【祐巳の爆発】









「由乃!あの噂本当なの!?」

 薔薇の館に入って来るなり、令がそうきり出してきた。

「何の事ですか?」

 由乃ちゃんは眉を寄せて、入り口に立っている令を見る。

「だから、その右羽ちゃんって言う子が、由乃にまとわりついてパシリにしているっていう噂!」

 その言葉に、私はため息をついた。

 その噂は、私も聞いた。

 もっと酷い噂だって、聞いた事がある。

「令、下らない事言ってないで、席に座りなさい」

 祥子だって聞いているじゃない。

 何たって、1年生の子が私達に言ってくるのだから。

 私が言われたのは『黄薔薇のつぼみの妹が、草薙右羽という人につきまとわれて、発作を起こしやす
くなっている』というもの。

 本当にバカらしい。

 だって、由乃ちゃんは彼女に会ってから、段々と発作を起こす回数が減っているのだから。

 ましてや、志摩子とも仲良く右羽ちゃんについて話している。

 令の前でだって、何度かそんな会話をしているではないか。

 さらに、つい最近入ってきた祥子の妹である祐巳ちゃんだって加わって、楽しそうに話している。

 きっと、私達にああ言ってきた彼女たちは、右羽ちゃんの存在が疎ましいのだろう。

 急にやってきた転入生が、志摩子と一日で、由乃ちゃんとは数日で友達になってしまったのだから。

 だからといって、自分たちが話しかけるかと言ったら、そうではないのだ。

 なんて、自分勝手な子達なのだろう。

 そして、それに振り回されている令は、なんてバカな子なのだろう。

 それをこの子は見ているはずなのに、何故そんなことを疑問に持つのかがわからない。

「下らない事じゃないよ!本当ならどうするの!」

 祥子の言葉にも、令がくってかかる始末。

 本当に、この子は由乃ちゃんの事となると見境がなくなる。

 ハッキリ言って、ウザイ――失礼。ピーくらい。

 見ているだけの私達がウザ――ピーと思うのだから、きっと由乃ちゃんはもっと思っているだろう。

 何たって、右羽ちゃんは彼女の初めての友達なのだから。

「ウソですから、声を荒げないでください。お姉さま」

 由乃ちゃんの冷たい声が、令に浴びせられる。

「でも由乃!」

「お姉さま、仕事をしてください」

「「令さま、仕事をしてくださいませんか?」」

 ほら、ご覧なさい。

 由乃ちゃんだって、志摩子だって、祐巳ちゃんだって、右羽ちゃんの友達なのよ?

 友達をそんな事言われて、心穏やかな子なんていないわ。

 それが、あの志摩子や祐巳ちゃんであっても。

「由乃!そんなこと良いの!彼女に会ってから、由乃は発作の起きる回数が増えてるって言うじゃない!
何で今まで黙っていたの!?」

 黙っていたわけではなくて、実際に発作が起きていないのでしょう?

 というか、仕事をそんなこと、といわないでくれないかしら?

 真面目にやっている私達がバカらしくなるじゃない。

 叫ぶように言う令を、由乃ちゃん達は無視するかのように仕事をしている。

「令、いい加減にしなさい」

 私がため息をつきつつ言えば、令は珍しく私を睨みつけるように見た。

「紅薔薇さまは黙っていてください!これは由乃とわたしの問題です!!」

 令はそれからすぐに由乃ちゃんへと顔を向けた。

「由乃!今すぐに右羽ちゃんと友達を止めなさい!!」

 そう言った途端、由乃ちゃんが立ち上がった。

「いい加減にして!!」

 はぁ

 まあ、爆発するのは当たり前よね。

「何で令ちゃんにそんな事を言われないといけないの!!?右羽さんは凄く優しい人なのよ!?会った
事もないくせに!右羽さんの事を悪く言わないで!!」

「由乃ちゃん、落ち着きなさい。発作を起こすわよ」

 江利子の言葉に、由乃ちゃんは悔しそうに席に着いた。

 それでも、令を睨みつけたまま。

 けれど、令は返す。

「会った事がなくても!話を聞けばどんな人かなんてすぐにわかるよ!!何でそんなに右羽ちゃんに執
着するの!友達なんて、他につくればいいじゃない!!」

 それを、この子達に言うの?

 今まで友達が出来なくて、とても悩んでいたこの子達に?

 私は、令の言葉を聞いて眉を寄せた。

 それは私だけではなく、江利子や聖、祥子や志摩子に祐巳ちゃんも。

 それに反論しようとした由乃ちゃん。

 そんな由乃ちゃんの口を塞いだのは、祐巳ちゃんだった。

「祐巳?」

 祥子が驚いたように祐巳ちゃんを見る。

 それは、私達も同じ。

 あのいつも笑顔の祐巳ちゃんが、怒った顔で令を見つめているのだから。

「・・・・・令さまに、右羽さんの何がわかるっていうんですか?」

 低い声だった。

 ああ、彼女も凄く怒っている。

 志摩子だって、初めて見る表情をしている。

 あの顔は、怒っているのだろう。

「祐巳」

 祥子が祐巳ちゃんを静めようと声を掛けるけれど、今の祐巳ちゃんには効かなかったみたいね。

「祐巳ちゃんも黙っていてくれない?」

 令が言うが、祐巳ちゃんはきっと令を睨みつけた。

「友達を侮辱されて、黙っている事なんて出来ません」

「祐巳」

 祥子がもう一度声を掛け、祐巳ちゃんの肩に手を置く。

 それでも、やっぱり祐巳ちゃんは収まらないみたいで、睨みつけたまま言った。

「見た事もない!右羽さんの言葉を聞いた事もない令さまに!右羽さんを侮辱する資格なんてありません!!」

「それでも、同じクラスメイトの子から聞いた事だよ?」

 反対に、令は少し冷静になってきたようだ。

 少し戸惑った様子だった。

「他の人の言葉なんて、全てが右羽さんの悪口ばかり。聞いていて、とても腹が立つ事ばかりです。そ
れなのに、右羽さんは我慢しているんです。志摩子さんに、由乃さんに、そしてわたしの事を考えて、
悪口を、酷い事をみんなが話しているのを、泣きそうな顔をしながら、平気だって言う人なんです!」

 祐巳ちゃんは、泣きそうな顔をしていた。

 その時の右羽ちゃんの顔を思い出しているのか、志摩子も、由乃ちゃんも哀しそうに下を向いている。

 なんて強い子なのだろうか。

 否、もしかしたら1人、家に帰って泣いているのかもしれない。

「右羽さんの悪口を聞いて、泣きそうになっている志摩子さんや由乃さんを慰めるような、そんな人な
んです!」

 祐巳ちゃんの目から、涙が零れた。

 きっと、右羽ちゃんは今離れたとたんに、自分の悪口を言うような子達が、志摩子達の所に行くのを
恐れているのだろう。

 それは、自分が1人になるのが嫌だからではない。

 志摩子や由乃ちゃんが、孤独に怯えてほしくないのだと思う。

「わたし達よりも、辛いはずなのに、哀しい顔をしているのに、わたし達に心配させないようにって、
大丈夫だから。そう言って微笑むような人なんです!!」

 悪口を言って噂をまき散らす子は、きっと志摩子と由乃ちゃんの本当の姿を見ないから。

 周りにいくら人がいようとも、その人達が”本当”を見ていなければそれは独りと同じ事だから。

 だから、自分が離れるわけにはいかないのだろう。

 なんて優しい子なのだろう。

 彼女は、自分よりも、人の幸せを優先してしまう子なのだ。

「祐巳・・・・・」

 祥子が、祐巳ちゃんの背中を撫でる。

 令を見れば、気まずそうな表情をしていた。

「ごめん・・・・・」

「人の弱い所は、慰めるのに、自分の弱い所は誰にも見せないで、笑顔を見せてくれるような人なんで
す!」

 それっきり、祐巳ちゃんは何も言わなかった。

 気まずい雰囲気が部屋に充満する。

「・・・・・・・はぁ」

 沈黙していた部屋に、やけに大きなため息が聞こえた。

 出所を探れば江利子が呆れた顔で令を見ていた。

「令」

 幾分か冷たい声の江利子。

「は、はい」

 令がビクリとして姿勢を正す。

「誰があなたに、人から聞いた話だけで人の性格を決めつけろと教えたかしら?」

「っ!」

 悲しげに令は江利子を見た。

 私達はそんな江利子の様子に驚いてしまう。

 なぜなら、江利子の姉らしいところを見たことがないから。

「ましてや、右羽ちゃんは由乃ちゃんと志摩子の初めての友達なのよ。そんな彼女たちにむかって、友
達をやめろなんて言うべきではないわ」

「・・・・・っはい!」

「あなたは由乃ちゃんの一番近くで、由乃ちゃんが右羽ちゃんの話をするのを聞いていたはずでしょう。
とても嬉しそうに笑って志摩子や祐巳ちゃんと右羽ちゃんのことを話すのを見ていたはずでしょう。そ
れなのに、なぜあなたは身内の言葉ではなくて他人の言葉に惑わされたりなんてするのよ」

「・・・・すみませんっ」

 私達は江利子と令の会話を静かに聞いているしかない。

「もう少し考えるべきよ、令。今一番傷ついているのは誰?」

「・・・・・・・右羽ちゃんです」

「そうよ。祐巳ちゃんの言葉を聞くと、あの子は悪口を言われているのよ。それを、あの子は我慢して
いるの。けれど、由乃ちゃん達のために彼女はそれを我慢して笑っている。あなたよりも年下のコが、
あなたの大切な子のために我慢をしているのよ」

「・・・・・・・・はい」

 令は項垂れたように返事をする。

 そこでやっと、江利子がため息をつきいつもの表情にもどった。

「今度からはもう少し考えてから言葉にしなさい。良いわね」

「はい・・・・」

 その後に訪れたのは、奇妙な沈黙。

 令は項垂れて言葉を発しないし、祐巳ちゃん、志摩子、由乃ちゃんは怒っていて言葉を発しない。

 誰も話をしない中で、私達はその日薔薇の館を後にした。





 その数日後だった。

 由乃ちゃんが、令にロザリオを返したと聞いたのは。
         







  

 

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