【援助交際】

	




  『3年椿組、鳥居江利子さん。指導室へおこしください。繰り返します。3年椿組、鳥居江利子さん。
指導室へおこしください』

 ・・・・・何やったよ、あいつ。

 マジで自伝出した、とか・・・?
 
 本当にやったの?あの人。

 『私とお凸と紫外線』?

 うわ、絶対にバカだ。

 果てしなくバカだ。

 そんなに指導室に呼び出されたかったのか?

「聞いた?黄薔薇さま、援助交際したらしいわよ」

 ・・・・・は?

 わたしはクラスメイトの会話を聞き、一瞬固まってしまった。

 援助交際?

 ダメだ、よくわかんない。

 援助交際なんて、そんな話しあったか?

 あ、もしかしたら『いとしき歳月』?

 困ったな〜。

 わたし、あの原作読まなかったんだよね。

 全然知らないんだけど、どうしようかねぇ。

 ・・・・・・・まあ、とりあえず、トイレにでも行くか。

 わたしの時のように、どうせ勘違いだろうし。

 わたしは席から立ち、教室を出た。

「「「巳星さん!!」」」

 呼ばれ、そこへと顔を向けた。

 誰かなんて、声でわかるけどね。

 案の定、そこには福沢祐巳、島津由乃、藤堂志摩子の3人。

 っていうか、島津由乃どこにいたのさ。

 同じクラスじゃん。

「行くわよ!」

「どこに?」

「指導室に決まってるでしょう!」

 ・・・・そうか、決まっているのか。

 改造手術をした島津由乃に腕を取られ、指導室まで一直線。

 凄いね、島津由乃。

 福沢祐巳と藤堂志摩子が、隣で息切らしてるぞ。

 わかってやれ。

 指導室にやってくると、支倉令もいた。

 もちろん、築山三奈子達も。

「巳星ちゃんも、きてくれたんだ」

「3人に連れてこられただけだし」

 支倉令に肩をすくめて答える。

 そんなわたしの背中を叩く島津由乃。

 痛いっちゅーの。

「とか言いつつ、指導室に来ようとしてたじゃない」

「いや、トイレに行こうとしてただけだし」

 トイレ行ったら、そのまま薔薇の館に行くつもりだったつーの。

 わざわざ指導室に行く意味わかんないし。

 何で鳥居江利子が援助交際なんてする必要があるのさ。

「で、援助交際って言われてる理由は?」

 支倉令に問う。

 それに答えたのは、築山三奈子。

「実はね。黄薔薇さまが、別々の男性と一緒にいたっていう目撃情報があったのよ。何人にも目撃さ
れてるわ!」

 はぁ?

 眉をよせるわたし。

 何、その理由。

「そんな事で、呼び出されたわけ?」

「そんな事って・・・・・」

 誰かがわたしの言葉に、ムッとしたような声で返してきた。

「そんな事ってどういう事よ!」

 睨まれた。

 マジで、最近睨まれるんですけど。

「そんな事って、そのままでしょ?」

 わたしはため息をつき、睨みつけてくる島津由乃の頭に手をおく。

「別々の男と一緒にいたからって、何?鳥居江利子にだって、兄がいる。男の友人だっているだろう。
男と一緒にいたからって、援助交際って決めつけるのは良いことじゃない」

「だけどっ」

「だけど何?まだ事実もわからないのに、援助交際だって決めつけて良くない噂を流して・・・・。それ
ってさ、どうなの?」

 呆れる。

 くだらない。

 なんてくだらないんだろう。

 そんな噂に踊らされてる島津由乃達を、不思議に思う。

 今まで一緒にいたんだから、鳥居江利子がそんな事しないことくらいわかるだろうに。

「それにさ。人としてどうなの?」

 その場にいる人達全員に問う。

「え?」

 まさかそう問われるとは思っていなかったのだろう。

 築山三奈子や周りでこちらを見ている生徒たちが驚いた表情をし、わたしを見ている。

「男と一緒にいたからって、何で援助交際って思うわけ?兄弟とか、友人とか、父親とか、何で初め
にそれを思い浮かばない?」

 言葉に詰まった様子の築山三奈子やその他大勢。

「男と一緒にいる=援助交際って、その人に失礼じゃない?」

 だいたい。

「君らが見てきた鳥居江利子は、そういうことをする人物?令だって、自分の姉(スール)だろう。
由乃達だって、一緒に今までいたでしょうが。それなのに、本当かわからない噂に踊らされて・・・・・・」

 大きくため息をつく。

 そこに、

「さすが、巳星ちゃんね」

 江利子が指導室から出てきた。

 ・・・・・・・・・・。

「さすがって何が?普通のことをいっただけだし」

 っていうか、初指導室だからだろう。

 すっげぇ、嬉しそうなんですけど、この人。

 良いのそれ。

 普通の人として良いの?

 あ、そっか。

 鳥居江利子達に普通を求めても無理だった。

 常に常軌を逸している人達なんだもんね。

「お姉さま!」

 ホッとしたように支倉令が鳥居江利子を呼ぶ。

「あら、令もきていたの?」

「いや、普通来るだろう。一応、姉(スール)なんだし」

 支倉令の性格も考えれば、絶対に来るってわかるって。

 だって、ヘタレだし。

「そうね」

「一応って、巳星ちゃん・・・・」

「それより、初めての指導室はどうだった?楽しかった?」

 前わたしが呼び出された時、羨ましいとか言ってたしね。

「ええ。初めての経験だったわ」

 いやそうだろう。

 何度も呼び出されてたら、それは人としてどうだろう。

 色々とどうだろう。

「当たり前でしょうが」

 呆れてしまう。

 まあ、鳥居江利子も帰ってきたし。

「そろそろ、薔薇の館に行くわ。鞄、教室だし」

「あ、わたしも鞄教室だわ。巳星ちゃん、一緒に行きましょう」

 いや、クラス同じだし普通そうだろう。

 同じクラスなのにバラバラに行くって、どれくらい仲悪いんだよ。

「あ、わたしも取ってこなくちゃ。お姉さま、先に行っていてくださいっ」

 令は慌てたように鳥居江利子にいった。

「私も教室に戻って鞄取ってきますね」

「あ、わたしもだ」

「ええ、わかったわ。巳星ちゃん達、早く来るのよ?」

 この人がこんなこと言うなんて、珍しいこともあるもんだ。

 率先してさぼりそうなのに。

 まあ、わたしが見るかぎりで一度もさぼったことないけどね。

 だって、いつもの唯我独尊ぶりを見るとさぼりそうだよね。

 さぼらないのが不思議に思うよ。

「み、皆さん、黄薔薇さまに本当かどうか聞かなくても良いのですかっ?」

 築山三奈子がそう問うと、わたしはため息。

 まだ言うか。

 ため息をついたわたしとは反対に、島津由乃達は顔を見あわせた。

「だって、黄薔薇さまはそんな事しませんから」

「はい。巳星さんに言われて、今までの黄薔薇さまの行動を思い出してみれば、絶対にそんな事しな
い方だってわかりますから」

「お姉さまは、絶対にそんな事する方ではありませんから」

「黄薔薇さまは、変わった方ですが、そういうことをする方ではありません」

 島津由乃、福沢祐巳、支倉令、藤堂志摩子が順に言う。

 ・・・・・まあ、当然だね。

 わたしは口端を上げ、鳥居江利子を見上げた。

 鳥居江利子は、珍しいくらいに嬉しそうな表情で4人を見つめている。

「じゃ、鞄とりに行こうか。みんな」

 わたしは口端を上げたまま、自分の教室へと戻っていった。

「「「ええ」」」

「「うん」」

 その後を、鳥居江利子達もついてきた。

「それにしても、何で蓉子さま達は来ないんでしょうね」

 福沢祐巳の問いに、わたしは肩をすくめる。

「どうせ、江利子がそんな事しないってわかってるからでしょ?」

 一番長く鳥居江利子と一緒にいる3人だよ?

 それくらい、簡単に予想つくって。

「巳星ちゃんも、初めは来るつもりなかったんだよね?」

「あら、そうなの?」

「当たり前」

 勘違いだってわかってるのに、わざわざ行く必要なんてないじゃん。

「ふふ。バレバレなのね、蓉子達や巳星ちゃんには」

 わたしは鳥居江利子の呟きに、もう一度肩をすくめて返した。





 その後、鞄を持って薔薇の館に行けばいつも通りの2人が待っていた。

「つまらないわね。迎えに来てくれるくらい良いじゃない」

 そういう鳥居江利子だけれど、その表情はどこか嬉しそうだった。

「私達は、嘘の噂に惑わされるほどバカじゃないのよ」

「それにしても、念願の指導室に行けて良かったじゃん」

 水野蓉子と佐藤聖の言葉に、鳥居江利子はふふん、と笑った。

 良かった。

 いつもの鳥居江利子だ。

 あの時、わたしに声をかけてきた鳥居江利子は、泣くのを我慢しているかのように見えたから。

 わたしは、誰にも気づかれずに安堵の息を吐いたのだった。





          

 

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