【マリア様の化身】

	  






 ここ最近、右羽さんとわたし、志摩子さんの3人はいつも一緒にお昼を食べていた。

 いつも、右羽さんと志摩子さんがわたしの事を呼びに来るのだ。それを楽しみにして待っているわた
し。

「しのちゃ〜ん!」

 右羽さんだ!

 わたしはなるべく優雅に歩きながら、バックを持って廊下に出た。

「あれ?志摩子さんは?」

 いつも右羽さんの隣で微笑んでいる志摩子さんがいない事に気づき、わたしは首を傾げた。

「もう先に待ってるんだ。昨日薔薇の館に来た祐巳ちゃん?が、新聞部に追いかけられそうだから、シ
マちゃんにあの場所に連れて行ってもらったの」

「あ、そうなんだ。それじゃあ、行こう」

 わたしが微笑むと、右羽さんもニッコリと笑ってわたしの手を取ると歩き出した。

 右羽さんは、誰かと手を繋ぎたがる。

 前一度聞いた事があるけど、手を繋いでいると安心するんだって。
「志摩子さん、祐巳さん、蔦子さん」

 いつもの場所に行くと、祐巳さんと蔦子さんもいた。

 蔦子さんを見て、右羽さんは誰だろう?と首を傾げている。

 それに思わず笑ってしまいそうになった。

「待っていたわ。由乃さん、右羽さん」

「あ、あの。お邪魔してます!」

 祐巳さんは立ち上がって頭を下げた。その姿に、わたしと右羽さんは顔を見合わせて笑ってしまう。

「祐巳さん、それ可笑しいよ」

 蔦子さんも笑いながら言う。

「うん。お邪魔しますなんて言わなくて良いんだよ?ここは学校なんだし。ね、シマちゃん、しのちゃ
ん」

「そうね」

「必要ないわよ」

 右羽さんの言葉に、志摩子さんとわたしが同意すれば祐巳さんは照れたように笑う。

 その後、祐巳さんと蔦子さんが右羽さんに自己紹介をして座った。

「それより、早く食べちゃおう。お腹空いたよ〜」

「わかってるわよ」

 わたしは苦笑しながら、右羽さんの頭を撫でる。

 それを嬉しそうに笑って受け止める右羽さんには、本当にわたしと志摩子さんを暗闇の中から光の場
所に出してくれた、あの優しい聖母のような面影はない。

 あの表情は、幻だったのかと思ってしまうくらい、いつもの右羽さんは子供っぽくて可愛い。

「クスクス。右羽さん、4時間目始まる前にもお腹が空いたって言ってたわね」

「し、シマちゃんっ!」

 笑いながら志摩子さんが言えば、右羽さんは慌てたように志摩子のさんの口を手でふさいだ。

「なに?右羽さんったら、そんなに早くから言ってたの?」

「い、良いでしょ!」

 わたしが言えば、顔を赤くして小さく叫ぶ右羽さん。

 そんな右羽さんが可愛くて、わたしと志摩子さんは顔を見合わせて小さく吹き出した。

「ム!良いもん良いもん!祐巳ちゃん、蔦ちゃん、一緒に食べよう!」

「へっ?あ、あうんっ」

「蔦ちゃん?」

 戸惑った様子の祐巳さんと、あだ名に首を傾げる蔦子さん。

 それを聞いて、わたしと志摩子さんは笑うのを止め、右羽さんは頬をふくらますのを止め、顔を見合
わせて祐巳さんを見た。

 この際、蔦子さんは軽くスルーよね。

「どうしたの?祐巳さん」

「体調でも、優れないのかしら?」

「何かあった?」

 わたし、志摩子さん、右羽さんの順で問うと、祐巳さんは慌てたように首を横に振った。

「う、ううん!・・・・なんか、志摩子さんと由乃さん、想像していた性格と違うから・・・・・」

「あ、それは確かに思った。2人とも、もっと大人しい性格だと思ってたわ」

 その言葉に驚き、わたしと志摩子さんは顔を見合わせた。

 反対に、右羽さんはクスクスと笑い出す。

「ゆ、右羽さん?」

 笑い出した右羽さんに、祐巳さんは戸惑い気に声を掛ける。

 わたし達は、少し驚いて右羽さんを見た。

「当たり前だよ。想像は、あくまでも想像なんだから。ちゃんと、目を見て話してもいないのにその人
をわかる事なんてあり得ない」

 ・・・・・この声だ。

 わたしと、志摩子さんもきっと、この声に導かれて暗闇から出てこられた。

 いつも可愛い右羽さんが、綺麗になる時の声。

「外見が、どんなに大人っぽく見えようとも、どんなに大人しく見えようとも、どんなに静かに見えよ
うとも、その人がずっと大人でいられるわけなんてない。大人しくいる事なんてない、静かな事なんて
ない」

 祐巳さんと蔦子さんが、右羽さんの変わり様に驚いている。

 反対に、わたし達は静かに彼女の言葉に耳を傾け、心に刻みつけ、染みこませる。

「怒る時は怒るし、泣く時には泣くし、笑う時は笑う。予想外の事が起きれば取り乱して、嬉しい時に
はとても嬉しそうに笑う。それが当たり前なんだよ?それが、人間なんだから」

 わたしは、何度目かの志摩子さんと顔を見合わせ、微笑みあった。

「確かに、想像は大切かもしれない。でも、その想像だけでその人を決定づけてはいけないの。だって
、周りにそう見えるようにしている人もいれば、周りの人がそう思っているからって、自分で周りの人
の想像に合わせてしまう人もいるから」

 なんて心地が良いのだろう。

 彼女の声が、わたしの心に暖かい光を灯す。

 きっと、志摩子さんもわたしと同じように感じているはず。

 だって、志摩子さんの表情は、とても嬉しそうな笑みをたたえて右羽さんを見つめているから。

 わたしも今、志摩子さんと同じ表情をしているはず。

「さっき言ったように、想像はあくまで想像。その人自身を、決定づけてしまえる要素はない。話して
みて、初めてその人の本質が見えてくるもの。志摩子は意外に激情だし、由乃は内弁慶」

 『由乃』

 呼び捨てにされて、凄く嬉しく思う。

 でも、その前に。

「志摩子さんって、激情なんだ」

「由乃さんこそ、内弁慶なのね」

 なんて、こっそりお互いに言い合う。

 そんな会話が、凄く嬉しくて、楽しい。

 今まで、右羽さんと会うまではあり得なかった事。

 自然と、頬が緩んでしまう。

 だって、そう言いながらわたし達は可笑しさを噛み殺したような笑みを浮かべているから。

「そう、なんだ・・・・・」

「へぇ・・・・・・」

 祐巳さんと蔦子さんが、驚いたようにわたし達を見る。

「一目見て、わかる事なんてないんだよ?」

「・・・・・凄いね、白薔薇のつぼみと黄薔薇のつぼみの妹に、そんな事言えるなんて」

 少し感心したように言う祐巳さんに、右羽さんはクスッと笑う。

「何言ってるの。わたしは、白薔薇のつぼみとか、黄薔薇のつぼみの妹だなんて人にそんなこと言った
覚えないよ」

「「「「え?」」」」

 わたし達4人とも、驚いて右羽さんを見る。

 右羽さんは、凄く優しくて、やっぱり聖母のような表情でわたし達を見ていた。

「わたしは、藤堂志摩子と、島津由乃って言う名前の人に言っているの。肩書きなんて、興味はない」

 初めて言われた言葉、かもしれない。

「わたしは、藤堂志摩子と、島津由乃の2人と友達になったの。友達なんて、肩書きとなるものではな
いでしょう?肩書きなんて、友達になる上でとても不必要なものなんだよ」

 その言葉に、わたしは目頭が熱くなった。

 わたしは慌てて下を向く。

 涙が出るのを、見られたくないから。

 右羽さんにはもう、見られているけれど、それでも恥ずかしいから。

 横目で志摩子さんを見れば、わたしと同じように下を向いている。

 きっと、志摩子さんもわたしと同じ。

「わたしが好きなのは、藤堂志摩子であって、白薔薇のつぼみではない。わたしが好きなのは、島津由
乃であって、黄薔薇のつぼみの妹ではないの」

 何で彼女は、わたし達にとって、とても嬉しい言葉をくれるのだろう。

 欲しくて欲しくて、仕方のなかった言葉を、こう易々と口にしてしまえるのだろう。

 嬉しくて、嬉しくて

 どうしようもないくらい嬉しくて、涙が零れてしまった。

 いけない。

 右羽さんと祐巳さん、蔦子さんが、気づいてしまう。

 そう思っていると、急に頭を誰かに抱き寄せられた。

 そのまま、その人の肩に顔を埋めるように抱きしめられる。

 驚いていると、わたし達の大好きな人の声が、すぐ真横から聞こえてきた。

「わたしは、肩書きなんて興味はない。あなた達の、素のあなた達が好き・・・・・」

 わたしは、左手を大好きな右羽さんの背中にまわして、制服を握りしめた。

 きっと、志摩子さんも同じような事をしている。

 零れ落ちる涙は、右羽さんの制服に染みこんでいく。

 まるで、今のわたし達のように。

 右羽さんの言葉が、わたし達の心に染みこんでいくように。




「右羽さんって、やっぱり、凄いよ・・・・・」

「同感」

 お昼を食べ始めてすぐ、祐巳さんがぽつりと呟いた。

 それに蔦子さんも同意しながら、パンを口に含む。

「そうかな?」

 いつも思う。

 首を傾げているこの子が、わたし達が渇望していた言葉を、あんなに簡単にいつでもくれる人には見
えない。

 その時の右羽さんは、誰よりも大人っぽくて、本当にマリア様のよう。

「私も祐巳さんと蔦子さんに賛成だわ。まるで、マリア様みたい」

 そう言って微笑む志摩子さんを、右羽さんは驚いた顔で見た後に困った顔をする。

「大げさだよ〜」

「大げさじゃないって。わたしも思ったもん、マリア様みたいって」

 わたしがさらに言えば、右羽さんは困ったように笑った。

 それからすぐに祥子さまが来て、祐巳さんに台本を渡して去っていった。

 


 その日の放課後、文化祭が近づいているためわたしと志摩子さんはいつものように体育館へとやって
来た。

「あ〜あ、今日も無しか」

 わたし達がやって来たのを見て、白薔薇さまが一番に呟いた。

 それを聞き、わたしと志摩子さんは顔を見合わせて首を傾げる。

「何が無しなんですか?」

「君たちのマリア様が」

 志摩子さんが質問すれば、意地悪そうな笑みを浮かべて白薔薇さまは言った。

 わたし達は驚いて、再び顔を見合わせる。

「私達で話していたのよ。右羽ちゃんは、きっと由乃ちゃんと志摩子のマリア様ね。って」

 そう言って苦笑したのは紅薔薇さま。

「そうそう。それより、今日も連れてきてくれなかったの?」

 黄薔薇さまが本当につまらなそうに問いかけてくる。

 それにわたし達は苦笑しあうと、頷いた。

「今は忙しいので、右羽さんがいてもどうしようもありませんから」

 本心は隠して、建前を言う。

 本心は、まだ自分たちの右羽さんでいてほしいから。

 きっと、彼女は薔薇さま方の心も捕らえてしまうだろうから。

「はい。それに、右羽さんも居心地悪いでしょうし」

 わたしに続けていった志摩子さんの言葉は、きっと本音。

 わたし達を『白薔薇のつぼみ』や『黄薔薇のつぼみの妹』としか見ない他の人達が、右羽さんの悪口
をよく言っているのを聞いているから。

 何度彼女たちに怒鳴りそうなったか、数え切れないくらい。

「・・・・そうね。それは言えているわ」

 紅薔薇さまもその悪口を聞いているのか、少し哀しそうな顔で小さく呟いた。

「あ、でも言伝は預かっていますよ」

 そう。

 右羽さんと別れる時、右羽さんから紅薔薇さま方に伝えて欲しいと言われたのだ。

「え?右羽ちゃんから?」

 お互いに、顔も知らないのに。

 否、薔薇さま方はきっと右羽さんは自分たちの顔は知っていると思っているかもしれない。

 けど、そんなことはない。

 右羽さんは、本当に肩書きに興味がないようで、薔薇さま方の顔を知らないのだ。

 どんな人かも聞いてこない。

 きっと、顔を見て初めて、何かを思うのだろう。

 わたしや、志摩子さんの名前も知らなかったらしいし。

「それで、なんて?」

 紅薔薇さまに続いて、黄薔薇さまが問いかけてくる。

 わたしと志摩子さんは顔を見合わせると、微笑みあう。

「忙しくても、お体に気をつけてくださいと」

「いくら3年生だとしても、まだ高校生なのですから。そう仰っていました」

 わたしと志摩子さんが言えば、薔薇さま方は驚いた顔で顔を見合わせた。

「・・・・・・・・本当に、変わった子ね」

「変わっているというよりも、不思議な方です。右羽さんは」

「はい。可愛いのに、凄く綺麗で」

 相反する”可愛い”と”綺麗”という言葉。

 それでも、彼女は本当にそうなのだ。

 いつもは可愛いのに、わたし達に語る時それはとても綺麗に変わる。

「全然わかんないって」

 白薔薇さまが苦笑して言えば、やはりわたし達は顔を見合わせて微笑みあった。

 その言葉はきっと、彼女を見てみないとわからないから。

 彼女はきっと、マリア様の化身  







        

 

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