【薔薇の館】
「えええええぇぇぇぇ!!?」
その声に、志摩子は振り返った。
だが、振り返らなくとも志摩子には誰の声かがわかっていた。
きっと、他のクラスメイトも誰の声かわかっているのだろう。
「祐巳さん、声大きい!」
蔦子が祐巳の口を塞ぐと、祐巳は慌てたように顔を赤くしながら周りに笑って返す。
それに、クラスメイト達全員が苦笑を返した。
志摩子も、そんな祐巳に苦笑する。
祐巳は、自分とは違うと志摩子は思う。
表裏のない性格に、気持ちが顔にでる素直さ。
くるくる変わる表情。
それに、志摩子は憧れていた。
自分にはない、祐巳の素直さはまるで太陽だ。
クラスメイト達にも、祐巳を嫌っている者はいない。
他人と、一定の距離をおいて接している自分とは違う。
初めて祐巳を見た時から、志摩子はそう思っていた。
だが、志摩子は時折祐巳という存在がわからなくなる時がある。
まるで、人形のようだと思う時がある。
ふと祐巳を見ると感情のない目で笑っている時があるから。
それに周りは気づいていないようだが、志摩子は気づいていた。
たまに思う。
祐巳は闇のような存在だと。
いつもは光のような元気な笑顔を見せているけれど、本当にごくたまに作られたような笑顔を見せることがある。
深い、闇のように底のない瞳をする。
そんな祐巳に、志摩子は惹かれていた。
本当の彼女を見たいと志摩子は思う。
自分だけが気づいているであろう、深い闇を見てみたいと。
放課後、薔薇の館に行く。
別に、誰の妹でもない。
それでも、義務のような感じで私は薔薇の館へとむかった。
そこで、祐巳さんと蔦子さんがいるのに気づいた。
「祐巳さん、早く!」
「だ、だったら蔦子さんがノックしてよ!」
「薔薇の館にご用かしら?」
不思議に思い、声をかけた。
ビクリと震える祐巳さんと蔦子さん。
「ひぇっ!?」
祐巳さんは声をあげ、蔦子さんと同時に振り返った。
そんな2人に、私は苦笑する。
「驚かせてごめんなさい。それで、一体どうしたの?」
「祥子さまに用があってきたのよ」
蔦子さんの言葉に、私は頷いた。
「えっと、志摩子さんはなんでここに?」
「バカ!志摩子さんは白薔薇さまの妹候補なのよ、居て当然でしょうっ」
「あ、そ、そっかっ」
私は蔦子さんの言葉に苦笑しながら、薔薇の館のドアを開けて2人を促す。
「どうぞ、入って」
階段の中腹まで行って、2人を振り返って手招き。
その時、私は一瞬だけど見た。
私を、無表情だけど、不快そうに眉をよせて見る祐巳さんを。
そのすぐ後には、祐巳さんは戸惑った様子で蔦子さんと一緒にのぼってきたけれど。
2人の前を歩きながら、一瞬だけのその表情の意味を理解しようとする。
あの表情は意味はなんだろうか、と。
けれど、わからずそのまま二階へと昇りきった。
「お姉さまの意地悪!!」
それと同時に聞こえてきた祥子さまの声。
「良かった。どうやら、祥子さまいらっしゃるみたいだわ」
「ということは、今のは祥子さま・・・・・?」
私がそういうと、蔦子さんが驚いたように祐巳さんと顔を見あわせて呟く。
確かに、外の祥子さまを見ると驚くかもしれない。
完全無欠のお嬢さまである祥子さまが、意地悪、と叫んでいるのだから。
私は苦笑しながら、ドアノブに手をかける。
が、そのドアノブが軽い。
私がとっさに飛び退くと、目の前を影が勢いよく通った。
「祐巳さん、危ない!」
私が叫ぶのと、その影が祐巳さんに体当たりするのとは同時だった。
「っ!?」
「キャッ!」
祐巳さんの声になっていない小さな声と、祥子さまの叫ぶような声が被る。
「「祐巳さん!」」
私と蔦子さんは慌てて祐巳さんと祥子さまに駆け寄った。
「嘘〜。50キロの祥子に押し倒されちゃったの?」
「被害者さん、平気?」
白薔薇さまと黄薔薇さまが笑いながら寄ってくる。
「っつ」
祥子さまが、祐巳さんの上に馬乗りになった状態で頭を軽くふった。
「あ、あの、退いてくれませんかっ?」
顔を赤くした祐巳さんが、慌てたように祥子さまにいう。
「あ、ごめんなさいっ」
「急に起きたら駄目だよっ。頭打ってるかもしれないし!」
祥子さまが慌てたように起きあがり、手を差しだそうとした。
けれど、それよりも早く、まるで祥子さまの手を避けるように祐巳さんは立ち上がった。
「大丈夫ですよ!ほら!」
祐巳さんは笑顔でジャンプし、令さまに答えてみせる。
自然な動きだった。
祥子さまも誰も、違和感を感じていないようだ。
でも、私は違った。
彼女は今、あきらかに人との接触を避けていた。
「そう、良かった」
祥子さまが抱きしめると、祐巳さんは顔を真っ赤にする。
そんな彼女に、祥子さまは何かを囁いたようだ。
それに気づいた様子もなく、
「とりあえず、中に入って」
紅薔薇さまはそうおっしゃった。
祐巳さんは困ったように、蔦子さんは嬉々として部屋の中に入っていく。
「お姉さま、先ほどのお約束を果たさせていただきます」
祥子さまが急に、祐巳さんの肩を抱いた。
「約束?」
紅薔薇さま達が首を傾げ、私と蔦子さんは首を傾げあう。
「この子が、私の妹です」
その言葉に、私達は全員目を見開いて祥子さまを見た。
「・・・・・・。そう、お名前はなんていうの?」
黄薔薇さまがいち早く我にかえり、祥子さまに問いかける。
「・・・・お姉さま方に名乗りなさい」
「え、えっと、福沢祐巳ですっ!」
戸惑ったように祐巳さんが名乗る。
だが、あきらかにおかしい。
祥子さまは、絶対に今の今まで祐巳さんを知らなかった様子だったのに。
どういうことだかわからない。
祐巳さんは顔を困惑、戸惑い、を繰り返している。
そんな祐巳さんを見て、誰もが気づいているはずだ。
これが、祥子さまの嘘だということに。
「えっと、どういうこと・・・・?」
「私にも」
蔦子さんの呟きにそう返して、私達は見つめることに。
「へー、妹、ね」
白薔薇さまが祐巳さんと楽しそうに見ている。
そんな祐巳さんを守るかのように、祥子さまが抱き寄せた。
「人の妹をジロジロと見ないでくださいませんか?祐巳が怯えているわ」
祐巳といわれたからか、祐巳さんは恥ずかしそうに下を向いた。
その時、私から祐巳さんの口元が見えた。
目を見開く。
見間違いでなければ、祐巳さんの口はこう動いていた。
『くだらない』
と。
表情は恥ずかしそうで、顔も赤いのに、口だけが違う生き物のように感情なく動く。
それが、私にしか見えていなかったようだ。
興味津々に祐巳さんを見つめている薔薇さま方でさえも、祐巳さんの呟きを見ていなかった。
私だけが、本当の祐巳さんを見たのだ。
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