【友達って、なんですか?】

	  




 最近、志摩子さんの機嫌がいいと思う。

 いつも浮かべている笑顔が、5割増し程嬉しそうだ。

「志摩子、最近嬉しそうね。何かあったの?」

 紅薔薇さまが問えば、志摩子さんは少し驚いた顔をした後照れたように微笑んで返した。

「いいえ、何もありませんよ?」

 否、その顔はウソだ。

 明らかに、良い事がありました顔。

 そう言えば最近、志摩子さんを見かける時はある特定の人と一緒にいるのを見かける。

 多分、その人が原因。

 志摩子さんは、わたしと少し似ている部分がある。

 それは、友達という者がいない事。

 けれどそれは、きっとその人のお陰で解消されたのだろう。

 志摩子さんは、その容姿のせいで人が敬遠する。

 そしてわたしは、この忌々しい心臓のせいで敬遠される。

 わたし達は、似たもの同士だったのだ。

 そんな彼女が、わたしを置いて先に友達を見つけて嬉しそうなのを見ていると、無性に腹が立った。

 こんな理不尽な怒りは、わたしをどうしようもなく落ち込ませる。



  友達って、なんですか?






【友達って、なんですか?】
 落ち込みまくっているわたしは、それを表には出すような事もせずに歩いていた。  今日は令ちゃんのウザイ言葉を無視して、1人でお昼を食べるつもりだった。  だから、適当なところはないかと中庭を歩いている。  そんな時だった。 「っ!!?」  急に、発作が起こったのだ。  適当に歩いていたから、周りには一人っ子1人いない。  最悪。  心の中で愚痴りたい気持ちで、息できない状態でバックの中を漁った。  その時、声が聞こえた。 「大丈夫!!?」 「・・・・っくは・・・・・だい・・・・じょ・・・・ぶっ・・・・・く・・・すり・・・の・・・ん でっ・・・・ねっ・・・たら・・・・なお・・・る・・・わ・・・・・っはっ」  知らない生徒に心配なんてさせたくなくて、わたしは苦しみながら探り当てたクスリを口に含んだ。 「これ飲んで!」  そう言って渡されたお水を、ありがたく思いながら飲んだ。  それと同時に、意識はブラックアウト。  微かな焦ったような声が、わたしの耳に聞こえた。  その時のわたしには、見知らぬ人への罪悪感でいっぱいだった。  白濁していた意識が、段々と浮上してくる。  大丈夫、苦しくない。  そう思いながら、ふと頭の下が柔らかい事に気づいた。  さらに言えば、優しい手がわたしの前髪を優しく梳いている。 「・・・何で・・・・?」  うっすらと目を開けようとしたけれど、あまりの眩しさに開けようとしていた目を細くした。 「あ、目が覚めた?」  状況がわからない。  けれど、この声は先程お水をくれた人と同じ声。  とりあえず、お礼を言わないと。  体を起こそうとすると、反対に肩に手を置かれた。 「ムリに起きようとしなくて良いよ。まだ顔色悪いし」  再びなんなのかわからない柔らかいものに、頭を置かれた。 「でも、大丈夫ですから」 「ムリしない。良いから」  そう言って、頭を撫でられる。  人に、特に発作が起こった後に優しくされるのは、嫌だった。  でも、この人の優しさは嫌じゃない。  この人の場合、他の人と違うのだ。  対応が。  他の人は、発作が起こった事に触れないように触れないようにと、気を使ってくる。  それなのに、この人は違う。 「・・・・・・ありがとうございます」  その好意に甘える事にして、わたしは慣れてきた目を開けた。  目を開けて、わたしは目を見開いた。  そこにいたのは、志摩子さんの友達だったから。 「あなたは・・・・・・」  目を見開きその人を凝視すれば、その人は不思議そうな顔で首を傾げる。 「どうしたの?」  彼女は、わたしの事を知らないのだろうか。  志摩子さんと友達という事は、山百合会である事も知っているだろうし、わたしが同じ山百合会で一 緒だという事も知っているはずだ。 「な、何でもないわ」  慌ててそう言うと、そっか。その人はそう言ってわたしの髪を梳くのを再開する。  その気持ちよさに、わたしは目を閉じた。 「・・・・今日、志摩子さんは一緒ではないの?」  知らぬ間に出ていた言葉。  自分でも驚く。それを隠して、わたしは目を閉じたまま平静を装った。 「あ、シマちゃんの知り合いなんだね。うん、今日はシマちゃん委員会だから、わたしは1人でお昼な んだ」  シマちゃん? 「・・・・そうなの」  そう答えた時、その人がクスリと笑った。  何だろうと思い、目を開ければその人は凄く優しそうな、それでいて哀しそうな表情をしている。 「あなたとシマちゃんは、似ているね」 「・・・・・・・・・・・・」  急な言葉で戸惑ったのもあったけれど、それは自分でも思っていた事だったから何も言えなかった。  確かに、わたしと志摩子さんは似ている。  否、似ていた。  でも、それは本人達だけがわかる事のはず。  わたしの心を知らないこの人が、何故そう思ったのだろう。 「1人が寂しくて、嫌なのに。それを誰にも言わないところが、凄くそっくりだね」  閉じかけていた目を大きく見開いて、わたしは彼女を見た。  先程と、同じ笑みを浮かべていた。 「シマちゃんは、自分で自分を縛り付けて・・・・・。あなたは、なにで自由を失っているの?」  この人は、何だろうと思った。  初めて会った種類の人だった。 「・・・・・心臓病なのよ、わたし」  思っている事とは裏腹に、言葉は自然と出ていた。 「そうなんだ」  撫でる手は止まない。  また、わたしは目を閉じて、自分の心臓に手を置いた。 「誰もが、わたしをまるで壊れ物のように扱うわ。まるで、触ってしまえば壊れてしまうかのように・・・」  心の中に溜まっていた思いは、行き場を失い溢れ出る。 「体育の時だってそう。確かに、わたしも体育に出て皆と一緒に動きたい。そんなわたしに気を使って 、クラスメイトの人は色々と言ってくれる。話をする時だって、家に帰ったら寝ているわたしはテレビ だって見られない。気を使って輪に加えてくれるのは嬉しいけれど、なにもわからないわたしは相づち を打つことしかできない」  彼女に言ったとしても、意味のない事。  わかっていても、溢れ出たものを止める術を、わたしは持っていない。 「でも、わたしが欲しいのは気を使ってくれる人達じゃないの。少なくても良い。心の底から、”友達” って言える人が欲しい・・・・・」  目頭が熱くなってきた。  そんなわたしの目尻を、名前も知らない志摩子さんの友達の優しい指が、拭ってくれた感触がした。 「小さい頃から、この病気と一緒に生きてきた。でも、そんな病気を持ってると皆が気を使う。皆が、 わたしに本心を明かしてくれない。それは―――」 「凄く哀しい事」  わたしの言葉を遮って、その人は言った。  わたしが、言おうとしていた言葉を。  開けようとした目の上に、その人の手が置かれた。  まるで、目隠しをするように。 「人は、言葉なくしては伝わらないんだよ?欲しいと、泣く事は凄く簡単。でも、 Cry for the moonでは駄目なの」  クライ フォー ザ ムーン  その意味はわからなかったけれど、その前の言葉で言いたい事はわかった。 「求めてみよう。自分から。友達が欲しいと・・・・・」  ああ  この人は、凄い  志摩子さんも、きっとこの人の心を打つ言葉で変われたのだ。  そう、思った。  わたしは、目の上に乗っている手を握った。 「・・・・・・・・・・わたしと、友達になってくださいっ」   わたしの声は、震えていた。 「喜んで」  きっと、わたしはこの人には敵わない。 「そうだ、早くご飯食べちゃおう。もう半分くらいしか残ってないよ」 「うん」  令ちゃん以外にしか、見せた事のない素でわたしは返事を返して、体を起こした。  そう言えば、あの柔らかいのは何だろう?  ふと、頭のあった場所を見れば、この人の膝があった。 「・・・・・まさか」 「どうしたの?」  体を起こしたわたしの顔を、その人が不思議そうに覗き込む。 「・・・・・ううん。ありがとう」  恥ずかしさと嬉しさ。それらを隠すようにしながら、わたしは色々意味を含めてお礼を言った。 「お礼言われるような事、してないんだけどな?」  そう言って笑ったその人は、膝枕をしてもらっていた時に見た優しい、聖母のような雰囲気は消えて 普通の女の子だった。 「わたしがしたいのよ」 「なら、ありがたく受け取っちゃう」 「そうして」  彼女に渡されたバックを受け取り、お弁当を取り出す。 「そうそう。わたしね、草薙右羽だよ。あなたは?」 「わたしは、島津由乃よ」  ちょっとの期待を込めて言えば、彼女は、右羽さんは少し考えるような顔をした後にニッコリと微笑 んだ。 「よろしくね!しのちゃん」  どうやら、わたしのあだ名は”しのちゃん”になったらしい。  実は、これに期待をしていたのだ。  初めて呼ばれるあだ名に、気分は上機嫌。 「宜しく、右羽さん」  彼女に同じように笑って返せば、うん。と元気に返してくれた。  わたしが初めて友達になったのは、凄く優しくて、凄く綺麗で、凄く可愛い人。  そして、凄く不思議な人。  右羽さんの言葉で、わたしは気づいた。  欲しいと願うだけでは駄目なのだと。  手を伸ばして、つかみ取る。  それくらいの気持ちで求めなければいけないのだと。  それを教えてくれたのが、初めての友達、右羽さん。  彼女は、本当に不思議で、本当に凄い。  わたしは心の底から思う。  わたしはきっと、右羽さんには一生敵わない、と。

 

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