【彼女の持つ二面性】































 ふと、海図を描いていた航海士さんが私に声をかけてきた。


「ねえ」

「なに?」

「そんなに私みてて、楽しいわけ?」

「え・・・?」


 予想外のその言葉に、私は目を瞬き。

 そのあいだに、彼女は私へと身体を向けていた。


「さっきからずっと見てくるけど」

「見ていた?」

「はあ?ロビンじゃなかったら、ずっと感じてる視線は誰のよ」


 呆れたような顔で私をみる航海士さん。

 私はそれに内心慌てた。

 けれど、彼女はそんな私に気づいているのかいないのか、呆れた顔のまま肩をすくめる。


 どうやら、私は本当に彼女を見ていたらしい。


「まあ、別に良いけどね」


 それだけ言って、航海士さんは机へと体の向きを戻す。


 それがなんだか残念で。

 もっと、彼女の瞳を見ていたかったのにと。

 そんなことを思う自分に、驚いてしまう。


「ねえ、航海士さん」

「んー?」


 聞いているのか聞いていないのかわからない返事。

 確実に、私ではなく海図の方へと向かっている意識。

 それに何故かムッとした。


「いつから、あなたは海図を描いているの?」

「いつからだったかな?」

「教えて」

「7歳とかそれくらいじゃない?」


 相変わらず、意識は私ではないほうへ。

 やはりムッとして、私はベッドから立ち上がって彼女のもとへと。


「何?」


 見てもいないのに聞いてくる。

 わかりきっているように。


 そう、彼女は予想外に気配に敏い。

 人の動きに敏感。

 初め、それに気づいたときは驚いたものだ。


 最初は私を警戒しているだけかと思った。

 けれど、私に対してだけではないと、いままでの生活で知っている。


「・・・何よ?」


 ようやく上げた顔。

 私はそんな彼女の前髪を流す。

 深い意味はないけれど。


「何がしたいの?」

「・・・わからない」

「アホか」


 ペシリと叩かれてしまう。


 その優しい手に、内心喜んでいる自分に気づいて。

 その意味に気付いて。

 ありえないと、その可能性を切り捨てた。


「ねえ、聞いても良い?」

「なに?」

「何故、あなたはここにいるの?海賊、嫌いなのでしょう?」


 私がこの船に乗り込んで。

 押しかけるように”麦わら”にはいってからも、たまに耳にする言葉。

 その時の表情から、それが真実であることがわかる。


 そんな子が、何故海賊をしているの?

 嫌いなのでしょう?


「ただたんに、ここにいるみんなが好きだからよ。それだけ」

「本当?」

「じゃなきゃいないわよ」

「・・・・・・」

「しつこい」


 またペシリと叩かれて。

 私は今までずっと触れていた航海士さんの前髪から、手を離した。


「大体、何でそんなこと聞きたいのよ」

「・・・何故かしら?」

「天然」


 鼻をつままれて。


 何故それで、天然に繋がるのかわからないわ。

 それに、なんだか彼女達の中では”私=天然”の図式が定着しているようで

 不快でもなんでもないけど。

 とても、対応に困る。


 鼻から手を離した航海士さんは、私の腰辺りを叩いた。

 多分、立つ私と座る航海士さんの身長差で、手を伸ばすのがめんどくさかったから。


「・・・エッチ」

「アホ。寝ろ、いい加減」


 背中を押されて、少しだけたたらを踏む。

 それでも、そのままベッドへと戻り。


「航海士さんは、まだ眠らないの?」

「私はこれが終わったら寝るわよ」


 だから気にするなと。

 私は内心つまらないと思いつつ、素直に頷いてベッドにもぐりこむ。

 同時に、いつの間に移動したのか、航海士さんがロウソクの火を小さく調節する。


「良いのに」

「別に描けないわけじゃないから」


 肩をすくめて、航海士さんは椅子に座る。


「おやすみ、ロビン」

「おやすみなさい、航海士さん」


 今まですることのなかった。

 この船に乗ってするようになった、挨拶。

 それによくわからない気分になりながら。

 でも、嫌いじゃないその挨拶をして。


 ジッと、航海士さんの薄暗くなった横顔を横になりながら見つめた。

 バレないように。


 その行動に、きっと意味なんてない。



























 それを見たのは、偶然だった。

 降りた島で、街で、再会し共に行動することは今まで何度かあった。

 だから、彼女を見つけてなんとなく、近づいていき。


 遠い位置から、航海士さんが男たちに何か声をかけてられ、暗がりへと入っていくのを見て。

 私は気づかないうちに、ゆっくりとした足運びを駆け足へと変えていた。


 彼女達が入った路地に入り、二つに別れた道。

 どちらかわからず、けれど片方はさらに奥へと進んでいて。

 それを見て、私はそちらへと駆け出した。


 騒がしい。

 争っているような声。


 自然と早くなっていた足。

 曲がり角を曲がって。


「航海士さん!」


 20年間、出したことのない声を出した。


 振り返ったオレンジ。

 あたりに散らばった血潮。

 そして、倒れている男たち。


「ロビンじゃない」


 血の滴ったナイフを、慣れたように男達の衣服で拭いながら。

 航海士さんは見たことのない顔で。

 見たことのない瞳で。

 聞いたことのない声で。


「あなた・・・」

「?ああ、心配しなくてもこいつら死んでないわよ」


 私のほうが驚いてしまうようなことを。

 航海士さんは、気にした様子もなく平然と告げた。

 それから、硬質な瞳を、表情を向けてくる。


「それとも、私みたいな女がこんなこと平然とすることに驚いた?」


 私は答えられない。

 それは図星。

 それでもいつもなら、それを悟られないように誤魔化すことができるのに。


 そんな私の横を通り過ぎて。

 私は慌てて彼女を追いかけた。


「航海士さんっ」

「なによ」

「・・・・・・・・」


 何も言えず。

 そのまま、私たちは明るい場所へと戻った。


「・・・何が言いたいわけ?」


 小さくよった眉。

 先ほどのように無表情ではないけれど。

 普段の彼女を見ていると、どうしても気になってしまうくらい違和感を感じてしまう。


「・・・いつもの姿は、偽者なの?」

「さあ?」


「・・・おい、ナミ」


 ビクリと立ち止まった航海士さん。

 振り返った私の目には、険しい顔をした剣士さんがいた。

 そんな私をちらりと見たあと、剣士さんは表情を変えずに航海士さんの前へと移動。


「ゾロじゃない・・・」

「テメェ、またやりやがったな?」

「・・・なんで知ってるのよ」

「お前がああいう場所から出てくるときは、大概そうだ」


 航海士さんは珍しく、何も言わない。

 いつもは強気な彼女が。

 いつもは、剣士さんを手玉にとっている彼女が。


「っ剣士さん!」

「うるせェ!!」


 何も答えない航海士さんを、剣士さんはこれまた珍しく壁に叩きつけるように押さえつけて。

 咄嗟に叫んだ私にかぶるように、剣士さんの怒った声。


「おい、ナミ。テメェ、癒すんじゃねェのかよ?こんなことやってて、ほんとに取り戻せると思ってやがんのか?あ?」

「・・・・」

「約束したんだろうがよ、ノジコってやつと!」

「・・・っ」


 唇を噛みしめる航海士さん。

 けど、反論はせずに無言でうつむくだけ。


 私にはわからない会話。

 私の知らない、2人の歴史。


 それを悔しいと思うのは筋違いで。

 航海士さんを知っている剣士さんに、苛立つのも筋違い。


「俺らは、テメェが8年間どうやって生きてきたかなんて知らねェ。けどな、仲間としてこれだけは言わせてもらうぞ。

 テメェは航海士だ。戦うのは、必要に迫られたときだけにしろ。あんな、やらなくても良いことして、傷増やしてんじゃねェ!」


 剣士さんはそういって、航海士さんから離れると人の森に消えてしまった。

 残ったのは俯いて唇を噛みしめる航海士さんと。

 どうすれば良いのかわからない、私だけ。


 それでもこのままでいても、何も進展しないし。

 何より、こんな彼女に何もしないなんて、自分が許せない。


 私は自分の感情に戸惑いながら、それでもそれに従い。

 航海士さんへと近づき、彼女の肩を抱いて壁から剥がして。

 近くのカフェへと、彼女を連れて行った。


「紅茶で良い?」


 外に設置されている椅子に座らせ、そう問いかける。

 返って来たのは首肯。


 私は注文したコーヒーと紅茶を持って、彼女の前の椅子に腰掛けた。


「どうぞ」

「ありがと・・・」


 覇気のない声。

 それに短く返しながら、自分も沈むのを感じた。


 そのあと、これと言って何も言えず。

 こういう時の対応の仕方を知らない自分に苛立ちながら。

 ただ、時間だけが過ぎて。

 私たちは無言のまま、船へと戻った。


 船には、まだ怒りの収まっていない様子の剣士さんがいて。

 彼女は、まるでそんな彼から逃げるように女部屋へと。


 私も航海士さんの後を追おうして、剣士さんに呼び止められた。


「なにかしら」


 早く行きたいのだけど、と意識してなのか無意識なのか自分でも分からない、咎めるような口調になってしまった。


「あいつのこと、できれば泣かせてやってくれねェか?今じゃなくて良い。いつか」

「・・・え?」


 それは、とても予想外な言葉だった。

 そして、いつの間にか集まってきていたクルー達。


「ナミの奴、またやったのか?」

「ルフィか。ああ」

「う〜ん、そっかぁ・・・」

「ゾロ、テメェナミさんになに言いやがった!」

「別に大したこと言ってねェよ!!」

「じゃあ何で、テメェを見てナミさんが逃げるんだよ!!」

「そうだぞ、ゾロ。素直に言っちゃえよ」


 長鼻くんも加わって。

 ふと、船医さんがいないことに気づく。


「船医さんはどこにいるの?」

「ん?ああ、チョッパーはナミを癒す役目があるからな。いつものことだ」


 ということは、航海士さんはいつもあんなことを?

 けれど、私は今まで一度も見たことないわ。

 それとも、私が知らないだけ・・・?


 申し訳ないけれど、私は彼らからはなれて女部屋へと向かった。


 ドアを開けようとして。

 聞こえてくる、会話。

 私はドアノブをつかんだまま、息を潜めた。


「なあ、知ってるか?ナミ」

「何をよ・・・」

「心の傷っていうのは、外見上の傷以上に治りにくいもんなんだ。だから、手抜きをするとすぐに膿んじまう。ドクターが言ってた」

「・・・・・・」

「なあ、ナミ。焦んなよ。それに、お前にとってはわかんないけど、俺たちから見たらナミ、ずいぶん変わったぞ?」

「・・・本当?」

「ああ。よく笑うようになったし、朝まで海眺めてることも少なくなっただろ?すげェ進歩だ!俺が入った頃のナミは、口元で笑うことしかしなかったしな!」

「・・・そっか」


 私の知らない、航海士さんの過去。

 私が知っているのは、ひまわりのような笑顔。


 1人だけ、

 まるで、この船の中取り残されたような感覚。


「だから、焦るな。治療はな、焦っても良いことねぇぞ?」

「・・・・ん、わかったわ」

「よし!」


 船医さん特有の笑い声が聞こえる。


 そのままでいたら、ドアノブがまわされたのがわかって、私は慌てて一歩後ろに下がった。

 出てきたのは船医さんで、どうやら私に気がついていたみたい。

 鼻の良い彼だから、当たり前なのかもしれないけれど。


「なあ、ロビン」

「・・・・」

「ナミのこと、抱きしめてやってくれ」

「・・・私で良いの?」

「うん。多分、俺たちじゃ駄目だ」

「・・・・・・・あなた達のほうが、彼女を知っているわ」

「良いんだ。それに、時間なんか関係ねェ。ナミにとっても俺たちにとっても、ロビンはもう仲間だしな」


 エッエッエッと可愛い笑顔を残して、船医さんはいなくなった。

 私はそれを見送ったあと、そっと。

 躊躇いながら、女部屋に入る。


「ロビン?」


 ベッドの上。

 膝を抱え込むようにして座っていた彼女は、私へと顔を向けた。

 その瞳は硬質で。

 けれど、なんとなくわかる。

 その瞳は、感情を抑えこんだゆえなのだと。


 ベッドに座ると、スプリングが鳴る。

 それを気にせず、

 けれどやはり躊躇いながら、航海士さんの身体を抱きしめた。


 暖かくて。

 柔らかな身体。

 鼻に入りこむ、柑橘系の匂いと。

 どことなく、夜を思わせる香りがしたような気がした。


 一瞬だけ身体を強張らせた航海士さんは。

 それもすぐに力が抜けて、私に寄りかかってきてくれる。


 それが嬉しいと感じている、自分に気がついた。


 私は何も言わず。

 航海士さんも何も言わず。


 そんな、居心地の悪くない空間の中、ふと思う。


 私はいつから、こんな風に彼女を。

 いつの間に彼女を。

 好きだと、思うようになっていたのだろうと。


 今まで否定してきた可能性を今私は。

 二面性を持つ彼女への想いを。

 受け入れた。
















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