【本人のいないところで】

	




「ねえ、志摩子さん」

 放課後の薔薇の館。

 基本、仕事以外話をしない由乃ちゃんが、志摩子に声を掛けた。

 仕事の事だろうと思って、私は顔を上げて由乃ちゃんを見る。

「何処かおかしなところでもあった?」

「ううん。仕事の事じゃないんだ」

 そう言ってニッコリと笑う由乃ちゃんに、志摩子はもちろんも私達驚いた顔で見つめた。

 仕事以外の話をする程、由乃ちゃんと志摩子が仲良くないから。

 由乃ちゃんは私達が驚いているのを無視して、笑顔のまま再び問いかける。

「あのさ、”クライ フォー ザ ムーン”ってどういう意味か知ってる?」

「え?”クライ フォー ザ ムーン”?」

 志摩子もわからないのか、首を傾げている。

 クライ フォー ザ ムーンって、Cry for the moonの事よね?

「右羽さんにね、わたしはソレだって言われたの」

「えっ?右羽さんにっ?」

 右羽、という名前に志摩子が大きく反応する。

 誰かしら?

 右羽とは。

 私達は顔を見合わせた。

 それにしても、由乃ちゃんに向かってそんなこと言うだなんて、変わった
子ね。

 というか、日常生活でそんな言葉がでてくる事なんて、どういう会
話をしていたのかしら?

「志摩子、右羽さんって誰?」

 聖が問えば、志摩子はとても嬉しそうな顔をする。

「私のお友達です」

 本当に嬉しそうに微笑む志摩子に、私達は驚いた。

「それと、わたしの友達でもあります。志摩子さんが委員会でいなかったお昼に、友達になったんです
よ」

 そう言って笑う由乃ちゃんも、志摩子に負けず劣らず嬉しそう。

 この子達の気持ちを、私達は気づいていた。

 けれど、同じ学年ではない、ましてや年上の私達がどうにか出来るような問題でもなくて、困ってい
たのだ。

 話をしたとしても、きっと2人は緊張するだろうし。

「そうなの?なんて言われたの?」

 志摩子も由乃ちゃんの気持ちをわかっているのだろう。

 笑顔で聞いている。

 由乃ちゃんはそれに少し恥ずかしそうな顔をして答えた。

「『人は、言葉なくしては伝わらないんだよ?欲しいと、泣く事は凄く簡単。でも、
Cry for the moonでは駄目なの』

 『求めてみよう。自分から。友達が欲しいと・・・・・』」

 そう言われました。

 そう言って微笑む由乃ちゃんは、凄く嬉しそうで、それを聞いている志摩子も同じように嬉しそうだ
った。

 それを聞いて、凄く変わった子だと思った。

「志摩子さんは?」

「私は『友達になるのに、資格なんていらないの。なりたかったらなれば良い、なりたくなければならな
ければ良い。そんな簡単なものなんだよ?』

 『自分で、自分に鎖を掛けたら駄目だよ』

 『自分で自分を縛り付けてる。自分で自分の自由を拘束してる。それは、いけない事だよ』

 『あなたは、自由なの』そう言ってくれたわ」

 それを聞いて、もっと変わった子だと思った。

 由乃ちゃんと志摩子の話を聞くかぎり、2人と同じ1年生のはずなのに、言っているその言葉はとても
1年生からでた言葉とは思えなかった。

 私達でもそんな事を言えるかどうかもわからない。

「それで、その言葉、ね・・・・」

 江利子が書類を書く手を止めて、小さく呟いた。

「あの、それってどういう意味なんですか?」

「これはね、造語と言っても良いかしらね。直訳すると、『月を見て泣く』。そういう意味なの」

 江利子の説明に、由乃は複雑そうな顔をした。

 意味がわからないのだろう。

 それに私は付け足しをする。

「長く説明すれば、月が欲しいと言って、泣く子どもの事なのよ。手を伸ばそうともせず、自分でどうに
かしようとしたりせず、ただただ欲しいと言って泣くだけ。それを英語で
”Cry for the moon”と言うの」

 私が説明すれば、由乃ちゃんと志摩子ちゃんは顔を見合わせて驚いた顔をした。

「由乃、なんて言ったの?その、右羽ちゃん、だっけ?」

 令が心配そうに問う。この子は本当に心配性ね。

 苦笑していた私は、由乃ちゃんの言葉に固まった。

「友達が欲しいって言ったんです。わたしを、対等に見てくれる友達が欲しいって」

 私達は驚き、由乃ちゃんを凝視した。

「病気のわたしに気を使ってくれる人じゃなくて、少なくても良いから、本当に”友達”って言える人が
欲しいって」

「なるほど、だからCry for the moonか。上手い言い回しだね」

「頭の良い子ね」

 私も、聖と江利子に同感ね。

 確かに、頭の良い子だと思うわ。

「で?志摩子は?」

 聖がニヤニヤと笑いながら言えば、志摩子は顔を赤くした。

「い、言わなければ駄目ですか?」

「駄目!わたしは言ったんだから!志摩子さんも言うの!」

 由乃ちゃんがそう言う。

 この子が、志摩子にこんな事を言うのは初めて見たわね。

 そんな事を思っている間に、志摩子が赤い顔のまま口を開いた。

「私はほとんど言ってないんです」

「「「「「「言ってない?」」」」」」

 私達全員が首を傾げた。

 けれど、次に志摩子からでた言葉に全員が押し黙った。

「はい。ただ『聞こえるの。志摩子の声が』そう、右羽さんは言ったんです。私が『寂しい、1人は嫌だ』
と言っていると。『孤独に怯える声が、聞こえるの』と、右羽さんはそう言ったんです」

 それ聞いて思ったのは

 右羽ちゃんとは、何者なのだろうか。

 それだった。

「志摩子は、そんな事言ってないのよね?」

「はい、言ってません。祥子さま」

 志摩子が強く頷けば、私達は顔を見合わせる。

「それは、いつ言われたの?」

「転校してきたその日にです」

 私の質問に、さらりと、けれど嬉しそうに返す志摩子は本物だった。

「わたしも、初めて会ったその日に言われました。右羽さんは、わたしの名前も知らないのに、ああ言っ
てくれたんです」

「・・・・・凄い子ね、本当に」

 江利子が、何処かキラキラとした目で呟いた。

 それを見て、興味を持った事がわかる。

「だからここ最近、志摩子は嬉しそうなんだね」

「自分では普通にしているつもりだったんですが、そう見えましたか?」

「すっごくね」

 由乃ちゃんがニッと笑う。

 初めて見る、由乃ちゃんの表情だった。

 嬉しそうな志摩子も、初めて見る表情だった。

 薔薇の館にいても、由乃ちゃんと志摩子には儚い印象しか受けなかった。

 それなのに、1人右羽ちゃんという子が間に入っただけで、この2人はこんなに表情が豊かになった。

 どんな子なのだろう。

「会ってみたいわね、その子に」

 私がそう言うと、2人は顔を見合わせて微笑みあう。

「「まだ、私(わたし)達だけの右羽さんでいてほしいので、もう少し待ってくださいね」」

 その言葉に驚いたのは全員。

 その後、私達は笑い出す。





 本当に変わったわ、この子達。

 自己主張をするのをあまり見たことのないこの子達が、こうもハッキリというんだもの。

 江利子ではないけれど、とても興味あるわ。

 たった1人の子が、どうしてここまで2人を変える事が出来たのか。

 それが凄く知りたい。

 まだ見たことのない、右羽ちゃんという子に、私達全員が興味を抱き、そして感謝した。

 この2人に、笑顔を与えてくれてありがとう。と。




          

 

トップに戻る 小説入口へ戻る  目次  前へ  次へ


 

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送