【許されない】








 私は歯の痛みを我慢しながら、誰もいない中庭に座って痛みを引かせようとしていた。

 歯医者に行くくらいなら、我慢するわ、痛みなんて。

 そんな時、複数の足音が聞こえた。

 こんな顔を人に見られたくなかった私は、慌てて校舎の陰に隠れた。

 やって来たのは5〜7人のよう。

「それで、何かご用ですか?」

「ご用ですか?じゃないわ。あなたのせいで、由乃さんが黄薔薇のつぼみにロザリオを返したそうじゃない」

「は?」

 そんなことになっているなんて知らなかった私は、驚いて声を出してしまったけれどすぐに息を潜めた。

「何故わたしのせいになるのですか?」

 これは、いわゆるイジメ、というやつね。

 にしても、リリアンにイジメがあるだなんて知らなかったわ。

 でも、この子の言う通り。

 誰だか知らないけれど、由乃ちゃんが令にロザリオを返したとして、何故この子のせいになるのかしら?

「あなたが由乃さんにつきまとっているからよ!」

 ?

 それって、理由になるのかしら?

 この子達、バカ?

 なんて、思わず失礼な事を思ってしまう私。

 でも、仕方がないと思うのよね。

 普通、そんなことが理由になるわけないのだから。

「それが理由にはならないと思いますが」

 同感ね。

「あなた、頭悪いんじゃないの?」

 違う声が、その子に向かってそう言う。

 という事は、それに同感した私も頭悪いという事かしら?

「頭の悪いあなたにもわかりやすいように説明してあげるわ。由乃さんは、あなたにつきまとわれて疲
れ切っているの。だから、そのせいで前後不覚に陥って黄薔薇のつぼみにロザリオを返してしまった。
どう?わかりやすかったでしょう?」

 この子、生徒Aに決定。わけにくいから。

 それよりも、何処がどうわかりやすかったのかしら?

 全然わかりにくいわよ。

 むしろもっとわからなくなったわ。

 私、頭悪くなったのかしら?

「・・・・・・・それで、わたしに何が言いたいんですか?」

 あ、呆れてる。

 私だったら、もっと前から呆れているわね。

 この子達、バカだし。

「やっとわかったのね?」

 この子、生徒Bね。

 というか、多分この子はわかったのではなくてめんどくさくなっているのだと思うけど。

「簡単に言うわ。あなた、由乃さんから離れなさいよ」

「それは、彼女からの言伝ですか?」

 そんなはずないわね。

 由乃ちゃんは、友達が少ないから、1人でも友達が欲しいと思うわよ?

 それなのに、自分からわざわざ離すような事するわけないわね。

 この子、良い子っぽいし。

「・・・・・・・・・ええ、そうよ。由乃さんからの伝言」

「ウソですね」

 即答する彼女に、私は少し笑いそうになった。

「あら、どうして?つきまとってくるあなたに言いづらいからって、由乃さんにあなたに言うように頼
まれたのよ?友達だからって」

 あ、この子生徒C決定。

「彼女は、あなた達のような人とは友達にはならないからです」

 それ、賛成。

「・・・・・・・どういう意味かしら?」

 声が低くなったけれど、この間キレた祐巳ちゃん程ではないわね。

「そのままの意味です。彼女の”本当”を知らない人が、彼女の友達になれるわけありませんから」

 その言葉を聞いて、ハッとした。

 もしかして、この子・・・・・・。

 噂の草薙右羽ちゃんかしら?

「それより、帰してもらえませんか?彼女のところにお見舞いに行きたいんです」

「そこまで言われて、帰すと思ってるの?」

 あら、生徒Dさん本性現したわね。

「何をするんですか?」

 右羽ちゃんは、あくまで平然と。

「こういう事よ!」

 ―――パァン!

「っ!?」

 まさか、本当に殴ったの?

 なんという子達かしら。

 ちょっと、腹が立ってきたわね。

「これで終わりですか?なら、帰らせてもらいます」

 あら、さすがね。

 祐巳ちゃんから聞いていたけれど、本当に強い子だわ。

「帰すはずないでしょう?あなたのせいで、由乃さんは黄薔薇のつぼみにロザリオを返したんだから」

 だから、何がどうなって右羽ちゃん(仮)のせいになるわけ?

「それは、わたしのせいではないでしょう?彼女がやった事は、彼女本人の意思によるものです。彼女
が決めた事を、あなた方がとやかく言う資格はないと思いますが?」

 もっと言ってやりなさい!

「ああ、可哀想にね。原因のあなたが、自分のせいでは無いだなんて。今頃、由乃さんは泣いているわ」

 う〜ん、生徒B小芝居が下手ね。

「ですから、彼女が自分の意志でやったんです。それに対して、意見を言えるのはあなた達でも、わた
しでもありません。誰もいないんですよ」

 ・・・・・・・・・・・

「あなたが、本当に彼女の友達だと言うのなら、口出ししないでください。これは、彼女がどうするか
決める事です」

「あら。ついてまわっていたくせに、いざ黄薔薇のつぼみの妹ではなくなると、興味が無くなるのね」

 それは違う。

 彼女は、あなた達とは違うわ。

 右羽ちゃん(仮)は、信じている。

 由乃ちゃんを信じて、何もしないでいる。

 きっと、この子は由乃ちゃんから初めて相談を受けた時、凄く良いアドバイスをあげる。

 ”本当”を見ていないあなた達には、出来ない絶対の信頼。

 それが、友達なのよ。

「・・・・・・・もう、帰してもらっても良いですか?」

 ああ、あなたは偉いわ、右羽ちゃん(仮)。

 わざわざ了承をとるんだもの。

 私だったら、了承なんてとらないですぐに由乃ちゃんのお見舞いに行くわ。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・お見舞いに、行くかしら?

「ムリね。それを聞いて、私達由乃さんの変わりにあなたにお仕置きをしなければいけなくなったから」

 え?

 ―――パァン!!

 先程よりも強い音が聞こえた。

「私達、由乃さんのお友達だから、由乃さんを裏切る人には容赦しないのよ」

「そうそう。ついてまわっているだけのあなたには、到底わからない気持ちよね?」

 ―――ドカ!

「っく」

 え?

 今のは、平手ではないわよね?

 そんな生やさしい音しなかったわよね?

「由乃さんの裏切られた気持ちはこんなものじゃないわよ?」

 ―――ドグ!

「グッ」

「まだよ?由乃さんの迷惑した分も、ちゃんとお仕置きしなくちゃね」

 ―――バン!

「っ!」

「・・・・・いい加減にしなさいよ?」

 私は、我慢が出来なくなって、腫れた頬が見えないようにしながら顔を出す。

「「「「「っ!!?」」」」」

 彼女たちが動きを止めて、こっちを怯えた表情で見つめてくる。

 私は横目で右羽ちゃん(仮)を見る。

 右羽ちゃん(仮)は、地面に転がっていた。それを見て、さらに怒りが湧いてくる。

「あなた達の顔、よぉく覚えておくわ」

 低くなった声でそう言うと、彼女たちは慌てたように走り去っていった。

 まったく、なんて最低な子達かしら。

 もし歯が痛くなければ、もっと何か言ったのに。

「あなた、大丈夫?」

「あ、はい。ありがとうございます」

 顔を上げた右羽ちゃん(仮)を見て、私はさらに怒りが湧いてきた。

 彼女の両頬は少し赤くなり、口端から血が出ていたのだ。

「なんて子達かしら・・・・・」

「あ、大丈夫ですから。何も言わないでくださいね?」

 私は、彼女の言葉に驚いて彼女を見る。

 彼女は、痛そうにしながらも、笑顔を作っていた。

「キレた人って、何しでかすかわからないんですよ。シマちゃんやしのちゃん、祐巳ちゃんの悪口や酷
い噂なんて流されたら、嫌ですから」

 そう言って微笑む彼女は、どう見ても右羽ちゃんだった。

 この子は、そこまであの3人の事を考えているのだ。

 話しに聞いているからわかる。ここまで3人を思っている言動は、どうみても話しに聞く右羽ちゃん
しかいないから。

「そう・・・・・」

 私はハンカチを取り出すと、切れて血を流している口端にそっと当てる。

「っつ」

「我慢しなさい」

 自分でも、驚く程に優しい声が出ていた。

 けれどそれは、この子がとても優しいから。

「もう大丈夫よ。その頬は、少し赤くなっているくらいだから、しばらく冷やせば平気だと思うわ」

「ありがとうございます」

 彼女は、笑顔で頭を下げた。

「お名前、聞いても良いですか?わたしは、草薙右羽って言います」

 やっぱり、右羽ちゃんだったのね。

 でも。

「私の事、知らないの?」

 そのことに驚いてしまった。

 すると、反対に彼女まで驚いた顔をする。

「え、有名な方でしたか?っというと、山百合会の誰かですか?」

 本当に知らないらしい。

 けれど、だからこそ、由乃ちゃん達はこの子に懐いているのもしれない。

「私は、鳥居江利子よ。黄薔薇さまをやっているの」

「あ〜」

 納得。

 そんな表情だった。

 可愛い子。

「それでは、ありがとうございました!江利子さま!」

 彼女はそう言うと、再び頭を下げて走っていった。

「・・・・・・・・本当に、良い子だわ」

 思い出す。

 由乃ちゃんが以前教えてくれた話を。

 まだ、祐巳ちゃんが入っていない(仮)のような存在だった頃、とても嬉しそうに彼女は言ったのだ。

『右羽さんが、言ってくれたんです。わたしが友達になったのは、黄薔薇のつぼみの妹ではなくて、島
津由乃という人なのだと』

 要するに、そういう事なのだろう。

 周りが私の事を『黄薔薇さま』と呼ぶ中で、彼女は『鳥居江利子』という人物と、知り合った。

 称号など、関係なく。

 それはきっと、彼女が無意識にやっている事なのだ。

 だから、自然と私を『江利子さま』と呼ぶ。

 本当、良い子。

 その上、強くて優しい。

 だからこそ、こういう的にされてしまうのだろうけれど。

 けれど今回は、私が顔をしっかり覚えたからしばらくは来ないだろうし。

 何かあったら、真っ先に彼女たちに聞きに行けばいいわ。

「本当、興味深い子ね」

 見えない背中に、私は呟いた。

 彼女がなるべく早く、薔薇の館に来てくれる事を願って。

 けれど、そうなるといつ来ても良いように待っていなければいけないわね。

 ・・・・・・・・・・・歯医者、行こうかしらね。







          

 

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