【星】

	 




【ごきげんよう、巳星ちゃん?】

「ん、ごきげんよう。どうしたの?」

 電話の相手は小笠原祥子。

 何故か緊張気味の声。

【明日、暇かしら?】

 理由も述べずに本題のようだ。

 それにしても、急なことを言う。

「まあ、用事はないけど」

 そう言うと、電話越しにホッとしたような吐息が聞こえた。

「?」

【明日、私の家に来ない?】

「小笠原祥子の家に?」

【ええ】

「理由は?」

 理由がないのに、小笠原祥子がわたしを誘うことなんてあるのだろうか?

【・・・・・祐巳や聖さまも誘ったのよ。だから、あなたもどうかと思って】

 ・・・・・・・なるほどね。

「柏木優が来るんでしょ?」

 ロサ・カニーナの後にそう言う小話があったはず。

 微かに、小笠原祥子の笑う声。

【巳星ちゃんは、本当に何でもわかるのね】

「何でもは言い過ぎだと思うけど」

 見えないとわかっていても、肩をすくめてしまう。

 日本人って、不思議。

「良いよ。行く」

【本当?】

 嬉しそうな声色に変わった小笠原祥子の声。

 余程2人では会いたくないらしい。

 といっても、福沢祐巳や佐藤聖も一緒なんだけどね。

「うん。何時に行けばいい?」

【遅くならない程度だったらいつでも構わないわ】

 あ、アバウトだ。

 アバウト過ぎる。

「・・・・・・そんなこと言うと、朝の6時とかに行くよ?」

【ごめんなさい。お昼くらいでお願い】

 素直に言い直す小笠原祥子に、わたしは笑う。

「よろしい。じゃあ、11時とかそこら辺で」

【ええ。待っているわ】

「了解」

 受話器を置き、わたしはリビングへ。

『母さん達って、明日泊まりだよね?』

 うちの両親は、いわゆるデートらしい。

 お熱いことで。

『ええ。巳星は一人で大丈夫でしょう?』

『うん。平気』

 そこまで子供じゃないって。

 ・・・・・・ん?

 そう言えば、あの話って泊まりで行くんじゃなかった?

 なら、用意しとかないと。

『明日、わたしも友達の家に泊まるから、家に電話とかしてきてもでないからね』

 そう言うと、何故か驚いた顔をする母。

 なんだ?

 それから涙ぐむ。

 いや、本当に何っ?

『巳星、良かったわね。お友達が沢山出来て!』

『何、その、さも今まで友達がいなかった引きこもりみたいな言い方』

 速攻つっこんだ。

 だって、ねぇ?

『だいたい、病院でわたしの友人達にあってたじゃん』

 友人でなければなんだと思ってたわけ?

『あの子達は、巳星の親衛隊だと思ったんだもの』

 ・・・・・言い返せない。

 実は、中学校の頃、わたしには親衛隊なる者達がいた。

 ぶっちゃけ、はずい過去だ。

 なんて言うか、親衛隊ってなんですか?とか何度も聞きそうになったもんね。

 っていうか、いる意味は?

 わたしの親衛隊やって、何の得があるの?

 中学校の頃は、何度そう問おうと思ったことか。

 聞けなかったのは、わたしが話しかけるとみんなキラキラとした目で見てきたから。

 さすがのわたしも、あれにはドン引き。

 距離置いたさ!

 仲間と思われないためにね!

『違うから。普通の友達』

『良かったわね』

 いや、だからね?

『わたしが友達作れないみたいに言わないでって』

 あれって、わたしのせいなのか?

 そんな押し問答を何度か繰り返した後、わたしは疲れ切ってベッドにもぐり込んだ。

 明日、荷物用意しよう。

 今日は疲れたよ・・・・。



「デカッ」

 家っていうか、屋敷だよ。

 うん、なんていうか、ここに住んでいる小笠原祥子に乾杯 v 

「あれ?巳星ちゃん?」

「巳星さん!?」

 聞き覚えのある声が聞こえ、わたしは声が聞こえてきた方へと顔を向けた。

 そこには佐藤聖と福沢祐巳。

「お久、両人」

 わたしへと駆け寄ってくる2人の目は、驚きと喜び。

 もしかしたら、2人も心細かったのか?

「祥子って、巳星ちゃんも誘ったの?」

「うん。昨日の夜、電話が来た」

「そうなんだ」

 嬉しそうにわたしの隣に並ぶ2人。

 とりあえず、そのまま呼び鈴を鳴らした。

 福沢祐巳が驚いたように周りを見ている。

 わかる、わかるよ福沢祐巳。

 なんか、場違いだよね。

「佐藤さまですね、どうぞ」

 扉が開かれ、わたしは一歩後退。

 誰が開けるか、わかっているからだ。

「え?」

「え?」

 開けたのは福沢祐麒。

 福沢祐巳の弟だ。

 うん、そっくり。

「祐麒・・・・・・・?」

「祐巳・・・・・・?」

 呆然としたような表情の福沢姉弟に、目を輝かせて2人を見つめている佐藤聖。

 そこに柏木優が登場。

 なんと、福沢祐麒の肩に手を置いて。

「や、いらっしゃい」

 福沢祐麒に触れているからだろう。

 爽やかさの中に、嬉しそうな笑みがある。

 嬉しそうにしちゃって。

 それから少し遅れて小笠原祥子の登場。

 早速福沢祐巳が新年の挨拶。

 それに祥子も挨拶を返して、わたし達は家の中へ。

「巳星ちゃん、来てくれてありがとう」

「呼ばれたからね」

 苦笑して返しつつ、さりげなく福沢祐巳姉弟と柏木優、佐藤聖のケンカ(?)はスルー。

「でも、あの子もいること知ってたの?」

 わたしは福沢祐麒を一瞬だけ見る。

 小笠原祥子はそれに苦笑し、首を横に振った。

「いいえ。何もいわずに連れてきたの」

「だろうね」

 わたしはその後も色々と話をしながらリビングに入り、小笠原清子さんに自己紹介をし、それ
から佐藤聖と福沢祐巳が買ったという屋台の食べ物をみんなで食べた。

「そう言えば、巳星ちゃんは家大丈夫だったのかい?」

 柏木優がわたしをそう呼んだ瞬間、わたしはたこ焼きを食べるために持っていた爪楊枝を投げた。

 その爪楊枝は、柏木優の方のテーブルギリギリに刺さる。

「その名前で呼ばないでほしいな、柏木優」

 小笠原清子さん以外は、驚いた表情で爪楊枝とわたしを交互に見ている。

 小笠原清子さんは口に手をあて、まあ、といい、柏木優は見る見る顔を青く染めた。

「す、すまない。なんと呼べば?」

「呼び捨てとちゃん以外なら良いよ」

 そう答えて体を伸ばし、爪楊枝を抜き取って端に置く。

「な、なら、巳星、くん?」

「うん。で?何だっけ?」

「い、いや。家は、大丈夫なのかと・・・・」

 微かにまだ青い顔で、そう呟く柏木優。

「大丈夫だと思うよ?両親もデートだって言ってたし」

 泊まりでね。

 付け加えて言うと、何故だか顔を赤くする福沢祐巳姉弟と小笠原親子。

「?どうしたの?」

 そう問うが、一様に首を横に振る4人。

 さらに首を傾げるわたし。

 何か、顔を赤くするようなことを言っただろうか?

「気にしなくて良いって、巳星ちゃん」

「そう?」

「そう」

 まあ、佐藤聖がそう言うのなら、納得しておく。

 納得できないけど。



 まあ、それから何のかんのあり、就寝。

 みんなが寝静まった頃、わたしはそっと布団からでて部屋の外へ。

 窓から空を見上げてみれば、そこは都会には珍しいくらいに星が自己主張していた。

「珍しい」

 夜だし、声を落として呟く。

 そっと窓に触れれば、冷たいのがわかる。

 さすが冬まっただ中。

「あら、巳星ちゃん?」

 その声に反応して振り返ると、そこにはガウンを肩にかけた小笠原清子さん。

「どうしたんですか?」

 確か、眠いからと部屋に戻って一足先に寝たのではなかっただろうか?

 わたしの言葉に、小笠原清子さんは楽しそうに笑う。

「祥子さん以外の人と一緒に過ごす事なんてなかったから、眠たいのに眠れないの。まだ、興奮
しているみたいなのよ」

「そうですか」

 わたしは微笑み、小笠原清子さんを手招きする。

 小笠原清子さんは何故か驚いた表情をした後、わたしに近づいてきた。

 月に照らされてわかる。

 ちょっと、顔が赤い。

「見てみてください。星が、綺麗ですよ」

 だけど、聞いてもいつもみたいに何でもない、とか言われるんだろうと思い、そのことには触
れないでおく。

「・・・・・本当だわ」

「ね?」

「ええ。今まで、何で気づかなかったのかしら」

「余裕が、なかったのでしょう」

「え?」

 小笠原清子さんが、こちらを驚いた顔で見てきたのが目の端に映った。

 なんとなく、小笠原祥子と被る。

 やっぱり親子だ。

「2人きりという、寂しさ故に、星々を見るということを、忘れていたんですよ。身近なモノ
は、身近すぎるほどにわからなくなりますから」

「・・・・・・・そうね」

 小笠原清子さんが再び窓へと目をむける。

「死んだ人達が星となり、わたし達を見守っているのだという人がいます」

「え?」

 急にそんなことを言い始めたわたしに驚いたのだろう。

 でも、わたしも何が言いたいのかわからないので、気にしないでほしいな、なんて。

「ですが、わたしはその言葉なんて嫌いです。死んだ人が星となり、わたし達を見守っている
なんて、そんなこと嫌です」

「巳星ちゃん?」

「目に見えるだけで、手の届かない存在。自分の元に戻ってきてほしいのに、見ているだけし
かできない。それほど、辛いことは、悲しいことはありません」

 つかみ取ろうとするかのように、わたしは星に手を伸ばした。

 もちろん、取れるわけもないし、その手は窓に当たって阻まれる。

「ですが、今はそう思うこともなくなりました。星を見ても、悲しみも、辛さも湧いてはきま
せん。むしろ、あの人がわたし達を見守っていてくれると思うと、何でも出来るような気がし
てきます」

「巳星ちゃ―――」

「今から、わたしは独り言を言いますね」

「え・・・?」

 小笠原清子さんの言葉を遮り、わたしはさも自分一人しかいないように振る舞う。

「祥子は、実は凄く寂しがりや。父親が、祖父が2号さんの所に行って家にいないのが、凄く寂
しくて、嫌なんだ」

 独り言だから、敬語もない。
 
 あくまで、独り言。

「でも、それは清子さんには見せないで、気丈に振る舞ってる。プライドがあるし、何より自分
が寂しさを表して、清子さんにさらなる寂しさを味あわせたくないから」

 なんとなく、小笠原祥子はそんな気がする。

「それでも、寂しいから。理由なんて、あくまで便宜上。ただ、沢山の人達とわいわい楽しく、
名字なんて関係なく過ごしていたいから。だから、わたし達を呼んだんだと思う」

「祥子・・・・・」

「独り言ですから、シーですよ」

 口に指をあてて小笠原清子さんに言うと、清子さんは慌てたように口を手で隠した。

 なんか、可愛い人だな。

 わたしは小笠原清子さんから目を離し、再び窓の外へ。

「今、この家にいるのは、祥子を祥子として見られる友人達だから、祥子も肩の力を抜いてリラ
ックスできる。そして、清子さんも」

 微かに、小笠原清子さんの驚いた雰囲気が伝わってきた。

「礼儀正しく。気品があり。常に小笠原家の長女として、恥ずかしくないように。だから、祥子
はたまにヒステリーを起こす。それをしなければ、祥子は小笠原の名字に潰されてしまうから、
とても大切なこと」

 ヒステリーは、本人が意識しているのかいないのかわからないけど、素を出せる人達の前でしかしない。

 それは、わたし達がちゃんと祥子を見ているから。

 信用されてるよね〜。

「怒ることは、祥子にとって息抜き、ガス抜き。言葉はどれでも構わないけど、意味は同じ。名
前の重さに潰されないように、立っていられるように、わたし達は祥子の息抜きの手伝いをする」

 でもそれは―――

「清子さんにも必要なことだから。寂しさを、鈍感という言葉で覆い隠して、悲しみに、辛さに
、気づかない振りをする」

 いくら鈍感でも、誰だってある気持ち。

 人ならば、誰だって持っているその心。

「隠せば隠すだけ、それは膨れあがり、いつか清子さんを潰す。だから、清子さんもガス抜きが
必要だと思うんだけどな〜」

 そこまで言った時、体当たりをくらった。

「うぉっ」

 なんとも乙女(でもないけど)らしからぬ声を出して、体当たりしてきた人を見る。

 そこには、わたしに縋りつくように抱きついて、肩を震わせる小笠原清子さんの姿。

 わたしはそんな彼女に小さく笑い、抱きしめ、肩を撫でる。

 いつか、いつか潰れてしまうから。

 わたしよりも少し小さなその体を、包み込むように抱きしめ、左手は肩を、右手は小笠原清子
さんの髪を撫でる。

 この家の母子は、揃って不器用だから。

 祥子はわたし達が息抜きを手伝っているけど、清子さんは鈍感という壁でそれらの悲しい感情
を覆っている。

 思っていないと、思い込んでいる。

 思い込もうとしてる。

「悲しいこと、辛いこと、隠さなくちゃいけない時がある」

 大人には、必要なSKILL。

「それでも、それ以外の時は、隠さないでいてほしい。祥子がいる時、あの子と一緒に悲しいこ
と辛いこと、一緒に乗り越えて、それでも駄目だったら、今日みたいにわたし達を呼んでください」

 優しく、優しく囁く。

 伝わるように、聞こえるように。

 なぜなら―――

「人は、脆いモノだから」





「巳星ちゃん、お茶いかが?」

「いただきます」

 次の日から、妙に懐かれていた。

 いや、別に嫌じゃないんだけどね?

 祥子達の視線が、さ。

 痛いのなんのって・・・・。

 ・・・・・・穴あきそう。

 っと、そうだ。

「小笠原祥子、福沢祐巳、佐藤聖」

「な、なにかしら?」

「「な、なに?」」

 わたしはある紙を彼女たちに渡す。

「それ、わたしの携帯番号。わたしと直接話したい時とか、母の片言の日本語を聞きたくない時
とかに使って」

「巳星くんのお母様は、日本の方じゃないのかい?」

「母はイギリス人だからね。面白いよ〜。貴様は誰ですか?とか普通に聞いてくるから」

 そう言うと、佐藤聖達が吹いた。

 小笠原清子はさすがに吹いてないけど。

 そりゃあね?

 貴様って『様』がついてて、敬語っぽいけどさ。

「何処で言葉憶えたんだかわからないけど、お待ち下され、とかも言うし、わたしは巳星の
母だったです。とか意味わかんないことも言うから」

 思わず過去形!?とか思ったさ。

 まあ、本人としては、わたしは巳星の母です、とか言いたいのだろうけど。

 本当、何処で覚えたんだか・・・・・・。

「お、お腹痛いっ」

 お腹を押さえながら笑う佐藤聖。

 福沢祐巳達も笑っている。

 でもね、身内だったら笑えないんだよ?

 切実にヤメテ、とか思うから。

 まあ、かけてきた人曰く、最高、らしいけど。

 それを言ったのは、中学校の担任だったりする。

 だって、同級生はわたしの家に電話とかかけてこないし。

「・・・・巳星ちゃんのお母様って、本当に面白いわね」

 きっと、祥子は一度かかってきた時の電話の内容を思い出しているのだろう。

 子猫追いかけてリリアンまで来ちゃった☆事件。

「嬉しくないけどね」

 わたしはため息をついた。

 いや、もう本当にね?





          

 

トップに戻る 小説入口へ戻る  目次  前へ  次へ



 

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送