【地上に降りたマリアさま】







 草薙右羽さんがやってきてから、志摩子さんはとても楽しそう。

 休み時間は、隣同士という事もあってかいつも2人は授業が始まるまで話をしている。

 志摩子さんは、全校生徒憧れの的。

 綺麗で、勉強も出来て、やっぱり山百合会の人は違うんだな〜、と思う。

「おはよう、祐巳さん。どうしたの、落ち込んでない?」

 そこに蔦子さんがやってきた。

 きっと、今まで写真を撮りまくっていたんだろうな。

「別に。ただ、さすが山百合会の人は違うな〜って」

「ああ、志摩子さんね」

 わたしが言えば、納得顔の蔦子さん。

「でも、祐巳さんだってもしかしたら祥子さまの妹になるかもしれないんだから、そんな事言ってられ
ないんじゃない?」

「それは、賭に負けたらでしょう?」

「そうだけどね。ところで知ってる?」

 急に変わる話題に、わたしは首を傾げて蔦子さんを見る。

 蔦子さんに目はわたしに向いていなくて、志摩子さんと楽しそうに話している右羽さんへと向いてい
た。

「シンデレラガールは、祐巳さんだけじゃないっていう話」

 ただの偶然で、祥子さまにロザリオを申し込まれたわたしは、今シンデレラガールと言われているら
しい。

 嬉しい気持ちよりも、憂鬱が大半を占めているわたしの心に、そんな称号はさらに重荷となる。

「・・・・・右羽さんも、シンデレラガール?」

 蔦子さんの目線が向いているのが右羽さんだから、右羽さんの名前を挙げてみれば蔦子さんがこちら
を向き頷いた。

「そう。転入してきて、志摩子さんの隣になったから、それだけの理由で仲良くなったシンデレラガール」

 う〜ん。

 わたしよりも、右羽さんに言われてる意味の方が酷いと思う。

 だって、わたしは祥子さまに呼び止められたのは、タイが曲がっていたっていう自分のせいだけど、
右羽さんの場合それって仕方のない事じゃないかな?

「それって、仕方がなくない?席は自分で決めたんじゃないんだしさ」

「うん。大体、志摩子さんの隣だってもう1人いるじゃないね?その人が話しかけないのは、勇気がな
いからでしょう?」

 蔦子さんもわたしと同じように思っているようで、その表情は不快そうだ。

「だからね、噂なんて本当に下らない事なのよ。自分に出来ないからって、人に当たっているだけなん
だから」

 うん、それはそうかもしれない。

「まあ、あと由乃さんとも仲良くなったっていうのも、あるんだろうけどね」

「由乃さんって、黄薔薇のつぼみの妹の?」

「そう。その由乃さん。お昼とか、いつも一緒に食べてるんだって、3人で」

「へ〜」

「白薔薇のつぼみに黄薔薇のつぼみの妹。それでシンデレラガール」

「ふ〜ん。変なの」

「でしょ?運だって、実力のうちなんだから、ひがむなら勇気を出して声を掛ければいいのに」

 肩をすくめてそう言う蔦子さんに、わたしは同意するように頷いて答えた。




 お昼休み、わたしは蔦子さんの計らいで何とか新聞部の人から逃げて教室から出る事が出来た。

「祐巳さん、蔦子さん」

 そんなわたし達の前に、微笑んでいる志摩子さんが手招きをして立っていた。

「「志摩子さん?」」

「私達がいつも行く場所があるの。そこは、あまり人が来ないからそこに行きましょう」

 多分、『私達』というのは、志摩子さんに由乃さん、それと右羽さんだと思う。

 でも・・・・。

「でも、勝手にそんなことしても良いの?」

 わたしと同じ事を思った蔦子さんが志摩子さんに声を掛ければ、志摩子さんはニッコリと微笑んで答
えた。

「右羽さんに昨日の事を話したら、きっと新聞部の人が来るだろうから連れて行こうって。右羽さんが
仰ったのよ」

 わたしと蔦子さんは顔を見合わせる。

「だから、気にしないで良いわ」

 その言葉に、わたしは思った。

 きっと、志摩子さんは右羽さんを本当に信頼しているんだと。

 本当に、掛け替えのない人なのだと。

「好きなのね、右羽さんの事」

「ええ。凄く好きよ。右羽さんは、私を孤独から解放してくれた方なの」

 そう言って、志摩子さんは凄く嬉しそうに微笑んだ。

「孤独?」

「ええ。私はあまり人と話す事が得意ではないし、普通のクラスメイトの人達が話すような事をほとん
ど知らなくて、いつも1人でいたの」

 そう言って微笑む志摩子さんの表情には、悲しみはなく懐かしそうにしている感じを受けた。

 話しながらも、歩みは止まらない。

 蔦子さんとわたしは、ジッと志摩子さんの話を聞いている。

「小等部でも、中等部でも、それは一緒だった。高等部に入って、私はお姉さまからロザリオを受け取
って、それはさらに酷くなったわ」

 志摩子さんは、中庭へと出ると再び歩き出した。

 わたし達は志摩子さんの言葉を聞きながら、その後を追う。

「友達なんて、1人もいなかったの。寂しくて、哀しくて、常に一人きりで。そんな時に、右羽さんが
やってきたの」

 そう言って振り返った志摩子さんは、とても嬉しそうに笑っていて綺麗だった。

「右羽さんは、すぐに私の心に入ってきたわ。周りの人が白薔薇のつぼみだから、と敬遠する中彼女だ
けが一日で、私の心の中にいとも簡単に入ってきたの」

 志摩子さんの両手が、心臓の辺りを押さえる。

「凄く、嬉しかったわ」

 その表情が、その時本当に嬉しかったのだと表していた。

「友達だよ、と。そう言ってくれて、どれほど嬉しかったかしら。言葉では言い表せないくらい、私は
その言葉を欲していたの」

 とても嬉しそうで、とても泣きそうな志摩子さんの表情。

「嬉しさに泣いてしまった私を、右羽さんは抱きしめてくれた。もう友達がいないと、寂しい思いをし
なくても良いと、そう言ってくれたの」

 正直、凄いと思った。

 彼女は、全然シンデレラガールなどではないのだ。

 自分の言葉で、自分の行動で、彼女は志摩子さんの心を癒したのだ。

 なんて凄い人だろう。

「・・・・・・・そんな事言う人には、見えなかったわ」

 蔦子さんが驚きながらも、そう言えば志摩子さんはふんわりと微笑む。

「右羽さんは、私達の欲しい言葉をくれる時、とても綺麗な人になるのよ。まるで、マリア様のように」

 『達』

 きっと、そこには由乃さんも含まれる。

「私と同じように、友達を欲していた由乃さんも、右羽さんの言葉で変わる事が出来たと言っていたわ」

 それから、ここよ。と言って、志摩子さんの指した場所は、本当に人のいない静かな所だった。

「・・・・・・話してみたいな、右羽さんと」

「ここに来るから、話してみると良いわ。右羽さんの常は、可愛いから」

 わたしのこぼした言葉に、志摩子さんが微笑みながら言う。

 わたしはそれに頷いて答えた。蔦子さんも隣で頷いていた。

 そこに、わたし達を呼ぶ声が聞こえた。

 「志摩子さん、祐巳さん、蔦子さん」

 声のした方へと顔を向ければ、由乃さんと手を繋いでやってくる右羽さんがいた。

 でも、右羽さんは蔦子さんの方を見て、首を傾げていた。

 どうやら、蔦子さんは知らないらしい。

 その可愛さに少し、笑ってしまいそうになった。

「待っていたわ。由乃さん、右羽さん」

「あ、あの。お邪魔してます!」

 わたしはハッとして立ち上がり、頭を下げる。

 すると、志摩子さん達の笑った声が聞こえた。

「祐巳さん、それ可笑しいよ」

 蔦子さんも笑いながら言う。

 そ、そうかな?

「うん。お邪魔しますなんて言わなくて良いんだよ?ここは学校なんだし。ね、シマちゃん、しのちゃん」

 『シマちゃん』『しのちゃん』

 そう2人を呼ぶ右羽さんに、わたしは驚いてしまう。

 蔦子さんも、少し驚いているようだ。

 反対に、志摩子さんと由乃さんはニッコリと微笑んでいた。

「そうね」

「必要ないわよ」

 驚いたけれど、右羽さん達の言葉に確かに、と思い恥ずかしかった。

 その後、わたし達は改めて右羽さんに自己紹介をして座った。

「それより、早く食べちゃおう。お腹空いたよ〜」

 年下のような仕草で、右羽さんはわたし達に言う。

 これには少し驚いた。

 だって、志摩子さんからあの話を聞いて、どんな人だろうと思っていたから。

 大人っぽい人なのだろうと思っていたから。

 確かに、志摩子さんの言う通りで、いつもの右羽さんは可愛い人らしい。

「わかってるわよ」

 そんな右羽さんに慣れているのだろう、由乃さんは微笑みながら右羽さんの頭を撫でている。

 なんだか、ちょっと拍子抜けする。

 由乃さんだって、右羽さんがいたから変われた。と言っていたらしいから。

「クスクス。右羽さん、4時間目始まる前にもお腹が空いたって言ってたわね」

「し、シマちゃんっ!」

 そう、笑いながら志摩子さんが言えば、右羽さんは慌てたように志摩子のさんの口を手でふさいだ。

 白薔薇のつぼみである志摩子さんにこんな事が出来る右羽さんって、凄い人なのだと思った。

「なに?右羽さんったら、そんなに早くから言ってたの?」

 意地悪そうに、由乃さんが笑う。

 これには驚いた。

 だって、昨日薔薇の館に行った時の由乃さんは、心臓に病気を持った儚げな少女に見えたから。

「い、良いでしょ!」

 由乃さんに向かって、顔を赤くして小さく叫ぶ右羽さん。

 そんな右羽さんを見て、由乃さんと志摩子さんは顔を見合わせて小さく吹き出した。

 それを見て頬をふくらませる右羽さん。

 凄く、予想外だったかもしれない。

 隣を見てみれば、蔦子さんも驚いている。

「ム!良いもん良いもん!祐巳ちゃん、蔦ちゃん、一緒に食べよう!」

「へっ?あ、あうんっ」

 急に話を振られて、わたしはマヌケな声をあげてしまった。

「蔦ちゃん?」

 蔦子さんは、『蔦ちゃん』の言葉に驚いているよう。

 そう言えば、わたしも『祐巳ちゃん』って呼ばれている。

 そんなわたし達を見て、由乃さんと志摩子さんは笑うのを止め、右羽さんは頬をふくらますのを止め
、顔を見合わせてわたし達を見た。

「どうしたの?祐巳さん」

「体調でも、優れないのかしら?」

「何かあった?」

 3人に問われ、わたしは少し戸惑いながら答えた。

「う、ううん!・・・・なんか、志摩子さんと由乃さん、想像していた性格と違うから・・・・・」

 うん、本当に。

 想像していた性格と、かなり違う。

「あ、それは確かに思った。2人とも、もっと大人しい性格だと思ってたわ」

 蔦子さんも、わたしの言葉に同意した。

 わたし達の言葉に、由乃さんと志摩子さんは少し驚いた顔をして顔を見合わせる。
 
 でも、反対に右羽さんはクスクスと笑い出した。

「ゆ、右羽さん?」

 笑い出した右羽さんに、わたしは戸惑い気味に声を掛ける。

 わたし、変な事言ったかな?

 少し焦ったわたしに、右羽さんの、今までの会話での声とは違う、優しそうな声が耳に入ってきた。

「当たり前だよ。想像は、あくまでも想像なんだから。ちゃんと、目を見て話してもいないのにその人
をわかる事なんてあり得ない」

 あ

 この声だ。

 そう思った。

 志摩子さんの言っていた、欲しい言葉をくれる時の声。

 これが、そうなんだ。

「外見が、どんなに大人っぽく見えようとも、どんなに大人しく見えようとも、どんなに静かに見えよ
うとも、その人がずっと大人でいられるなんてない。大人しくいる事なんてない、静かな事なんてない」

 わたしと蔦子さんは、右羽さんの変わり様に驚いてしまう。

 それと同時に、何故か右羽さんの声は私の心に響くような、そんな気がした。

 由乃さんと志摩子さんを見れば、目を閉じてその言葉に聞き入っているよう。

 その気持ち、わかる気がする。

「怒る時は怒るし、泣く時には泣く。予想外の事が起きれば取り乱して、嬉しい時にはとても嬉しそう
に笑う。それが当たり前なんだよ?それが、人間なんだから」

 志摩子さんの話を聞いて思ったけど、右羽さんは本当に凄いと思った。

 しっかりと会話をして、さらにその思いが強くなった。

「確かに、想像は大切かもしれない。でも、その想像だけでその人を決定づけてはいけないの。だって
、周りにそう見えるようにしている人もいれば、周りの人がそう思っているからって、自分で周りの人
の想像に合わせてしまう人もいるから」

 そう言いながら微笑む右羽さんは、初めて見た顔をしていた。

 先程までの子供っぽい表情は消え、凄く綺麗な表情だった。

 わたしと蔦子さんは、その表情見惚れていた。

 少し目線を外して由乃さんと志摩子さんを見れば、2人の表情は、とても嬉しそうな笑みをたたえて
右羽さんを見つめている。

 こんなに凄い人なんだね。

 志摩子さんの信頼する、志摩子さんが好きな、そして、由乃さんの信頼する、由乃さんの好きな右羽
さんという人は。

「さっき言ったように、想像はあくまで想像。その人自身を、決定づけてしまえる要素はない。話して
みて、初めてその人の本質が見えてくるもの。志摩子は意外に激情だし、由乃は内弁慶」

 『志摩子』『由乃』

 そう呼ばれた時の2人の表情は、凄く嬉しそうだった。

「志摩子さんって、激情なんだ」

「由乃さんこそ、内弁慶なのね」

 そんな会話が聞こえた。

 お互いに、少し意地悪そうな笑みをたたえつつも、その大半はとても嬉しそうな表情だった。

「そう、なんだ・・・・・」

「へぇ・・・・・」

 わたしと蔦子さんは、驚きつつ由乃さんと志摩子さんへと顔を向けた。

「一目見て、わかる事なんてないんだよ?」

「・・・・・凄いね、白薔薇のつぼみと黄薔薇のつぼみの妹に、そんな事言えるなんて」

 わたしには、言えないだろう。

 そんなに素敵な事は。

「何言ってるの。わたしは、白薔薇のつぼみとか、黄薔薇のつぼみの妹だなんて人にそんなこと言った
覚えないよ」

「「「「え?」」」」

 わたし達4人とも、驚いて右羽さんを見る。

 どういうことだろう?

 そんな思いで右羽さんを見れば、右羽さんは本当に綺麗に微笑んでいた。

 その笑みが、とても綺麗で、とても優しそうで、とても慈愛に満ちていた。

 右羽さんはマリア様だと、志摩子さんが言った意味がわかった。

「わたしは、藤堂志摩子と、島津由乃と言う名前の人に言っているの。肩書きなんて、興味はない」

 ああ、そうなんだ。

「わたしは、藤堂志摩子と、島津由乃の2人と友達になったの。友達なんて、肩書きとなるものではな
いでしょう?肩書きなんて、友達になる上でとても不必要なものなんだよ」

 そういう事なんだ。そう思った。

 由乃さんが

 志摩子さんが

 右羽さんと話しをする時、あんなにも嬉しそうなのは、これなんだ。

 肩書きなんて関係ない。

 ただの、1人の人間として、右羽さんは由乃さん達と友達になったんだ。

 それがわかった時、由乃さんと志摩子さんが慌てたように下を向いた。

 どうしてか、わかる。

「わたしが好きなのは、藤堂志摩子であって、白薔薇のつぼみではない。わたしが好きなのは、島津由
乃であって、黄薔薇のつぼみの妹ではないの」

 きっと、2人にとってこの言葉は、欲しくて仕方のなかった言葉。

 志摩子さんが言っていたように、友達のいなかった孤独だった生活を送っていた2人が、どうしよう
もないくらい欲しかった言葉だから。

 嬉しくて、嬉しくて

 どうしようもないくらい嬉しくて、泣きそうなのだ。

 そっとしておこう。

 そう思っていると、右羽さんが急に2人の頭を抱き寄せた。

 そのまま、右羽さんは2人の顔を自分の肩に埋めるように抱きしめる。

 わたしと蔦子さんが驚いていると、右羽さんの手が2人の頭を梳くように撫でた。

「わたしは、肩書きなんて興味はない。あなた達の、素のあなた達が好き・・・・・」

 その言葉に、由乃さんの左手が右羽さんの背中にまわって、制服を握りしめた。

 同じように、志摩子さんも右手を右羽さんの背中にまわして、制服を握りしめる。

「・・・・本当に、凄い人」

 わたしにだけ聞こえるくらいの小さな声で、蔦子さんが呟いたのが聞こえた。

 うん。そうだね。

 とても、凄い人。





「右羽さんって、やっぱり、凄いよ・・・・・」

「同感」

 皆でお昼を食べ始めてすぐ、わたしが呟いた。

 蔦子さんもそれに同意する。
 
「そうかな?」

 そう言って首を傾げている右羽さんは、先程由乃さんと志摩子さんを抱きしめていた人には見えない。

 あの時の右羽さんは、誰よりも大人っぽくて、志摩子さんの言う通り本当にマリア様のようだったか
ら。

「私も祐巳さんと蔦子さんに賛成だわ。まるで、マリア様みたい」

 そう言って微笑む志摩子さんを、右羽さんは驚いた顔で見た後に困った顔をする。

「大げさだよ〜」

「大げさじゃないって。わたしも思ったもん、マリア様みたいって」

 由乃さんがさらに言えば、右羽さんは困ったように笑った。

 それからすぐに祥子さまが来て、わたしに台本を渡して去っていった。
 お昼を食べて教室に戻って席に座ろうとした時、クラスメイトの人達が話しているのが聞こえた。

「また志摩子さんと一緒にお昼に行っていたみたいよ」

「ホント、嫌になっちゃうわ」

「身の程をわきまえて欲しいわよね」

 わたしと蔦子さんは驚き、そちらへと顔を向けてしまった。

 彼女たちの見ている方向は、右羽さん。

 否、見ていると言うよりも睨んでいると言った方が正解だろう。

「たまたま席が隣だからって、友達面しちゃって」

「「なっ!?」」

 小さい声だったけど、わたし達は思わず声をあげてしまった。

 それが聞こえなかったようで、彼女たちの話はさらに続く。

「ホ〜ント、席が隣と言うだけであんなに友達面されたら、志摩子さんだって迷惑でしょうに」

「可哀想にね」

「それも、由乃さんにもくっついているみたいよ?」

「知ってる。志摩子さんがいなければ、由乃さんとも会う事出来なかったくせにね」

「右羽さんって、最低よね。お2人が迷惑なのに気づかないで、つきまとうだなんて」

 その言葉が、凄く凄く哀しくて、凄く凄く腹が立って、彼女たちに怒鳴ろうと口を開いた。

「駄目、祐巳さん」

 わたしの口を塞いだのは、蔦子さんだった。

「なんでっ」

 蔦子さんに問えば、蔦子さんは目線を右羽さん達の方へと向けた。

 それに習って、わたしも右羽さん達の方へと顔を向ける。

 すると、右羽さんもこちらを見ていた。

 その手は、志摩子さんの手を握っている。

 そして、志摩子さんの肩は震えていた。

 泣きそうになっているんだ。

 すぐにわかった。

 そして、右羽さんは、わたしと蔦子さんに向かって、小さく首を横に振った。

『大丈夫だから』

 まるで、そう言っているかのように。

 何が大丈夫なの?

 何処がどう丈夫なの?

 そんなに哀しそうな顔をしながら、何処が大丈夫だって言うの?

「祐巳さん・・・・・」

 蔦子さんの方へと顔を向けると、哀しそうな顔をしていた。

 ああ

 きっと、わたしの顔も、蔦子さんみたいな顔になっているんだ。

 そう思った。

「右羽さんが我慢してるのは、志摩子さんや、由乃さんのためなんだから。駄目なんだよ」

 そう言われても、理解できないよ。

 どうして、こんな酷い事を言われてるのに、2人のためになるの?

「怒鳴ったりすれば、今ここで2人の気持ちを言ってしまえば、きっと2人に話しかける人が増えてし
まう」

「どうして?良い事じゃないっ」

「良い事じゃないよ。だって、その人達は”本当の”2人を見ていないんだから。自分たちの、勝手に
作り上げた想像で話しかける」

 言ってたじゃない。

 蔦子さんはそう言って続けた。

「右羽さんみたいに、”本当の藤堂志摩子と、島津由乃”を見ている訳じゃないのよ。そんな人達に話
しかけられたら、2人はそれを演じるのに疲れてしまう。ましてや、彼女たちはきっと右羽さんを遠ざ
けようとする」

 蔦子さんの言う事は、とても簡単に想像できた。

 ああいう事を言う人は、自己中心的な人が多いから。

「”本当”を見ようとしないで、右羽さんを遠ざけてしまったら、2人は素の自分でいられる場所がな
くなってしまうのよ」

 だから、我慢しているの。

 蔦子さんの言葉に、わたしはさらに哀しくなった。

 わたしに出来る事は、ないのだろうか。

 悔しさを、我慢する事しかできないのだろうか。

 だって、2人はあんなにも、右羽さんの言葉で、行動で救われている。

 何で、それに気づかないの?

 志摩子さんは、右羽さんが来てから凄く嬉しそうに笑うようになった。

 由乃さんは、右羽さんの前だと凄く楽しそうに笑う。

 どうしてそれに、気づかないの?

 どうして、気づけないの?

 そんな思いを抱えたまま、わたしは授業を受けた。






 ねえ、マリア様。

 地上に降り立ったマリア様は、とても辛い思いをしています。

 どうか、右羽さんが幸せになれるように、見守っていてください。
	           







 

 

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