【幸せな時間】
音楽室のドアを開けると、窓際の椅子に腰掛けて本を読んでいる人がいる。
自分は、その人に会うために毎日、いつもよりも早くくる。
先輩。
自分より一つ上の、とても綺麗な人。
女性なのに、ホスト部に籍をおく、変わった人。
もちろん、自分と同じように女性であることは隠している。
腰までありそうな長い髪は、小さい頃のトラウマで白く変色してしまったらしい。
先輩はそんな自分の髪を嫌っているけれど、光りに照らされたその髪は銀色に輝いて、自分は好きだ。
垂れた目尻は、先輩の優しい性格を表していて、物腰も柔らかい。
自分よりも頭一個分ほど高い身長も、彼女の美しさをより引き立ている。
先輩は、とてもとても、綺麗で優しい人。
「先輩」
頬にかかった髪を耳にかける先輩の首に、腕をまわす。
綺麗な髪に鼻を寄せれば、良い匂いがした。
こういうときでないと、先輩の首に腕をまわすなんてこと出来ないから。
学校にいる間は、こんな短い時間のあいだでないと、彼女にこんな風に触れることなんて出来ないから。
隙間なく、くっつく。
「ハルヒ。おはよう」
「おはようございます」
本から目を話した先輩の顔を覗き込めば、少し悲しそうに微笑んで自分の頬に手を寄せてきた。
「悲しそうなお顔」
「こんな時間でないと、先輩に触れられないから」
「帰った後も、会えるでしょう?」
「それでも、嫌なんです」
顔を寄せると、先輩は微笑み目を閉じてくれる。
首にまわした腕に力をこめて、深くキスをして。
会えなかった時間の、寂しさを埋める。
顔を離せば、弾む息遣い。
紅潮した頬も色っぽくて、とても綺麗だと思った。
何もしていなくとも、先輩はとても綺麗だけど。
「愛しています」
勝手に出る言葉は、自分の意思とは関係なく。
でも、自分の思いそのまま。
「私も」
少し恥ずかしそうにはにかむ笑顔。
それは、恋人である自分だけに向けられる、特権。
愛しくて。
愛し過ぎて。
どうにかなってしまいそうだと。
自分は、彼女に会って初めて知った。
無縁だと思っていた、そんな抑えきれない感情。
もう一度、先輩に顔を寄せた。
「そうですか。乗馬を」
「ええ。とても素敵な馬なの。君も今度、一緒にどう?」
「あなたのお時間を、私のために割いてくださるのですか?」
「こ、こちらこそ、私なんかと一緒でも良い?」
「あなたと共にいられるのでしたら、これほど喜ばしい時などありません」
沸き立つイライラを隠して、指名がくるまで待つ。
聞こえてくる優しい声に、誰かの倒れる音。
きっと、先輩と話しをしていた人や周りの人達が、倒れたのだろう。
お客様に向ける声が、余所行き用だと知っていても。
ここでした約束は全て外では無効だと知っていても。
自分に向けられる声とは違うとわかっていても。
自分に向けてくれる声が、もっと柔らかくて優しいことを知っていても。
この苛々は、顔を出す。
今まで恋なんてしたこともないけれど。
こんなに、苦しいものなのか。
こんなに、悲しいものなのか。
こんなに、辛いものなのか。
それでももちろん、先輩を好きだというこの気持ちは消えない。
消せない。
「ハルヒ」
「あ、はい」
あの声に呼ばれて、先輩のもとへと駆け寄った。
自分だけ向けられるその声で名前を呼ばれたそれだけで、
心が浮き立つ。
「紅茶が切れてしまって。代えのものを頼める?」
「はい。すぐに持ってきます」
「ありがとう、ハルヒ」
その笑みに、自然と口端が上がる。
誰かの悲鳴が聞こえたけど、今はそんなことどうでも良い。
会えない時間。
こんな些細なことが自分の生きる糧。
そんな大きなことは言わないけど、逢えない辛さを誤魔化すことが出来るから。
だから、いつも自分に笑いかけてください。
学校が終わった後、先輩はわざわざ家に帰ってから、自分の家に来てくれる。
父と自分だけが住む、小さな一室。
先輩の家とは雲泥の差がありすぎて、居心地が悪いだろうに。
それでも、先輩は毎日遅くならない時間までいてくれる。
最近は、自分のために料理も勉強して、作ってくれる。
「先輩・・・」
父がいなくなったあとは、ようやく2人きりとなれる時間。
それでも、明日も学校があって泊まるわけには行かないから、2時間くらいの少ない時間だけ。
正座を崩した、乙女座りと呼ぶその座り方をした先輩は、自らの膝を叩き。
自分は横になって、そこに頭を乗せる。
自分だけが許された、その行為。
「今は、先輩、ではないでしょう?」
「・・・・さん」
「愛してるわ、ハルヒ」
ゆっくりと額に落ちる柔らかな感触。
頬をすべる髪を押さえる仕草。
とても綺麗で、自分はいつも見惚れる。
お返しに、息が届く位置にある先輩の頬に手をあて、顔を持ち上げた。
「愛してます」
幸せな感触。
幸せな時間。
ずっと、続けば良い。
あとがき。
ハルヒの一人称が、わからない。
男、と偽っているから”自分”?
本来の一人称は、”私”とかかも。
コミックを売ってしまったために、確認できませんでした。
それでは、お粗末ハルヒ夢、最後まで読んでくださりありがとうございます。
ブラウザバックでお戻りください。
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