【いばらの森】

	 




 最近、本を読んでいる生徒をよく見る。

 それも、真剣に。

 思わず、君は読書家という顔か!とツッコミを入れてしまいたくなる。

 でも、そんなことを言ったら怒られるから言わない。

 わたしって、自制が利くから。

 でも、ちょっと気になるんだよね〜。

 話を聞くかぎり、みんな同じ本を読んでいるみたいだし。

「これ書いたの、白薔薇さまっていう噂よ」

 とか、

「心中して、生きていた方が白薔薇さま?」

 とか、そんな言葉が飛び交っている。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・なぁんか、忘れてるよね?

 黄薔薇革命と、バレンタインの前後作の間に、もう2つあったよね〜?

 なんだっけな〜?

「いばらの森、読んだ?」

「読んだ読んだ。これって、本当に白薔薇さまが書いたの?」

「みたいよ」

 ・・・・・・・・・・・・・・・忘れてたぁぁ!!!

 あったよ!!

 そういやあったよ、そんな本が!!

 佐藤聖が主体になってる本がさ!!

 マジ、すっかり忘れてたよ!

 っていうか、あの章はあんまり詳しく読んでないんだよ〜。

 でも、書いた人は覚えてるぞ!

 たしか、上村シスターの恋人。

 名前は・・・春日せい子?

 リリアンで知り合って、駆け落ちして心中しようとした。

 で、上村シスターは相手が死んだと思っていたみたいだけど、実際は死んでないんだよね。

 でもって、相手も上村シスターが死んだと思ってた、と。

 たしか、お互いに違う病院に入って、相手は死んだと聞かされたかなんだったか、そんな感じ。

 で、えーーーーっと。

 そうだ!

 著者名は『須加星』!

 ・・・・・今思ったけど、わたし名字が一緒なんだねぇ。

 今更気づくなって話だけど、それよりも!

 わたし、良く覚えてた!

 偉いぞわたし!!

 といっても、まあ、ぶっちゃけ。

 島津由乃の珍探偵が、シュガーだとかいってたから覚えてたんだけどね。

 じゃなきゃ、覚えてないって。

 ・・・・・・・・・ところで、

「・・・・・えっと、なに?」

 すいません。

 さっきから気にしないように、って思ってたんですけど。

 すんごい見られてるんですが、なんでしょうか?

 それも、いばらの森を持った生徒たちが。

「な、なんでもないわっ」

「なら、良いけど」

 まあ、その慌てっぷりが怪しいんですけどね。

 ・・・・・なんだろう。

 すっごく嫌な予感。

「巳星さん!」

「あ、よっすぃ。どうしたの?」

「どうしたのじゃないわよ!」

 こ、小声で迫ってこないでください。

 顔も恐いっす。

 わたし、何かした?

「ちょっと来て!」

「え、ちょっ」

 腕を引っ張られ、連れてこられたのは藤堂志摩子達のクラス。

「祐巳さん、志摩子さん」

 うわ〜。

 チームワーク良いね!

 凄い勢いで近づいてきたんですけど!

 特に藤堂志摩子!

「なになに!?どうしたのっ?」

「良いから来て!」

 良くないし!

 っていうか!

 藤堂志摩子まで反対の腕をつかむなYO!

 その時、

『1年松組、須加巳星さん。3年藤組、佐藤聖さん』

「「「「・・・・・・・・・・・・・・」」」」

 わたし達は無言で立ち止まる。

『繰り返します。1年松組、須加巳星さん。3年藤組、佐藤聖さん』

 ああ、もうマジで。

『至急、生活指導室に来てください』

 すっごく、嫌な予感。



「あ、巳星ちゃんも呼ばれたんだ」

「こんな事だろうと思った・・・・・・」

「あ、予想してたんだ」

 ため息をつき、佐藤聖の隣に座ったわたしに、佐藤聖は笑う。

「当たり前。著作者の名前思い出してみれば、わたしと1文字違うときたもんだ。そのせいで、最近
 変に視線を感じるし、『あの』とか声をかけられて問い返せば『なんでもありません』。これで気づ
 くなっていう方が無理」

「ご苦労様」

「お互いにね」

 顔を見あわせ、苦笑。

「そろそろ、良いかしら?」

 咳をして、生活指導の先生が声をかけてきた。

「「はい」」

 同時に返事をする。

「これを書いたのは、あなた達ではないのね?」

「「読んでもいません」」

 うわ。

 佐藤聖と言葉被ったし。

「巳星ちゃん、そんなあからさまに嫌そうな顔しないでよ」

「諦めて」

 不満そうに口を尖らせる佐藤聖を無視して、わたしは先生を見る。

「・・・・本当に、本当ですね?」

「先生。わたし達は、確かに過去に色々ありました。でも、だからといってそれを公表できるほど、
 傷が癒えたわけではないんです」

 その言葉に、先生達は驚いたようにわたしを見た。

 佐藤聖は困ったような表情をしている。

「・・・・・その過去のことを、話す気はないの?」

「「ありません」」

 またしても、佐藤聖と被る。

 でも、これは予想済み。

 わたしは、まだ完全に傷は癒えていないし、佐藤聖も癒えていたとしてもそれを公にする性格では
 ない。

 第一、する意味がない。

「・・・わかったわ。もう、帰って結構よ」

「「失礼します」」

 わたし達は同時に席を立ち、生活指導室を出る。

 出て最初に目に入ったのは、福沢祐巳を問いつめている新聞部部長の築山三奈子。

「・・・・アホくさ」

「それを言ったらお終いだよ、巳星ちゃん」

 って。

 こっちに来る福沢祐巳のこの展開。

「聖、そこ危ない」

「え?」

―――ばふっ

 一足遅かったか。

「・・・・祐巳ちゃん、重い」

 うわっ。

 乙女に対して禁句の一言をさらりと言ったよ!この人!

「白薔薇様っ、白薔薇さま、・・・・・わたし!」

「とりあえず、落ち着いて。そんでもって、普通に立った方が良いよ。このまま生活指導室の中に、
 重なって崩れるから」

「えっ!」

 福沢祐巳の目線が、生活指導室の中へと注がれた。

 うん。

 めっちゃ見てる。

 口、半開きですよ〜。

 福沢祐巳は、慌てて佐藤聖から放れた。

「それじゃあ、失礼します」

「失礼します」

 佐藤聖とわたしはそう挨拶し、ドアを閉めた。

「祐巳ちゃんが言ってた『いばらの森』について、なんとなくわかったよ」

「あ、それと。佐藤聖も、わたしも、どちらも『いばらの森』を書いてはいませんから」

 佐藤聖の言葉に続けて、わたしはこちらを見ている築山三奈子に言っておく。

「さ、行こうか!」

「い、行くってどこへっ?」

「巳星さん!」

 呼ばれてそちらを見れば、藤堂志摩子。

 いや、先に姉を呼ぼうよ。

 別に良いけど。

「どうしたの?」

「大丈夫だったの?」

 心配そうにこちらを見る藤堂志摩子に、わたしは微笑む。

「うん。どっちも書いてないし」

「良かった」

 ホッとしたように息を吐く藤堂志摩子の手をとり、わたしは歩き出す。

「み、巳星さんっ?」

「薔薇の館行こう。佐藤聖達、追いかけないと」

 少し前を歩く3人組を指さし言うと、今頃気づいたような表情をした。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・まさか、自分の姉が呼び出されたことに気づかなかったの?

 ・・・変わった子だね。

 いや、ホントに。

「そ、そうね」

 この姉妹って、大丈夫なのだろうか?




「ずいぶん派手に呼び出されたわね」

 開口一番に嫌味かコラ。

「個人的に呼ばれたことないから、ちょっと羨ましかったりして」

 ・・・・・バカがいる。

 バカがいるよ、ここに!

「そりゃどうも」

「巳星ちゃん、何か言いたそうね」

 いや、さすがに面と向かって『バカ?』は言えない。

「別に。なんなら、自伝書いてみれば。きっと呼び出されるから」

 いつもの席に座る。

「そうね、その手があったわ」

「江利子、止めて」

 ため息をつきつつ水野蓉子。

「良いんじゃん?本人がやりたいんだし。題名は何にする?『私のお凸と紫外線』とか?」

 似非笑顔で言うと、鳥居江利子の眉がピクリと動いた。

「お、良いんじゃない?それ」

「でしょ?それにすれば?」

 佐藤聖が賛同してくれる。

「・・・・・巳星ちゃん、ちょっといらっしゃい」

「うにゃっ!」

 急に近寄ってきた鳥居江利子が、わたしの耳をつかんで立ち上がらせた。

「あら、可愛い声」

 痛い痛い!

 っていうか、むしろその優しそうな声が恐い!

「それじゃあ、ちょっと失礼するわね?」

 にこやかに似非笑顔で微笑んで、鳥居江利子は歩き出す。

「痛いってば!」

 必然的に、耳をつかまれているわたしも歩き出さなければ大惨事。

 今日の鳥居江利子は凶暴だ。

「程々にね」

「止めてくれないの!?」

「自業自得」

 カラカラ笑う佐藤聖。

 あやつはなぜ同罪じゃないのさ!

 賛同したじゃん!

 そして、無情にもドアは閉まった。

 鳥居江利子に連れてこられたのは、一階の物置部屋。

「一体、どうしたのさ?」

 後ろ手にドアを閉める鳥居江利子に、わたしは耳をさすりながら問いかける。

「巳星ちゃん、わたしはね。この広いおでこのせいで、小さい頃虐められていたの」

 ?

 それなのに、どうしてバンダナしてるんだろう?

「じゃあ、なんで今は出してるの?」

「仕方ないでしょう。兄達が、くれたものなんだから」

 不満そうですね。

 というか、兄達というとあの鳥居江利子激ラブの彼らですか?

「ふ〜ん。つるりんは、お凸のことを言われたくない、と?」

「ええ」

 頷く鳥居江利子に、わたしは近づいていく。

「・・・何?」

 訝しそうにこちらを見る鳥居江利子を無視して、わたしはさらに近づき、軽く背伸びをした。

 そのまま、広い額にキス。

「っな!?」

「わたしは好きだよ、その額。だって、キスしやすいし」

 真っ赤に染まり額に手をあてる鳥居江利子。

「次は、好きな人にしてもらいなね?」

 わたしは顔を真っ赤にしたままの鳥居江利子の横を通り過ぎて、2階へと戻った。

「なんだって?」

「広い額が嫌いだっていったから、額にキスしてきた」

「「「「なんですって!?」」」」

「「なんだって!?」」

「ええ!!?」

「っ!?」

 みんなの反応に、素でビックリしたんですけど!

 叫ぶのは止めてもらえません?

「そんなに驚くこと?」

「驚くことだわ!」

 うわ。

 水野蓉子が声荒げてるの、初めて見たかも?

「江利子、なんて羨ましい・・・・!」

 羨ましいってなんだ。

「お姉さま、狡いです・・・・」

 佐藤聖と同等か!支倉令!

 それこそ、なんで狡いんだ!

 そう思った時、全員がこちらを向いた。

 一斉に向かないで!

 すっごい恐いっす!!

「「「巳星さん!!」」」

「「「「巳星ちゃん!!」」」」

 と、とりあえず!

「逃げるが勝ち!!」

「「「「「「「ちょっ!!」」」」」」」

 呼び声を無視して、わたしは薔薇の館をでていった。

 仕方ないでしょ!

 今日は、買い物してきてほしいって言われてるんだから!





「買うものは、これだけかな?」

 言われた物と、買った物を照らし合わせる。

「良し、オッケー」

 買い足りない物はない。

 わたしは駅へと向かうために、振り返った。

―――キキィィーーー!!

 振り返ったわたしの目に子供が、車に轢かれそうになっているのが目に入った。

 それを認識した瞬間、考えるより先に、わたしは行動していた。

 わたしは気がつけば、子供の身体を突き飛ばし、車の前に。

 そして、

 激痛が体中を襲った瞬間、目の前は真っ白になった。 
 

 
          

 

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