【友として】









「・・・・・・・・なんだこりゃあ!!」

 教室に入って一番先に来て発した言葉は、それだった。




「これはどういうことか説明願えますかな?」

 武嶋蔦子の教室に行き、とりあえず聞いてみる。

 この人、新聞部と知り合いだから知ってると思ったからだ。

 今、わたしが握りしめているのは、新聞部の発行した新聞。

 なんと、そこにはデカデカと、




 
                         ロサ・オンディーナ
【一年松組  須加巳星  青薔薇さま決定!!】






 などと書かれているのだ。

 その文字の横には、武嶋蔦子がこの間わたしに見せてきた、わたしの笑った写真も載っているでは
 ないか!

 大体、いつ決定したというのだ!

 わたしは知らんぞ!!

「そこに書かれている通りよ、青薔薇さま」

 なんて、ニッコリと微笑んでくる武嶋蔦子が恨めしい!!

「わたしは聞いてない」

「でも、決定事項なのよ」

「何故!」

「あなたを青薔薇さまに、っていう生徒が署名運動を起こして、シスター上村に直談判したんですっ
 て」

「はい!?」

 すんなよそんなこと!

「っていうか、いつの間に!?」

「薔薇さま方が、巳星さんに知られないように内密にっておっしゃってね。だから、巳星さんには知
 られずにやったの。あ、ついでにわたしも署名したわよ」

 にこやかに言うなよぉ〜!!(泣)

 っていうか、あのトリオ用意周到すぎでしょ!!

「・・・・覆せない?」

「ええ。シスター上村も了承してしまったし」

「最悪・・・・・」

 片手で顔半分をおおい、わたしはため息をついた。

「それいただき」

―――パシャ!

「こんな姿撮って、どうするのさ・・・・・」

 もう一度、わたしはため息をついた。

 ・・・・・・マジで、この学校辞めようかな。

「どんなに嘆いても始まらないわよ。これが出たってことは、正式に呼称は決定。これから、あなた
 は青薔薇さまよ」

「はぁ・・・・・」

 わたしはその教室から出て、自分の教室へと戻っていく。

「ロ、青薔薇さまっ、ごきげんよう!」

「ごきげんよう」

 とりあえず、挨拶は返さないといけないから、挨拶は返す。

 律儀な自分が恨めしいね(涙拭い)。

 教室に行くまでに、何人にも挨拶をされたわたしは重い気分で教室に入っていった。

「ごきげんよう、青薔薇さま。正式決定おめでとう」

 初めに挨拶をしてきたのは、島津由乃。

「お前もか」

 お前も署名したクチか?

「ええ、もちろん。これで、わたし達は正式な仲間ね」

「・・・・嬉しそうですね」

 机に突っ伏しながら問うと、島津由乃はとっても嬉しそうに微笑んだ。

「ええ、すっごく。巳星さんは嫌そうね」

「当たり前。・・・・これで、一般生徒として生活する夢は消えちまったさ」

 はは。

 やさぐれちゃうよ?

「まあまあ。そんなに気を落とさなくても、いつも通りで良いのよ」

「そうかな〜?」

「当たり前でしょ?元々、巳星さんはキャラを創っていたわけじゃないんだし、そのままの巳星さん
 が受け入れられたのよ?なら、変わる必要はないじゃない」

 ・・・・・・なるほど。

「薔薇さまになったからって、確かに何かが変わるわけではないしね。しゃあない、開き直るか」

「その意気よ」

「ありがと、由乃」

 そういって微笑むと、島津由乃は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに顔を赤くして微笑み返して
 くれた。







「ごきげんよう、青薔薇さま」

「うわ〜、嫌みっぽい笑顔」

 お昼に薔薇の館に行くと、早速鳥居江利子が似非笑顔で挨拶をしてきた。

「あら、そう?」

「うん。顔面に似非が張り付いてるよ」

 そういうと、鳥居江利子は楽しそうに笑う。

「巳星ちゃん、一応明日の朝会で挨拶する必要があるから。よろしくね」

「りょーかい」

 水野蓉子の言葉にそう返し、わたしはイスに座る。

 流し台には既に福沢祐巳と藤堂志摩子がいるからだ。

「それにしても、もうちょっと暗い表情で来ると思ったけど、意外ね」

「残念だね。鳥居江利子の思惑通りにはいかないさ。ね?よっすぃ」

「ええ」

 鳥居江利子の言葉に、わたしはそういい島津由乃に振る。

 島津由乃も微笑みながら頷いた。

「つまらないわ」

「いつも、君の贄にされてたまるもんか」

 舌を出していってやる。

「仕方ないわね、今回は諦めてあげるわ」

「あら偉そう」

 口に手をあて、驚いた表情を作る。

「ええ。たまには、あなたよりも年上であることを見せつけてあげないと」

 ふふん、と笑う鳥居江利子。

「ソウデスカ」

 棒読みで返してやった。

「・・・・・最近、強気ね」

「元からですわ。黄薔薇さま」

 似非笑顔で返す。

 ちょっと悔しそうな鳥居江利子が見れて、満足だ。

「はいはい。じゃれてないで、いい加減仕事をしましょうね」

 水野蓉子の言葉に、わたし達は何事もなかったように仕事を始める。

 だってこの会話は、本当にただの『じゃれ』だから。









『須加巳星さん、挨拶をお願いします』

 朝会。

 司会役の先生に紹介され、わたしはステージに立つ。

『どうも、須加巳星です。初めての方も、同じクラスの方もごきげんよう』

 実はわたし、考えていたことがあった。

 それは、この機会に、全校生徒に、藤堂志摩子の家のことを暴露ってしまおうというモノ。

 だって、ここまでシナリオが狂っているなら、今更このシナリオが狂っても問題はあるまい。

 それに、これはわたしの自己満足だが、仏像マニアの彼女が来るまで、藤堂志摩子がいつバレルと
 もしれないことに対して怯えられるのは、正直嫌だ。

 彼女には、本当の意味で、しっかりと学園生活を送って欲しいから。

『唐突ですが、ここでわたしは自分のことは言いません』

 ちょっとざわめく体育館内。

 島津由乃達も、驚いたようにわたしを見ている。

『・・・・話す内容は、わたしの友達、藤堂志摩子のことです』

 山百合会の幹部達が座る席へと目を向ける。

 あれでわかったのだろう、島津由乃達が今以上に目を見開き、わたしを見上げた。

 藤堂志摩子など、目がこぼれんばかりだ。

 多数の生徒達が、藤堂志摩子を見ている。

『これは、ハッキリ言って独断です。藤堂志摩子から、わたしは何も了承は得ていない。それでもし
 、・・・・藤堂志摩子』

 藤堂志摩子を見つめる。

『わたしを嫌いになるのなら、なってくれても構わない。罵倒してくれても、構わない。それだけの
 覚悟を、わたしは持って君の秘密を話すのだから』

 藤堂志摩子や他の幹部達も、各々真剣な表情でわたしを見ている。

 わたしはそんな彼女たちに視線を返し、それから前を向いた。

『藤堂志摩子の家は、お寺です』

 ざわめきが大きくなる。

 生徒達が、驚いた顔で藤堂志摩子を見るのがここから見えた。

 それを無視して、わたしは続けた。

『リリアンは、カトリック。それとは反した仏教の生まれで、藤堂志摩子は今まで人と距離をとって
きました。人を、拒絶してきました』

 わかってほしい。

『編入組であるわたしにとって、それは悩むべきことなのか疑問でした。でも、あなた方は違うのか
 もしれない。・・・・・・けれど、これだけはハッキリ言えます』

 藤堂志摩子は、誰にも負けないくらいに敬虔なクリスチャンなんだってこと。

『あなた達が親を愛すのと同じくらいに、彼女がマリア様を愛しているということです』

 そんな彼女を、君達は否定しないよね?

『だからこそ、彼女は悩み続けていたのです。自分の家が、お寺であるということを。お寺の住職で
 ある親は好きだけれど、それは言い訳にもならないと。あなた方にばれることの恐怖と、彼女はず
 っと戦っていました』

 本など、読んでいなくともわかる。

 だって、藤堂志摩子の瞳は、ずっと悲しみにのまれていたから。

『あなた方は知っていましたか?藤堂志摩子が、微笑むその瞳に悲しみがあったことを』

 わたしは、藤堂志摩子を見る。

 彼女は、少し潤んだような瞳で、わたしを見ていた。

『もしかしたら、耐えきれなくて1人泣いていたかもしれない。バレて、あなた方に拒絶されやしな
 いかと』

 その可能性は、高いだろう。

 彼女は、1人で背負い込む子だから。

『藤堂志摩子に、わたしは言ったことがあります。生まれは関係ないのだと。産まれた場所がお寺だ
 からといって、生まれた子供は家を継がなければいけない理由はないのだと』

 伝わるように、わたしの思いを彼女たちにいう。

『あなた方は、知っていますか?そう言ったわたしに、彼女が泣きながら縋りついてきたことを』

 泣くことは、恥ずかしくないんだよ?

『彼女は、誰よりもこのリリアンを愛しています。ですが、それと同時にそれが彼女を縛る鎖なんで
 す』

 だから、わたしは言います。

 藤堂志摩子、君に。

『わたしは、その鎖に縛られたまま、学園生活を送る彼女を見たくはありません。ハッキリ言って、
 これはわたしの我が儘です。それでも、彼女の友として、わたしは彼女にリリアンを楽しんでほし
 いんです。心の底からの、笑顔を浮かべてほしいんです』

 言葉にすれば、きっと伝わる。

 それを知っているから、わたしは言うよ。

『お願いします』

 わたしは彼女たちに向かって、頭を下げた。

『わたしの友を、拒絶せずに受け入れてください』

 なるだけ、深くわたしは頭を下げる。

『お願いします』

 願うのは、君の幸せ。

 願うのは、君の笑顔。

 友という位置に着いたわたしに、唯一できること。

 頭を下げて少しすると、幾人かの生徒が叫んだ。

「「「「「志摩子さんは、わたし達の大切なクラスメイトです!!!」」」」」

 ハッとして顔を上げる。

「「「白薔薇のつぼみは、リリアンの生徒よ!!」」」

 今度は上級生の方から。

 そして、似たような返事が沢山の生徒から返ってきた。

 わたしはそれに顔を上げ、藤堂志摩子を見る。

 藤堂志摩子は、顔を両手でおおい肩を震わせていた。
 
 泣いているのだろう。

 そんな彼女に、わたしは語りかける。

『志摩子』

 ハッとしたように顔を上げ、わたしを見る藤堂志摩子。

 わたしは微笑み、彼女を見ながら言った。

 まずは、謝罪を。

『ごめんね、志摩子。勝手なことをしてしまって。・・・・・でも、』

 でもね?

『もう、怖がらなくて良いんだ。みんなが認めてくれた。住職を親にもつ、藤堂志摩子という1人の
 人間を』

 だから、

『だから、もう1人で泣かなくて良いんだよ?』

 だって君は、

『リリアンの生徒で、こんなに君を受け入れてくれる人達がいる。もう、1人で悲しみを背負う必要
 はないんだ』

 そう言うと、志摩子は破顔して再び両手で顔を覆い、泣き始めた。

 それを数秒、微笑みながら見つめ、そして前を向いた。

『わたしの挨拶は、これで終わります。ありがとうございました』

 軽く頭を下げ、わたしはステージから降りた。

 その途端、大きな拍手がわたしの耳に入ってきた。

 驚いて生徒達を見ると、わたしを見ながら笑顔で拍手をしているのが目にはいる。

 そんな彼女たちに微笑みを返し、わたしはもう一度頭を下げて席に戻っていった。









「腫れちゃったわね」

 一時間目を終えた休み時間、わたしは島津由乃と一緒に藤堂志摩子達のクラスへとやって来た。

 藤堂志摩子の目の周りは、島津由乃のいう通り赤くなっている。
 
 そんな彼女の隣には、笑顔の福沢祐巳。

「でも、可愛い感じだね」

「だよね!」

 わたしと福沢祐巳がそういうと、藤堂志摩子は恥ずかしそうに下を向いた。

「巳星さん」

「ん?」

「ありがとうございます」

 わたしはそれに答えず、下を向いている藤堂志摩子の頭を軽く叩く。

 クラスメイト達は、そんな藤堂志摩子に時たま『大丈夫?』と声を掛けていた。

 藤堂志摩子は、それに恥ずかしそうに微笑みながら『ありがとう』と答えている。

 その表情は、今までとは違うスッキリしたような笑顔。

「良かったわね、志摩子さん」

「ええ」

 島津由乃がそう言うと、藤堂志摩子は嬉しそうに笑う。

 福沢祐巳も、自分のことのように嬉しそうだ。

「にしても、随分賭に出たわね」

 島津由乃にいわれ、わたしは首を横に振って答えた。

「賭けでもなんでもないよ。彼女たちは、絶対に受け入れてくれるって思ってたから」

 だってこの学校の生徒達は、みんな優しい人達ばかりだから。

 それに、

「伝わらない思いは無いんだよ」

 微笑みながらいうと、3人は何故か少し頬を赤く染めながら顔を見合わせ、みんな心からの笑みを
 わたしに返してくれた。

 わたしはそんな彼女たちに、笑みを深めて返したのだった。







「巳星ちゃん、今日は随分と大胆な事したわね」

「でも、そのお陰で志摩子が本当に嬉しそうに笑えるんだもの、巳星ちゃんには感謝だわ」

「ホントホント。やっぱり、巳星ちゃんは凄いな〜」

 凸をキラリと光らせる鳥居江利子。

 ふふ、と笑う水野蓉子。

 相変わらず、わたしに抱きついている佐藤聖。

「そうかな?」

 島津由乃と一緒に飲み物を用意しながら答える。

「そうよ。巳星さんは、色々な人に影響を与える凄い人だもん。わたしだって、影響を受けた1人だ
 から断言できるわ」

「わたし、何かしたっけ?」

 首を傾げ、島津由乃を見る。

 島津由乃達は、そんなわたしを見て笑った。

「あなたが気づかなくても、色々としてるのよ」

「もちろん、私達にもね」

 水野蓉子と鳥居江利子が微笑みながら言う。

「そうなの?」

「ええ。私、リリアンの大学にそのまま入ることにしたわ」

「私も」

「・・・・・・・はぁ!!?」

 いや、さすがにそれはいかんだろ!!

 っていうか、水野蓉子!

 君は弁護士になるんじゃなかったのか!?

「リリアンに通いながら、弁護士の事務所のバイトをしようと思ってるの」

 あ〜。

 なら、良い・・・・・のか?

「でも、つるりんはなんで?」

「私、本当は色々受けて受かった大学をアミダで決めて、ソコにはいるつもりだったけど、もっと巳
 星ちゃんと一緒にいたくなったのよ」

「うわ〜、いい加減な決め方」

 まあ、それならリリアンに入りたくて入るんだから、大丈夫だよね。

「っていうか、わたしかい!」

「だって、あなた飽きないもの」

「嬉しくないし」

 とりあえず、ツッコミは忘れずに。

「佐藤聖は?」

「わたしもリリアン」

 まあ、ここら辺は小説と同じだから驚くこともないけどね。

「ということは、薔薇さま方は全員そのまま上がる形になるんですね」

「「「そういうこと(だ)ね」」」

 笑顔のトリオに、わたしと島津由乃は苦笑した。

 これを聞いたら、小笠原祥子や支倉令とかが喜びそうだな。

 そう思いながら。







          

 

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