【灯火】

	  




 夜の7時。

 家に掛かってきた電話に、誰もが愕然とした。

 蓉子も、江利子も、聖も、祥子も、令も、祐巳も、由乃も、志摩子も。

 誰もが、それを聞いた瞬間、言葉を発せなかった。

『須加巳星さんが、車に轢かれて重体です』

 それは、それぞれ違う者からの報告だった。

 学園長であったり、巳星と仲の良いシスターだったり、巳星と由乃の担任だったり、祐巳と志摩子の担任だったり。

 それでも、誰もが声を震わせていた。

『なぜ?』

 誰もが問いかけた。

 帰ってきた言葉は、

『轢かれそうになった子供を助け、巳星さん本人が轢かれてしまった』

 そんな、残酷でありながら優しい報告。

 それぞれが皆思った。

 『彼女らしい』と。

 聞かされた病院は、全員の中間地点にあるような場所。

 報告してきた者達も、これから向かうのだという。

 それを聞き、全員が自分も行く、と言い電話を切った。

 切った後には、真実味のない感情。

 信じたくないと、誰もが思った。

 けれど、皆はそれを確かめるため、教えられた病院へと向かったのだった。
 電車を乗り継ぎ、病院の前についたのは皆大体同じ。

 全員が同じような顔をしていた。

 ウソでありますように。

 無事でありますように。

 そんな顔。

 彼女たちは常には見せないような走りで受付に行き、巳星のいる場所を聞く。
 
 教えられた手術室。

 再び、そこに向かって走り出す。

 彼女たちの目に留まったのは、手術室の前に座る黒と金。

 沢山の足音に、黒と金が何事かと顔をあげた。

 彼女たちを見て、驚いたように目を見開く。

 黒は日本人。

 金はイギリス人。

 その2人に、巳星の面影を見て誰もがわかった。

 巳星の、両親だと。

 それぞれが名乗る。

 学園長だと。

 シスターだと。

 担任だと。

 教師だと。

 同じ所属の、仲間だと。

 金は泣く。

 翠色の目を赤くさせて。

 そんな金を、黒が抱きしめる。

 その顔を、恐怖に引きつらせて。

 それで悟る。

 嘘ではないのだと。

 真実なのだと。

 危ないのだと。

 崩れ落ちるのは幾人か。

 それを抱きしめるのも幾人か。

 やって来た者達は、一様に目に涙を溜めて。

 いつも祈りを捧げる者に祈る。

 いつもは祈りなど捧げない者に、祈る。

 切に、切に。

 祈る。



 時間の感覚はもうない。

 ただ、再び自分たちの前に戻ってきてくれるよう。

 誰もが祈り続けた。

 手術室のドアが開く。

 現れたのは医師。

 駆け寄る皆。

「持ち堪えた」

 待ち望んだ答え。

 皆が歓喜し、喜んだ。

 金が泣く。

 悲しみにではなく、喜びに。

 黒が抱きしめる。

 喜びを顔面に貼り付けて。

 看護師に運ばれてきたのは、皆が見たことのない表情の巳星。

 青い顔。

 それでも、生きている。

 それに安堵し、帰る者達。

 残ったのは、仲間達と金と黒。

 巳星が運ばれた先は個室。

 仲間達は巳星に触れる。

 包帯の上から髪を撫で。

 ガーゼの貼ってある頬を撫で。

 包帯の巻いていない腕を撫で。
 
 ギブスのない方の手を握り。

 酸素マスクをした巳星に声をかける。

 答えはなくとも、答えてくれているような気がして。

 声をかけると、早く目が覚めてくれるような気がして。

 笑うあなたが見たいと。

 自分の隣を歩くあなたが見たいと。

 笑いあいたいと。

 いつも巳星がする呼び方で。

 此処にいるのだと。

 目の前にいるのだと。

 そして、好きだと。

 そう呼ぶ名にこめて。

 須加巳星と。




          

 

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