【由乃にも】
気に入らない。
目の前で、くるくると変わる祐巳の表情を見ながら、由乃はそう思っていた。
由乃は、祐巳の何もかもが気に入らなかった。
たまたま朝、祥子にタイを直されたというだけで妹といわれているのも。
薔薇さま方に、興味深そうに見られているのも。
一人、状況を把握できずにオロオロしている様子も。
祥子に肩を抱き寄せられ、それだけで状況も忘れて顔を赤くして下を向くのも。
さっきトイレに行った時に、江利子と志摩子が追いかけたのも。
だが、由乃が一番気に入らないのは、オロオロしているだけというその姿だ。
流されているその様が、由乃は一番気に入らなかった。
由乃は、自分をしっかりと持ち、何より流されるということが嫌いだからだ。
「でしたら、今ここでロザリオを渡せばいいのでしょう!?」
「ええぇぇっ!?」
ほら、流されてる。
由乃は睨まないようにしながら、祐巳を見つめた。
祥子は首からロザリオを外し、祐巳の前にかかげる。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「ちょっと待って」
そこに、志摩子と江利子が仲裁にはいる。
それがさらに由乃の苛立ちを膨れあがらせた。
人に入ってもらわないと、何も出来ない子。
由乃は祐巳をそう認識する。
軽蔑するような目を、祐巳へとむけた。
「どうしたの?江利子」
「お姉さま?」
「志摩子?」
蓉子、令、聖が2人の行動に驚いたように目を見開く。
「まだ、彼女の気持ちを聞いていないわ」
「そうです。祐巳さんのお気持ちを聞いてからでも、遅くはないと思います」
聞く必要などあるものか。
あきらかに、彼女は祥子さまのファンなのだから。
祥子さまも、それがわかっているから彼女を妹にしようとしているのだ。
彼女なら、拒否しないだろうから。
由乃は侮蔑の瞳を祐巳に向けたまま、そんなことを思う。
「でも、祐巳さんはどう見ても祥子のファンでしょう?」
「ええっ。ど、どうしてっ」
恥ずかしそうに蓉子を見る祐巳。
「百面相してたし」
楽しそうにそういうのは、聖。
それに、さらに恥ずかしそうに顔を赤くして、下を向く祐巳。
それを見て、とうとう由乃は爆発した。
「いい加減にしてください」
苛々したような由乃の声。
全員が、それに驚いたように声の主へと顔を向けた。
「どう見ても祐巳さんは祥子さまのファン。どうせ、祥子さまのロザリオを拒否することはないでしょう?だいたい、嫌いなんです。周りに流されてる人って」
祐巳達は目を見開く。
「それに、その人が同じ山百合会になったとしても、わたしは仲良くなるつもり有りません。今いったように、わたしはその人みたいなタイプ、嫌いなんで」
「よ、由乃っ!」
令が咎めるように由乃の名前を呼ぶ。
けれど、由乃はそれを無視して、祐巳を睨むように見た。
祐巳は下を向いているため、そんな由乃と視線があうことはない。
「ゆ、祐巳さん、気にしない方が良いわ!」
「ええ。気にしなくても良いのよ」
慌てたように志摩子と江利子が祐巳に声をかけた。
だが、決して触ろうとはしない。
「ほら。またそうやって、他人に何とかしてもらってる」
「由乃ちゃん、いい加減にしなさい」
江利子は睨むように由乃を見た。
そんな江利子を、蓉子達は目を見開いてみつめている。
「あ、あのっ。黄薔薇さま、わたしは大丈夫ですから!」
祐巳はそう言って祥子に向かうと、頭を下げた。
「すみません。ロザリオを受けとることは出来ません!」
それに江利子と志摩子以外が、驚いた表情を見せた。
「何故、と聞いても良いかしら?」
祐巳に断られるとは思っても見なかったのだろう。
祥子は震えた声で問いかける。
「確かに、わたしは祥子さまのファンですけど、妹になりたいとかそういうのではなくて・・・・。それに、ファンもファンなりにプライドがあるんです」
江利子と志摩子以外の予想を外れ、そう答えた祐巳の表情は真剣なものだった。
「それでは、失礼します。蔦子さん。わたし、先に帰るね?」
「え、あっ」
蔦子が何かを答える前に、祐巳はさっさと部屋を出ていってしまう。
「っ私も今日はこれで帰らせていただきます!」
「私もね」
志摩子と江利子は、蓉子達の返事を聞く前に部屋を出ていった。
由乃は、その時はじめて祐巳に微かだけれど好感を持った。
由乃はその日、人気のない裏庭へと来ていた。
これといって用事はない。
ただ、なんとなく足が向いてしまったのだ。
奥の方まで行き、角を曲がると祐巳と江利子がいた。
ハッとして隠れつつ、覗く。
そして、目を見開いた。
「何のようですか?」
そこにいた祐巳は、昨日薔薇の館で見た祐巳ではなかったから。
感情がないかのような、無表情な顔。
聞こえてきた声も、感情がないように聞こえる無機質な声。
昨日くるくる変わっていた表情はどこにいったのかと問いたくなるほどに、そこに感情はなかった。
「わかって、いるのでしょう?」
江利子の手が、ゆっくりと祐巳の頬へと触れる。
祐巳は無機質な目で江利子を見上げているだけ。
「何故わたしにそこまで構うんですか?」
「あなたが、好きだからよ、祐巳」
いう通り、愛おしそうに祐巳の名前を呼ぶ江利子。
それにも由乃は目を見開いた。
「そんな言葉ほど、くだらない言葉はありませんと以前にもいったはずですが?」
それに、祐巳はけれど表情さえも変えない。
「それでも、私にはくだらない言葉ではないわ」
江利子はそういい、祐巳にキスを。
さすがに今までで一番驚いてしまう。
反対に祐巳は目を開けたまま、江利子のキスを受け止めていた。
まるで、何も感じないように。
江利子は祐巳の唇から口をはなすと、首筋に顔を埋めてスカートの中へと手を入れる。
すると、微かに祐巳の体が震えた。
「愛しているわ、祐巳」
何度も囁きながら、江利子は祐巳の体をまさぐる。
祐巳は軽く眉をよせながら、されるがままだった。
時折、小さな声がもれるが、それ以外は息がもれている。
由乃はそんな2人のことを見ていた。
逃げることもせずに、ただジッと。
祐巳の時折もれる声に、ピクッと震える体に、よせられた眉に、魅了されていたから。
「好きよ。愛しているわ」
「んぅっ」
その声はやはり小さいけれど、それでも今までで一番大きな声が祐巳の口からもれ、祐巳の体がビクリと震えた。
それを聞いた江利子は、崩れ落ちそうになる祐巳の体を支え、壁に背を預けさせて座らせてやる。
微かに荒い、祐巳の息づかい。
「祐巳、愛しているわ」
荒い息づかいの祐巳の唇に、江利子はキスを繰り返した。
その時、祐巳の目が由乃のいる方へとむけられた。
そして、由乃と目が合い、目を見開く。
ビクッと震える由乃の体。
祐巳はすぐに目を細め、射るような視線を向けた。
由乃は慌てたようにその場から立ち去った。
その音が聞こえ、江利子がハッとしたように音のした方向へと目をむける。
その後ろ姿に、江利子はすぐに気づいた。
自分の、孫にあたる存在の少女だと。
「由乃、ちゃん・・・・?」
「薔薇の館の人達は、覗くのが好きなようですね」
無表情に、無感情に言われた言葉。
「・・・・・そのようね」
江利子は立ち上がり、祐巳に向かって手を差しだす。
けれど、祐巳はその手をとらずに自分で立ち上がった。
「今までで初めてですよ。数日で、2人もの人にバレたのは」
祐巳はそういい、背を向けてその場から去っていく。
「・・・・・あなたの演技は、完璧だものね」
江利子は手を下ろし、悲しげに呟いた。
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