【友達なんて言葉、知らない】

	  




 幼稚部から今まで、ずっとこのリリアンに通ってきた。

 そんな私は、カトリック教徒にあるまじき家がお寺。

 こんな私が、リリアンに通っているなんて周りの人が知れば、なんて言うかしら?

 拒絶?

 そうかもしれない。

 だから私は、家がお寺であると知られたらリリアンを辞めようと思っている。

 いつ辞めるかわからない私。

 家がお寺である私。

 そんな私は、いつも1人。

 周りの人はまるで、壊れ物に触れられるかのように、私に対応する。

 休み時間になっても、他の人達がお友達と仲良く話している中、席に座って寂しさに耐えるだけ。

 中等部でも、小等部でも同じだった。

 でも、高等部に入ってから、白薔薇さまである佐藤聖さまにロザリオをもらっていつもと違う日常が
やってきた。

 それでも、いえ、それ以上に私は周りから遠くなった。

 話すのは、必要最低限だけの事。

 薔薇の館でも、それは同じだった。

 同じ学年の由乃さんとも、私達は仕事以外ほとんど話さない。

 
 友達なんて言葉、知らない。






【友達なんて言葉、知らなかった】
 今日は、教室が朝から少し騒がしい。  理由はどうやら、転校生が来るかららしかった。  けれど、どうしてこんな時期に、と思う。  まだ6月で、一学期が始まったばかりと言っても良い。  そんな時期にどうして、と。  私はシスターが来るのをいつものように、1人で座って待っていた。  シスターが入ってきた途端に、クラスの人も席に着き始める。  そんなシスターの後を、1人の女の子がついていく。 「紹介します、草薙 右羽(ゆば)さんです」    シスターの言葉に反応して、右羽さんが頭を下げる。 「草薙右羽です!今日から宜しくお願いします!」  元気な、私とは正反対の人。 「それでは、右羽さん。彼女の隣りに座ってね」  そういってシスターの目を向けた先は、私の隣。  忘れていた、私の隣は何故か入学当時から誰も座っていなかったのだ。  疑問に思っていたけれど、でも何故座る人がいなかったのだろう。 「はい!」 「疑問に思っていた人も多いと思いますが、右羽さんも初めは皆さんと同じ時期に入学する事になって いました。ですが、諸事情により入学が遅れました。ですから、そこの席は元もと右羽さんの席なので すよ」  シスターが説明をしてくれた。  そういう事なのね。  そう思っていた私に、横から声が掛けられた。 「ねぇねぇ、お名前はなんて言うの?わたしは草薙右羽だよ」  驚いて声の主の方を見れば、笑顔で私を見ていた。 「?どうしたの?」  驚いて答えない私を不思議に思ったのか、右羽さんは首を傾げて問いかけてくる。  それを見て、私は慌てて笑顔を貼り付けた。 「いいえ、何でもないわ。私は藤堂志摩子よ、宜しく、右羽さん」 「志摩子・・・・・じゃあ、シマちゃんだね」  驚いた。  友達なんていなかった私は、もちろんあだ名があった事だってない。 「よろしくね、シマちゃん」  私の驚きなど気づくはずもない彼女は、私に笑顔で手を差し出してきた。とっさにその手を握る。  その笑顔と、初めて感じた人の温もりに、私は涙が出そうだった。 「ええ、よろしくね。右羽さん」  涙が流れないようにしながら、私は精一杯、貼り付けた笑顔ではない笑顔を彼女に返した。 「あの、右羽さん。お昼一緒にいかが?」  お昼休み、クラスメイトの人が右羽さんに声を掛けている。  それを平静を装いながら耳に入れ、私は鞄からお弁当を取り出した。  きっと、彼女はその人と一緒にお弁当を食べるだろう。  昼休みに良く話しかけてきてくれる彼女に、私は面白い話を言うでもなく相づちを打つ位しかしてい ないから。  こんな面白味のない私よりも、この子のような普通の子と話している方が楽しいと思う。  私は、席を立とうとした。  そんな私の袖を、誰かが掴んだ。 「ううん。シマちゃんと食べるから良い。ごめんね?」 「え?」 「良いのよ」  驚く私の声が聞こえなかったのか、クラスメイトの人は少し残念そうにお友達の方へと戻っていった。 「シマちゃん、行こう」  私が驚いて固まっているのに気づいていない様子で、彼女はお弁当を持っていない方の手で私の手を 握ると、歩き出した。 「え、ええ」  思考がまだ動いていないのか、それだけを返す。 「ねえ、シマちゃん。シマちゃんはいつも、何処でお弁当を食べてるの?」  並んで初めてわかる、彼女と私の身長差。  私の方が、少し高いのだと、今初めて気づいた。  そんな回らない頭で考えていた私の顔を、右羽さんが覗き込む。 「シマちゃん?」 「えっ?あ、ごめんなさい。何かしら?」 「いつも何処で食べてるの?」  聞き返した私を、彼女は不快そうにする事もなく笑顔で問いかけてきた。 「いつもは、中庭で食べるわ」 「そっか。じゃあ、そこに行こう。って言っても、今日来たばかりだからシマちゃんに案内してもらわ ないとわからないんだけどね」  なんて、恥ずかしそうに笑う彼女を見ながら、私は思う。  何で、右羽さんは私といてくれるのか。  もし私だったら、きっと話そうとはしない。  こんな、面白味のない人間なんかと。 「どうして・・・・?」 「え?」  口をついて出た言葉に、私は慌てて口を手で押さえた。 「何?シマちゃん」 「・・・・・・いいえ、何でもないわ」  そう言って微笑むと、右羽さんは初めて笑顔ではない表情をした。  少し哀しそうな顔。 「・・・・・・・・・・・」  その表情は、とても綺麗に見えた。 「行こう、シマちゃん」  けれど、それは一瞬で見惚れていた私の手を掴むと、元気な笑顔で私の手を引いていく。 「・・・・右羽さん、こっちね」  私は気がつけば、反対に彼女の手を取っていつも行く特等席へと歩いていっていた。  人の温もりが、私の心を溶かしていく。  特等席に着いた私は、いつもの席に座り右羽さんも私の隣に座った。 「綺麗だね、ここ」 「ええ、お気に入りなのよ」  私がそう言うと、右羽さんはとても嬉しそうに笑った。  その笑顔に、私は照れてしまう。  本当に、ここはお気に入り。  1人でいても、寂しさを感じないから。  でも今は、右羽さんと一緒にいる。  それが嬉しかった。  たとえ、今日だけの幻であっても。  それから、私と右羽さんは昼休みの時みたいに他愛ない話をする。  といっても、話題は全部右羽さんで、私はそれに相づちを打つだけ。    それでも、楽しいと思う私がいた。  それもこれも全て、右羽さんのお陰。  そんな事を考えていると、少し不満そうな声が隣から掛けられた。 「シマちゃん、聞いてる?」 「ええ、聞いているわ」  自分の考えにはまっていたらしい。  私は苦笑すると、彼女の方へと顔を向けた。  彼女は可愛らしく頬をふくらませている。  ご飯を食べ終えた後も、私達はその場で話をしていた。  けれど、そろそろ教室に戻らなくてはいけない時間だ。 「そろそろ戻りましょうか」 「うん!・・・・・あ」  けれど、右羽さんが小さく呟いて私の袖を掴んだ。 「どうしたの?右羽さん」 「シマちゃんに、言っておかないといけない事があるの」 「?なぁに?」  笑顔で言う右羽さんに、私は首を傾げて彼女を見る。 「シマちゃん、口で言わなくちゃわからないと思うから、言うんだよ」  そう言う右羽さんは、やはり笑顔。  意味が良くわからないけれど、一応頷いて返す。 「わたしはもう、シマちゃんの事友達だと思ってるからね」 「!?」  私はその言葉に驚き、目を見開いた。 「シマちゃんは、この学校に来て初めてのお友達」  そう言って微笑む右羽さんは綺麗で、彼女はマリア様の化身ではないのだろうか。  本気でそう思った。 「だから、シマちゃんは1人じゃないんだよ。1人で、泣かなくても良いんだからね」 「っ!ど、どうして・・・・」 「ん?」  なに?と微笑む笑顔が、何故かぶれて見えた。 「私にはそんな資格なんてないのに!!私には、誰かと友達になる資格なんてないのに!!」  気がついた時には、私は叫んでいた。  実家がお寺だなんて知られたら、私はきっとこの学園から去らなければいけない。  だから、友達なんて言ってもらえる資格なんて・・・・・・・  そんな彼女の手が、私の頬を撫でる。  濡れたような感触に、私は初めて自分が泣いている事に気づいた。 「何言ってるの。友達になるのに、資格なんていらないの。なりたかったらなれば良い、なりたくなけ ればならなければ良い。そんな簡単なものなんだよ?」  言い聞かせるような、そんな微笑みで・・・・・ 「でも、私の家はお寺なの!リリアンではあるまじき家でっ―――」  言葉が、途中で止まった。  口には、右羽さんの手が。 「お寺とか、関係ないよ。問題なのは、自分の意志。でしょ?」  右羽さんの手が、私の心臓の上辺りをとんとん、と叩く。 「自分で、自分に鎖を掛けたら駄目だよ」  それから、叩いた辺りを掌で触れる。 「シマちゃんは、自分で自分を縛り付けてる。自分で自分の自由を拘束してる。それは、いけない事だ よ」  それからそっと、彼女は囁くように言った。 「あなたは、自由なの」  その言葉が、さらに涙を増幅させた。 「そんなあなたと、わたしは友達になりたい・・・・・・」  彼女の言う事全てが、私の心を解き放つ。 「どうしてっ、そんな簡単に、私の欲しい言葉をくれるのっ?」  どうして?  どうしてそんなに簡単に、私の欲しい言葉をくれるの?  ずっと願っていた言葉を、くれるの? 「なんでかな?わかんない。でもね・・・・・・」  とても優しい声で、とても優しい手が私の反対の頬も拭ってくれる。 「聞こえるの。志摩子の声が」  『志摩子』  それは、まるで特別なんだ、と言われているような気持ちになる。 「寂しい、1人は嫌だ、って。孤独に怯える声が、聞こえるの」  彼女の手が、私の頭を抱きしめる。  抱きしめられて、私は縋りつくように右羽さんの背中に腕をまわして、制服を握りしめた。 「わたしと志摩子は、友達。わたしが、友達になりたいから、友達。・・・・・だから、もう1人で泣かな くても良いんだよ」  その声が、言葉が、私の心を溶かしていく。 「もう、友達がいないって、寂しい思いをしなくても良いの」  まるで聖母のように、何も言えずに泣く私の頭を撫でてくれる。 「今までの自分と、おさらばしよう。志摩子は、自由なんだから・・・・・」  その言葉が引き金になり、私は声をあげて泣いた。  大きな声ではないけれど、それでも私にとっては号泣だった。    私が泣き止んだ後、すでに授業が始まっており、私達は慌てて教室に戻っていった。  その際、シスターに少し怒られたけれど、私達は顔を見合わせて笑い合うと席に着いた。  初めての友達は、とても可愛くて、とても綺麗な、とても不思議な人。  そして、とても優しい人。  まるで、今までの寂しさが全てこの日のためにあるのではないかとまで、思えてしまうくらい。  それ程、私は嬉しかった。  私は今日、とても不思議な友達を手に入れた。   帰り道、山百合会での仕事がなかった私は、右羽さんと一緒に帰った。  校門へと向かう並木道にあるマリア様の前で、私は今日この日を、マリア様に心から感謝した。  素敵な友達を、ありがとうございます。と     あとがき。  新連載ですね。  今回は、ギャグ無しの連載となります。  結構前に書いたやつなので、言葉などがおかしいかもしれません。  おかしなところを見つけたら、まったりと教えてくだされば幸いです。

 

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