【表でも裏でも】































<志摩子視点>


「あ、ごきげんよう、祐巳さん」

「ごきげんよう、桂さん」


 祐巳さんの声が聞こえて、私は勢いよく声の聞こえた方へと顔を向けた。
 
 そこには、やはり笑顔の祐巳さんが桂さんに挨拶をしている姿が。

 その時、祐巳さんが私の方へと目をむけた。


 ドキリと、胸が高く鳴る。


「ごきげんよう、志摩子さん」


 微笑む祐巳さん。

 でもその目には感情が見えなくて、恐いと同時に綺麗だと思った。


「ご、ごきげんよう、祐巳さん」


 引きつっていないだろうか?

 ちゃんと笑えているだろうか?


 不安になる。


 祐巳さんはすぐに私から目をはなしたけれど、私は今見た祐巳さんの感情のない微笑みが頭から離れなかった。

 黒板の方へと目をむけながら、胸に手をあてて深呼吸する。

 目を閉じれば、今見たばかりの感情のない微笑みと、昨日薔薇の館で見た感情のない無表情が交互に、鮮明に現れる。


「祐巳さん、昨日何で先に帰ったのよ」


 不満そうな蔦子さんの声。


「ごめんね!なんか、早くあの場所から逃げたくてっ」


 申し訳なさそうな祐巳さんの声。


「わたしがどれだけ、帰るのに苦労したか」

「ご、ごめんなさい」

「ま、良いけど。それに、祐巳さんへ言付け預かってきたし」


 あの後、祐巳さんの後を追って帰った私も、それは知らない。


「言付け?」

「ええ。今日、放課後に薔薇の館に来てほしいんだって。祥子さまが」

「っええぇぇ!!?」


 私は驚き、後ろを振り返った。


 今日も薔薇の館に来るというのは、喜ばしくて嫌なこと。

 放課後も祐巳さんと一緒にいられるのは嬉しいけれど、同時に、周りに人がいるから本当の祐巳さんを見ることは出来ないから。


「ど、どうして!?」

「わたしに聞かれてもわかんないわよ。放課後、自分で聞いて」

「う、うん・・・・」


 祐巳さんは、百面相といわれる表情を作っている。

 みんな、それに騙されるのだ。

 そして、私も騙されていた一人。

 実際に、彼女は凄く嫌に違いない。

 彼女は、人に触れられるのも、人と一緒にいるのも、嫌いだから。



 薔薇の館。


 何故か、由乃さんが祐巳さんをチラチラと見ている。

 私以外にも気づいている方はいるようだけれど、祐巳さんは気づいていないように振る舞っている。


「あ、あの、それでご用件は・・・・」


 恐る恐る、といった感じで祐巳さんは祥子さまに問いかけた。

 それに答えたのは紅薔薇さま。


「そんなに怯えなくても良いのよ。リラックスして」


 そういわれて、リラックスできる人はいるのかしら?


「は、はいっ」

「蓉子、逆効果だったんじゃない?」

「かもしれないわね」


 白薔薇さまの言葉に、紅薔薇さまは苦笑している。

 唯一、黄薔薇さまだけはジッと、でも何処か心配そうに祐巳さんを見ていた。


「それで、今日呼んだのは他でもないわ」

「こうして出会えたのも何かの縁だし、山百合会の劇に参加してくれないかな?役が一人、足りないんだよね」
 
「ええぇぇぇ!!?」


 一瞬。

 ほんの一瞬だけ、祐巳さんが表情は強張った。

 私や黄薔薇さまみたいに注意深く見ていなければ気づかないくらい、本当に一瞬だけだけれど。


「別に、山百合会の一員になってくれ、とかそういうつもりはないんだ」


 令さまがフォローするようにいう。

 それでも、祐巳さんにとってはきっと同じなのだと思う。


「で、ですがっ」


 戸惑ったような、困惑したような表情を浮かべる祐巳さん。


「劇が終わったら、いつも通りの生活に戻っても良いからさ」


 白薔薇さまがニッコリと微笑めば、祐巳さんは少しの間下を向き、それから私達へと目をむけた。


「・・・・・・わかりました。劇の間だけ、お世話になります」


 そういって頭を下げる祐巳さん。


 私は、そんな祐巳さんに自然と頬が緩んでいた。

 だって、これから、文化祭が終わるまでだけれど、毎日一緒なのだから。

 どれほど望んだだろう、こんな状況を。

 私は、由乃さんの不審な行動を忘れ、純粋に喜んでいた。











































「ありがとう、祐巳ちゃん」


 蓉子が嬉しそうに微笑みを祐巳へと向ける。

 祐巳はそれを、恥ずかしそうに受け止めてはにかんだ。


「・・・・ねえ、祐巳ちゃん」

「なんですか?」


 首を傾げ、江利子へと目をむける。

 しかし、江利子は言葉に詰まったように何もいわない。


「「江利子?」」

「お姉さま?」

「「「黄薔薇さま?」」」


 そんな江利子に、祐巳を含めた全員が首を傾げた。


「お姉さま、どうかなさったのですか?」


 令が心配そうに問うが、江利子は首を横に振る。


「何でもないわ。・・・・ねぇ、祐巳ちゃん。祐巳って、呼んでも良いかしら?」


 それは、唐突と言える言葉だった。


 けれど、江利子にとっては違う。

 祐巳の本当を知ってから、ずっと今まで『祐巳』と呼んでいたのだ。

 それは、自分だけが特別なのだ、という意識を込めて。

 しかし、今祥子が祐巳を呼び捨てにしている。

 もちろん、祥子は祐巳の本当の姿など知らないけれど。


 それでも、江利子は辛かった。

 それこそ、高校では、さも知らない者同士として接してきている。

 江利子が黄薔薇に入ったと知ってから、祐巳は江利子と一緒にいることを嫌う。

 祐巳は、あくまで『普通』という枠に埋没したかったから。

 それなのに、祥子は呼べて自分が呼べないのは辛いのだ。

 それが、自分の愛している人物ならば尚更のこと。


「・・・・・・構いませんよ?」


 祐巳も、薄々それに気づいていた。

 江利子が、情緒不安定になっていることに。

 だから、近いうちにそう問われるだろう事は予想していた。

 表でも裏でも、呼び捨てにしたいと思っているだろう事は。


 彼女には、江利子がそう問いかけてくる理由が理解できなかったが。

 それでもそこには、長い間一緒にいたからこそわかるものがあった。


「そう。ありがとう」


 江利子は、本当に嬉しそうに微笑んだ。

 蓉子でさえ見たことのない表情。

 ゆえに、江利子と祐巳の関係を知らない、志摩子と由乃以外の4人は驚いていた。

 ただの、偶然で劇を手伝うことになった祐巳を、江利子がそこまで気に入る理由が思い浮かばなかったから。


「江利子、一体・・・・」

「気にしないで」


 スッキリした面持ちでさらりと蓉子に返す江利子。


「これから、よろしくね、祐巳」


 そうして、早速表でも呼び捨てで呼ぶ。

 それを見てムッとするのは、志摩子と由乃、そして祥子だった。

 祥子は、自分の妹候補を呼び捨てで呼ばれるのが、しゃくに障る。


「黄薔薇さま」

「祐巳からは、了承を得ているわ」


 先手で答える江利子に、祥子は唇を噛んだ。

 そんな2人をオロオロとして見る、令と祐巳。

 祐巳は、もちろん演技だが。



 帰り道。

「ありがとう・・・・」


 微かに、隣にいる祐巳にしか聞こえないような声で、江利子は呟いた。

 今、2人はさりげなくみんなの後ろを歩いている。


「いえ。爆発されても困りますから」


 祐巳も、前を向いて明るい表情をしているけれど、声だけは無感情に答えた。


「・・・・・気づいていたのね」

「見ればわかります」


 鉄のような声。

 祐巳は、冷たいようだが、本当は優しいことを江利子は知っている。

 江利子は、やはり、いつもは見せないような嬉しそうな笑みを浮かべたのだった。













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