。

 けれど、この時期で良かったわ。ちょうど、仕事のない時期だもの。

 仕事があったら、毎日来られないものね。

「でしょう?でも、その時から右羽って真剣な話をする時は、凄く大人っぽくなるのよ」

「あ、このころからそうだったんですね」

 そして、私達は今、茜さんの持ってくる写真を見てはしゃいでいる。

 まあ、はしゃいでいるのは1年生組と、聖ぐらいだけれど。

「あら、由乃ちゃん。右羽ちゃんって、真剣な話をする時は大人っぽくなるの?」

 私が問えば、由乃ちゃんと祐巳ちゃんは頷いている。

「すっごく!」

「見てみたいわね」

 江利子が言えば、由乃ちゃん達は顔を見合わせて笑った。

「黄薔薇さま方が、弱くなった時に見られますよ」

 祐巳ちゃんがニッコリと微笑めば、私達は顔を見合わせる。

「・・・・・見られるかしら?」

 私が呟けば、江利子も聖も首を傾げる。

 そんな私達を見ながら、茜さんが言った。

「祥子さんは、見られるかもしれないわね」

「?どうしてですか?」

 祥子が首を傾げて問えば、茜さんは苦笑する。

「私と祥子さん、なんか似てる気がするのよ。強い部分も、弱い部分も」

 その言葉に、私達は全員が納得していた。

 その時だった。

「右羽さんが目を覚ましました!!」

 志摩子が、涙を流しながら、満面の笑みで病室に入ってきたのは。

 私達は顔を見合わせると、ほとんど回復している由乃ちゃんを連れて、右羽ちゃんの病室へと急いだ。







 初めて、彼女と会話をする。


 それが嬉しくて、楽しみで。


 自然と、私は笑顔になっていた。


 それは、私だけではなくて、江利子も聖も、祥子も令も同じ。


 彼女と話したことのない私達は、顔に楽しみ。と書いてあったに違いない。


 マリア様


 右羽ちゃんを助けてくださって、本当にありがとうございました。












          

 

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