【心臓停止】













 私は病院に行くために、着替えなければいけなかった。

 別に、私はこのままでも良いのだけれど、周りの人達が驚くだろうから着替えなさいと先生に言われ
てしまった。

「志摩子さん、わたしが取ってこようか?」

 血だらけの制服で教室にはいると、きっと注目されてしまう。

 それを見越して、祐巳さんはそう聞いてくれているのだろう。

 それでも、私は首を横に振った。

 だってこの血は、右羽さんのものだから。

 私は気にしない。

 ジャージを取るために教室に入れば、クラスメイト達は驚いた顔で私の服に染みている血を凝視して
いる。

 その中に、彼女を突き落とした人達もいる。

 やはり、彼女たちは顔を真っ青にしてこちら見ないようにしていた。

 誰のせいで、こうなったのよ。

 そう言ってしまいたかったけれど、今の私にそんな事を言っている余裕はない。

 全てを無視して、私はその場で急いでジャージに着替えた。

 ちょうど、着替え終えた時だった。

 教室に、祐巳さんが顔面蒼白で入ってきたのだ。

 それを見て、嫌な予感がした。

「祐巳、さん?」

「・・・・・右羽さんの心臓が、停止したって・・・・・・・・!」

「っ!!?」

 畳んで持っていた制服が、その場に落ちた。

 教室中が、静かになった。

「嘘・・・・・・・」

「令さまが、そう言ってたのっ・・・・・・・」

 祐巳さんが震える声で、そう教えてくれた。

「嘘よ・・・・・嘘よ!!」

 私は泣いている祐巳さんに駆け寄る。

「嘘よね!祐巳さん!!嘘だと言って!!!」

「わたしだって信じたくないよ!だけど!もう病院に着いた時には、心臓が停止してたって令さまが!!!」

 私は祐巳さんの言葉を最後まで聞かず、祐巳さんの手を取ると外へと駆けだしていった。

 涙で、前がほとんど見えない。

 それでも、慣れた道だからすぐに外に出る事が出来た。

 上履きを履き替える事もせず、私はお姉さま達の待っている場所へと駆けていった。

「早く乗って!!」

 2台のタクシーがあった。

 私と祐巳さんは、蓉子さまに言われたタクシーに乗り込んだ。

 病院に着くと、令さまが落ち着き無く歩いていた。

「「令さま!」」

「「「「令!」」」」

「!!こっち!」

 令さまは、すぐに私達を案内してくれた。

 着いた場所は、手術室。

「今、手術中!でも、一体何があったの!?由乃の手術が終わって、安心して帰ろうとしたら急に右羽
ちゃんが血だらけで入ってきたの!一体何があったの!?」

「っ・・・・・・・」

「クラスメイトの子に、階段から突き落とされたのよ」

 私が言えないでいると、黄薔薇さまが変わりに答えてくださった。

「な!?何でそんなこと!!」

「下らないよ。志摩子達と仲良くなった右羽ちゃんが、妬ましかったんだって」

「なんですかそれ!!」

 お姉さまが吐き捨てるように言えば、令さまは再び声を荒げた。

「イジメてもイジメても、全然効果無かったから、脅すつもりで突き落としたんですって・・・・・」

 紅薔薇さまも眉間に皺を寄せて言う。

「・・・・・突き落とされた時、私もあたって、階段から落ちてしまったんです。右羽さんは、そんな私を
庇ってっ!」

 涙が枯れてしまうのではないかと思えるくらい、涙がどんどん溢れてきた。

 止められない。

「志摩子・・・・・」

 お姉さまが私の背中を撫でて、落ち着けるようにしてくれた。

 それでも、廊下で血だらけで倒れている右羽さんを思い出してしまい、私は涙を止める事が出来なか
った。

 どうして、こんなに事になったの?

 どうして、そっとしておいてくれないの?

 どうして

 どうして

 そればかりが、頭をよぎる。

「・・・・・最近の右羽さん、おかしかったんです」

 祐巳さんが、急に口を開いた。

 その声も涙声で、さらに私の涙を増やす。

「転んでもつかないような所に怪我をしたり、お昼も食べる量が減ってきてたり・・・・・。それなのに、
聞いてもいつも笑って、大丈夫。って」

「祐巳・・・・・」

「祐巳ちゃん・・・・・」

 そう

 どうして、私は気づかなかったの?

 どうして―――

「右羽さんの言葉を、信じてしまったの・・・・・?」

「「「「「志摩子・・・・・・・」」」」」

 疑わしい事は、何度もあったのに!

「あら、皆来ていたのね」

 そこにやって来たのは、保健の先生だった。

「先生、親御さんには電話したんですか?」

 令さまの言葉で、先生は右羽さんのご両親に電話していたんだとわかった。

 でも

「学校に電話したら、右羽さんは一人暮らしなんですって」

「「「「「「「え?」」」」」」」

「・・・・・・・どうやら右羽さん、孤児だったらしいのよ」

 その言葉に、私達は目を見開いた。

「ここのお金は、バイトと国からの援助で入る事が出来たんですって」

 あの、いつも明るい右羽さんが、孤児・・・・・?

「シスターに聞いたけど、あの子結構波瀾万丈ね」

 そう言って、先生はため息をついて椅子に座った。

「ここに来る前は、イジメにあって転校したらしいわ。そのイジメというのも、結構悪質だったらしい
の。けれど、転校が出来る程のお金もなくて、国もイジメくらいで転校するなんて、と言って転校でき
るようなお金をくれなかったらしいのよ」

「でも、どうやってリリアンに・・・・・」

 祥子さまが、呆然としたように呟いた。

「それが、そのイジメがエスカレートして、骨折までいったんですって。さすがにそれは、という事で
国もお金を出してくれたみたい。骨折していたせいで、彼女は入学が遅れたのだそうよ」

「そんな!国がもっと早く対応していれば、右羽さんは骨折しなくて済んだんじゃないですか!!」

 祐巳さんの言う通りだけど、でも、何で前の学校でもイジメなんて・・・・・。

「先生、何故前の学校でイジメを?」

「シスター森村が本人から聞いたらしいのだけれど、右羽さん、そこの学校の生徒会長と仲が良かった
んですって。それで・・・・・・」

 その先は、容易に想像が出来た。

「・・・・今と、同じじゃないか!!」

 お姉さまが、悔しそうに怒鳴った。

 それを聞いて驚くのは、先生。

「ちょっと待って、どういう事なの?」

 先生の声が、きつくなった。

 私達は、それに答えられない。

「・・・・・まさか、今回階段から落ちたのも、そのイジメてた子達が?」

 それにも、答えられなかった。

「「「「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」」」」

 沈黙が続く。

 それを見て、先生はため息をついた。

 そのため息は、この静かな廊下に、小さいはずなのにやけに響いて聞こえた。

「答えたくないなら良いけど、その沈黙が、肯定している事を表しているのだと、わかっているかしら?」

「・・・・・・・どうするんですか?」

 予想外に小さく、その声は出ていた。

「そんなこと、考えないでもわかるでしょう?誰なのか突き止めて、詳しく話を聞くわ」

「ですが!」

「わかってるの!?これは、普通のイジメだなんていう言葉では片づかない事なのよ!!もしかしたら!
右羽さんは命を落としてしまうかもしれないの!!!」

 先生の言葉が、私の心を締め付けた。

 それは、わかっている。

 わかっているの・・・・・・。

「学校に、連絡してくるわ」

 先生はそれだけ言うと、その場から去っていった。

「・・・・くそ!」

 お姉さまが、悔しそうに吐いた。

「・・・・・もし、彼女が死ぬような事になったら、私はあの子達を許さないわ」

 静かに、けれど確かに、黄薔薇さまの憎しみを込めた声が、その場を包み込んでいた。

 それはきっと、この場にいる全員の思いの代弁だった。

 その時だった。

「令ちゃん!!由乃の容態が!!!」

 由乃さんと何処か似た面影のある男性と女性が、叫びながらやって来たのは。

 




 どうかマリア様

 右羽さんを、助けてください

 私の、初めての友達を

 助けてください





 右羽さん

 由乃さんが

 由乃さんの容態が、急変しました

 お願いです

 由乃さんを助けてください

 マリア様、お願いです

 私の友達を、いっぺんに2人も奪わないでください

 私の、初めての友達を、奪わないでください
 
 お願いです  





        

 

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