<愛すべきバカ>



 綾那視点



 最近、あいつの様子がおかしい。

 うるさいあいつ。

 なのに、どこか無理に騒いでいるように見える。

 聞きたいのに、私は素直に心配を口に出せない。

 嫌な性格だ。


「どーしたの?綾那」


 お前が、どうしたの、だ。

 私が気付かないとでも思っているのか?

 これでも、お前の刃友なんだぞ?


「別になんでもない」


 無意識に、こう答えてしまう自分がいる。

 ああ、本当に嫌な性格だ。


「変な綾那ー」


 きゃらきゃら笑うな。

 笑っていない目で、笑うな。

 落ち込んだ目をして、笑うな。

 楽しそうになんか、まったく見えないんだよ、このバカが。


「・・・・・お前こそ、どうしたんだよ」

「へ?」

「・・・なんか、あるんだろ?いつにも増して、マヌケ面してるぞ」


 勇気を出して言ってみれば、口を出たのはこんな言葉。

 本当に、嫌になる。


「・・・・・綾那は、凄いねー」

「・・・・・」

「・・・・今日さ、あたし達が捨てられた日なんだよー」


 驚いて、クロを見た。

 いつもはしないような、無表情で、遠くを見つめていた。


「かすかにだけどさ、覚えてるんだ。あの日のこと」


 私は何も言えず、黙った。


「人ってさ、忘れたいことは覚えてて、覚えていたいことは忘れちゃう生き物なんだよ・・・」


 いつもはしないような顔で、

 いつもはしないような目で、

 いつもは出さないような声で、


 こいつは、冷たく言った。



 綾那×はやて







<変わる瞬間>




 綾那視点



 あいつは、ふとした瞬間、変わることがある。

 瞬きをしただけで、消えてしまうほどにかすかな変化。

 先ほどまで笑っていたのに、次の瞬間には能面のような顔で前を見ている。

 そして、それに驚き瞼の開閉をしている間に、その表情は消えているのだ。


 初めは、気のせいだと思った。

 だって、あいつだぞ?

 バカで、単純で、楽天家。

 私が知っているのは、そんなあいつだ。

 けど、気付いた。

 私が知っているクロなんて、ほんの一部にしか過ぎないことを。

 私とあいつが知り合ったのは、1ヶ月くらい前なのだから当たり前といえば当たり前で。

 だが、そんな短い期間でもわかってしまうくらい、単純な思考だと、ずっと思っていた。


「クロ」

「なーに?あやなー」


 つい今しがた、無表情だったくせに笑うこいつ。


「・・・笑うな、キモイ」

「ひどーい!!」


 泣くフリをするクロを置いて、私は歩き出す。

 そして、私の名を叫びながら追いかけてくるクロ。


 今はまだ、気付かないフリをしてやるさ。

 今はまだ、な。








<笑う門には>



 はやて視点



 ふとした瞬間に思い出す、昔の記憶。

 おぼろげながらに覚えている、本当の両親。


 いつも思い出すのは、怒鳴り声。

 体を攻め立てる、痛み。


 凪の覚えていないことを、あたしは覚えてる。

 凪が知るべきではないことを、あたしは知っている。

 それで良いと思う。

 うん、これで良い。


「クロ」

「なーに?あやなー」


 綾那に呼ばれて顔をあげるけど、なんだかその顔は不機嫌そうで。


「・・・笑うな、キモイ」

「ひどーい!!」


 キモイって、酷いよねー。

 って、人が泣いてるのに、さっさと行っちゃうし。

 まあ、フリなんだけどさ。


「待ってよー、綾那ー!」


 多分さ、綾那は気付いてる。

 あたしの表情。

 あの人達のことを思い出すと、自分でも驚くほど、無表情になるから。

 けど、言わない出てくれる。

 良いんだ、それで。

 うん、良いんだ。


 今はまだ、言えないしさ。



 綾那×はやて






<護りたい>




 玲視点



 昔からそうだった。

 あいつは、いつも笑ってた。

 笑う、自分よりも弱いと”思っている”妹を見る姉の冷たい視線を受けても。

 実の親から捨てられたのだと教えてくれた時も、それを理由に周りから蔑まれても。

 ガキ特有の、加減のない手で殴られても、足で蹴られても、あいつは笑ってた。

 周りの奴らはそれを気味悪がって、けどあたしは知ってる。

 あいつは、諦めてるんだ。

 誰かを信用することも。

 夢を抱くことも。

 ただただ諦めて、そして笑うんだ。

 そんなことを思っていないのだと、周りに示すために。


 そんなあいつを、あたしは守りたかったんだ。

 身体に刻まれる傷だけじゃなくて、心に負う傷からも。

 とにかく、

 とにかく、全部から、あいつを守ってやりたかったんだ。




「おい、クソちび」

「あれ、おししょー?こんなとこで何してんの?」

「それはこっちのセリフだ。何してんだ、お前」

「ちょっとした、チャンバラごっこ」


 にへらっと笑いクソちび。


 ほら、笑うんだ、こいつは。

 なんでもないように。


 けど、
 
 そんなので、あたしが騙されるとでも思ってやがんのか?


「嘘つくんじゃねぇよ」


 ちょっとした、で、どうしてそんな傷だらけになるんだよ。

 どうして、腕に鬱血痕が出来る?

 どうして、頬から血が出てる?

 どうして、眉の上に切り傷が出来る?

 なめてんのか、こいつ。


「・・・・玲にはさ、関係ないよ」


 戻った、こいつの口調。

 あたしだけが知る、こいつの本性。

 
 冷めた口調と、諦めた瞳、どうでもいいような表情。

 これが、本当のこいつ。

 黒鉄はやてなんだ。


「関係ないって、なんだテメェ」

「関係ないから関係ないって言っただけ」


 人一倍人間嫌いなこいつのことだ、周りに誰もいないから素になったのだろう。

 でなければ、こいつはあたしの前だって本当を見せない。


「・・・・相変わらずか、お前」

「玲がそう言うなら、そうなのかもね」


 こいつがバカで単純で、楽天家だなんて誰が言った?

 そんなことを言えるやつは、こいつの目を真っ向から見てないから言えるんだ。

 静久は気付いてないかもしれないが、ひつぎは絶対に気付いてる。

 笑っていても何をしても、こいつの瞳の奥がいつも冷めた色をしていることを。


「まだ、あたしじゃ守れないのか?」

「は?」

「あたしじゃ、まだお前を守ることは出来ないのか?」


 そう言うと、こいつはあたしが真剣に聞いてるというのに笑った。

 けれどそれは、鼻で哂うようなそれ。


「あたしを守る?」


 あたしは知ってる。

 こういう時、変に口を割り込ませるとこいつは上手いこと誤魔化すことを。

 いつものあたしなら、怒鳴り返すかしてたそれを、こいつの前ではしない。

 こいつが本心を語る時、それは一瞬の間しかないから


「あたしは、誰かに守ってもらおうだなんて思ってない。誰かに守ってもらうほど、弱くない」

「だろうな。チビなくせして、あたしはどうやってもお前には勝てなかった」


 こいつの双子の姉である凪とやらは、知らないんだろうな。

 こいつが、自分よりも遥かに強いこと。


「なら、あたしを守ろうだなんて変な気を起こすのは止めたら?」

「けど、あたしはお前を守りたい。だから、剣の腕を磨いた」


 だからその間、あたしはこいつがどんなことをされていたか知らない。


 本当は、ずっと一緒にいたかった。

 一緒にいて、少しずつでもいいから、こいつの傷を癒してやりたかった。

 けどあたしはそんなちまちまとしたことをするより、もっと早くこいつを癒してやりたかったんだ。

 ただそれは、あたし自身、諸刃であることに気付いていなかった。


「そう、わざわざ無駄な努力ご苦労様」

「無駄じゃないかもしれないだろう!」

「あたしが無駄だって言ってんだから、無駄なんだって」


 そう言って踵を返したその肩を掴んで、無理やりこちらに向けさせた。


「何?」


 めんどくさそうにあたしを見上げるそいつを引き寄せて、抱き締めた。


「わかってるんだろ。あたしの気持ち」


 わからないはずがない。

 あたしは、今までどれほど言ったかさえも、覚えていない。

 それほど、あたしはこいつに自分の気持ちを言っていた。

 
 自分のせいだけど、離れて、ようやくこいつの傍にいられるようになった。

 権力も、名誉も、お金も、何も興味はない。

 ただ、ひつぎを倒すことが出来れば、はやてを守ることができると、自信になるから。

 慎重になるのは、負けて自分の弱さを思い知らされるのが嫌なんだ。

 こいつをまだ守る資格がないと、言われた気分になるのが、嫌なんだ。


 それでも、ひつぎを倒す前にこいつを手に入れたいと思うのは、あたしの独占欲だ。

 本当ではないとわかっていても、こいつが笑顔を振りまくそれを見ていたくない、という。


「あたしの答えも、わかってるんでしょ?」

「わかってる。だが、諦めるつもりはない」

「・・・・・可哀想な祈紗枝」

「あいつは関係ない。これは、あたしの気持ちだ。それに、あいつだってあたしをそんな風には思ってない」

「どうでも良いけど」


 そう言いながら、心の中では安堵しているのをあたしは知っている。

 紗枝が傷つかなくて良かった、と。


 こいつは否定するかもしれないが、

 人が嫌いで、

 期待なんてしてなくても、

 とても優しいから。


 けど、あたしはそれにさえも嫉妬してしまうんだ。




 玲×クロ








<凍てついた心>







笑って、泣いて、怒って、悲しんで、騒いで。

日常が楽しいって、周りにさりげなく伝える。

そうすれば、周りは面白いくらいに勘違いするから。

そうすれば、あたしの夜の顔になんて誰も気付かないから。


「助け―――ぎぃゃっ」


薄汚れた血を振り払い、ナイフをしまう。

肉塊となったモノになんて、興味もない。

周りを仕切る壁を蹴り上がりながら、ビルの屋上に立った。


いつからだっけ?

こうやって、人を殺すようになったのは。


・・・・ああ、7歳の時だ。

凪を殴ろうとした男。

そいつを、夜、角材で殴り殺しにしたんだった。

それが、初めて人を殺した日だった。


あれ以来、あたしたちをバカにする大人は、殺してきた。

もちろん、あたしが殺したってバレないように、色々細工してね。


馬鹿なはず?

そんなの、もちろん演技に決まってるじゃん。

中学校の授業なんて、寝ててもわかるくらい簡単だし。

それを真面目にやるほど、あたしはイイコじゃないんだよね〜。


まあ、とりあえず、今やることは。


「任務完了。帰還します」

【ご苦労。金は振込み済みだ】

「了解」


もかちゃんにバレないうちに、さっさと帰ること、かな?























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