【は?】

	


  
「はぁ〜ぁ」

 上半身を起こし、わたしは身体を伸ばす。

 今日から高校に入学するんだったっけ。

 ベッド脇の小さな棚においているメガネをかける。

 時計を見れば6時。

 余裕余裕。
 
「とりあえず、制服着ようっと」

 呟き、昨日箱から取りだしてハンガーにかけた制服へと目を移した。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何、これ」

 たっぷり十秒。

 でも、仕方がないと思ってほしい。

 だって、そこにかかっていた制服はわたしが昨日取りだした制服とはまったく違っていたから。

 わたしの入学する学校の制服はブレザータイプ。

 だけど、そこにかかっていた制服はワンピースタイプの濃い緑色をした制服。

 しかも、見覚えあり。

「・・・・・・・・・・マリみて?」

 そう。

 それは、わたしが一時期はまっていた小説。

 正しくは『マリア様がみてる』という名前の小説だ。

 その小説の舞台である学校の制服が、こんな感じだったのだ。

 濃い緑色に、白いタイ。

 わたしは心を落ち着け、鏡を覗く。

 うん、大丈夫。

 見慣れたわたしの顔だ。

 ちょっと外国の色の入った顔。

 メガネを少しずらせば、翠色と灰色のオッドアイ。

 見間違えるはずがない。

「どういう事?」

 わたしは自分の部屋を出て、リビングへと降りていった。

『母さん!』

『あら、どうしたの?』

 母さんもいつも通りだ。

『な、なんか制服がおかしいんだけどっ』

『?どんな風に?』

 エプロンで手を拭いながら、母さんが近寄ってくる。

 母さんはイギリス人だ。

 翠色の瞳は、この人の遺伝。

 ついでにいうと、灰色の瞳は母さんの方のお祖父ちゃんの遺伝である。

 あ、それと、今話してる言葉は一応英語だ。

『し、知らない学校(一応知ってるけど)の制服になってる!』

『リリアン女学園の制服でしょう?』

『へ・・・・?』

 今、なんていいました?

『だから、リリアン女学園の制服でしょう?どこかおかしいの?』

 首を傾げ、わたしを不思議そうに見てくる母。

 ちょ、ちょっとまった!

『わたし桜ヶ丘高校に入学するんだよね?』

 すると、母さんは驚いたように目を見開き、わたしの額に手をあてた。

『・・・・・・何してるの?』

『熱がないか計ってるの。でも、熱はないみたいね』

『あるわけないでしょ!?何がどうなって、リリアン女学園に入学しなくちゃいけないのさ!?』

 だいたい、あの学校って架空の学校でしょう!?

 現実には存在しない学校じゃないの!?

『巳星。一体どうしたの?合格通知がきた時、あんなに喜んでたじゃない』

 首を傾げる母に、わたしは唖然とした。

『合格、通知?』

『ええ。ママからリリアン女学園の話を聞いて、入りたくなったんでしょう?』

『・・・・・・・・・・・ごめん、寝ぼけてたみたい』

『ふふ。顔を洗ってきてね』

『うん』

 わたしは気持ちを切り替えるために、洗面所へとむかった。

 目の前の自分を見ながら、呟く。

「どういう事?もしかして、ここって小説の中・・・・・?」

 ありえない事じゃない。

 いや、あり得ないだろう!!

 小説だよ!?

 小説の中になんかは入れるわけないじゃん!!

 ・・・・・ん?

「まてよ・・・・・?もしかしたら、実際にリリアンってあるのかも・・・・・・・」

 そうさ!

 きっとそう!!

 あの話はノンフィクションなんだ!!

 実際には、福沢祐巳とか、小笠原祥子なんて人は存在しない!!

 山百合会はあっても、あの小説にでてくる人は存在しないんだ!!

「そう思ったら、一気にどうでも良くなったな〜」

 わたしはさっさと顔を洗い、部屋へとむかった。

「・・・・仕方ない、着るしかないか」

 これが制服だというのなら、着る以外ないもんね。

 ため息をつきつつ、制服を着る。

 制服を着たあとは、リビングへ。

『あら、似合ってるじゃない』

『ありがと』

 微妙な気分。

 制服が似合ってるっていわれるのは嬉しい。

 でも、きたかった学校の制服なわけじゃないからな〜。

 まあ、桜ヶ丘も別段入りたかった学校であったわけでもないしね。

 ぶっちゃけ、わたしは頭良いし。

 いわゆる、鳥居江利子タイプなんだよね、わたしって。

 授業聞くだけで、否、授業を聞かなくてもわかっちゃうってやつ。

 だから、実はマリみての中で一番、鳥居江利子に思い入れ強いんだよね。

 まあ、今はあんまり興味ない小説だけど。

 だって、あの人卒業しちゃったし。

 登場人物多すぎだし。

『そうだ。リリアンってどうやっていくの?』

『あら?覚えてないの?一度いったら覚える巳星が?』

 いや、行ってないし。

『・・・・・そうだね』

『まあ、良いわ。やっぱり、子どもは手がかからなくちゃ』

 母さんは、とても楽しそうにわたしにリリアンへの道順を教えてくれた。

 楽しそうだね。

 そういったら、満面の笑みで頷かれた。

 




 やって来ましたリリアン。

 まずは、体育館に行けばいいのか?

 あ、あそこに人集りが出来てる。

 行ってみよう。

「・・・・・・・・・・・・・・・・げ」

 行って損した。

 いや、まあ。

 他の人は損したなんて思ってないんだろうけど、わたしには損したと確信できる。

 だって・・・・・・。

「紅薔薇さま、ごきげんよう」

「蓉子さん、ごきげんよう」

 小説の中の人がいたから!!

 どういう事!?

 やっぱりわたしは小説の中に入っちゃったの!?

 あんなに自分に、ここは現実。って言い聞かせた意味は!?

 早速トップに会っちゃったし!!

 ・・・・・・と、とりあえず落ち着け、わたし。

 もしここが、小説の中だったとして・・・・・。

 小説の中だったとして!!(泣)

 一般生徒なんだから、普通に過ごせば良いだけ!!

 問題は何もないよね!?

 そう!

 そうさ!!

 わたしは1人頷き、校舎へと歩きだした。

 何も問題はない。
 
 そう、モウマンタイなんだ!!

 とりあえず、どこのクラスかを確認しなければ。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あった」

 あったはあった。

 あったけどさ・・・・・。

 ・・・・・なんで島津由乃の後ろなわけ!!?

 そりゃあ、わたしは『須加 巳星』で、『し』の後だけど!!

 ・・・・・そうだ、何をプチパニックに陥る必要がある?

 わたしは一般生徒。

 ましてや、今日は入学式。

 入学式の日には、島津由乃は寝込んでて来られない。

 それに、山百合会のメンバーと一般生徒が、それほど仲良くなることはない。

 だったら、何をパニックに陥る必要がある?

 ない、何もないじゃん!!

 ハハハハハハ!

 大丈夫、落ち着け須加巳星!

 とりあえず、一年松組へとゴーだ。





 後は、滞りなく終わった。

「はずなんだけどな・・・・・」

 なんで、目の前に疲れた様子の鳥居江利子がいるわけ?

 あの鳥居江利子が、疲れてるってどんな状況さ!

「・・・・・・・・・はぁ」

 でも、人として声をかけなきゃダメだよね・・・・。

 周りも、話しかけられなくてそわそわしてる人達ばかりだし。

 わたしは仕方なく、彼女へと近づいていった。

「どうしたんですか?」

「え・・・?」

 え?

 なにその、驚いたような表情。

 あれですか?

 オッドアイだー、みたいな感じですか?

 いや、でもメガネをかけてるからわかりづらいはず・・・・。

 なんだろう・・・?

「・・・・・どうしたんですか?」

 とりあえず、同じ質問をしてみる。

「あ、いえ。なんでもないわ」

 ニッコリと微笑む鳥居江利子。

 凄いね。

 何が凄いって、仮面が!

 もし小説と同じなら、この人は面白いこと大好きで退屈なことが大嫌い。

 そんな人が、ニッコリと微笑む。

「・・・・仮面、被るの上手いなぁ〜」

 思わず、呟いていた。

「えっ?」

 目を見開く鳥居江利子。

「あ、ヤバッ」

 慌てて口を押さえるが、でたモノは仕方がない。

「・・・・まぁ、良いや。それで、体調不良ですか?それとも、退屈不足ですか?」

 最後のはおかしいかもしれないけど、この人の場合ありそうだし。

 目を見開き、わたしを凝視する鳥居江利子。

 答える気、無しですか?

 ・・・・・・しょうがない。

「掴まっててくださいね」

「え?」

 わたしは問いかける間を与えずに、彼女の膝と背中に腕をまわして抱き上げた。

 いわゆる、お姫様抱っこだ。

 騒ぐ周り。

 仕方ないでしょ?

 あそこにいたって何か解決するわけでもないんだし。

 実際、この人は体調悪そうだし。

「保健室で良いですか?」

「え、ええ。お願い」

 戸惑いつつも頷いてくれたのは、わたしはとりあえず歩き出す。

 ・・・・・・・歩きだしたは良いが、保健室ってどこだ?

 今日きたばかりで、知るはずもない。

「すいません。保健室ってどこですか?」

 騒いでいる生徒の1人に聞いてみる。

 その子も一年生らしく、わからないと答えた。

 困ったものだ。

「知ってます?」

 とりあえず、鳥居江利子に聞いてみた。

「ええ。そこの階段を下りてすぐのところにあるわ」

 楽しそうに笑う鳥居江利子。

 まあ、まだ顔色は悪いが。

「了解しました」

 わたしは通る道を開けてくれた彼女たちにお礼をいい、鳥居江利子から教えてもらった保健室へと急いだ。

 もちろん、走ってなんて事はしない。

 早歩きで。

「・・・・あなた、力があるのね」

「まあ、一応運動部でしたから」

 色々と、家の家族はおかしいしね。

 中学生に、修行だとかいって孤島で1ヶ月生活させるってどうよ?

 それも、1人で。

 そのお陰で、力もサバイバルの知識も豊富っすよ?わたし。

「なるほどね・・・・・」

 どこか楽しそうに笑う鳥居江利子。

 ちょっと、嫌な予感がするけど、この際無視の方向で。

「発見」

 小さく呟いて、わたしはドアの前に立つ。

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 はたと気づく。

 ドア、どうやって開けよう。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・仕方ない」

 かなり自虐的だが、これ以外の方法が浮かばない。

 わたしは、

―――ガンガン!

 頭でドアを叩いた。

「痛い」

「プッ」

 少し下から、吹き出すような声。

 見てみると、鳥居江利子が楽しそうに肩を震わせていた。

 ・・・・・・・・・・笑ってる。

「なんですか?」

「だ、だってあなた、頭でっ」

 震えた声を出す鳥居江利子。

「はいはい、どなた?」

 保健室の先生がでてきてくれた。

「この人が、体調悪そうなんで連れてきました」

 笑っている鳥居江利子をちらりと見て、先生にいう。

「まあ」

 何に対してかはわからないけれど、先生は驚いたようにわたしを見た。

「この人、体調悪そうなんですが」

 もう一度、今度は少し強めでいう。

「あ、ごめんなさいね。一番奥のベッドに寝かせてくれる?」

「はい」

 いわれた通り、奥のベッドに下ろす。

「ありがとう、私は鳥居江利子よ。あなたは?」

 楽しそうに、わたしを見てくる鳥居江利子。

「須加巳星です」

「巳星ちゃんね。それにしても、ドアを頭で叩く人なんて初めて見たわ」

 可笑しそうに笑っている鳥居江利子。

 病人だよね、この人?

「仕方ないでしょう。両手が開いてなかったんですから」

「私がいるじゃない。あなたに抱かれていて、私は両手が塞がってないのよ?」

 何を言っているんだこの人。

 わたしは呆れた表情で、鳥居江利子を見た。

「病人にそんなことさせるバカが、どこにいるんですか」

 すると、なぜか驚いた顔をされた。

「なんですか?」

「それ、素?」

「は?酢?お酢なんて持ってないですよ?」

 本当に何を言ってるんだ・・・・・。

「いえ、そうじゃなくて・・・・」

「幻覚まで見えてきてるんじゃないですか?ちゃんと寝た方が良いですよ」

 わたしは彼女の肩まで掛け布団をかける。

「あ、ちょっ」

「それじゃあ、失礼します。まだ、HRがあるんで」

 これ以上病人に負担をかけるわけにはいかない。

 わたしはさっさと保健室を出ていった。

 あとは、教室に戻るだけ。

 なんだか、午前中に終わったのに今日は疲れたなぁ、と思う。

 まあ、わたしは一般人だからこれといって何も起こらないだろう。

 妙な視線に晒されながらも、わたしは気にすることなく家へと帰っていった。


 今日は、お風呂に入ってゆっくり寝よう。




	  

 

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