【バレンタイン】

	 


 朝早く、わたしは学校へとむかう。

 何をするかなんて、わかりきっていること。

 カードを隠すのである。

 どこが良いかな・・・・・。

 マリア様の前まできて、少しだけ祈りを捧げてとりあえず温室へと向かう。

 が、小笠原祥子と、その後ろをついていく小さな背後霊を発見し、温室は諦めることにした。

 ならば、どこが良いだろう・・・・。

 見つけやすいのはつまらない。

 かといって、絶対に見つからない場所というのも考え物だ。

 だって、見つからなかったら寂しいし。

 ・・・・・ああ、単細胞。

 勉強が強いだけじゃ、世の中渡っていけないんだぞ?

 自分にそう言い聞かせてみるけれど、思いつく場所なんてない。

「あ」

 ふと閃き、わたしは体を翻した。



「巳星さん!」

 笑顔で教室に入ってきた武嶋蔦子、藤堂志摩子、福沢祐巳。

 そして、学年が違うのにいる久保栞。

「・・・・・・4人で来るか」

「だって、行き先は同じでしょう?」
 
 なんて満面の笑みを浮かべている福沢祐巳。

 まあ、そうだけど。

 わたしは鞄から4つの箱を取りだす。

 それぞれを、机の上へ。

「さて、この4つはそれぞれ4人当てです。どれが自分のだか見極めて、とってください」

 なんて言ったけれど、赤、白、十字架模様、緑でそれぞれ分かれているからわかるだろうけどね。

「やっぱり、わたしは赤」

「私は白ね」

「私は十字架ね」

「わたしは緑か」

「巳星さん!」

 そこに、島津由乃も登場。

「あ、ちょうど良いところに。はい」

 黄色い包装紙に包まれたチョコを渡す。

「ありがとう、巳星さん」

 嬉しそうにその箱を抱きしめる島津由乃。

 といっても、藤堂志摩子達も嬉しそうに抱きしめているけど。

「こらこら。チョコレートなんだから、抱きしめたら体温で溶けちゃうよ?」

 そういうと、慌てて放すのは同時。

 なんかおもしろい子達だな、この子達。

 彼女たちの行動に笑っていると、クラスメイトの知子さんに声をかけられた。

「巳星さん!」

「?」

 声をかけられた方へと顔を向け、わたしは目を見開く。

 ちょっとした、デジャブを感じます。

 中学校の頃も、こんな感じだったような気がするんだけど。

 っていうか、並びすぎ。

「チョコ、受けとってくれるかしら?」

 知子さんが、そういって箱を渡してきた。

「あ、うん」

 ありがとう、といいつつ箱を受けとると、嬉しそうに席に戻る知子さん。

 島津由乃達が不満そうにわたしを見ている間、わたしはH・Rが始まるまでずっとチョコを
渡され続けた。

 いや、ちょっと待って!

 お返しとかどうすれば良いわけ!?

 今回のことで、お金使い切っちゃったんですけど!

「・・・・・・・どうしろって?」

「こんなことだろうと思ったわよ」

 両手いっぱいにチョコをもち、途方に暮れていると島津由乃が紙袋を取りだした。

 すでに、藤堂志摩子達はクラスに帰ったらしい。

「絶対、巳星さん沢山チョコもらうと思ってたもの」

「わたしは、絶対にもらわないと思ってた」

 チョコを紙袋にしまうのを手伝ってもらいながら、わたしは言いきる。

 すると、大きなため息。

 酷い。

「巳星さんって、本当、鈍感」

 ・・・・佐藤聖にも言われたさ。

「今日、持って帰るの大変よ?」

「だね」

 その後、紙袋の中のチョコが目に入るたびに、わたしはため息をついた。



「・・・・・ちょっと、多すぎない?」

 埋もれすぎだ。

 何がって?

 生徒たちが。

「中等部3年までにしておけば良かったかもね」

「今更だわ」

 ごめん小笠原祥子、その呆れたような視線はやめて。

 ちょっと失敗したって思ってるんだから。

「とにかく、みんな薔薇の館に持っていった?」

 話題を変えて問えば、3人とも頷いてくれる。

 それに安堵の息をこぼしたところで、築山三奈子がマイクを通していった。

「ただ今をもって、宝探し大会の参加者受付を終了します」

 それから築山三奈子は、色々な説明をしていく。

 ダメだ、人酔いする。

 やっぱり、幻覚まで見えてくるよ。

 ドリルが見えたもん、今。

 中等部なんて、呼ばなければ良かったかも。

 いや、要望があったわけだし、これはこれで良い。

 それに、松平瞳子だったとしても、小笠原祥子がいるのだからそちらにベッタリのはずだ。

 うん、はずだ。

「ハサミとペンは、こちらにも若干用意されています。必要な方は、わたしの説明が終わってスター
トがかかった後で申し出てください」

 その言葉に、わたしは慌ててハサミとペンをかかげる。

 危ない危ない。

 余計なことを考えていて、忘れるところだった。

 ワアァァァァァ!!

 ええ!?

 何この騒ぎよう!

 コンサート会場か何かですか!?

 わたしと令が慌てて唇に指をあてて、静かに、のジェスチャーをする。

 途端に静かになる彼女たち。

 怖っ!

 どうしたのっ?

 従順すぎるよ、君ら!

 築山三奈子が『半日デート券』のことを言うと、微妙な、女の子があげるような声ではない声もま
じった声があがった。

 本で読んでただけだけど、ぶっちゃけ怖いよ、この学校!

 猫被ってたの何人だよ!

 うおーって、女の子があげる声じゃないって!

 「5時までに申請がなかった場合、つぼみのカードは無効になります。・・・・・・さて、いよいよスタ
ートですけれど、その前に、参加者の中につぼみの姉妹(スール)の方がいらしたらこちらに集まっ
てください」

 その声と共に、佐藤聖、福沢祐巳の手をひきながら島津由乃、何処にいたのか鳥居江利子が前にや
って来た。

「・・・・・意外と、律儀だ」

 思わず呟くと、小笠原祥子と支倉令も頷く。

 だよね?

 お凸が広い人は、隠れて出てこなさそうだもんね。

 ピーーーーー!

 笛が鳴ると同時に、中高の制服が乱れながら新聞部部員が持っている段ボールの中に誓約書を入れ
、駆け出す生徒たち。

「・・・・・・怖っ」

 それにも、小笠原祥子と支倉令は頷いてくれた。

 やっぱり、2人もそう思うよね。

 それから5分後、福沢祐巳達も走り出す。

「令。由乃、凄い形相だったんだけど」

「カード見つけたいんだよ、きっと」

 苦笑する支倉令に、わたしはふーんと言った後こちらを5メートルほど放れて見ている生徒たちの
方へと駆け寄る。

「私も手伝うわ」

「ありがとう」

 藤堂志摩子も駆け寄ってきてくれた。

 それを見てだろう、支倉令と小笠原祥子もそれぞれいる生徒の方へと歩いていく。

「わたし達はこれから薔薇の館に入るんだけど、一緒に来ない?」

「えっ?」

 顔を赤くしながらあたふたとしている生徒。

 中等部の制服を着ているのを見ると、中等部の子らしい。

「どう?」

「・・・い、行きますっ」

 そう答えてくれたその子の手をとり、歩き出す。

「あ、あのっ!」

「ん?」

 声をかけられて振り向くが、その子は顔を真っ赤にして下を向くだけ。

 どうしたんだろうか?

「どうかした?」

「いっ、いえっ!」

「そう?わたしは須加巳星。君は?」

「いっ、五十嵐貴子ですっ!」

「そう。よろしくね」

 他にもいた数人の子を連れて、薔薇の館へ。

 その後を、何故か佐藤聖と鳥居江利子もついてくる。

 探さないのかよ。

 何のために来たんだろう、この人。

 もう合格してるから暇なのか?

「あ、江利子。蓉子は?」

「蓉子は、体調が悪いから後から来るそうよ」

「そっか」

 わたし達が普通に話をし、ましてや呼び捨てにしていることに驚いているらしい生徒たち。

 あえて、それについては気にしないでおく。

 だって、これがわたしだし。

 ビスケット型のドアを開け、五十嵐貴子達を中へと招く。

「適当に座って」

 この日のために、沢山の椅子を用意しておいたから十分に座れるはずだ。

「はっ、はい!」

「志摩子、手伝って」

「ええ」

「祥子と令はアレの用意お願いね」

 2人に指示を出すと、微笑み頷いてくれる。

「ねえ、アレって何?」

 佐藤聖が興味津々の表情で、流しの方にやってきた。

 鳥居江利子も知りたそうだ。

「来てからのお楽しみ」

 笑って言い、佐藤聖の頭を撫でる。

 すると、顔を赤くするのは全員。

 ・・・・・・もう慣れたけどね。

 相変わらず、不思議がいっぱいだ。

「お待たせ」

 支倉令と小笠原祥子が大きな段ボールをもって、再登場。

 それを不思議そうに見る生徒たち。

 わたしと藤堂志摩子は顔を見あわせて笑い、テーブルにケーキの入れた箱を置いていくのを手伝う。

「・・・・ケーキ?」

「正解。昨日、みんなで作ったんだ」

「巳星ちゃんの家で」

 鳥居江利子の呟きに答えると、支倉令が続いていった。

 それにムッとした表情になるのは、鳥居江利子と佐藤聖。

「狡い」

「さて、切ろうか」

 佐藤聖の呟きに、いちいち反応することもなくわたしはタオルにまいた、パンを切る用の包丁を取
りだす。

 それと同時に、小笠原祥子達がケーキの蓋を開けた。

 声があがる。

 さすがにうおーとかはない。

 あったら怖い。

「これを作ったんですか?」

「そう。誰が何を作ったかは秘密」

 笑って言い、ケーキをそれぞれ7等分に切っていく。

 小さすぎず、大きすぎない大きさ。

「さ、お好きなのをどうぞ。フォークとお皿はここね」

 それぞれの家から持ってきたお皿とフォークも、テーブルに載せた。

「これ、巳星ちゃんが考えたの?」

「よくわかりましたね」

 佐藤聖の呟きに、藤堂志摩子が微笑みながら答える。

 あれか?

 こんな変わったことを考えるのは、わたししかいないとか?

 確かに、このメンバーならわたししか考えないような内容だろうけどさ。

「巳星ちゃんしかいないもの。こんな素敵なことを考えるの」

 素敵ときたか。

「そ?ありがと。江利子と聖も、好きなのとって」

 そういうと、2人は微笑みあいお皿とフォークをとり、ケーキを載せて椅子に座る。

「とりあえず、食べないのは蓋かけておこうか」

「そうね。乾いたら美味しくないもの」

 わたしと小笠原祥子がそういうと、他の2人も手伝ってくれた。

 これ、良いかも。

 なんか、絆が深まる感じが。

 ・・・・寒っ!

 絆が深まるとかいって、自分で寒くなっちゃったよ。

 心の中で思っただけだけど。

 持参の紅茶を煎れ、みんなに渡す。

 そこで、10分ほど話をしていた。

 ふと時計を見る。

 4時30分。

「ごめん、ちょっと席外すね」

「あ、はい!」
 
 話していた子の返事に微笑み、わたしはビスケット型のドアを開け、下におりると薔薇の館の外へ
と出た。

 向かうは、温室。




 祐巳さんから教えもらった、ロサ・キネンシスの根元にカードを戻したあとも、私はその場から動
けずにいた。

「ごきげんよう」

 ビクッと、過剰なくらいに体を震わせ、勢いよく振り向いた先にいたのは須加巳星さん。

 一年生にもかかわらず、著名という異例の方法で『青薔薇さま(ロサ・オンディーネ)』となった
少女。

 常に無表情で、でもそれさえも綺麗な彼女。

 けれど、私はこの少女が苦手だった。

 なぜなら、須加巳星さんの瞳は、心を見透かすような瞳をしているから。

 今まさに、私のした行為を知っているかのような瞳で、私を見ているから。

 何より、祥子さんが須加巳星さんにとても柔らかい微笑みを向けているのを見たことがあるから。

「埋めた後ですか?」

 体が、再びビクリと震えると同時に目を見開く。

「なっ、なんで!」

「朝早くに学校に来て、隠し場所を求めるのは小笠原祥子だけではありませんから」

 見られていたっ。

 朝のアレを、この人に見られていたのだ!

 何かわからない恐怖と、わけのわからない怒りを感じ、体がガタガタと震える。

「遠くから見るのは、誰だって出来るんですよ」

 無表情に目を細めるその整った顔に、恐怖を感じた。

 無表情に目を細めるその整った顔に、怒りを感じた。

「あなたに何がわかるというの!?」

「わかるわけないじゃないですか。わたしは、あなたじゃない」

 温度の感じない、無感情な声。

 それにさえ、恐怖と怒りを感じる。

「あなたにわかるわけない!忘れられて!私が、どれだけ悲しかったか、怒りを感じたかわかる!?
遠くから見ているしかなくて、どうすることも出来ない!!」

「わかりませんね。わたしは、何かを人のせいにしたりしませんから」

「どういう意味!?」

 怖さで、怒りで、声が震える。

「忘れられたことを、祥子のせいにしてるあなたとは、違いますから」

 祥子。

 それは、仲が良い間でしか呼べない、呼び捨て。

 それも、上級生である祥子さんを。

 あの、人を近寄りがたい雰囲気をもっている祥子さんを。

 呼び捨てで呼んでいることに、否応のない怒りがこみ上げてきた。

 気がつけば、私は彼女の頬を叩いていた。

 パァン!!

 乾いた音が温室に響き、手に痛みが戻る。

 ハッとした時にはすでに遅くて、彼女の頬は微かに赤い。

「あっ・・・・」

「遠くから見ているしかないなんて、ただあなたがそう思っただけ。祥子は、今も昔も変わってはい
ないのに」

 頬を叩かれたことなど気にした様子もなく、彼女は続ける。

「遠くから見ていることしかしないあなたが、今したことは許されることでしょうか?」

 射られるように細められた瞳。

 ビクリと震え、体が動かなくなる。

 今は、怒りよりも恐怖が勝っていた。

「祥子は変わっていませんよ。鉄壁の壁で自分を、脆い心を守っている。あなたのように、祥子の後
をつけてカードの居場所を見つけるのとは違う。祐巳は、自分で考え、温室しかないと思いここにや
ってきた」

 ・・・・ここには、ロサ・キネンシスが植わっているから。

「温室という場所も知らず、ましてや、ロサ・キネンシスが植わっていたなんてことも知らない」

 わからない。

 怖い。

 怖い。

 体がガタガタと震え、その場に座りこんだ。

 須加巳星さんは、そんな私の前に屈み込む。

 感情のない、見透かすような瞳が私を見つめ、動けなくする。

「今自分のやったことに、愚かさに気づいたでしょう?祐巳を見て」

 ガクガクと震えながら、首を縦に振った。

 気づいた。

 私の、やったことの愚かさに。

「それで、良いんですよ」

「え・・・っ?」

 驚いた顔をあげると、ぼやけて映る須加巳星さん。

「見ているだけで、進展するものなんてありません。新しく、関係を始めることに憤りを、悲しみを
感じる前に、話しかければ良かったんです」

 なぜだろう。

 入ってきたその時と同じ声なのに、今はとても柔らかく感じる。

 無表情で、見透かすようなその瞳が、優しく見える。

「今からでも、これからでも遅くはありませんよ?」

「・・・・・そうねっ」

 強く頷くと、須加巳星さんの手が伸びてきて私の頬に触れた。

 頬を拭われ、そこで初めて泣いていることに気づく。

 その手が優しいことに、初めて気づいた。

「それでは、ごきげんよう」

 彼女はスクッと立ち上がると、温室を出ていってしまった。

 その背中を見て、私はわかった。

 彼女が、署名という形で薔薇さまになったわけを。

 祥子さんが、柔らかな微笑みを見せるほどに気を許しているわけを。

「・・・・・・・年下に、諭されるなんて」

 彼女は、上に立つべき人間なんだ。



 鵜沢美冬と別れてからすぐ、教室に鞄を取りに戻ってから薔薇の館に戻った。

 頬が若干痛いけれど、まあ大丈夫だろう。

 と、薔薇の館へと向かう道すがら、見覚えのある姿を見つけた。

「蓉子?」

 声をかけると、何処か赤い顔でこちらを見てくる。

 ・・・・・熱と、月のお尋ね者が同時にきたんだっけ、今日。

「・・・・巳星ちゃん?」

「早く歩ける?」

 水野蓉子へと駆け寄り、額に手をあてる。

 38度はいっているかもしれない。

「ちょっと難しいわね」

「じゃあ、我慢してね」

 わたしはいつもとは違い、ふわふわした感の漂う蓉子を、辛くならないようにしながら横抱きにす
る。

「み、巳星ちゃんっ!?」

「あまり、大きな声をあげない方が良いよ。話すと、体温が上がるから」

 それだけ囁き、わたしは早歩きで薔薇の館へとむかった。

 薔薇の館に着き、築山三奈子にドアを開けてもらうと、そのまま2階へと上がる。

「志摩子、開けて!」

「巳星さんっ?」

 慌てた様子で、藤堂志摩子がビスケット型のドアを開けてくれた。

 わたしは、開く瞬間に水野蓉子を床におろす。

 ・・・・・降ろすなら、降ろしてからドア開ければ良かった。

 なんか、意味のない事してるな。

 うわ〜、バッカで〜。

「あら、紅薔薇さま」

「ごきげんよう、志摩子」

「ごきげんよう」

 熱が上がったらしく、先ほどよりも顔の赤い水野蓉子が中に入る。

 そして、目を見開いた。

 それも仕方がないと言えよう。

 だって、部屋の中には30人以上の、一般の生徒がケーキを食べ、紅茶を飲みながら小笠原祥子達
と話をしているのだから。

「早く、椅子に座って」

「え、ええっ」

 いまだ驚きから抜けきれていない様子の水野蓉子を椅子に座らせ、鞄を漁る。

 あ、あった。

「蓉子」

「え?」

 水野蓉子にむかって、薬を放り投げる。

 それを慌てたように受け止める水野蓉子。

「これ・・・・」

 わたしが投げた薬は、風邪薬兼痛み止めの薬。

 水野蓉子が驚いたように薬を凝視している間に、わたしはカップに水を入れて渡す。

「はい」

「な、なんでっ?」

「熱っぽい上に、血の気が悪い。それらをふまえたら、わかることだと思うけど?」

 そういうと、水野蓉子はなぜか嬉しそうに微笑んだ。

「そうね。巳星ちゃんは、鋭い子だものね」

 そう呟いた水野蓉子の頭を撫で、再び鞄の中を漁り5つのチョコを取りだす。

 それらを、水野蓉子、鳥居江利子、佐藤聖、小笠原祥子、支倉令に渡した。

 嬉しそうに受けとってくれる彼女たちに笑い、わたしはここをでる前に座っていた椅子に座る。

「ごめん、遅くなって」

「いえ!」

 

 ボーッとしながら巳星ちゃんを見ていると、江利子が近づいてきた。

「蓉子」

「江利子・・・」

「素敵でしょう?」

 珍しいくらいに、江利子が微笑んでいる。

 けれど、それは私も同じなのかもしれない。

「ええ、とても素敵」

 部屋を見渡せば、いつの間に入ってきたのか先ほど以上に一般生徒が部屋におり、ケーキを食べな
がら紅茶を飲み、話をしている。

 中には、巳星ちゃんや志摩子と、ゲームをしている者までいるではないか。

「まってたよ、蓉子」

「聖」

 巳星ちゃんの薬が効いてきたのか、意識がハッキリしてきて、お腹の痛みもほとんど無い。

「これは一体・・・・・」

「誰が言いだしたかなんて、言わなくてもわかるでしょ?」

 ウィンクをして、聖が言う。

 そう、わかっている。

 誰が、こんな素敵なことをしてくれたかなんて、聞かなくても気づいているわ。

「巳星ちゃんね」

「そう。三奈子ちゃんに、ここを待機場所にするように頼んだのも、みんなでケーキを作って、紅茶
の葉をみんなで持ってきて、生徒を引き入れようって言いだしたのも、巳星ちゃん」

 聖が、巳星ちゃんへ目をむける。

 それに習うように、私や江利子も巳星ちゃんへと目をむけた。

「言ったこと、ないのに・・・・」

「巳星ちゃんは、鋭い子だよ。誰が何してほしいかなんて、聞かなくても気づける子。・・・・・自分の
こと意外はね」

 最後に楽しそうに笑う聖に、つられるように私達も笑う。

「巳星ちゃん」

 ゲーム中に悪いけれど、あまりの嬉しさに声をかけた。

 無表情の中に、微かな疑問を見つけ、笑う。

「ありがとう」

 沢山のありがとうを込めて、私は言う。

 最良の日をありがとう。

 チョコレートをありがとう。

 あなたがいてくれて、ありがとう。

 ここに入学してくれて、ありがとう。

 すると、彼女は今まで見た中で、一番綺麗で、優しい笑みを浮かべた。

 全てを知っているような、とても優しくて、とても綺麗な笑みを。

 涙が、でそうになった。
        




  

 

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