【お寺回り】





 わたしはその日、父親の実家、祖父母の家にいた。

 リリアンという学校が存在し、登場人物も登場していること以外、実際の世界との違いはないよう
 だった。

 というわけで、わたしはそこにいて境内の周りを掃除している。

 実をいうと、祖父母の家は藤堂志摩子の家よりも大きなお寺、というよりも神社っぽい。

 だけど、わたしはこれといって藤堂志摩子とは違って、何とも思わない。

 血縁者がお寺を経営しているというだけだし、そりゃあ偶に手伝ったりするけど、別段いうほどの
 ことでもないと思うからだ。

 というわけで、今日はわたしのバイトの日。

 無言で今はお寺の玄関を掃除している。

 もちろん、服は巫女装束だ。

 この服は、いまだに慣れない。

 というか、わたしには似合わないと思う。

「すいません」

 呼ばれ、そちらへと顔を向けた。

 そして、固まってしまった。

「あの・・・・?」

 に・・・・・。

 二条乃梨子ーーーーーーー!!!??

 なんでここに!?

 というか、何故この時期に!?

 まだ早くないですか!?

 文化祭さえ始まってないんですけど!!

「・・・・何か?」

 心の動揺を隠し、平静を装う。

 落ち着け、自分。

 ここに二条乃梨子がいるから、なんだというのだ。

 べ、別段、驚くことじゃない。

 彼女は仏像マニア。

 お寺があったから、仏像があるかもと思い来た。

 ありあり!

 きっと、近いうちにうちの学校を受けるのだろう。

 問題ない!

 自分に言い聞かせ、わたしは二条乃梨子を見た。

「あの、ここに仏像ってありますか?」

「あるよ。ついてきて」

「え?」

 驚いたように見られ、動揺の消えたわたしは二条乃梨子の反応に首を傾げる。

 仏像が見たかったわけではないのだろうか?

「仏像、見たいんじゃないの?」

「そ、そうですけど。なんでわかったんですか?」

「・・・・あなた以外にも、ごくたまに仏像みたいって来る人多いから」

 ばれてない?

 ばれてないよね?

 嘘だよ?

 というか、いたとしてもたまにしか来ないわたしが知るわけないし。

 でも、騙されてくれないと困るんだよ!

 わたしが!

「なるほど。お願いします」

「ついてきて」

 わたしは歩き出し、本堂の方に二条乃梨子を連れて行く。

 その途中、ここで修行をしている竹松さんにあった。

「おや、お嬢様。そちらの方は?」

 お嬢様。

 それは、わたしの呼び名だ。

 今はもう言われ慣れたけど、わたしには似合わないと思う。

「仏像を見に来た人」

 簡潔に答えると、竹松さんは笑った。

「なるほど。ああ、そうでしたお嬢様」

「どうしたの?」

「お師匠さまが、あなたを捜しておいででしたよ」

「わかった。沈めておくよ」

 そう言うと、竹松さんはニッコリと微笑む。

「お気をつけて」

「今日はお客様もいるから、そんなに暴れないとは思うけど・・・・・・」

 ため息をつきながらいうと、竹松さんは笑いながら頭を下げて去っていった。

「あ、あの」

「何?」

「暴れるとは一体・・・・」

 確かに、そんなことをいわれても意味がわからないよな〜。

「ここ、うちの祖父がやってるんだけど、偶に修行だとかいってわたしを攻撃してくるの」

「こ、攻撃ですか!?」

「そう。ま、お客様がいるから自制してくれるとは思うけどね」

 まあ、ぶっちゃけ憶測だ。

 というか、あの人なら自制なんてすることはしないだろう。

 本能に生きる人だから。

 っていうか、それで何度かお寺を壊して祖母に怒られているのに、また同じことを繰り返して怒ら
 れている。

 それを見て、ああ、この人はバカだ。と思ったことは秘密だ。

「でも、そうなったらわたしが守るから。そんなに心配そうな顔をしなくても平気だよ」

 といっても、あの人はわたしに攻撃を仕掛けてくるくせにてんで弱い。

 なら向かってくるなよ。といつも思う。

 表情が固まっている二条乃梨子を見て、わたしは安心できるようにと微笑みいった。

 すると、途端に顔を赤くする二条乃梨子。

 最近は、あえて突っ込む必要がないと覚えた。
 
 めんどくさいし。

 風邪でもないみたいだし。

「あ、そうだ。わたしは須加巳星。あなたは?」

「に、二条乃梨子です」

「よろしく、二条さん」

 いくらリリアンの登場人物だからといっても、お客様をフルネームで呼ぶわけにはいかないからね。

「よ、よろしくお願いします」

 ・・・・・・藤堂志摩子の時も思ったけど、こんなにどもる子だったっけな?

 小説の中では、仏像マニアで無表情だったような気が・・・・・?

 ま、いっか。




「お嬢様、お師匠さまが探していましたよ」

 本堂へと続く道で、何度目だろう。

 同じ言葉を投げかけられた。

 わたしは額に手をあて、ため息をつく。

「工藤さん、祖母に連絡しておいてくれる?」

「了解しました」

 工藤さんは笑いながら電話のあるところまで走っていった。

 それを見送り、わたしは再び歩き出す。

「あの、須加さん」

「何?」

「本堂って、どこにあるんですか?」

「あそこ」

 一番大きな建物が、200メートルほど先に見える。

 わたしはそこを指さした。

「・・・・・こんなに大きいとは思いませんでした」

「でしょうね。ここは、正面から見るとあまり大きく見えないから。というか、ここは元々これほど
 大きくはなかったの」

「そうなんですか?」

 二条乃梨子に、わたしは頷いて返す。

「元々は、今の半分くらいかな。それが、増築していくうちにここまで大きくなったの」

「何故増築なんか」

「ここは昭和50年、1975に建てられたお寺なんだけど、1980年くらいから人が来るように
 なったらしくて、それでこんなに小さいままだとお客様が入りきらないってことで増築したんだって」

 わたしはまだ産まれていないから知らないけどね。

「なんで急に・・・・」

「ここで売られてるお札の効果が良いことと、除霊とかもしてるからだよ」

 するとかなり驚く二条乃梨子。

 小説とは違い、表情豊かだこと。

「そんなことも・・・・・」

「祖父も祖母もそっち系の力が強いらしくてね。隔世遺伝で、父ではなくてわたしがその血を色濃く
 受け継いでいるみたいだから、ここでバイトしてるの」

「そうだったんですか」

 納得するように頷く二条乃梨子。

「ついでに、祖父と祖母の弟子は20人弱」

「そんなに・・・・」

 目を見開く乃梨子に、わたしは小さく微笑んだ。

 そんなわたし達の前に、現れたのはバカ、もとい祖父。

「巳星。探したぞ!」

 わたしはまだ現役バリバリで向かってきた祖父を、とりあえず回し蹴りで沈めた。

「行くよ」

「いっ、良いんですか!?」

「大丈夫。5.6分経てば気がつくか、祖母が怒りに来るから」

 困惑し、祖父とわたしを交互に見る二条乃梨子の手を取り、わたしは彼女を本堂へと連れて行った。

 あんなの、相手してるだけ無駄だ。

 だって、バカだから。

 本堂へと手を繋いだまま、わたしは二条乃梨子を先に入れる。

「わぁ・・・・・」

 多分初めてあった人間と手を繋いだせいだろう。

 少し頬を染めた二条乃梨子だったが、すぐに本堂にある仏像、菩薩観音様、他2体の仏像を見て小
 さく声をあげた。

 まあ、確かに祖父母も持っている仏像は、興味がない人でも声をあげるだろう。

 いろんな意味で。
 
 ちょっと、恐いし。

「ここは大体、菩薩様の扱いに慣れた人が掃除する場所だから、常に綺麗にしてあるんだ」

 例えば、竹松さんとかがそうだ。

 あの人、この寺に来て既に20年は経っている。

 というか、あの人が祖父と祖母の一番弟子なのだ。

 そんな竹松さんを尊敬するよ。

 あんなのの弟子になったんだから。

 凄いよね。

「好きなだけ見てて良いよ。わたしはお茶を持ってくるから」

 二条乃梨子を残し、わたしは本堂にある台所へとやって来てほうじ茶を煎れた。

 お茶と、ついでに藤堂志摩子の住所を書いた紙を持っていくと、二条乃梨子はまだ菩薩様などの仏
 像を見上げていた。

「座って」

「あ、すいません!」

 慌てたようにわたしの前に座る。

 正座、し慣れてるし。

 やっぱり、色々なお寺まわったんだろうな。

 いくつくらいまわったんだろう?

「ここ以外にもまわったの?」

「はい。地元の方は結構。夏休みにも、沢山まわりました」

 少し微笑みながらいうその姿は、本当に好きなのだとわたしに伝えている。

 そんな彼女に、わたしも自然と笑みを浮かべた。

「そう。なら、ここは行った?」

 わたしは藤堂志摩子の住所を書いた紙を渡す。

 もし行ってなければ、行ってほしい。

 それで、藤堂志摩子と会ってくれると嬉しいけど。

 わたしの独断で未来変えちゃったからね、少しでも接点を作らないと。

 マジで、姉妹にならない、なんてことが起こってしまうかもしれないから。

 それはさすがのわたしもへこむ。

 コンクリートにめり込んじゃうよ?

「いえ、そこにはまだ。そこもお寺なんですか?」

「うん。そこの家の娘さんが、わたしの友達なんだ」

 そういうと、驚いた顔でその紙を見る。

 どうしたんだろう?

「同学年に2人もお寺関係の家の人がいるなんて、珍しいですね」

 ああ、確かにそうだ。

 といっても、向こうはわたしの祖父と祖母の家がお寺だとは知らないけれど。

「確かにね。といっても、向こうはわたしの祖父と祖母の家がお寺だとは知らないんだ」

「え、そうなんですか?」

「うん。まだ誰にも言ってないし」

「何故ですか?」

 だって、

「あんなのが祖父だなんて、周りに知られたくないからね」

 というか、あれが元凶なんだよね。

 わたしが修行することになった。

「そうなんですか?」

「うん。多分、友達が来ても修行だとか言って急に攻撃してくるだろうし、あの人は」

 バカだから。

 修行したいなら、自分1人でしろっての。

 人を巻き込むなよ、本気で。

「それじゃあ、明日にでもここに行ってみます」

「うん。行ってみて」

 その後、二条乃梨子が満足するまでわたし達は本堂にいた。

 帰り際。

「また、見に来ても良いですか?」

「その時は、わたしがバイトしてない日かもしれないけど、見に来るのは自由だから」

「あ、そうですよね」

 何故か、一気に表情が暗くなる。

 首を傾げていると、二条乃梨子はハッとしたように頭を下げた。

「今日はありがとうございました!」

「いえいえ」

 


「巳星さん!」

 朝、教室に藤堂志摩子がやってきた。

 朝から元気だね。

「どうしたの?」

「どうしたの?志摩子さん」

 わたしと島津由乃が問いかける。

 藤堂志摩子はわたしの席へと駆けてくると、いつもは見ない慌てた様子で問いかけてきた。

「巳星さんの家も、お寺だって本当!?」

「え!?」

 教室はざわついた。

「違うけど?」

 わたしの家はお寺じゃないんだけど。

 多分、この様子じゃ二条乃梨子にあって、藤堂志摩子の家のお寺に来た経緯を聞いたのだろう。

 二条乃梨子の説明不足だったのか、藤堂志摩子があまりに驚いて重要な部分を聞き逃したのか。

「え、でも・・・・」

「わたしの家じゃなくて、祖父母の家がお寺なんだ」

「それでも十分よ!なんで黙ってたの!?」

 島津由乃に問いつめられた。

 どことなく、クラス中から視線を感じる。

「え、だって言う必要ないじゃん。血縁者の家まで、言う必要ってある?」

「た、確かにないけど・・・」

「でしょ?」

 戸惑ったような島津由乃の返答にそう返し、わたしは藤堂志摩子を見た。

「一応、二条乃梨子にも祖父母の家だって説明したんだけど?」

「あ・・・・・・わ、私が聞いてなかったんだと思うわ・・・・」

 だろうね。

 二条乃梨子が、説明しないとは思わないし。

「うちの父はまったく普通の、お寺とは関係のない会社だから、実質わたしにはあまり関係がないこ
 となんだ。そりゃあ、偶にバイトするけどさ」

 肩をすくめて言うと、藤堂志摩子は恥ずかしそうに下を向いている。

 そんな彼女の肩に手をおいた。

「ま、あまり深いこと気にしなくて良いと思うよ。気楽に行こう、気楽にさ」

「・・・・そうね」

 そう微笑む藤堂志摩子は恥ずかしそうだが、やはり以前のような悲しみの色はない。

「にしても、志摩子さんがあそこまで慌てた姿始めてみたかも」

「そういえばそうだね」

 島津由乃の言葉に同意していると、藤堂志摩子は恥ずかしそうに微笑む。

「だって、どうしても聞きたかったんだもの」

「でも、可愛かったわよ」

 島津由乃がウィンクをしながら言うと、藤堂志摩子は更に恥ずかしそうに顔を赤くしながら下を向
 いたのだった。          

 

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