【卒業式】

	






「39.7分。完璧に熱だな」

「げ・・・・」

 父の言葉に、わたしはそれだけ呟いた。

 いや、それだけしか呟くことが出来なかった。

「熱が下がるまで、ベッドから起きあがるのも禁止」

「今日、卒業式・・・・・・」

 そういうと、父は苦笑しながらわたしの額に濡れたタオルを置いてくれる。

 父は、今日と明日、我が家に帰ってきた。

「残念だけど、卒業生の勇姿は見られないな」

 いや、勇姿ではありえない。

 むしろ、珍姿だ。

「嫌だ」

「諦めるしかないだろう?だいたい、起きあがれるのか?」

 父にそういわれ、わたしは言葉に詰まる。

 だって、起きあがれないから。

 体中が怠い。

 健康が、唯一の自慢だったのに。

 寂しい自慢だけど、今までだって風邪なんか引いたことがなかったのだ。

 それが今日、崩れ去った。

 儚いね。

 儚すぎるよね。

 唯一の自慢が、卒業式当日に崩れ去るなんてさ・・・・・・。

 遠い目をしつつ思っていると、そこに母が登場。

『あなた、用意が出来たわよw』

 綺麗にした母。

 父も、綺麗にしている。

 毎回のことだが、父は帰ってくると母と必ずデートをする。

 それも、泊まり込みで。

 でもさ、高熱を出してる娘置いていくのってどうなの?

『・・・・・・・娘と愛する人、どっちが大事?』

『『愛する人』』

 即答しやがった。

 わかってたさ。

 うん、わかってた・・・・・(泣)

『『じゃあ、行ってきます』』

 満面の笑みを浮かべて出かけていった両親。

 泣いても良いですか?

 誰もいないし、良いよね?

 良いよね?

 って、んなバカなこと言ってる場合じゃないんだって。

 今日は卒業式。

 いくら、3馬鹿トリオが大学部の方へ進むからといっても、大事な日だ。

 日頃、振り回されているわたしだけれど、今日は行くべきだ。

 たとえ、熱が40度を超えようとも、さ。

 だって、わたしは彼女たちが好きだから。







 ってわけで、リリアンにやってきたわたし。

 なんていうか、凄いね。

 世界が回ってるよ。

 これ以上ないくらいに、世界が回ってる。

 街ゆく人々の顔が、歪んで見えるよ。

 中には、分身で見える人もいるくらいだ。

 あれは、わたしの熱のせいか?

 それとも、実際に分身しているのだろうか?

 分身だったら、是非教えてもらいたいよね。

 それに、体もすっごい重い。

 10キロの重りを、体中につけたくらい重い。
 
 今の体重はかったら、きっと100超えるよ。

 自信ある。

「ごきげんよう、巳星ちゃん」

「ごきげんよう、巳星さん」

 声をかけられ振り返ると、小笠原祥子と福沢祐巳がいた。

「ごきげんよう、小笠原祥子、福沢祐巳」

 そう返すけど、両名はわたしをジッと見てくる。

 いや、正確にはわたしの頭上を。

「どうした?」

「・・・・・・・巳星ちゃん、あなた湯気が出てるわよ?」

「え・・・・・?」

 頭上を見るが、見えない。

 いや、当たり前なんだけどね。

 熱のせいで、頭が回らないらしい。

「といいますかお姉さま。巳星さん、顔が赤いですよ?」

 ドキッ。

「そんな事ないだろう」

 否定しておく。

「いえ。あなた、顔が赤いわ。熱があるんじゃない?」

 小笠原祥子の手が、額へと伸びてきた。

 わたしは慌てて距離をとる。

 うわぉ。

 急に動いたから、凄い目が回るんですけど。

「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」

 その無言が嫌な予感。

「祐巳、やっておしまい」

 なんすかそれ!?

 やっておしまいって!

 女王さまだ!

 女王さまがここにいる!

「はい!」

 従者もここにいたぞ!

 心の中でそんなことを思っているうちに、いつもは見せない素早い動きで福沢祐巳がわたしの後ろ
にまわり、羽交い締めにしてきた。

 そして、

「うわっ!巳星さん、服の上からでも十分熱いよ!」

 なんて事を、言ってくれる。

 あ・・・・、視線独り占め。

 やったね v

 じゃなくて!

「・・・・・巳星ちゃん、保健室に行くわよ」

 いつの間にかわたしの額に手を置いていた小笠原祥子が、低い声で言ってきた。

 こ、怖っ!

 すっげぇ睨まれてるっ。

「でも、今日は卒ぎょ・・・・」

「行くわよ」

「行こう?」

 片方は睨みを鋭くして、片方は心配そうな表情で。

「・・・・・・・・・・・・ハイ」

 今のわたしに、抗えるほどの力はなかったのでした。





「・・・・・・・・・寝てなさい!」

 体温計を見て、すぐに先生にベッドへ放り込まれた。

 先生強し。

「先生。熱は何度あったんですか?」

「41.2分よ」

 小笠原祥子の問いに、先生が答えた。

「「41.2分!!?」」

 あ〜。

 世界が回るわけだ。

 分身してない人も、分身してるわけだね。

 凄いな、わたし。

 43度いくと、人って危ないんだぞ。

 後1.8分高くなったら、危ないね。

「やるな、わたし」

「感心してる場合じゃないでしょうが!良いから寝てなさい!」

 額にアイスノンをぶつけられた。

 ・・・・・先生、ナイスコントロール。

 口に出したら、きっと怒られるから言わない。

「ハイ」

 だから、素直に言うことを聞いて、眠る体制に入った。

「あ」

 目線だけを小笠原祥子と、福沢祐巳へと向ける。

 もう、顔だって動かせない。

 ベッドに入った途端、体の自由が利きません、先生。

 だけど、2人はわたしの視線に気づいて近づいてきてくれた。

「「どうしたの?」」

「トリオに、ごめんって・・・・」

「ええ、わかったわ」

「安心して、寝てて良いからね?」

 小笠原祥子と福沢祐巳の言葉に頷き、それから小笠原祥子へ。

「・・・・泣いても、良いから」

「え?」

 目を見開く小笠原祥子に、わたしは目を細めた。

「泣いて、言葉に出来なくても・・・・・誰かが、きっと、助けてくれるから・・・・・」

「・・・・・・・・・ええ」

 恥ずかしそうに、嬉しそうに微笑む小笠原祥子に笑みを深め、わたしは目を閉じた。
 






          

 

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