【どうなってるの?】














 人々が眠った深夜、あるマンションの屋上。

 そこに一人立つ、右羽の姿があった。

 彼女の背中には、蔦子の撮った写真にうっすらと写っていたとおりの翼が。


 眼下を見下ろす右羽の頬をつたう涙。


「もっと、みんなと一緒にいたかったな・・・・」


 嗚咽をもらすことはなく。

 ただ静かに、涙を流していた。


「でも・・・あなたたちと会えて、私は幸せだったよ・・・?」


 思い浮かべるのは、志摩子か。

 由乃か。

 祐巳か。

 彼女の知る、全ての者たちか。


 ふわりと微笑むその表情からは、もういられないことに対する寂しさが垣間見える。

 それでも、後悔の念は、どこにもない。


 ほわん、と右羽の体がゆるい光りを放ち始めた。

 天に昇るようにして浮遊していく、光りの粒子。

 それと同時に、段々と右羽の身体も薄く。

 ゆっくりと。

 けれど、確実に。


「・・・・さようなら」


 浮かぶそれは、慈愛深き微笑。


「大好きな人達・・・・」


 ――― ブワッ


 右羽の身体を形成していた光りの粒子が、一瞬で四散する。

 それは瞬く間に広がっていった。

 それは、右羽が関わりをもった者たちの元へと向かっていった。


 誰かが気づいてもいいはずの現象。

 しかし、それはテレビで放映されることも。

 誰かの目に留まることも、なかった。


























 朝、由乃は妙にいい気分で目を覚ました。

 と、自分が何かを握っていることに気づき、体を起こす。


「なに?・・・羽?」


 首をかしげ、それをつまんでしげしげと見つめた。


「わたし、寝る前なにやってたっけ?」


 それを眼前に掲げながら由乃はベッドをでる。


 何故か、昨晩何をしていたのか思い出せず、再び首を傾げた。

 その流れで羽をゴミ箱に捨てようとして・・・。


「あれ?」


 まるで体が拒むかのように、手が羽を離さない。

 嫌だと、言っているかのように。

 捨てたら駄目と、言っているかのように。


「・・・・わけわかんない」


 仕方なく、由乃はその羽を机の上におき、顔を洗うために部屋を出た。


 戻ってきた由乃は、制服に着替え、鞄の中に教科書をつめようとして。

 ふと、気づいた。


「なによこれ」


 机の上に置かれた写真たて。

 それに写っているのは、ただの景色。

 誰かに焦点を合わしているような、けれど誰も写っていない、変な写真。


「わたし、なんでこんなもの飾ってるわけ?」


 今度は、その写真を取り出して、しげしげと見つめる。

 自分が飾るような何かが、ないかどうか。


「・・・変なの」


 結局何も見つけられず、それはひらりと舞い、ゴミ箱へと吸い込まれていった。


 鞄に教科書をつめ、朝食を食べたら、いつものように令と一緒に学校へ。

 他愛もない話しをしているうちに、由乃たちはリリアンに着いた。


「ごきげんよう、由乃さん、令さま」

「ごきげんよう、志摩子さん」

「ごきげんよう、志摩子」


 マリアさまの前にいたのは志摩子。

 最近、山百合会以外でも話すようになった。


「?なんでだっけ?」

「由乃さん?」

「由乃?」

「なんでもないわ」


 手を横に振って、マリア様にお祈りをした後は3人で校舎へ。


 志摩子は、妙な違和感を感じていた。

 それは、朝から。

 それは、起きたら握っていた羽を見つけたときから。

 それは、誰も写っていない写真を見たときから。

 それは、マリアさまの前で誰かを、自然と待っていたときから。


 何故、由乃さんとこんなふうにお話をするようになったのかしら?


 薔薇の館で、仕事のことしか話しをしていなかったつい最近。

 それが、こんなふうに冗談を交えながら話すようになった。

 そのキッカケが、志摩子は思い出せない。

 それでも、由乃と話しをするのは楽しいから、まあ良いか、と思い出すことを諦めた。


 由乃と別れて、教室に入って席に着き、また違和感。

 空いた隣。

 入学当時から空いていたはずなのに、昨日まで誰かがそこにいたような。

 変な、感覚。


「志摩子さん、ごきげんよう」

「ごきげんよう」

「今日は天気が良いわね。きっと、体育は大変だわ」

「そうね。けれど、気持ちが良さそうだわ」

「確かに」


 クラスメイトと、何の気負いもなく話し、微笑みあっている自身にも、志摩子は違和感を感じていた。


 こんなふうに、心から笑いあっていたかしら?

 けれど、それが普通として接している私に、違和感を感じる。


「・・・・・今日の私、変だわ」

「ごきげんよう、志摩子さん」


 にっこりと、太陽のような笑顔で挨拶をしてくる祐巳に、志摩子はふわりと微笑み返す。


「そうだ。実は、今日のわたしなんだかおかしいの」

「どうかしたの?」

「う〜ん、なんて言えば良いのかな?・・・誰かが、足りないような気がするの」


 祐巳の言葉が、志摩子の身体に何かを湧き起こさせた。

 そうだ、と同意するかのように。

 居ないの、と叫ぶかのように。


「変だよね」

「・・・私も、そう感じるわ」

「志摩子さんも?」

「ええ。けれど、誰だかまったく思い出せなくて」

「そうなんだよね。私も、その誰、が誰だか思い出せないんだよね〜」


 お互いに困ったような顔で。

 けれど、思い出そうとしているうちに担任がきてしまい、仕方なく諦めて。


 休み時間。

 祐巳や蔦子と話しをしながら、志摩子は何故か隣の席が気になって。

 それは、祐巳や蔦子も同じらしく。


「・・・なんだか、変な気分ね」

「蔦子さんもそう思う?なんで、誰もいない席に話しかけよとするんだろう??」

「不思議、よね」

「幽霊だったりして」

「やっ、やめてよ〜〜!」


 耳を押さえる祐巳に、蔦子と志摩子は笑いあう。

 それでも、やはり感じる違和感は拭えない。


 お昼休み。

 すぐにやってきた由乃。

 それに対して疑問を感じることなく、志摩子、祐巳、由乃は慣れたように裏庭へ。


 いつもの場所に座ろうとして、ふと3人して顔を見合わせた。


「ねえ、なんで間あけるわけ?」

「由乃さんこそ」


 何の疑問もなく、1人分あいた、志摩子と由乃の間。


「なんだか、今日はみんな、変だよね」

「・・・そうね。志摩子さん、もっとこっちきてくれる?」

「ええ」


 隣同士に座る由乃と志摩子。

 なんだか、落ち着かない。


「・・・やっぱり、間、空けときましょう」

「ええ、そうね」


 わけのわからないことに不満そうな顔をする由乃と、苦笑する志摩子。

 落ち着かないことに落ち着かない祐巳。


 変な感じ・・・。


 3人は、そんなことを思った。


【シマちゃん!】

【しのちゃん!】

【祐巳ちゃん!】


 ハッと、同時に、空いている空間に顔を向けた。


「・・・・ちょっと祐巳さん、なんでそこに顔向けるのよ」

「由乃さんだって」

「・・・誰かに、呼ばれたような気がしたんだもの」

「由乃さんも?」

「ってことは、志摩子さんも?」

「ええ・・・」


 由乃と志摩子が祐巳へと目を向ければ、祐巳も戸惑ったような顔で頷いた。

 と、急に祐巳が驚いたように2人を見る。


「祐巳さん?」

「どうかしたの?」

「だ、だって、2人とも泣いて!・・・あれ・・・?」


 指摘しようとした祐巳自身が、ボロッと、涙をこぼし始め。

 それに驚いた志摩子と由乃だったが、頬をつたうそれに、手の甲を打ったそれに、気がついた。

 そこでようやく、2人も自分が涙を流していることに気づいて。


「・・・なんで・・・?」

「・・・涙・・・?」


 自らの涙を、呆然と見ていた3人。

 けれど次第に激しさを増していく涙に。

 溢れ出す、今の現状に不釣合いな感情に。


「っもっ・・・なん・・・なのよっ!」

「ど・・・して・・・っ?」

「っ・・・とまら・・・ない・・・わっ」


 声を詰まらせ始め。

 嗚咽が、もれだす。


【お腹減ったよ〜】


【祐〜巳ちゃん】


【志摩子】

【由乃】


【友達になろう】


 知らない笑顔。

 知らない声。


 それなのに、3人は心を埋め尽くす感情がおさまらない。


 味わったこともない。

 悲しみ。










 あなたは、誰?




















 あとがき。


 長く停滞していましたが、これで簡潔です。

 最後はもう決めていたので、なんだかんだ言いながら、結局すぐに書けてしまいました。

 にもかかわらず、長々とお待たせしてしまい、申し訳ありませんでした。


 設定としては、人ではない、とバレてしまった右羽は、掟として人々の記憶を消し、天(?)に帰還しました。

 もともと、全てを終えたら記憶を消して去るつもり、という設定ですが。


 今までこんな稚拙な文を読んでくださり、ありがとうございます。












 

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