【海と空】
航海士さんは、私と同じように基本的に眠りが浅い。
それは船がちゃんと進んでいるか心配だから、というのが理由。
そしてもう一つ。
常に周りを警戒して、何かあっても身を守れるようにするため。
私は航海士さんの過去を聞いていない。
それは私もそうだし、彼女を咎めることはしない。
それでも、今まで生活していて歴史が垣間見えるときはある。
人を傷つけ、たぶん殺すこともなんとも思っていないだろう内側。
かと思えば、しっかりとお人好しで。(その対象は基本的に、他のクルーたちが気に入った人達のみだけれど)
時たま情緒不安定におちいる脆さや。
好きな対象に向ける感情の差が、曖昧な印象も受ける。(気に入っただけの者と仲間へとの差はあるみたいだけれど)
そして今、夜中に蜜柑畑で座り込むその姿からも、彼女の過去が垣間見える。
「風邪引くわよ」
私はそんな航海士さんに近づく。
彼女は顔を上げて私を視界に入れると、嘘の笑みを浮かべた。
「ロビンこそ、こんな夜中にどうしたのよ」
「あなたが起きた音に目が覚めたの」
「あ、ごめん」
「別に良いわ」
嘘の笑みに何も言わず、私は航海士さんの隣に座る。
それから、持ってきた毛布で自分達を包み込んだ。
「ありがと」
「どういたしまして」
そのあとは無言。
私はもともと話す方ではなく。
こういうときに話す内容も、思いつきはしない。
ただ、波の小波と。
波が船を叩く音だけ。
「・・・ねえ」
それは航海士さんによって破られ、私は彼女へと目を向ける。
そこには、偽りの笑顔と。
かつて見た、硬質な瞳があった。
「何か用があったんじゃないの?」
その言葉を航海士さんが言い切る前に、私は彼女を抱きしめた。
「・・・どうしたの?」
気づいていないの?
気づいていないのかもしれない。
自分が今、どんな瞳をしているのか。
「それはこちらのセリフだわ」
「どういうこと?」
「・・・・・・・」
ああ、どう答えれば良いのだろう。
私は本当に、こういうときの対処知識がない。
ただ無言で、航海士さんの腕を強くするだけ。
情けない自分自身に苛立つ。
それでも、段々と彼女の身体から力がぬけていったのが、わかった。
「・・・あったかい・・・」
ああ、何故かしら?
感情の高ぶりが、突如として私の心を襲う。
何故か、泣き出してしまいそうになった。
航海士さんの声が穏やかだったから?
航海士さんが私の腰あたりをギュッと握りしめてくれたから?
嘘とか偽りとかそういうのが消えた、静かな表情で私に寄りかかってくれたから?
わからない。
どれも違うような気もするし、全てあっているような気もする。
「・・・それは、良かったわ」
だから私は、そんな彼女をもっと強く抱きしめた。
穏やかな笑み。
まっすぐ小さく見える島を見ながら。
私はそんな彼女を階段に座り、ジッと見つめていた。
「なにやってんだ、お前。ナミの奴なんか見てて面白いのか?」
「あら、剣士さん」
訓練を終えたばかりなのか、汗をタオルで拭っている剣士さん。
私は彼を見上げて笑う。
「そうね。面白いわ。表と裏のギャップが」
「はっ、相変わらずズレてやがる」
「そうかしら?」
「そうだろ。俺はごめんだね、あんなめんどくせェオンナ」
剣士さんはそう言いながら、優しい目で航海士さんを見ている。
彼にとってみれば、航海士さんは妹のような存在なのかもしれない。
ちょっと安心。
嘘、けっこう安心。
「ん?おい」
「ええ、呼ばれているみたい」
剣士さんに断って、私は手招きをしている航海士さんのもとへ。
「何かあったの?」
「見て、あんなに綺麗な雲」
航海士さんの指差した方向。
そこには、影を伴う雲がいた。
周りとは違う、薄いものではなく。
まるで、空島の海(雲)のよう。
「・・・本当ね」
そしてそれは、彼女に言われるまで気づかずにいたもの。
綺麗だなんて、今まで思い浮かびさえしなかったもの。
「死ぬのは、こんな綺麗な日が良いと思わない?」
「航海士さん・・・」
「ふふ。海と空に抱かれて死ぬなんて、最高よね・・・」
嬉しそうな笑顔を浮かべて、背筋が凍ることを平然と言う彼女。
あなたを好きな人に、そんなこと言うものではないわ。
「縁起の悪いこといわないで」
「そう?」
気にしていないことに苛立ち、その背中を後ろから抱きしめる。
「珍しいわね、あんたがみんなのいる場所でこんなことするなんて」
「繋ぎとめておかないと、勝手に飛び立ってしまいそうだもの。あなた」
「そう見える?」
「ええ」
強く頷くと、あははと笑う航海士さん。
私の気持ちなんて、理解してないわね。
「死ぬ時はこうがいい、って言ってるだけじゃない。気にしすぎよ、ロビンは」
「・・・まったく」
困ったものだわ、この子は。
とりあえず苦しいくらいに抱きしめて、お仕置き。
「ちょっ、ロビンっ苦しい!」
「聞こえないわ」
「嘘つけ!」
「聞こえない」
航海士さんの肩に顔をうずめて。
そんな私の腕を離せと、軽く叩く彼女。
それを無視して、口端が勝手に上がった。
「アホか・・・」
背中から、剣士さんのそんな呟きが聞こえて。
段々、後ろも騒がしくなる。
「ナミ、ロビン。何してんだ?」
「あ、チョッパー助けてよ。この寂しがり屋のお姉さまが離してくんないの」
なんて、見当違い。
いえ、合っているのかしら?
「でも、ロビン嬉しそうだぞ?」
「ええ、楽しいもの。航海士さんの姿」
「アホか!」
今までなかった、こんな穏やかな毎日。
自然と笑える毎日。
心の奥に燻るものを隠して。
ブラウザバックでお戻りください。
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