【紅薔薇さまの願いを】



 学校が始まり、バレンタインデーが段々近づくにつれ、浮き足立つ学校内。

 それは、山百合会のメンバーであっても同じ。

 なはずなのだけれど、一人だけそうでないものが。



「ちょこれーとぉ?」

 わたしは武嶋蔦子の言葉に、眉をよせた。

「もしかして、参加者以外の人にあげない気?」

 微かに目を見開いてわたしを見る武嶋蔦子。
 
 というか、君は何で人のクラスにいるのかな?

 さも当たり前みたいに。

 別に、来るなとは言わないけど、違うクラスに来てまで話す内容か?

「何?欲しいの?」

「い、いやっ、別にっ」

 急にどもり、顔を赤くする武嶋蔦子。

 ・・・・・・・・・・はぁ。

 当日にも、ケーキとか作らないといけないんだけどな〜。

 でもま、しょうがない。

「わかった。あげれば良いんでしょ?ただ、大した物作れないよ?」

「本当っ?」

 一気に目を輝かせ、迫ってくる武嶋蔦子に思わず顔を後退させる。

「え、だって、欲しいんでしょ?」

「ええ!」

 キラキラお目目で頷く武嶋蔦子が、この時はじめて同級生に見えた。

 いや、今時の女子高生らしい、といった方が良いかもしれない。

 だって、盗撮とかしてる人を、どうみたって今時の女子高生らしいとは思えないし。

 一歩どころか、すでに犯罪の領域に達してますよ?蔦子お嬢さん。

「じゃあ、作ってくるよ」

 ついでに、水野蓉子達にも用意するか。

 うわ、お金大丈夫だろうか。

 当日用のケーキの材料も買わないといけないし。

 ちらりと武嶋蔦子をみれば、嬉しそうな表情。

 ま、いっか。

 喜んでるみたいだし、野暮なことは考えないようにしよう。

 うん。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・お金、足りるかな。



 ビスケット型のドアを開けると、そこにはまさに修羅場があった。

「・・・・・・・・・・失礼しました」

「逃がさない」

 ドアを閉めようとしたところで、佐藤聖に捕まってしまう。

 反対側の腕には、いつの間にか藤堂志摩子が。

 なんか、初めて姉妹(スール)らしい場面をみたかも。

 チームワーク良いな〜。

 ・・・・・標的がわたしっていうのが、頂けないけど。

「それで?何あれ。あの、今恋人から別れを切り出された、みたいな場面は」

 そう問うと、凄く驚いた表情をされた。

「な、なにさ」

「あ、いや。・・・・・巳星ちゃんは、何処までも鈍いんだなって」

「黙れ」

 佐藤聖の頬をつねって黙らせると、反対側にいる藤堂志摩子へと顔を向ける。

「まあ、予想はついてるけど、何あれ?」

 あれでしょ?

 福沢祐巳が小笠原祥子にチョコあげたくて、それを隠すために避けてたら小笠原祥子が爆発しちゃ
ったっていう。

 っていうか、そこまで話し進んでたんだね。

 気づかなかったよ。

「実は、祐巳さんが怒っちゃったのよ」

「・・・・は?」

 福沢祐巳が怒った?

 なんで?

「祥子さまが、巳星さんには自分がチョコをあげるから、祐巳さんにはあげたらダメとおっしゃって」

 ん?ん?ん?

 いや、意味わかんないし。

 どういうこと?

「それで、何で福沢祐巳が泣くわけ?」

「だからね?巳星ちゃんが関係しているわけさ」

「いや、その位置でまとめられても、まったく意味がわかんないんですけど」

 わたしの手を放して言った佐藤聖の言葉に、頭の中はさらに疑問符だらけに。

「祐巳ちゃんって、怒ると泣くタイプみたいなんだよね」

 いや、わかんないから。

「あのね?」

 そういって、藤堂志摩子が説明してくれた。

 それをまとめると。


 小笠原祥子が、わたしにチョコをあげるから、福沢祐巳にはあげるなと言った。
     
                       ↓

             福沢祐巳は、その言葉に怒り、泣き出す。

                       ↓

         それによって、今この場はこんな感じになった。


「・・・・・・・理解不能なんだけど」

 意味わかんない。

 全てが理解不能なんですが。

「巳星ちゃんって、ホント鈍感」

 呆れた表情で言われ、ちょっとショック。

 というか、意味がわかってる君達の方が、鋭すぎるから。

「要するに、あの2人はもめてるわけよ。どっちが巳星ちゃんに、チョコをあげるかで」

 なんか、その言葉を聞いて一気に脱力感が襲った。

 わかった。

 経緯はわかった。
 
 いや、微妙にわかんないけど。

 でも、理解はした。

 だからって、何で泣く!?

 そして、何故そこまでムキになる!小笠原祥子よ!

「ストップ!ストーーーーップ!!」

 仕方なく、わたしは小笠原祥子と福沢祐巳の間に入った。

「みっ、巳星ちゃん!」

「みっ、巳星さん!」

 ・・・・もしかして、今まで気づいてなかったの?

 どんだけ白熱してたんだよ。

「わたしは、2人にもチョコあげるし、銀マニにも、聖にも、凸リンにも、トップにも、よしのんに
も、ヘタ令にも、久保栞にも、武嶋蔦子にもあげるんだけど?」

 言いたい意味、わかる?

 そういうと、2人は一気に熱が冷めたような表情をした。

「誰が誰にチョコをあげるかなんて、人に強制したらダメだよ?祥子」

 すまなそうな表情でわたしを見る。

 それにため息。

「ごめんなさい」

「よろしい。ってわけで、この話は終わり。祐巳も、涙ふきな」

 ハンカチを福沢祐巳に渡すと、頷きながら涙を拭った。

「まったく。そこまで白熱するような、内容でもなかったのに」

 大きくため息をはき、鞄を椅子においた。

「あはは。巳星ちゃんには大した内容じゃなくても、わたし達にとってみれば大した内容なんだよ」

「ってことは、2人も?」

「私達は、元から巳星さんはみんなにくれるだろうと思っていたから、争うとかはなかったわ」

「「うっ」」

 ・・・・・・あぶね!

 あげることにして良かった〜。

 というか、武嶋蔦子に感謝だね。

 まさか、あげる気なかったなんて、今更言えないよね!

 言うつもりないけど!

「なら良いけどね。とりあえず、お茶用意するわ」

「あ、わたしも手伝う!」

 涙を拭った福沢祐巳が近づいてきた。

 ん〜・・・・・・・。

 わたしは、椅子に座って本を読んでいる小笠原祥子へと近づいていく。

「?どうしたの?」

「いや。福沢祐巳は、小笠原祥子にもチョコくれると思うよ?」

 飛び出すチョコを。

 そういうと、かなり目を見開く小笠原祥子。

 いや、だから目玉落ちるって。

 それから、フッと笑ってくれてホッと息をつく。

 目が大きい人って、いき過ぎると怖いからね。

「本当、巳星ちゃんは、他人には鋭いわね」

「あ、そう」

 もう言われ慣れたその言葉に笑い、流しの方へと歩いていく。

「・・・・・ありがとう」

 微かに聞こえた、小笠原祥子の声。

 わたしも、小さく返した。

「どーいたしまして」

 

「あー、もう!疲れた!」

「由乃、まだ出来てないよ?」

「祐巳、ここはどうするの?」

「ええっとですねっ」

「祥子さま、そこはスポンジにホワイトチョコを満遍なく塗るんです」

 横から聞こえてくる会話に、わたしは苦笑する。

 特に、島津由乃と支倉令の言葉にだ。

「よしのん。まだまだだよ?全然ツノ立ってないって」

「ツノなんてどうやって立つのよ!祥子さまにツノでも生やさせろっていうの!?」

「いや、キレるなっつーの」

 怒鳴り散らす島津由乃の額をチョップ。

 でも、小笠原祥子の額にツノ生やすなんて、簡単すぎるって。

「由乃ちゃん?今聞き捨てならない言葉を聞いた気がするのだけれど」

 ひっくーい声で、島津由乃に迫る小笠原祥子。

 ほら、もう生えた。

「小笠原祥子、チョコ固まるよ?」

 笑いながらそういうと、ハッとしたようにスポンジへと向かう。

「それにしても、巳星ちゃんが料理得意だなんて知らなかったな」

「母親が料理できないからね。わたしが毎日作ってるんだ」

 果物のタルトを作るために、果物を載せていく。

「っていうか、広すぎよこの家!」

「オーブン3個、コンロが6つ。確かに、広いよね」

 地団駄を踏むな。

 そういえば、一度も家に来たことなかったんだもんね。

 この間も、近くの公園にいたんだし。

「言ってなかったっけ?父親、大手会社の社長やってるんだ」

「ええ!?でも、あんなに若かったよ!?」

「5代目だからね。母方の祖父が死んだのは、父親が20になったばかりの頃だし」

 ブルーベリージャムを煮詰めたものを、果物に塗りながら答えた。

「はい、完成。冷蔵庫に入れとこうっと」

 冷蔵庫に入れ、次はアールグレイのシフォンケーキに取りかかる。

「ツノが立った!!」

 由乃の声が、家に響いた。

 わたし達は、思わず拍手を送ってしまう。

「やったじゃん、よしのん」

「わたしにかかれば簡単よ!」

 さっきまで、音を上げていた者とは思えないね。

「由乃の現金」

「なんか言った?令ちゃん」

「いえ、何も」

「いやいや。包丁で脅すのはやめようよ」

 さすがのわたしでも素直に謝っちゃうって、それ。

「しょうがないわね」

 しょうがないって(汗

 というか、不満そうにしないでください。

 怖いよ、この子。

「次は何を作ればいいの?」

「生クリームが作れたら、スポンジに塗って。満遍なくね」

 わたしがいうと、由乃は早速スポンジに生クリームを塗っていく。

 それにホッと息を吐いたのは、わたしだけじゃないはずだ。

「でも、これだけ作ってあんまり人来なかったらなんか寂しいですね」

「それをいっちゃぁお終いよ」

 さ、寂しいこと言わないでよ。

 そう、わたし達は今、明日のバレンタインデー企画の時、薔薇の館を訪れてくれるであろう生徒た
ちのためのケーキを作っているのだ。

 これが、薔薇の館でやりたかったこと。

 薔薇の館に訪れてくれた人達に、作ったケーキを食べてもらいながら話をしようと思った。

 だって、紅茶だけじゃつまらないじゃん?

 ケーキなんて作ったのことない小笠原祥子は、わたしが指導しつつ一緒に作る。

 種類はフルーツタルトとアールグレイシフォンケーキ、ティラミスケーキ。

 食べる専門だったらしい島津由乃も同じ理由で、支倉礼が指導。

 種類は抹茶ケーキにベイクドチーズケーキ、ホワイトチョコケーキ。

 洋菓子も作れるらしい藤堂志摩子は1人でココアケーキとクランチ。

 同様に福沢祐巳も1人でクラシックショコラとマーブルロールケーキだ。

 言っちゃうと、ティラミス、ホワイトチョコケーキ、ココアケーキにクラシックショコラ、マーブ
ルロールケーキはチョコ系統のケーキである。

 だって、明日はバレンタインだし。

 チョコづくしでも問題ないでしょ。

 かなりの数を作るからそこまで足りない、なんてことにはならないだろうしね。

 むしろ、余るかもだけど。

 その時はその時って、ことで。

 人が来てくれれば、それで良いのだ。

 一般生徒が気兼ねなく訪れることの出来る、薔薇の館にしたい。

 それが、水野蓉子の願いだし?

 キッカケになってくれれば、それで良い。

 それに向かって、頑張っているわけですよ。 




          

 

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