【彼女について】




「志摩子さん、祐巳さん、書けた?」

「ええ。意外と一気に書けてしまったわ」

「わたしも!」

 由乃の言葉に、志摩子と祐巳は微笑んで答える。

「2人も?わたしも、さらさら書けちゃった」

 由乃もそれに同意するように笑った。

 3人が今いるのは薔薇の館。

 ただ、巳星だけがここにはいない。

 巳星は退院後の検査のため、病院に行っているからだ。

 その間に、彼女たちはやることがあった。

 彼女たちの手元にあるのは、【青薔薇さまこと、須加巳星について】と書かれた用紙。

 その用紙には、巳星について書かれている。

 今回、巳星と同級生で山百合会メンバーでもある由乃、志摩子、祐巳の言葉をリリアンかわら版に
 載せるために、新聞部から書いてほしいと頼まれたのだ。

 だから、巳星がいる時には書けないのだ。




  【青薔薇さまこと、須加巳星について     一年松組 島津由乃】


 初めての印象は、無表情だけど綺麗な人。

 でもすぐに、その印象は変わった。

 『金属アレルギーの子は、ロザリオを受けとったらどうするんだろう?』

 そう呟いたから。

 彼女はただ、自分の思いを言葉にしただけなのだろうとは思うけれど、わたしの印象を変えるには十分
 の言葉だった。

 変わってる。

 すぐにそう思った。

 そして、その後すぐにわたしは性格を言い当てられた。

 凄く嬉しかった。

 今まで、わたしは自分の性格を言い当てられたことなんてないから。

 だから、彼女の前では飾らない自分でいられると思った。

 素の自分で、いられると思った。

 それから、少し強引だけど彼女を連れて薔薇の館に行くようになった。

 巳星さんはどう思っているかはわからないけど、わたしにとって初めてできた友達。

 大切な、大切な友達。

 巳星さんと一緒に過ごすようになって、色々とわかったことがある。

 彼女は物怖じ、というものをしない。

 薔薇さま方と、対等に話をし、意見を述べる。

 でもそれは、薔薇さま方自身を見ているからだということもわかった。

 巳星さんは、色眼鏡で人を見ようということはしない人だ。

 他人がこう、と言っても、彼女は自分にはこう見えたからそれは違うんじゃない?

 そういう人。

 けれど、それは不快に思ってしまうような感じではなく、ああ、そうなんだ。とわたし達に思わせて
 しまうような感じで。

 彼女の言葉は、人の心に深く入ってくる。

 でも、彼女自身は自分の言葉の強さに気づいてはいないのだけれど。

 反対に、そこが彼女の魅力でもあると思う。

 彼女は変わっている。

 だけど、だからこそ彼女は万人の心をつかんで放さないのだろうと思う。

 そして、その中の1人がわたし。

 だって彼女は、わたしを見てくれるから。

 ちゃんと、見てくれるから。

 わたしだけでなく、全ての人を見ることができる人だから。

 以前、巳星さんがいっていた。

 わたしとお姉さまの距離。

 わたしと、巳星さんの距離。

 お姉さまは近すぎて、視野に入ること以外のところはわからない。

 だからこそ、見える部分は細かく見える。
 
 巳星さんは、全体を見える位置にいるという。

 全体が見えるから、細かいことがわからない代わりに、全てが視野にはいるからお姉さまよりもわかる
 ことがあるのだという。

 彼女は、それを無意識にできる人。

 わたしは、そんな彼女を尊敬している。

 
 彼女は、誰よりも大切な仲間。




【青薔薇さまこと、須加巳星について     一年桃組 藤堂志摩子】 



 巳星さん。

 彼女は凄い人だと思う。

 初めて会った日、彼女は家を知られることを恐れていた私にいった。

 産まれは関係ないと。

 家のことを恐れて、人を拒絶する必要はないと。

 わたしの言葉を信じて、一歩だけでも良いから足を前においてみよう。と。

 一歩だけでも、十分だからと。

 無理は、しなくても良いからと。

 その言葉に、私は気がつけば彼女に縋って泣いていた。

 ただ、彼女の言葉が、声がとても優しくて。

 心が弾けた。

 次の日の放課後に、私はお姉さまから呼び出された。
 
『志摩子の家のことは聞いたよ』

 お姉さまにそういわれた。

 初対面の人に、それも当時は姉妹(スール)でもない白薔薇さまから呼び捨てで呼ばれて、言葉の内容と
 相成って目を見開いたのを覚えている。

 驚いてなにも言えずにいた私に、お姉さまは仰った。

『巳星ちゃんから、似たもの同士だっていわれた』と。

 その言葉の意味が、なんとなくわかった。

 お姉さまも、何についてかはわからないけど、悩んでいたのだろう。と。

 そして、お姉さまも巳星さんに救われたのだろうと。

『わたしと、姉妹(スール)にならない?』

 唐突な申し出。

 私は驚いた。

 そんな私に、お姉さまは続けた。

『きっと、志摩子は巳星ちゃんといれば悲しみに泣くことはなくなるから』

 そう仰った。

 本当にそうだろうか?

 そう思ったけれど、お姉さまの言葉に同意している自分もいた。

 でも、どうしよう。

 悩んでいた私に、巳星さんの言葉が蘇った。

 一歩だけでも良いから、足を前に出してみよう。

 その言葉を思い出して、私はお姉さまの申し出を承諾した。

 そして、お姉さまと姉妹(スール)になって初めて薔薇の館に足を踏み入れた時、巳星さんは私とお姉さま
 を見て驚いたような顔をした。

 それはそうだろうと思う。

 けれど、巳星さんはすぐに苦笑して、私の頭を撫でてくれた。

 まるで、『頑張ったね』そういってくれているように。

 それが嬉しくて、私は泣きそうになった。

 それはきっと、誰にも気づかれてはいない。

 それから、巳星さんは、私にとってマリア様だとそう思わせるような行動を、色々してくれた。

 彼女をマリア様だと想っている私に、彼女はいった。

『わたしは普通だよ』と。

『マリア様に、人と友達になることはできないでしょ?』と。

 綺麗に微笑んで、いった。

 それを聞いて、私は思った。

 彼女は、やはり私のマリア様だと。


 巳星さんは、誰かと比較できないほどに大切な仲間。




【青薔薇さまこと、須加巳星について     一年桃組 福沢祐巳】



 わたしが初めて巳星さんを見たのは薔薇の館ではなく、入学式でだった。

 わたしが今まで会ったことのない人。

 無表情で、ずっと前を見つめるその姿に、わたしは目が離せなくなった。

 無表情なのに綺麗で、笑ったらもっと綺麗になるだろうと思っていた。

 そんな彼女が薔薇の館に出入りするようになったと聞いたのは、入学してから3日目だった。

 なんとなく、やっぱりと思っている自分がいた。

 でもきっと、わたしは巳星さんと同じ時を共にはできないだろうな、そう思っていた。

 そう思っていたわたしに、転機が訪れた。

 それが、お姉さまからのタイ直しだ。

 あれがなければ、きっとわたしと巳星さんは会話をすることもなかったかもしれない。

 タイを直していただいてから、ロザリオを受けとっていないけれど薔薇の館に行くようになった。

 そこで巳星さんは、薔薇さま方からとても必要とされていることがわかった。

 その理由は、きっと薔薇さま自身を見ているから。

 はじめ、わたしは薔薇さま方自身を見られなくて、彼女に言ったことがある。

 薔薇さま方と普通に話せるなんて、凄いね。と。

 そうしたら、巳星さんは言った。

 薔薇さま方は普通なんだよ、と。

 わたし達と同じように、笑ったり、泣いたり、怒ったり、喜んだり。

 同じ感情を持った普通の人間なんだよ。

 そういわれた。

 薔薇さま方は別に、特別なんかじゃないんだって。

 わたし達が、薔薇さま方を特別視しすぎなんだって。

 そう教えてもらった。

 巳星さんに言われた通り、特別視しないで薔薇さま方を見られるようになった。

 だからこそ、わかった。

 薔薇さま方が・・・・。

 ううん。

 山百合会のみんなが巳星さんを必要していることに。

 もちろん、わたしも。

 
 巳星さんは、一番大切な仲間。




「へー。志摩子さんと祐巳さん、こんなこと書いたんだ」

「由乃さんこそ。巳星さんが見たら、きっと呆れた顔するよ?」

「というか。それは、全員に、じゃないかしら?」

 それぞれお互いのを読み終えて、由乃、祐巳、志摩子は言った。

「「確かに」」

 由乃と祐巳は顔を見あわせ、笑いあう。

「でも、本当の気持ちだし」

「そうね。嘘偽りのない気持ちだもの。この気持ちは、巳星さんにも否定できないわ」

「そうよ。これには、わたし達の想いがこもってるんですからね!」

 祐巳、志摩子、由乃は顔を見あわせ、ニッコリと笑ったのだった。


 後日、リリアンかわら版を見た巳星が、呆れたような顔で笑顔の由乃を見たのは言うまでもない。



           

 

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