【名にこめられたもの】

	  



「・・・・・・なんで、わたしは此処にいるんでしょう?」

 そして、お昼休みにも同じ事を呟いた気がするのは気のせいですか?

「さあ、なんでかしらね?」

 なんて鮮やかに微笑むのは、なぜか水野蓉子。

「・・・楽しそうですね」

「ええ、とっても」

「嫌味です」

「・・・・ハッキリ言うのね」

 クスクスと楽しそうに笑う水野蓉子。

 本当、楽しそうですね。

 今、わたしは薔薇の館にいる。

 わけではない。

 今わたしがいるのは、あの有名な温室と呼ばれる所だ。

 終礼後、なぜか掃除をしていたわたしの所に水野蓉子がやってきた。

 そして、そのまま連行。

 温室へと連れてこられた。

「・・・・・・用件はなんでしょう?」

 ぶっちゃけ、逃げて良いですか?

「そうね。用件は一つよ。あなた、わたしと付き合う気はない?」

 ・・・・・・逃げても良いですか?

「寝言は寝ていってください」

 なんで2歳も年上の人に付き合わなくちゃいけなんですか。

「ふふふ。そう怒らないで、冗談よ」

 ホッ。

「あからさまに安心しないでくれない?傷つくわ」

「そうですか(棒読み)」

 全然傷ついているようには見えません。

 むしろ、楽しんでそうです。

「あなたって、本当に面白いわね。江利子が気に入るわけだわ」

「こっちは迷惑ですけどね」

「そういう反応が、江利子を喜ばせるのよ」

 じゃあ、どういう反応しろっていうのさ(ため息)。

「それで、ご用件はなんですか?」

「そう焦らなくても良いじゃない。第一、用件なんてないもの」

「・・・・・・・・・・は?」

 何いってるんすか?この人。

 用件がない?

「なんで連行されたんですか?わたし」

「そうね。・・・一度、あなたとお話ししてみたかったのよ」

「一度って。まだ2回しかあったことないじゃないですか」

 楽しそうに笑う水野蓉子。

 それが、鳥居江利子と被ります。

「あなたは覚えていないかもしれないけれど、入学式の日に会ってるのよ?」

「?」

 会ったか?

 わたしが、一方的に見た。ならあるけど。

 首を傾げていると、水野蓉子はクスクスと笑う。

「覚えてないわね。まあ、あれは会ったとは言えないけれど。入学式の日、私を囲むようにいた子達の中で
 1人だけ、あなただけが何故か頷いて、私の前を素通りしたのよ」

 ・・・・・・・・・・良く気づいたね、この人。

 やっぱり、山百合会は一般人の集まりじゃないね。

 これからはいる藤堂志摩子も、子狸も。

 一般人ぽくないもんね。

 良し、わたしは一般人。

 そこまで常軌を逸していない。

「あなた、覚えてるじゃない」

「・・・・そりゃあ、覚えてますよ。凄い人集りでいってみれば、その中心にいるのは水野蓉子。ぶっちゃけ、
 新入生が集まってるのかと思って行った自分がアホだと思いましたからね」

「・・・・やっぱり、あなたは面白いわ」

 なんですか?

 あれですか?

 黄薔薇ファミリーに限らず、山百合会の人達って基準は『面白さ』なんですか?

 あ、でも小笠原祥子はそれっぽくないかな?

 ってことは、意外とあの人も?

 ヘタ令も、黄薔薇ファミリーの血を色濃く受け継いでるみたいだし。

 苦労人であることは、変わりないだろうけど。

「どうも。用件がそれだけなら、帰りたいんですけど」

「それは無理ね。あなたを、薔薇の館に連れてくるようにいわれているもの」

 誰からさ・・・・・。

 わたし、今日一日で人生の半分の幸せは逃がしたね。

 すっごい自信ある。

「なぜ?」

「みんな、あなたを気に入っているから」

「へぇ」

 んなこと言われてもね〜?

「というわけで、行くわよ」

 張り切ってますね。

 そうして、わたしは再び薔薇の館へと連行されたのだった。
「やぁっときた!」

「・・・・・・・・・・・・・・」

 抱きつかれたわたし。

 犯人は佐藤聖。

 抱きつかれるのは、福沢祐巳だけかと思っていたが・・・・・。

 とりあえず、抱きしめ返す。

「おっ」

 驚いたようにわたしを見る佐藤聖。

 そんな彼女に、ニヤリと笑って返した。

「・・・・・・なかなかやるね」

 佐藤聖もニヤリと笑う。

「それで?いつまで抱き合っているつもりかしら?」

 早速凸登場。

「というか、山百合会ファミリーにはまともな人間はいないんですか?」

 佐藤聖を放し、つるりんに問う。

「あら、いるじゃない」

「私、とかいわないでくださいね」

「・・・・・・・・・」

 悔しそうに沈黙するつるりん。

 先手必勝。

 そして、今だわたしを抱きしめてくる佐藤聖。

「楽しそうね、聖」

「うん。だって、巳星ちゃんの身体柔らかい」

 柔らかい、言われても対応のしようがない。

 要するに、わたしの身体はふくよか、もとい太っているということだろうか?

「わたし、そんなに太ってますか?」
 
 とりあえず、聞いてみた。

「「「へ?」」」

 なんだか、マヌケな声が揃ったね。

「なんですか?」

「あ、いや。そういう意味でいったんじゃないんだけどな」

「では、どういう意味で?」

「こういう意味」

 前にまわっていた佐藤聖の手が、わたしの胸に触った。

「「聖!」」

 立ち上がる鳥居江利子に水野蓉子。

「・・・・まあ、そこは脂肪の塊ですから柔らかくて当たり前ですけどね」

 とりあえず、本当のことなのでいってみる。

 すると、3人は沈黙してしまった。

 なにさ?

「巳星ちゃん。もう少し、乙女の恥じらいを持ってほしいのだけど」

「今更ですね」

 わたしに乙女らしい反応をよこせといわれても、どうしようもないのですが?

「それをいわれると、納得しちゃうんだなぁ」

 困ったように胸から手をどける佐藤聖。

「・・・・・・お茶、煎れます」

 なんだか、よくわからんが疲れるメンバーだ。

 断言できる。

「お茶煎れられるの?」

「そうですね。道ばたに咲いてるドクダミで、ドクダミ茶とか作りましょうか?」

「「「遠慮する(わ)」」」

「そうですか」

 とりあえず、佐藤聖を引きずって流しの方へ。

「佐藤聖。あなたは何が飲みたいですか?」

 そう問うと、佐藤聖は楽しそうに笑いながら、

「コーヒーお願い」

 といってきた。

「他の2人は?」

「紅茶で良いわ」

「私も」

 鳥居江利子と水野蓉子の答えに、わたしは頷きヤカンに水を入れ火にかける。

「ところでさ、なんで巳星ちゃんは人をフルネームで呼ぶの?」

「『さん』づけが嫌いだからです」

 よっすぃにいった答えと同じ答えを即答する。

 軽く目を見張る3人。

 というか、いい加減誰か来てほしい。

 わたしに、三薔薇、もとい唯我独尊トリオの相手をさせないでほしいものだ。

「それだけの理由?」

「ええ、そうですが?何か?」

 嘘だけど。

 鳥居江利子の問いに答える。

「いえ、ただ巳星ちゃんだからもっと別の理由があると思ってたから」

 それは買いかぶりじゃないだろうか、水野蓉子。

 そりゃあ、他の理由はあるけど。

「・・・・まあ、ありますけどね。いう必要はありません」

「え〜!教えてよ!」

 耳元で叫ぶな!

 とりあえず、耳は押さえておこう。

「あ〜!押さえちゃダメだよ!」

 ええい!外すな!

「教えてよぉ!」

「どこぞのガキか!」

「ガキで結構!だから、教えて!」

「わかりました!わかりましたよ!」

 いやぁいいんでしょ!

 だから、叫ぶな!

「で、どんなの?」

 興味津々でこちらを見てくる鳥居江利子。

「はぁ・・・・。大した理由じゃないですよ?とりあえず、あなたがた変わった人にとっては」

「「「・・・・・・・・・・・」」」

 何か言いたげにわたしを見てくるが、そこはあえてスルー。

「鳥居江利子。江利子の『江』は、さんずい、もとは『水』を表す言葉。そして、『工』は音を表します。
 『利』は鋭さを表す言葉。そして、『子』は、11月をさす言葉です。陽気がきざし、万物が繁りはじめる
 月をさすのが、11月なんです。そして、人が生まれることもいいます」

 わたしは鳥居江利子を見つめる。

「あなたは、水の音のように静かでいながら、それでいてとても鋭い思考を持つ。けれど、子どものように
 自由気ままな探求心。それが、あなたなのですよ」

 それから、あたしは水野蓉子を見た。

「水野蓉子。『蓉』は『芙』とあわさり、使われる言葉です。『芙蓉』とは、美人の形容です。『子』は
 鳥居江利子と同じ意味」

 少し照れたように微笑む水野蓉子を見る。

「あなたは、美しくありながらもそれを鼻にかけず、何者にも流されることなく自らの意志を持つ子供の
 ような心。それが、あなたなのです」

 最後は佐藤聖。

「佐藤聖。『聖』という字は最もすぐれた知恵と道徳とをそなえた人のことをいいます」

 佐藤聖は微妙な表情をする。

 きっと、自分はそんな人間ではないと思っているのだろう。

 でも、小説を読んでわたしは知っている。

 彼女が、何度も小笠原祥子と福沢祐巳を助けることを。

「あなたは、自らの力を過信し、溺れることをせずに人を助け続ける優しい人。過去は関係ありません、
 今が大事なんですよ」

 そういうと、3人は驚いた表情をする。

 それを気にせず、わたしはいった。

「名前は、その人を表す言葉です。その人が、唯一自分であると認めることのできる言葉です。名はその人
 個人を他人が認められることで、使われます。紅薔薇、黄薔薇、白薔薇。それらは、敬称でありその人自身
 を見ていないことの表れ。わたしはそう思っています」

 わたしは3人を見、微笑んだ。

「だからこそ、わたしはその人の名前を呼びます。あなた方は存在するのだと。此処で、わたしの目の前に
 いるのだと。そう、呼ぶ名に込めて」

 そう。

 君達は小説の中の住人じゃない。

 実際に、この世に存在する人間なんだ。

 そして、わたしもこの世に存在する人間。

 わたしは、違う世界からきたけれど、同じように息をして、同じように笑うことが出来る普通の人間。

 君達と、同じ人間なのだ。

 そういう思いを込めて、わたしは君達の名前を呼ぶんだよ。

「理解して、いただけました?」

 鳥居江利子達は、どこか呆然としたように頷いた。

 わたしはそれに笑みを深くする。
「ヘタ令!」

 学年なんか関係ない!

「えっ?なんで怒ってるの!?」

 挨拶もなしに、入ってきたヘタ令の目の前に立つ。

「来るのが遅いです!わたしがこの3人と一緒にいて、どれだけ疲れたわかりますか!?」

「えっ?ええ!?」

 高い位置にある支倉令の襟首をつかみ、顔をよせる。

「あれほど言ったじゃないですか!つるりんを説得するのは支倉令の仕事だと!!わたし、胃に穴が開き
 そうですよ!!」

「ごっ、ごめん!!」

 わたしは支倉令の襟首をはなし、島津由乃を見る。

「よっすぃ。彼女、ヘタ令決定」

「そうね。理不尽なことを言われて謝るなんて、ヘタレ以外の何物でもないわ」

 島津由乃も呆れた顔。

「へ?」

 マヌケな表情で、わたしと島津由乃を交互に見るヘタ令。

「わたしが、この3人と一緒にいるだけで胃に穴が開きそうなたまですか?」

「自分でそういうこと言う?」

 楽しそうに笑って言うのは、水野蓉子。

「本当のことですから」

 肩をすくめ、いまだなんのことかわかっていないヘタ令の腕をつかみ、中へ入れる。

「お姉さまったら、まだわかっていないんですか?」

 呆れた表情を崩さず、島津由乃は自分の席に鞄をおいた。

「巳星さんに、騙されたんですよ」

「えぇ!?」

「そういうことです。今回のことは、ヘタ令のあだ名を決めるための行動です。そうして、正式にあなたは
 ヘタ令のあだ名を襲名しました」

「えええ!?」

 驚きの表情を表す支倉令。

「この3人と一緒にいるだけで胃に穴が開くくらいなら、わたしはきっと此処にいませんって」

「どういうこと?」

 鳥居江利子の問いに、わたしは遠い目をしてしまう。

「修行といわれ、孤島で1ヶ月生活させられたり、冬の山で1ヶ月生活させられたり、1ヶ月ロッククライ
 ミングさせられた人間が、これしきのことで胃に穴は開かないということですよ」

 支倉令が、うわぁ〜。という声を出したのが聞こえた。

「み、巳星ちゃんそんなことさせられたの?」

「ええ。・・・・熊と戦ったのも、凍死しそうになったのも、手を滑らせて岩山から落ちそうになったのも、
 良い思い出です」

 ・・・・良い思い出に、したいな。

「ところで、なぜここに巳星さんが?」

「よっすぃ、良い質問。実は、水野蓉子に拉致られたんだよね」

「「拉致?」」

 驚いたような表情でわたしと水野蓉子を見る、黄薔薇姉妹。

「拉致は酷いわね」

「拉致でしょう、あれは。人が掃除している時に、人に了承をとらずに周りにだけとって、さっさと人を
 連れてきたんですから」

 苦笑する水野蓉子に返すと、さらに苦笑を深めた。

「で、わたしに何をさせたいんですか?」

「ただ、仕事を手伝ってほしかっただけよ。今日は祥子がいないから」

 そ、それだけのため・・・・・?

「小笠原祥子、あなたを恨みます」

「はいはい。良いから座って座って♪」

 楽しそうにわたしを自分の隣に座らせる佐藤聖。

 が、しかし。

「一応、お茶煎れます」

 座らせられて、速攻立ってやった。

 流しの方へと行くと、ヘタ令の不思議そうな声が聞こえた。

「お姉さま、嬉しそうですね」

 その言葉に、わたしは勢いよく鳥居江利子をみた。

「何よ、巳星ちゃん」

「いえ。どの表情が嬉しそうなのか、見ておこうと思いまして」

 すると、鳥居江利子は楽しそうに笑う。

「これが、嬉しそうな顔よ」

 微笑んだ鳥居江利子。

 なるほど。

「微笑むと、やっぱり綺麗ですね」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 鳥居江利子の顔が固まった。

 ついでに、静になる部屋の中。

「・・・・・なんですか?」

 なんで静になるんですか?

 変なこと言いました?

「い、いや。巳星ちゃんって、そういうこというんだ」

「そういうこと?」

 支倉令。

 もう少し、わかりやすく言ってほしいんですが。

「だ、だから、綺麗だ。とか」

「今のは本当のことを言っただけですが?」

 何か問題でも?

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 またしても静になる部屋。

「なんですか」

 ちょっと不機嫌だぞ。

 眉をよせて鳥居江利子を見る。

「?顔が赤いですよ、鳥居江利子」

 赤い顔と相まって、お凸の眩しさがいつもの倍なんだけど。

 もちろん嘘です。

「えっ?」

「だから、顔が赤いですって。風邪じゃないんですか?」

「な、なんでもないわっ」

 ????

 顔が赤いまま、書類にむかう鳥居江利子。

 あんなに仕事熱心だったっけ?彼女。

「ねえ、巳星ちゃん」

「はい?」

 水野蓉子に声をかけられ、わたしは水野蓉子へと目をむける。

「あなた、誰かと付き合ったことある?」

「付き合ったことですか?ありますよ。新宿とか、池袋だとかに」

 そういうと、なぜか目に見えて落胆する彼女たち。

「なんですか?その反応」

「当然の反応だって」

 暗い声で言うのは佐藤聖。

 なんだ、一体。
          

 

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