<不快じゃない心>









 何かが足りない。

 違う、誰かが足りない。


 笑顔の仮面をつけながら、いつもみたいに笑いあう。

 つまらない話に驚いて、

 つまらない話に笑って。


 いつもと同じなのに、なんで?

 急に、隣を気にするようになった。

 誰かがいないと、心が叫ぶ。


 それは、昔からある不快な叫びじゃなくて。

 そう、足りない。

 あの人が足りない。

 その叫びに、心が同意してる。


 彼女がいない。

 あたしの隣に。


 彼女って、誰?


 なんで、あの優等生を見ると、心が急かされるの?

 早く、

 早く、って。


 早くって、何を?


 意味がわからないのに、不快じゃない。


 今日も、遠い街で相手を探す。

 けど、最近はずっと、あの心が嫌がる。

 気分が、乗らない。

 前まで、こんなことなかったのに。


 一つため息をついたところで、声をかけられた。

 40代後半。


 まあ良いか、と。

 なのに、そのオヤジとかぶる、優等生。

 綺麗な、ブルーアイズ。

 似ても似つかないのに、わけわかんない。


 それを無視して立ち上がろうとしたら、腕をつかまれた。

 驚いて振り返ると、そこには息を切らせた優等生が。

 一瞬、幻かと思った。


「月野さん、いけないわ」


 まるで、あたしがこれからしようとしてることがわかっているかのように。

 まるで、一度聞いたことがあるかのような。


 亜美ちゃん!!


 叫ぶ、心。


 誰かを求めて、愛しそうに叫ぶなんて。

 ガラではないのに。

 そのあたしじゃない、けどあたしであるその心。

 不快では、ない。


 手を引かれるまま、あたしは歩く。


「なんでここにいるの?」

「塾が、ここの近くにあるのよ」


 なんで?

 前もしたような気がする、この会話。

 優等生と話したことなんて、今の一度もなかったのに。


 今のあたしを見られたのに。

 なんであたしは、平然としてるの?

 なんで彼女は、学校では見せないあたしを見て、平然としてるの?


「・・・・驚かないんだ」

「・・・・驚いているわ」


 見えないけど。

 そう口を開こうとしたけど、優等生が先に続けた。


「ようやく、本当の月野さんを見ることができたと、喜んでいる自分自身に」


 振り返った、ブルー。


「あなたを、私以外に触れさせたくないと、そう感じている自分自身に」


 理解ができない。

 涙が流れる理由が。






<2章目、記憶はないけど、というお話>

<セラムンの亜美×うさぎ>








<重なる声>





 あたしは今、まどろみの中にいる。

 情事後の。


 相手は、あの優等生。

 何故そうなったのかは、あたしにもよくわからなくて。

 ただ、それが自然な流れのような気がしたから。


 目の前にある、寝顔。

 この顔を、なんで何度も見たことがあるように感じるのかわからない。


 こうして、素肌で彼女に抱きしめられるこの感覚。

 どうして、何度も経験したような感覚に陥るのか。


 愛しいだなんて、なんで彼女を見ていて思うのか。

 だって、あたしは誰かを好きになったことなんてなかったのに。

 セックスなんて、ただ不快な叫びが聞こえなくなるための薬。

 それだけだったはずなのに。


 わからないことだらけで。

 なのに、それが幸せだと、あたしは理解してて。


【うさぎちゃん】

【好きよ、うさぎちゃん】

【うさぎちゃん、今日あなたの家に行っても良い?】


 目を閉じれば聞こえてくる、知らない優等生の声。

 言われたことのない、なのにあたしに向けられた言葉。


 記憶にないはずなのに。

 何でか、あたしの心をくすぐる。

 深い、凄く深い部分の心を。


 わからないことだらけ。

 けど、不快じゃない。


 そういえば、優等生の名前、なんだっけ?


【・・・亜美ちゃん・・・・愛してる・・・】


 ああ、そうだ。

 確か、水野亜美とか、いう名前だったっけ。


 記憶の封印が解かれるのは、もう少し先。





<亜美×うさぎ>









<変なの>




 感じる視線。

 目を向ければ、そこには黒猫がいた。


「なに?」

「にゃぁ」

「意味わかんない」


 というか、猫の言葉なんて理解できるはずもないのは当然。

 なのに、その黒猫にも、心がかすかに刺激される。


「うさぎさん」


 黒猫に向けていた顔を、後ろに向ける。

 そこには、水野さんが。


 あれ以来、よく一緒にいることが多くなった。

 もしかしたら、友達、とかいう関係なのかもしれない。

 まあ、友達は身体の関係を持たないだろうけど。


「どうかした?」

「今日、お家にうかがっても良いかしら?」

「別に」

「ありがとう」


 ホッとしたように微笑む水野さんから目をそらして、ちょうど再び視界にはいる黒猫。

 どこか驚いたようなその顔に、あたしは目を細めた。


「あら、猫?」

「見たとおり」

「ええ、どこのお家の子かしら?」

「野良なんじゃないの?」


 どうでも良くてそう言うと、少し悲しそうな顔。

 別に、野良なんてそこらへんにいっぱいいるのに。

 偽善的。

 いつもならそう思うのに、水野さんに対してはそうは思わない。

 なんで?


「・・・行きましょうか」

「良いの?」

「ええ。今はまだこれで良いって、何故かしら、そう思うのよ」

「変なの」

「ふふ、そうね」


 水野さんに手をとられて、そのまま歩く。


 横目でその猫を見たら、まだ、こっちを見てた。

 何でだか、胸がざわざわした。


【うさぎちゃん、ちゃんと勉強しなさいよ!】

【うさぎちゃん、危ない!!】

【うさぎちゃん・・・・っ】


 変なの。




<ルナが登場>







<また会おう>






 彼女を見て、何故か泣きそうになった。

 胸が、締め付けられるような痛み。

 抱きしめて、謝りたいと。


 同時に、歓喜。


 彼女のことを、知らないはずなのに・・・・。


「・・・・なに?」


 わたしが見ていたことに気づいたのか、彼女は訝しげに振り返った。

 わたしはそれに、閉口してしまう。


「・・・・あなたと、会ったことがあったかしら?」

「ない」


 短く返ってきた答え。


 それに、また泣きそうになる。

 謝りたくなる。

 けど、それは彼女の声が冷たいから、とかではなくて。


 気づかなくて、ごめんなさい。

 ようやく会えた。


 そんな、意味不明な思いから。


 自分自身のことなのに、なぜわからないの?

 わからないことが、わからない。


「そう。ごめんなさい、だったら良いの」

「・・・・・・」


 笑ったのに、彼女は目を見開いてわたしを見つめていた。

 それに首をかしげた時、手の甲に何かが当たる感触。

 不思議に思って見てみれば、それは水。


「雨?」

「・・・・気づいてないの?」

「え?」


 顔をあげて、けど彼女からこぼれた言葉に、わたしは彼女を見た。

 そこには、眉を寄せた彼女。


 その表情のまま彼女はわたしに近づいてくると、


「あの・・・」


 頬を拭ってきた。


 その手は、思いのほか優しかった。


「雨じゃなくて、そっちが泣いてんの」

「え・・・・」


 慌てて頬に手をあてると確かに、そこは濡れていた。


「なんで・・・・?」

「それはあたしが知りたい。人を見て、なんで泣くわけ?」

「・・・・ごめんなさい。わからないの」

「・・・・・・」


 眉を寄せたまま、彼女は踵を返し。

 わたしはとっさに、その腕をつかんだ。


「なに?」

「あ、あなたの名前、聞いてもいい?」

「・・・・・・月野うさぎ」


 嫌々、といった感じで教えてくれた名前。


 なぜか、その名前が身体に浸透するように馴染む。

 まるで、大切な誰かの名前のように。

 求めていた人の名前のように。


「わたしは、愛野美奈子。よろしくね」

「手、離して」

「よろしくね?」


 顔を覗き込みながら言う。


 わたしらしくない。

 なんで、初めて会った人にここまで強要しているのか。

 でも、本能が叫んでるの。

 彼女を、手放してはいけない、と。


「・・・・・よろしく」


 それこそ嫌そうに紡がれた言葉。

 けど、わたしは嬉しくて、満面の笑みで彼女の腕を離した。


 すぐに踵を返して背中を向ける彼女。

 その背中を見つめ、不思議ともれる笑い。


 ようやく見つけた。


 知らないはずなのに、心がそう叫ぶ。



【美奈子ちゃん・・・・大好き、だよ・・・】


 うさぎちゃん、か。

 また会いたいな。


 ううん、また会おう。




<美奈子視点で、微妙に美奈子→うさぎ>








<あなたの温度は眠くなる>






 隣の温もり。

 嫌いじゃない、彼女の温もりは。


 仲良く見せかけて、本当は学校外では誰とも会ったなんてなかった。

 それで良いと思っていた。

 そんなもの、煩わしいだけだと。


 なのに、亜美ちゃんとは嫌じゃない。

 ただ、別に一緒にいるだけ。

 何をするわけでもなく。

 亜美ちゃんが隣にいてくれる。


 くっついて。

 お互いに、体温を分けあって。


 なんだか、自分が普通の女の子になったような感覚。

 自分らしくない。

 なのに、心がくすぐったい。

 変な、感覚。


「亜美ちゃん」

「なぁに?うさぎちゃん」


 微笑み、あたしを見てくる亜美ちゃん。

 たったそれだけのことが、嬉しい。

 初めての感覚。


「・・・呼んだ、だけ」

「そう?」


 腰に腕をまわされて、引き寄せられる。

 それの流れに抵抗せず、亜美ちゃんの肩に頭を寄せた。


「・・・・寝ても、良い?」

「ええ」


 目を閉じる。

 他人の傍で眠るなんて、彼女以外の前でしたことはない。

 いつも、コウイが終わればホテルを出ていたから。


 緩やかなまどろみ。

 最近知った、幸せ、というもの。


「好きよ、うさぎちゃん」


 かすかな囁き声。


 あたしも、といつか言える日が来れば、良いと思う。





<ラブラブ亜美×うさぎ>






<誰かを気遣うなんて、思ってなかった>





「・・・・・・・え?」


 目の前にいる男は、なんと言ったのか。

 理解ができなかった。


「だ、だから、月野さんが好きなんだ!付き合ってほしい!!」


 大きな声が、ようやくあたしの止まっていた思考を動かした。

 いわゆる、告白?

 まさか、こんなあたしに告白してくる酔狂な奴がいるなんて思わなくて、


「いつも元気で明るくて、いつも笑顔の月野さんが好きなんだ!!」


 でも、この男が言うのは、仮面のあたし。

 本当は真逆なのだと、知りもしない。

 当たり前だけど。


「ごめんなさい!」


 いつもの仮面をつけて、申し訳なさそうに勢いよく頭を下げて見せる。


「・・・もう、好きなやつ、いるのか?」

「う〜んとね?・・・・もう、付き合ってる人、いるんだ」


 記憶にない男はきっと、覚えてなくても良い部類に分類した男なんだろう。

 ショックを受けたように、顔を強張らせる男。

 勝手にショックを受けていれば良い。

 その恋人の目の前で告白してくるような奴、どうでも良い。


「そ、それは、誰か聞いても良いか?」

「秘密♪」


 唇に指をあてて。


 あたしだって、同性が恋人っていうのを公に晒すことはしない。

 別にあたしはなんて言われても良いけど、亜美ちゃんが言われるのは嫌だから。


 ・・・・そんな風に思える自分に、少し驚いた。


「そ、そっか。・・・・それじゃあ」


 男はさっさとあたしたちの前からいなくなった。

 完全に消えたところで、仮面を外す。


「元気で明るい、だって」

「仕方ないわよ」


 困ったように、嬉しそうに笑う亜美ちゃんが腕を伸ばして、あたしを抱きしめてくる。

 あたしはそれを当然拒絶せず、受け入れた。


「付き合ってる人、私だと思っても良いのよね?」

「他にいたら、あたしに教えて」


 そう答えると、亜美ちゃんは満面の笑みを浮かべた。

 そのまま、キスされる。

 深く。


 それは、喋る猫が現れて、さまざまな記憶が戻る数日前の出来事。






<相変わらずラブラブです>










 ブラウザバックでお戻りください。



SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送