【愛する人】





	 
 今まで、誰にも言ったことがないけれど、私は以前巳星ちゃんにあったことがある。

 多分、巳星ちゃんは覚えていないと思う。

 だって、廊下で彼女に助けられた時、彼女は驚く私を見て首を傾げていたから。

 
 
 あれは、私がまだ高等部にのぼっていない頃だった。

 中等部3年の、冬の卒業間近。

 その日は、相変わらず退屈で暇で、私は家の近くを歩いていた。

 いつもの見慣れた景色。

 変化もなくて、本当につまんないと思っていた。

 そんな中に、初めて気づく裏道。

 私はそれを見て、すぐにそちらへと歩いていった。

 その時の私は、まだ幼いというのもあったのかもしれない。

 人通りのない道を、危険だという意識を持っていなかったのだから。

 ボーッとしながら歩いていると、急に腕をつかまれた。

 驚いてつかんできた主を見れば、見たこともない男の人達3人。

「何か?」

 問いかけると、気に障る笑みを浮かべた。

「いや、なに。なぁ?」

「ああ。ちょっと暇なら、俺達に付き合ってくれないかと思ってな」

「そうそう。良いバイトもあるしさ」

 不快だった。

「結構です」

「んなこといわずに、ちょっと付き合ってくれるだけで良いんだって」

 いくら暇だからって。

 いくら退屈だからって。

 こんな人達の相手をしようと思わない。

「嫌です。放してください」

 手を振り払おうとしたら、反対に腕を捻られてしまった。

「っつ!」

「おいおい。売りもんに傷つけんなよ?」

「そうだぞ。久々の上玉なんだかんな」

 頭の上で交わされている会話に、鳥肌が立った。

 慌てて周りを見てみる。

 けれど、ここは裏道。

 一人っ子一人通っていない。

 頭の中で、警報が鳴る。

 逃げなくちゃ。

 その言葉が、頭の中を巡った。

「あ、逃げようとしても無駄だぜ?ここは滅多なことがないかぎり、人が来ないからな」

 男の腕の中でもがく。

 腕が痛むけど、逃げる方が先。

「無理無理。男に敵うわけないでしょ?」

 嗤う男達。

 体が震えた。

 その時だった。

 綺麗な、澄んだ声が聞こえたのは。

「人通りが少ないからって、人が絶対に通らないわけではないんだけど」

 ハッとしたように男達がそちらを向いた。

 それによって、男につかまれている私もそちらを向くことになる。

 そして、声の聞こえた方を見て驚いた。

 私よりも、幼いであろうその姿。

 それなのに、凛としていて、威圧感もある。

 表情のない顔は、凄く綺麗で、男達も私も、一瞬見惚れてしまったほどだ。

「聞いてる?人の話」

 近づいてくる、少女。

 近くで見れば見るほど、その子の美しさがわかる。

 女神。

 らしくもなく、そんな言葉が頭に浮かんだ。

「き、聞いてるさ。なに?この子の変わりに、俺達に付き合ってくれって?」

 男の一人が少女の肩に手をおいた。

 その瞬間だった。

 男の身体が、宙に浮いたのは。

「「「――ッ!?」」」

 男の身体が少し遠くまで飛んだ。

 私と男達は急な展開に驚き、おきあがる様子のない男を見つめる。

「そっちの2人も、アレみたいになりたくなかったら、その人を放してあげな」

「っ調子にのるんじゃねぇー!!」

 もう1人の男が、少女へと殴りかかった。

 それを見て、私は慌てる。

 それとは反対に、冷静な部分で無理だと悟っていた。

 何が起きたか見えなかった私はもちろん、男達だって彼女には敵わない、と。

 そして、予想通り、男の身体は勢いよく真横に吹っ飛んだ。

「っちくしょう!」

 私を突き飛ばして、最後の男も少女に殴りかかる。

 やはり、男は反対側の真横に吹っ飛んだ。

「力もないくせにかかってくるなんて、無謀」

 蔑むように呟かれた言葉。

 私は地面に座りこんだまま、立っている彼女を見上げた。

「で、大丈夫なの?」

 無表情に。

 あまり感情もなく問われた言葉に、私は慌てて首を縦に振って答える。

「そう」

 一瞬で興味が無くなったかのように、彼女は男達を一瞥した。

「さっさと帰れば?」

 無表情に告げられた言葉は、凄く冷たい印象を受けた。

 だからこそ、彼女が綺麗に見えた。

「あ、ありがとう」

「別に」

 感謝の言葉を述べても、彼女はやはり感情がないように答える。

 それから、彼女は気絶している男達の襟をつかんだ。

 何をするのだろうと見ていた私に、彼女は冷たい目をむけてきた。

「今度からは、興味本位にこんなとこ来ない方が良いよ。まあ、君がどうなろうと気にしないけど」

 冷たい、温度のない瞳。

 その瞳に魅入られて、私は言葉を発せずにいた。

 そんな私に気づいた様子もなく、突如彼女は言った。

「ところで、ここ何処?」

「・・・・・は?」

 さすがの私も、その場違いな質問にらしくもなくマヌケな声を出してしまった。

「だから、ここ何処?どうやったら、ここから出られるの?」

 相変わらず、無感情に問いかけてくる彼女。

「あ、その道を真っ直ぐいって、一番初めの曲がり角を曲がると、出られるわよ」

「そう、ありがとう」

 そういって、男達を引きずって去っていく彼女の背中を見ながら、私は今更ながらに体が震えて
いることに気づく。

 男達が見えなくなって、やっと安心したようだ。

 でも、それよりも彼女の言葉に気を取られた。

 自慢でもなく、私は事実として頭の回転が速い。

 頭も良い。

 だからこそ、私は気づいた。

 『君がどうなろうと気にしないけど』

 彼女はそういったけど、実際に彼女は私を助けてくれた。

 それも、私がこの道に入った時のことを知っている様子。

 それをふまえると、彼女は冷たいように見えるけど、優しい人なのだ。

 だって、この裏道に入った私が心配で、彼女は追いかけてきてくれたのだろうから。

 
 
 それが、私と彼女の初めての出会い。

 そして、私の初恋でもある。

 それから数年後、私は高等部3年になり、黄薔薇さまと呼ばれる存在になった。

 退屈な高校生活。

 そのなかでも、忘れたことの無かった彼女の存在。

 もう、会えないだろうと思っていた。

 この広い日本で、彼女一人に会える確率など皆無なのだから。

 けれど、マリア様は私を見放してはいなかったの。

 その日は入学式だった。

 でも、たまたま体調が悪くて、私は入学式に出た後、廊下で目眩を起こしてしまった。

 慌てて壁に手をつけて、眩暈が過ぎ去るのを待っていた私。

 そんな私を、生徒たちが囲む。

 なんとなく、動物園のおりの中にいる動物になったような気分。

 というか、一人くらい助けようとしてくれても良くないかしら?

 そう思っていた私に、一人の少女が声をかけてきた。

「どうしたんですか?」

「え・・・・・?」

 その、何処か聞き覚えのある声に、私は反射的に顔をあげる。

 そして、驚いた。

 私に声をかけてきてくれたのは、見間違えるはずもない、あの頃よりも成長し、綺麗になった
彼女だったから。

 こんな偶然があるのだろうか?

 ここにいるということは、リリアンに入学したということよね。

 疑問と、嬉しさが体中を駆けめぐる。

 私が驚いて彼女を見ていると、彼女はあの頃よりも柔らかい無の表情で、首を傾げた。

「・・・・・・・どうしたんですか?」

 そう問われ、私は彼女が私を覚えていないことを悟る。

「あ、いえ。なんでもないわ」

 落胆したものの、慌てて『黄薔薇さま』の仮面を被った。

 するとどうだろう。

 彼女は微かに感心するようにいったのだ。

「・・・・仮面、被るの上手いなぁ〜」

 と。

「えっ?」

 せっかく被った仮面を、私は外してしまうほどに驚き、彼女を再び見る。

 彼女は、少し慌てたように口を塞いだ。

「あ、ヤバッ」

 でも、今更遅いと思ったのか、すぐに口から手を放す。

「・・・・まぁ、良いや。それで、体調不良ですか?それとも、退屈不足ですか?」

 いわれた質問に、私はもう仮面の存在など忘れてしまっていた。

 ただただ、彼女の発言に驚くだけ。

 あの時以来かもしれないほどに、私は驚き彼女を凝視した。

 もしかしたら、私のことを覚えているのかもしれない。

 そう思ったから。

「掴まっててくださいね」

「え?」

 急な発言に対応できずにいた私を、浮遊感が襲った。
 
 私は慌てて彼女の制服をつかむ。

「保健室で良いですか?」

「え、ええ。お願い」

 あの時のように急な展開に着いていけずに、けれど戸惑いつつも返事を返せば歩き出す彼女。

 けれど、急にピタリと足を止めた。

 不思議に思って彼女の顔を見上げたのと、彼女が周りにいた一人の生徒に問いかけたのは同時
だった。

「すいません。保健室ってどこですか?」

 その問いかけが、私にデジャビュを巻き起こす。

『ここって、何処?』

 今見る表情よりも、温度のない顔で問いかけてきた幼い、でも綺麗な少女。

 あの頃よりも、温かい目で、温かい声で、

「知ってます?」

 私に問いかけてくる、綺麗な、綺麗な彼女。

 それが、確証だった。

「ええ。そこの階段を下りてすぐのところにあるわ」

 嬉しくて、自然と笑顔になっていた。

 彼女が私を覚えていなくとも、構わない。

 だって、こうして会うことが出来たのだから。

「了解しました」

 頷き、歩き出す。

 私の体調を考えてだろう。

 体に振動が伝わらないような歩き方。

 優しいその気遣いに、嬉しくなる。

 けれど、それとは反対に体温が上昇していくのがわかった。

 それは当然のこと。

 だって、私はずっと彼女に恋をしていたのだから。

 こんな私でも、好きな人に触れられれば、ましてやお姫様抱っこをされれば恥ずかしい。

 だから、それを悟られないように、彼女に問いかけた。

「・・・・あなた、力があるのね」

「まあ、一応運動部でしたから」

 少し遠い目をする彼女。

「なるほどね・・・・・」

 そう答えつつも、実は凄く嬉しい私がいる。

 こんなに乙女だったかしら?

 そう思ってしまうほどに、彼女と会話が出来て喜んでいる自分がいる。

 それでも、こんな自分も意外と好きだと思ってしまうのだから、不思議なものね。

「発見」

 小さな呟きと共に、彼女は保健室のドアの前で立ち止まった。

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 そして、何故か固まる彼女。

 彼女の視線が、ドア、そして私へと移る。

 なるほどね。

 どうやってドアを開けようか、そう思っているらしい。

 私は彼女がどうするのか知りたくて、あえて何もいわずに見つめる。

 少しの間だけ、その柔らかい無表情に見惚れていたのは秘密。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・仕方ない」

 そう呟いた途端、なんと彼女は、

―――ガンガン!

 自らの頭で、ドアを叩いた。

 私は彼女の予想外な行動に、唖然。

「痛い」

「プッ」

 呟かれた言葉に我にかえった私は、思わず吹き出していた。

 予想外。

 本当に予想外な子だと思う。

 出会いも、行動も、言動も。

 全てが、私に予想できないことだから。

「なんですか?」

「だ、だってあなた、頭でっ」

「はいはい、どなた?」

 震えながらいった時、先生がでてきた。

「この人が、体調悪そうなんで連れてきました」

 笑っている私は無視をすることにしたらしい。

「まあ」

「この人、体調悪そうなんですが」

 先生が、私という存在をお姫様抱っこしていること、そして、私が笑っていることに驚いている
と、彼女は少し強めに今度は言った。

「あ、ごめんなさいね。一番奥のベッドに寝かせてくれる?」

「はい」

 一番奥のベッドに、そっと下ろしてくれる彼女。

 そういう、微かな行動の端々に彼女の優しさがかいま見える。

 そんな些細な行動にも、私の胸は温かくなった。

「ありがとう、私は鳥居江利子よ。あなたは?」

 やっと口に出せる問いかけ。

 初めて会った後、何故名前を問えなかったのかと、どれほど後悔したか。

「須加巳星です」

 その後悔が、やっと昇天した。

 須加巳星ちゃん。

 その名前を、私は誰にも気づかれないように心に刻む。

「巳星ちゃんね。それにしても、ドアを頭で叩く人なんて初めて見たわ」

 本当に、予想外。

「仕方ないでしょう。両手が塞がっていたんですから」

「私がいるじゃない。あなたに抱かれていて、私は両手が空いていたのよ?」

 あなたのためなら、簡単に出来るわ。

 楽しみで、あえて言いはしなかったけれど。

 けれど、何故か呆れたような表情をする彼女。

「病人にそんなことさせるバカが、どこにいるんですか」

 驚き、心では納得した。

 そんなに彼女を知っているわけではないのに、何故か『らしい』と思ってしまう。

「なんですか?」

「それ、素?」

 問いかける。

 素以外ではあり得ないほど、自然だけど。

 素だと、確信をしているけれど。

「は?酢?お酢なんて持ってないですよ?」
 
 そして、帰ってきたのはそんな答え。

「いえ、そうじゃなくて・・・・」

 思わずツッコミを入れてしまう。

 彼女って、意外に天然なのね。

 いえ、天然なのは初めて会った時からだったけれど。

「幻覚まで見えてきてるんじゃないですか?ちゃんと寝た方が良いですよ」

「あ、ちょっ」

「それじゃあ、失礼します。まだ、HRがあるんで」

 私の思いになど気づくはずもなく、彼女はわたしの肩まで掛け布団をかけると保健室を出ていっ
てしまった。

 私は自然と笑みを浮かべていた。

 自分でも、何故笑みを浮かべているかはわからない。

「・・・・なんだか、嵐みたいな子ね」

「そうですね」

 同意する。

 本当。

 嵐のような子。

 でも、それは初めて会った時。

 今は、太陽のような子だと感じる。

 笑顔なんて見ないけど、雰囲気が温かい。

 無表情だけど、柔らかい。

 そうだ。

 明日、令に頼んで巳星ちゃんを薔薇の館に連れてきてもらおう。

 だって、せっかく会えたんだもの。

 たとえ、向こうが覚えていないとしても、彼女は私の初恋の子。

 そしてその恋心は、現在進行形で続いているのだから。





  あとがき。
 
 あれ?と思う方もいると思いますが、実は、江利子が高1になる寸前だった頃には、
すでにこちらの世界にいたんですね〜。
 当時はそれどころではなくて、巳星本人は気づいていなかったようですが。



          

 

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