【わたしは町娘】

	  





「では、文化祭になんの役をやるかを決めたいと思います」

「は〜い」

 水野蓉子にむかって手を挙げる。

「何かしら?巳星ちゃん」

「なんでわたしがここに居るんですか〜?」

 何かしら、って。

 何、そのさも居て当然でしょ?みたいな顔。

「巳星ちゃん、あなた青薔薇さまで晴れて薔薇の館の住人でしょう?居て当然じゃない」

「あ・・・・」

 そういえば、数日前にそんなことが決定してたんだっけ・・・・。

「巳星さん、まさか忘れてた?」

「Yes!」

 福沢祐巳の指摘に、わたしは笑って答えた。

「では決めます」

 流された。

 ま、別に良いけどさ・・・・。

「巳星ちゃん、拗ねないでよ」

「拗ねてませんとも」

 即答してやる。

 ため息をつかれた。

 ちょっとショックだ。

「まあ、良いわ。今回は、私や江利子、聖は脇役に徹するわ。たとえば、王さまや意地悪な姉A・
 Bなどにね」

「わあ、ピッタリ」

「・・・・・何がピッタリなの?」

 似非笑顔で問いかけてきた鳥居江利子に、わたしは似非笑顔で返す。

「意地悪な姉A・Bはトップとつるりんがやって、王さまを抱きつき魔がやれば。ほ〜ら、ピッタ
 リ!」

 あ、でも、

「継母もいたね〜。継母も、2人は地でできるよ」

「巳星さん、恐いもの知らずね」

 島津由乃が感心するようにいった。

「・・・・最近、巳星ちゃんは強気ね。本当」

「そうね。・・・・・巳星ちゃん、そんなことを言ってると、大きな役させるわよ」

「ごめんなさい」

 それは勘弁して。

「よろしい。では、役を決めるわよ」

 水野蓉子が全員を見渡す。

「まず、主役のシンデレラ役は祥子、あなたがしなさい」

 ええ!?

 これって水野蓉子の独断!?

「はい」

 ああ、知らぬが仏だね。

 まさか、相手役が花寺の柏木優だとは思ってもいないだろうに。

「次は、王子さま役」

「え?」

「なに?巳星ちゃん」

「な、なんでもないっ」

 あれ?

 柏木優は?

「そう。王子さま役は、巳星ちゃん。あなたね」

 なにそのさも当然、みたいな顔!!

「拒否!」

「あら、なぜ?」

「何でわたしが王子さま役をやらないといけないのさ!準主役じゃん!!」

 っていうか!

 柏木優はどこにいったのさ!!

 認められないね!!

 大体!

 小笠原祥子をシンデレラ役にしたのは、男嫌いを柏木優で治そうとしたからじゃないの!?

「仕方ないでしょう。あなたは青薔薇さま。私達とは違って、一年生。私達みたいに脇役にさせるわ
 けにはいかないし、シンデレラをさせるわけにもいかない。王子さまが順当なのよ」

 た、確かにそうだけど!

「わたしはまちむ―――!」

「「「却下」」」

 うわっ。

 3人に否定された。

 それも、全部言い切ってないのに・・・。

「あなた、どうしても私達の影に隠れようとするんだもの」

「そうそう。だから、何が言いたいかなんて、予想がつく」

 勝ち誇った表情、似合うね鳥居江利子。

 笑顔が似非だよ、佐藤聖。

「・・・・・・・・花寺の応援は?」

「花寺の人には、父親をやってもらうわ」

 うっわ〜。

 絶対に似合わない。

 あの似非爽やかフェイスに、父親て。

「つい先日、祥子の妹になった祐巳ちゃんには意地悪な姉Bをやってもらうわ」

「・・・はい!」

「今度はなに?」

「福沢祐巳が小笠原祥子の妹に、いつなったの?」

 わたし、知らなかったんだけど。

「あれ?そうだっけ?」

「そうです」

 佐藤聖に即答し、わたしは福沢祐巳を見る。

「え、えっと、2日前かなっ?」

 恥ずかしそうに福沢祐巳は答えた。

 その隣の小笠原祥子は、恥ずかしいのかそっぽをむいている。

「・・・・ま、いっか」

 っていうか、その日は用事があって薔薇の館に来なかった日だと思う。

 たしか、母がきゅうりのキューちゃん買ってきて、とかいうアホくさい理由で。

「あっさりしてるわね」

「だって、別にみんなの前でロザリオの伝授したわけじゃないんでしょ?なら、みんな見てないわけ
 だし、別に良いかなって」

「まあ、そうね」

 水野蓉子の問いに肩をすくめて答えると、鳥居江利子が頷きながら答えた。

「さすが巳星ちゃん。祥子の性格把握してるね」

「誰でもわかると思うけど」

 そこまで感心することかな?

 だって、小笠原祥子って単純だよ?

 わからない方がおかしいって。

 っていうか、王子さまか〜。

 すっごくめんどくさいんですけど・・・・・。

 はぁ。




「わたし、小笠原祥子よりも身長低くない?」

 稽古に入ってすぐに思ったことを水野蓉子にいってみる。

「でも、有りだと思うわ」

 あまり取り合ってくれなかった。

 困ったね。

 っていうか、嫌だね。

 お姫様よりも身長低い王子さまってどうよ。

 まあ、そこまで差があるわけじゃないけどさ。

 ほんの1pとかそこら辺。

「巳星ちゃんは、ダンス踊れるの?」

「踊れなくても、覚えさせられるし」

「まあ、そうね」

 楽しそうに口に手をあてる小笠原祥子。

 きっと、今のわたしはかなりげんなりした表情をしているだろう。

 見なくてもわかる。

 だって、小笠原祥子が笑ってるし。

「嫌そうね。王子さま」

「当たり前。わたしは、ひっそりと生きていきたいのに」

「無理だと思うけど?薔薇さまであるあなたが、ひっそりとだなんて」

 クスクス笑いながらいわれた言葉に、わたしはため息をついた。

「水野蓉子が鳥居江利子と結託して、変な気を起こさなければひっそりと生きていけたよ。絶対」

「確かにね。お姉さま方は、どうしても巳星ちゃんを山百合会の一員にしたかったみたいだもの」

「・・・・・楽しそうですね」

「ええ、とっても」

 嫌味の返しが同じだよ、小笠原祥子。

 山百合会の姉妹達って、絶対遺伝有る。

 断言しても良いよ!

「巳星ちゃん!祥子!もう、手伝ってくれる人達が来るから、お喋りはそこまでね!」

 少し遠くから水野蓉子が言った。

「はい」

「了解」

 って、そういえば。

「小笠原祥子」

「なぁに?」

「柏木優」

「っ!?」

 大きく目を見開き、わたしを凝視する小笠原祥子。

「花寺からの手伝いは、その人だよ」

「なぜ・・・・・?」

 わたしから一歩距離をとる小笠原祥子。

「柏木優って、大きな会社の息子でしょ?なら、小笠原祥子の知り合いだと思って」

「・・・・あなたって、他人には本当に鋭いのね」

「他人には、が余計だよ」

「・・・・彼ね、私の許嫁なの」

 ええ!?

 ここで急に暴露しますか!?

 それもわたしに!?

 そりゃあ、小さな声だから他の人には聞こえないだろうけどさ!

「ふふ。驚かせてごめんなさいね。・・・・・私、彼のこと好きだったの。でも、彼には私が恋愛対象で
 はなかった」

 わたしの驚きを、許嫁という存在に対しての驚きだと思ったらしい。
 
「・・・・柏木優は、男性しか恋愛対象ではなかった」

「凄いわね、本当に。そうよ。それを、高校入学時に聞かされて・・・・それからよ、男という存在が嫌
 いになったのは」

 ため息をつく小笠原祥子に、わたしは手を伸ばす。

「人は、色々な可能性を持ってるよ。小笠原祥子。もしかしたら、君も柏木優と同じかもしれない」

 というか、わたしの中で祐巳×祥子が主流です。

 わたしの手をとりながら、小笠原祥子は眉をよせる。

 やっぱり、小笠原祥子のあだ名は『眉』だね。

「どういうこと?」

「君も、同性愛者かもしれない」

「なっ!?」

 わたしは慌てて小笠原祥子の口を押さえる。

「声、大きいから」

「だ、だって、それはあなたがっ」

「可能性だっていったでしょ?両方いけるかもしれないし、しばらくすれば男性を愛せるかもしれな
 い」

 なぜか、複雑そうな表情をする小笠原祥子。

「でも、その前に、柏木優と話さなくちゃいけない」

 ハッとしたようにわたしを見る小笠原祥子。

「それが、全ての第一歩だ」

 わたしは話はお終いとわからせるために、小笠原祥子の手をとり体育館の床にひざを付けた。

「踊って、いただけますか?」

 驚いた顔から微笑みへとかえ、小笠原祥子はいう。

「踊れないんじゃなかったの?」

「周りで踊ってる人のを見たから平気」

 こういう時、なんでもできる才能に感謝するね。


 

「・・・・・巳星ちゃんを王子さまにしたのは失敗だったわね」

「そうね。祥子にばかり役得だわ」

 蓉子が、祥子の腰にまわっている巳星の腕を見ながら、低く呟いた。

 江利子も同じような表情でそれに同意する。

 今回ばかりは、志摩子、由乃、令、祐巳、聖なども同じ表情で祥子と巳星を見ていた。

 他の生徒たちは、

「素敵ね」

「ええ。素晴らしいわ、どちらも」

「お二人とも、微笑みながら踊ってらっしゃって」

 等々、うっとりとした表情で祥子と巳星が踊っているのを見ている。




 踊り終えてふと周りを見れば、こちらを睨まんばかりの表情の水野蓉子達。

 おいおい。

 良いのか、そんな表情して!

 ファン減るぞ!

 反対に、小笠原祥子に見惚れたのだろう。

 うっとりとした表情のダンス部員達。

 落差が激しいな、オイ。

「お姉さま方が恐いわね」

「本当にね。何をそんなに怒ってるんだか」

「ふふ。あなたは本当に自分のことには疎いのね」

「まだ言うか」

「でも・・・・」

「ん?」

「私、柏木さんとお話ししてみるわ」

 そういった小笠原祥子は、本当に凛々しい表情をしていた。

 よし。

 それでこそ、小笠原祥子だ。

 わたしは小笠原祥子に、微笑んで頷いて返した。




「巳星さんは、なんの役をやるの?」

「町娘」

 武嶋蔦子に即答したら、島津由乃に頭を叩かれた。

「った」

「バカ言わないの。巳星さんは王子さまよ」

「一瞬、本気で信じそうになった」

 良いことだ。

「まったく、バカなんだから」

 バカは酷いな〜、島津由乃。

 わたし達は今、桃組にいる。

 福沢祐巳達のクラスだ。

「巳星さんって、最近そればっかり」

「王子さま、素敵よ?」

 福沢祐巳と藤堂志摩子が笑いながら言う。

 いや、藤堂志摩子。

 それってあまり嬉しくないから。

「だって、王子さまなんてやりたくないもん」

「あら、きっと人気でるわよ?青薔薇さまが王子さまで、紅薔薇のつぼみがシンデレラなんて」

「身長がおかしいけどね」

 肩をすくめ、武嶋蔦子に答える。

 同じ身長の王子さまとお姫様って、どうよ?

 初めての稽古に日にも思ったけどさ。

「勿体ない」

「なにが?」

「だって、巳星さん本当に王子さま素敵なのに」

 不満そうだな、島津由乃。

「そうなの?」

「うん!ダンスも完璧なんだよ!」

 なぜ君が嬉しそうなんだ?福沢祐巳。

「それはそれは。早く文化祭になってほしいわね」

「後2日待てば良いんだよ」

 ん?

 ということは、小笠原祥子と柏木優が話すのは今日か明日くらいか?

「そうそう、祐巳さんの言う通りよ蔦子さん」

「素晴らしい劇だから、期待していて」

 その前に、重要な出来事があるけどね。







「え?祥子と柏木さんがいない?」

 福沢祐巳の言葉を、水野蓉子は驚いたように復唱した。

 さて、と。

「ど、どうしましょう」

「どこにいったのかしら」

 おいおい!

 小説で読んでいたけど、本当にパニックに陥ってるよ!

 あの唯我独尊トリオが!

 珍しいものが見れたね〜。

 まあ、支倉令や一年生組は困惑しているだろうけどさ。

「あ、あの!早く探しに行った方が良いと思います!もしかしたら、バラバラにどこか行ったのかも
 しれないし!」

「ま、その可能性は低いけど、可能性はあるよね。行くよ」

 わたしは福沢祐巳の言葉に驚いているメンバーを置いて、部屋からさっさと出ていった。

 その後を、慌てたように追いかけてくる水野蓉子達。

「とりあえず、聖と祐巳、蓉子と江利子、由乃と令、志摩子とわたしで捜索!」

 本当は1人の方が良かったんだけどね。

 この際、仕方がない。

 って、なに驚いてるのさ!

「行くよ!」

 わたしは藤堂志摩子の手をとり、走りだした。

 後ろの方で、慌てたように走り出す音が聞こえた。

「みっ、巳星さん!」

「なに?」

「て、手をっ」

 あ、つかんだままだった。

 これじゃあ、走りにくいよね。

「ごめんごめん」

 手を放すと、藤堂志摩子はわたしと併走して小笠原祥子を捜す。

 たしか、場所的にはマリア様の前だったはず。

 一直線にマリア様の像があるところまで走っていく。

「巳星さん!どこだかわかってるのっ?」

「ある程度、見当はついてる。でも、もしそこにいなかったら・・・・・・」

 後は、マジで虱潰しになるね。

「ビンゴ!」

「良かったわっ」

 マリア様の所には、小笠原祥子と柏木優がいた。

 でも、柏木優がすでに小笠原祥子の腕をつかんでいる。

「祥子!」

「みっ、巳星ちゃん!志摩子!」

 驚いたようにこちらを見る小笠原祥子。

「さて、放してもらいましょう。その手を」

 仕事モードに切り替える。

 仕事モードだと、ムカツクオジサンとかいても冷静になれるから良いんだよね。

 ったく、人がお祓いしてやるってのに、こんなガキに何ができるとか言うやつ多いんだもん。

 っと。

 今は関係のないこと考えている時ではないな。

 とりあえず、走るのを止めて藤堂志摩子も制しておく。

「君には関係のないことだと思うけどね?」

「関係のないことを、人の学校でやらないでもらえませんか?」

 近づき、いまだ小笠原祥子の腕をつかんでいる手を払う。

「祥子も、ちゃんと冷静に話したの?」

「したわよ」

 拗ねないでって。

 苦笑してしまう。

「どこまで?言い終わってないなら、なにもしないよ」

「終えたわ」

「そう。なら良かった」

 ホッと息をつく。

「良くはないね。君はなんなんだい?上級生に対して、その口の利き方は」

「あなたにそのようなことを言われる筋合いはありませんが?第一、わたしが祥子とどんな口調で話
 そうが、それこそあなたには関係のないことだと思いますけれどね?」

 微笑んでいう。

「悪いけど、僕はさっちゃんとは許嫁なんだ。関係なくはないと思うけどね」

「許嫁っ?」

 似非の笑顔。

 似非笑顔が、これほどムカツクと思ったのは初めてだね。

「だからなんです?どうせ、自分が男しか愛せないから、祥子にそれの偽装をさせたいだけでしょ
 う?」

「・・・・なぜ、知ってるんだい?」

 似非が消える。

 でも、君ごときの睨みなんて恐くないよ。

 こちとら、野生の熊と戦ったことがあるんだ。

 ・・・・・・不本意だけどね。

 志摩子が再び驚いたような顔をする。

「祥子が話してくれました」

「・・・・さっちゃん。こんな子に、なぜ話したんだい?」

「私にとって、彼女がそれほど大切な存在だからよ」

 嬉しいけど、なんだか告白されてる気分だね。

「なるほどね・・・・・」

「すみませんが、その醜い似非笑顔剥がしてもらえます。苛々するんです」

 そういうと、小笠原祥子と藤堂志摩子に、かなり驚いた顔をされた。

「巳星ちゃん?」

「巳星さん?」

「似非、だって?」

「ええ。あなたのような、自分中心的な人間の似非笑顔は、仕事柄見慣れているのですぐにわかるん
 ですよ」

 鳥居江利子達の似非笑顔とは違う。

 鳥居江利子は、純粋に楽しい時に使う。

 島津由乃は、病気だったために使っていた。

 でも、こいつは違う。

 欲にまみれた、醜い大人の似非笑顔だ。

 だから、苛々する。

「僕も、君のような人間を見ていると、苛々するよ」

「それは気が合いますね」

「君なんかと気があっても、嬉しくも何ともないけどね」

「同感です。虫酸が走りますね」

 本当に苛々する。

 霊力が、感情にまかせて暴走してしまいそうだ。

 理由はわかっている。

 こいつは、あの人を殺したあの男に似ているんだ。

 笑った表情が、特に・・・・・。

「「「「祥子!!」」」」

「お姉さま!」

「祥子さま!」

 そこに、水野蓉子達がやってきた。

 助かった。

 このままだったら、殴っていたかもしれない。

 とりあえず、霊力も暴走させないようにできる。

「巳星ちゃん、志摩子。大丈夫?」

 水野蓉子達がやってきて、わたしはホッと息を吐いた。

 彼女たちの側は、安心する。

 感情が落ち着いていく。

 もう少し遅かったら、最悪わたしの霊力は暴走していて、柏木優は死んでいただろう。

 まあ、別に死んでも構わないとは思うが。

「うん。平気」

「はい。大丈夫です」

「さて、説明願えるかしら?」

 鳥居江利子がいつもは見せない真剣な顔で、わたしの肩に手を置きながら柏木優に問いかけた。

「説明もなにも、僕たちはただ話をしていただけだよ」

「柏木優。あなたが、感情を荒げてね」

 柏木優を見据えて言うと、水野蓉子達も驚いたようにわたしを見るのがわかった。

「巳星ちゃん?」

 小笠原祥子達のように、鳥居江利子が声をかけてきた。

 わたしはそんな彼女に手を挙げ、なんでもないことを表す。

「・・・・君は、本当にうるさい子だね」

「あなたのように、自己中心的な人間よりもマシだと思いますが?」

「五十歩百歩って言うんだよ。知らないのかい?」

「ということは、あなたは自分が自己中心的な人間だと、自覚しているんですね」

 自覚しながらも、治そうとしない自己中心的なヤツほど、苛立つものはない。

「・・・・・さっちゃん。僕たちのことを、彼女たちに教えてくれないか?睨まれて恐いんだ」

「ご自分で言ったらどうですか?あなた自身にも関係することなんですから。祥子が、不本意だとし
 ても」

 片眉をあげ、柏木優に言う。

「大丈夫よ、巳星ちゃん。・・・・・柏木さんは、私の許嫁なのです」

「そう。だから、僕たちは手だって握るし」

 柏木優はそういい、小笠原祥子の手をとった。

 志摩子は、先ほどの会話を聞いていたため、混乱しているのかわたしをチラチラ見ている。

 ・・・・・・・・・・・苛々する。

 小説を読んでいた時は、それほど柏木優に怒りなど感じなかった。

 けど、本物の笑顔を見ると、苛々がつのる。

 それほど、”あいつ”とこいつは似ているのだ。

 眉間の皺が、増える一方だ。

 まあ、それは小笠原祥子にも言えるけどね。

「キスだって、する」

 キスしようとした柏木優。

―――パァン!

「調子にのるのはおよしになったら?」

 ナイス平手!

 ある程度、スッキリした!

 ある方向にむかって走りだした小笠原祥子。

「祐巳、君のお姉さまだよ」

 福沢祐巳に声をかけると、銀杏で滑って転んでいる柏木優の横を通り過ぎた。

「さっちゃん!」

 追いかけようとする柏木優のマントを、わたしは片足で踏みつける。

「諦めな。君のような自己中心的なヤツが追っても、祥子は帰ってこない。君じゃあ、役者不足すぎる」

「今日は、随分と毒舌ね、巳星ちゃん」

「嫌いなやつには、とことん毒舌だよ」

 水野蓉子にそう答え、わたしはいまだ倒れている柏木優の前に屈み込んだ。

「さて、君がマヌケにこけたことによって、うちの学校の衣装が異臭を放つのはいただけない。君自
 身が臭くなるのは、まったく構わないんだけどね」

「凄い毒舌」

 佐藤聖の呟きに、わたしは小さく笑った。






「でもまさか、柏木が両刀づかいだったとはな〜」

「違う違う。生粋の、同性愛者」

 薔薇の館に戻り、銀杏汁の付いた服を家庭科部に頼んだ後、佐藤聖が呟いた。

 もちろん、いまだ柏木優はいる。

 それに、わたしは隠すことなくさらりと答えた。

「・・・・君は、僕に恨みでもあるのかい?」

「そうね。それが凄く気になるわ。巳星ちゃん、どうしたの?一体」

 恨むようにこちらを見る柏木優に便乗して、鳥居江利子が聞いてきた。

 鳥居江利子の顔に、楽しそう。と書いてある。

 困ったものだ。

「私もそれには同感ね。いつもの巳星ちゃんらしくなかったわよ?」

 水野蓉子は心配そうにこちらを見ている。

 佐藤聖は鳥居江利子と表情が似ているが、他のみんなは水野蓉子と同じような表情だ。

 さあ、困った。

「・・・・・・・・・・はぁ」

 わたしはため息を一つつく。

 たぶん、言わないといつまでも聞いてくるのだろう。

「・・・・ぶっちゃけて言うと、八つ当たりみたいなもんなんだ」

「僕は、八つ当たりであそこまで言われたのかい?」

 不満そうに言う柏木優。

 落ち着いてみれば、あの時ほどに感情は乱れない。

「・・・・わかってる。悪いとは思ってるんだよね。でも、あの時は感情が先走ってたからさ。本当にご
 めんね」

 両手をあわせ、わたしは柏木優に謝った。

 すると、とても驚いた表情をされた。

「なに、その顔」

「いや、ずいぶん素直なんだな、と思ってね」

「巳星さんは、いつもこんな感じですよ。あの時の巳星さんが、少し異常だったんです」

 異常って・・・・・。

 確かに、否定はできないけどさ〜。

「よしのん。前も言ったけど、もう少しオブラートに包んでくれても良くない?」

「無理」

 またしても、即答された。

 わたし、愛されてない。

「それで、どうしたの?」

 あー。

 頬をかく。

 しょうがない。

 言ってしまおう。

「あの時の柏木優と・・・・・・・・・わたしの恋人を殺した男が、重なって見えたんだ。特に、笑顔がさ」

「「「「「「「ッ!?」」」」」」」

 目を見開く水野蓉子+α。

「だから、あの時に蓉子達が来てくれて本当に助かった。きっと、あのままだったら多分なにしでか
 すかわからなかったもん」

「み、巳星ちゃん、恋人いたのっ?」

 なぜか震えた声で水野蓉子が聞いてきた。

 驚いて水野蓉子を見ると、他のみんなもショックを受けたような顔をしている。

 ?

「まあ、ね。中学一年の頃かな」

「中学って、孤島に修行に行った?」

「修行?」

 1人驚いている柏木優を無視して、わたしは鳥居江利子に頷いた。

「そう。恋人を殺されたわたしは、人との関わりを凄く嫌っていてね。部屋にこもって、誰とも話を
 しないで全てを拒絶していたんだ」

 気づいたのだろう。

 佐藤聖が、目を見張った。

「そんなわたしに、祖父が孤島に連れて行ったんだ。人を拒絶するなら、一時期だけでも誰もいない
 ところで暮らした方が良いだろうってね」

 あれは、修行は修行でも、わたしを人に馴染ませるための修行だった。

「その後、大した変化のないわたしは、冬山、岩山へと行かされた。・・・・岩山であった人が、わたし
 を変えてくれたんだ」

 わたしは窓の外へと目を移す。

 あの人はいま、どうしているだろうか?

「その頃のわたしは、すでに壊れてた。誰の言葉も、わたしの耳には入ってこない。ただ、自分の殻
 に閉じこもってた」

 元気でいるだろうか?

「あの人は、恋人の姉だって言っていた。あの人は、わたしに言った。『たかが』1人を思って、そ
 んなになるなんてバカだって」

「たかがって・・・・」

 佐藤聖へと目を移す。

 今のわたしは、一体どんな表情をしているのだろう。

 泣きそうなのだろうか?

 笑顔なのだろうか?

「『たかが』なんだって、他人にとっては。第三者から見れば、1人のために人生を壊すのはバカだ
 って、その人は言ったの。蓉子」

 それから、水野蓉子へ。

「これから先、あの子よりも良い子が見つかるかもしれない。だから、壊れたらダメなんだって。そ
 れこそ、バカだって言われたよ」

 口元に、小さな笑いがもれる。

 きっと、苦笑。

「それと、ありがとうって言われた。あの子の事を、そこまで想ってくれてありがとうって」

 それから、

「抱きしめてくれた。・・・・温かかった。今まで、あの人が死んでから、誰に抱きしめられるよりも、
 温かかった」

 何故だか、頬が冷たく感じる。

 触ってみると、濡れていた。

 ああ。

 泣いてるんだ。

「泣いちゃえって言われた。軽く、背中を叩かれた。それだけで、・・・・・涙が、とまらなかったんだ」

「巳星さん・・・・・」

 隣にいる藤堂志摩子に、抱きしめられた。

 ・・・・・あの人と同じくらい、温かかった。









「なんとか、劇上手くいって良かったわね」

 薔薇の館で、水野蓉子が息を吐いていった。

「だね。はぁ、肩こった」

 王子さまなんて男役、やるもんじゃないね。

「それにしても、巳星ちゃんの男役格好良かったわよ」

「嬉しくないから、つるりん」

「いや、ホントだって」

 佐藤聖も同意しなくて良いから。

「蔦子さん、一番前を陣取ってたわね」

「あ〜、明後日嬉しそうな笑顔でうちのクラスにやってくる武嶋蔦子が想像できるんですけど」

 島津由乃の言葉に、わたしはテーブルに突っ伏す。

「だろうね。今日、凄く楽しみにしてたみたいだし」

「巳星さんの王子さま、楽しみにしていたものね」

「笑えないよ、銀マニ」

 ごめんなさい。という藤堂志摩子の表情は、やはり笑顔。

「でも、これでやっと重労働から解放される」

 突っ伏していた身体を伸ばす。

「特に、巳星ちゃんは青薔薇さまになったばかりだから、色々と書類が多かったもんね」

「ホントにね」

 支倉令のゆるんだ頬を、つねりたい気分。

「あ〜。明日が休みで、本当に良かった」

「「「「「「「「同感(だわ)」」」」」」」」

 明日は、いっぱい寝ておこうっと。

 最近、5・6時間しか寝られなかったし。

 もう一度身体を伸ばした。








          

 

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