【もう、イジメとは言えない】








「ねえ、1年生、遅くない?」

 聖がテーブルに頬杖をつきながら、私達に聞いてくる。

 それは、私も思っていた事。

「そうよね。どうしたのかしら?」

「せっかく、由乃ちゃんの手術も成功したというのに」

 祥子がため息をつくと同時に、階段を凄い勢いで登る音が聞こえた。

 私達はその音に驚き、祥子は眉を寄せてドアをみる。

 ―――バァン!

 ドアを勢いよく開けたのは祐巳ちゃんだった。

 いつもなら、そんなことをすれば祥子が文句を言う。

 けれど、私達は祐巳ちゃんの表情を見てそんなことも言えなかった。

 だって、祐巳ちゃんは、ボロボロに泣いていたから。

「どうしたの!!祐巳!!」

 祥子が慌てて祐巳ちゃんに駆け寄る。

 私達も席を立った。

 いつもつまらなそうな表情をしている江利子も。

 いつも祐巳ちゃんを抱きしめて、祥子を嫉妬させている聖も。

 そして、私も。

「右羽さんが!右羽さんが階段から落ちて、頭から血を流してっ!」

 パニックになっているのだろう。

 泣きながら祐巳ちゃんはそう言う。

 けれど、私達はそれで何が起こったのかがわかった。

 血を流してる?

「今、彼女は何処にいるの?」

 努めて冷静に問いかけた。

「保健室です!今、先生が病院に電話してます!」

 私達は保健室へと急いだ。

 何故、こんなにも急いでいるのかというと、私達は待っていたから。

 今日、この日、志摩子達が初めて右羽ちゃんを連れてきてくれるという予定だった。

 話を聞いていた私達は、とても楽しみにしていた。

 江利子なんて、さっきからそわそわしっ放しだった程に。

「志摩子さん!!」

 保健室についてすぐ、祐巳ちゃんが志摩子の名前を叫び、1つだけカーテンの閉まっているベッドに
駆け寄っていく。

 私達もそれに習い、カーテンの中に入った。

 そして、絶句した。

 ベッドに寝かされた彼女の頭に巻かれた包帯は、真っ赤な血に染まっていたから。

「血が、止まらないのっ。さっき、包帯を巻き替えたのにっ、血が止まらないのっ!どうしたらっ、ど
うしたら良いの!?祐巳さん!!」

 あのいつも落ち着いている志摩子が、泣き叫んでいた。

 私は目を見開き、目を閉じている彼女を見つめる。

 彼女の顔は、出血の多さのせいだろうか、真っ白だった。

「右羽さん!右羽さん!!」

 祐巳ちゃんもボロボロと泣きながら、右羽ちゃんに声を掛ける。

 すると、志摩子が握っていた右羽ちゃんの手が、ピクンと動いた。

「右羽さん!!」

 うっすらと目を開ける右羽ちゃんを、私達は急いで覗き込む。

「わかる!?志摩子よ!!」

 薄目を開けたまま、彼女は志摩子を見た。

 それから、口がぱくぱくと動くのを見て志摩子は慌てて耳を寄せた。

「っ!!?」

 何を言ったのだろうか。

 志摩子が目を大きく見開き、彼女を見る。

 その途端、志摩子はさらに泣き出した。

「私にっ・・・・・怪我はっ・・・・ないわ・・・・・・っ」

 ああ

 なんて子だろう。

 この子は、自分が危ない状況なのに

 それでも、他の子を心配するのだ。

「やく・・・・そ・・・・く・・・・・・」

 小さな声が聞こえた。

 これが、彼女の声なのだ。

 それを聞いて、志摩子と祐巳はさらに涙を溢れさせながら、精一杯の笑顔を右羽ちゃんに見せた。

 約束、何だろう。

 どんな約束をしていたのだろう。

 こんな状況なのに、2人に笑顔を与えるなんて、どんな約束をしたの?

 この子達は。

「・・・し・・・ちゃ・・・に・・・い・・わな・・・いで・・・・・・」

 私の距離だと、それだけしか聞こえなかった。

 それでも、何が言いたいのかわかった。

 彼女は、やっぱり優しかった。

 今日手術を終えたばかりの彼女に、自分がこんな事になった事は言わないで欲しいのだ。

 何という子だろう。

 それからすぐに救急車がやってきて、右羽ちゃんは運ばれていった。

 保健室で、呆然と立ちつくしている志摩子と祐巳ちゃんへと顔を向ける。

 そして、再び絶句した。

 座っていたので、今まで気づかなかった。

 志摩子の少しの上半身やスカートは、真っ赤な血で染まっていたのだ。

 袖だって、血で染まっている。

「志摩子、その血・・・・・」

「・・・・・右羽さんのです・・・・・」

 細い声で、志摩子はそれだけ答えた。

「・・・・とりあえず、制服を脱ぎましょう。体育着があったはずよね?」

 江利子がそう言うけれど、祐巳ちゃんが怒りを押し殺した声で言った。

「志摩子さんは、着替えていて。わたしは、右羽さんを突き落とした人を見つけてくるから」

「「「「え?」」」」

 その言葉に、私達は目を見開いた。

「そんな!着替えていたくはないわ!!私も行くわ!!」

 なんて言った?

 この子達は、なんと言ったの?

「・・・・・突き・・・・落とした・・・・・?」

 聖が呆然とした声で呟く。

「はい!わたし、見ていたんです!!顔は見てませんでしたけど、一年生の人が右羽さんを突き落とす
のを!!」

「まさか!!」

 江利子が大きな声で言った。

 私達は全員、江利子を見る。

「まさかって、どういう事?」

 私が問うと、江利子は苦虫を噛み潰したような表情で口を開いた。

「由乃ちゃんが、令にロザリオを返した翌日、右羽ちゃんが一年生5人にイジメをうけているのを見た
のよ」

「「「「「!!?」」」」」

 私達は目を見開き、先程まで右羽ちゃんの寝ていたベッドへと目を向ける。

 主がいなくなったベッドは、右羽ちゃんの血で所々真っ赤に染まっていた。一番酷いのは、やはり頭
の部分。

「何で黙っていたんですか!!」

 祐巳が江利子に問えば、江利子は悔しそうに言う。

「仕方がないでしょう。あの子が、誰にも言わないで欲しいって言うんだもの。・・・・・・っ私だって、こ
んな事になるなんて思ってもみなかったのよ!」

 珍しく、江利子が怒鳴った。

「今はそんな事を言っている場合じゃないよ。その子達のところに、真実を聞きに行かなくちゃいけない」

 聖の言葉に、私達は一年生の階へと移動した。

 廊下に行くと、端の方で語っている5人を見つけた。

「・・・・・5人ね」

「あの子達だわ。覚えているもの」

 私が呟けば、江利子が強く言い近づいていく。

 もちろん、私達も。

 志摩子は、着替えずに来たから右羽ちゃんの血で染まっている。

 それを見て、1年生達が慌てて私達に道を譲るように避けた。

「ちょっと良いかしら?」

 3年間一緒にいて、初めて聞くのではないか、という程の鋭い江利子の声だった。

「「「「「!!?」」」」」

 5人はその声に反応して、私達を勢いよく見る。

 それから、志摩子の制服を見て顔を真っ青にした。

 この子達だ。

「・・・・ちょっと、来てもらえるかしら?」

 祥子もわかったのだろう。

 怒りを押し殺すかのような、そんな声だった。

 震え出す5人。

 それを見て、私はさらに腹が立った。

 こんなに怯えるくらいなら、何であんな事をするのよっ。

 




 人気のない中庭について、私はすぐに口を開いた。

「何故呼ばれたか、わかっているわよね?」

 びくり、と震える5人。

 彼女たち、全員が泣いていた。

 それでも、志摩子達のように綺麗な涙ではない。

 自己護衛の涙だ。

 最低だ。

 そう思った時だった。

「許してください!!お願いします!!」

 涙で濡れた顔で、そう叫ぶ彼女たち。

 それを見て、私は心の中が冷めていくのを感じた。

「・・・・・なんで、あんな事をしたの?」

 聖の、冷たい声が彼女たちに向けられる。

 それでいっそう、彼女たちは涙を流す。

「出来心だったんです!!」

「山百合会の人達の友達面をするから!!」

「イジメてもイジメても、全然効果がないから!!」

「だから!冗談のつもりで!軽く押しただけなんです!!!」

「そうしたら!志摩子さんに当たって・・・・!」

 それを聞いた瞬間、志摩子が下を向いた。

「志摩子さんを庇って、下に・・・・・・・!」

 全てがわかった。

 志摩子が、あそこまで取り乱していた理由が。

「ごめんなさい!!許してください!!!」

 泣きながら、許しを請おうとする彼女たち。

「・・・・・行きましょう」

 私は冷めた目を彼女たちから放して、志摩子達へと顔を向ける。

「「・・・・・はい」」

 彼女の友達ならば、きっと意味はわかる。

 あそこまで、志摩子達を大切にしていた子だもの。

 きっとこの子達をどうにかして欲しくない。

 彼女は、きっと志摩子達が無事ならそれで良いという子だろうから。

「・・・・・許した訳じゃないわ。勘違いしないでね?」

 江利子が5人を睨みつけながら言えば、5人はやはり泣きながら下を向く。

「一生、許さないからね」

 聖もそれだけ良い、歩き出す。

「今度右羽ちゃんに何かしたら、今度こそ学校に報告するわ」

 私達はその場を去った。

 それから、すぐに病院へと向かった。

 もちろん、志摩子は着替えさせて。 マリア様、お願いです。

 あの子が、無事でありますように。

 あの子を、助けてください。

 あの子は、志摩子や由乃ちゃんを救ってくれた子なんです。

 だから、どうか―――。

 どうか、助けてください・・・・・・。
        






  

 

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