【ナミという人】































<ビビ 視点>


 バロックワークスにもぐりこんで、今まで幾つかの海賊達を騙してきた。

 そんな中で、その海賊は不思議な一味だった。


 のんびりしてる船長さん。

 堅物で、でもいつも寝てる剣士さん。

 料理は美味しいけど女性が大好きなコックさん。

 狙撃の腕はピカイチなのにビビリ屋な狙撃手さん。

 あんまり表情を変えないけど騒ぐみんなを拳で黙らせる、敏腕の航海士さん。


 今ではミス・ウェンズデーではなく、ビビとしてこの船に乗らせてもらっている。

 私のために、私をアラバスタまで送ってくれるために。


 彼らは不思議な。

 優しい海賊だった。

 一緒に航海するのがとても楽しくて。


 段々と知っていく、みんなの内面。

 性格はバラバラだけど、仲間思いなのは変わらなくて。

 お互いを信じているのも、変わらない。


 それだから、なんだか1人だけ浮いているように思えるの。

 ナミさんが。


 もちろん、ナミさんだって仲間思いなのはわかってる。

 けど、周りほどそれが表に出ていない。

 どちらかというと、来るもの拒まず去るもの追わず。

 そんな感じを受けてしまう。


「どうかしたのかい?ビビちゃん」

「あ、サンジさん。・・・いえ、彼女はなんだか、あなた達とは違うような気がして・・・」


 そんなことを言ってしまって良いのか分からないけど。

 私は素直に、それを告げた。


 サンジさんは頬をかいてタバコに火をつけると、私の隣に腰掛けた。


「俺が言っちゃって良いのか分からないけどさ。ナミさんは子供の頃、生まれ育った村を海賊に襲われて、その時母親を目の前で殺されたんだ」

「っ!?」


 私はそれに言葉を失い。

 咄嗟に、ウソップさんやルフィさんと話しをしているナミさんをみた。


「その後、そいつらはアーロンってんだが、ナミさんの測量の技術を手に入れるために、ムリヤリ仲間にした。そしてナミさんは、村人を守るためにあいつらの仲間になった」

「そんな・・・っ」


 母親を殺した相手の仲間になるだなんて・・・。

 きっと、とても辛い・・・っ。


「ナミさんはアーロンたちと、村を1億ベリーで買い取る約束をした」

「え?」


 一億ベリーって、そんな大金・・・。


「1億ベリーを払えば、村を開放してやる。アーロンはそう、ナミさんと約束をしたらしい。それからナミさんはずっと、1人で戦い続けた。

 たった独りで、村人達を救うために。笑いたくもないのに笑顔を浮かべて。泣くことさえせずに」

「・・・・・・・」


 私は言葉にならず、唇を噛みしめることで涙が流れないように我慢した。

 私が泣いたとしても、その過去は変わらない。

 ナミさんが辛かった事実は、変わることがない。


「けどね」

「え?」

「あいつらは、約束を守らなかった」

「っ!?」

「ましてや、ナミさんが8年かけてようやく集めた1億もの金を、海軍に手を回してその金を奪おうとした。はなから、あいつらはナミさんや村を解放する気なんてなかったんだ」

「っなんてことを―――っ!!」


 私はハッとして、慌てて口を押さえた。

 ちらりとナミさんを見るけど、私たちには気がついていないみたい。

 それにホッと息を吐いて、サンジさんへと目を向けた。


「っそれに、海軍なのにっ」

「私利私欲にまみれた”正義”の海軍なんて、五万といるよ。ビビちゃん」

「・・・・・・・」


 私はそれに、何も返せなかった。


 きっと、サンジさんたちはたくさん見てきたのだろう。

 人を守るためではなく、人を陥れる海軍を。


「まあ、俺たちがそのアーロンをぶっ飛ばして、村は解放されたんだけどね」


 にっこりと笑うサンジさんに、何故か私は安堵した。

 だって、ナミさんがここにいる時点でわかりきっていることのはずなのに。


「と、そんなわけでね、ナミさんのお姉さまが言うには、その8年前にナミさんの心は砕けてしまったらしいんだ」

「・・・・・・・」

「それで今は、心を癒している最中。あれでも、俺が入った当初より全然笑えてるんだよ?

 それにね、多分笑ってほしいって頼んだら、笑ってくれるよ?」

「?どういうことですか?」

「うん?ビビちゃんが、ナミさんの偽りの笑顔を見たいって言うなら、多分笑って見せてくれるよ、ってこと」


 にっこり笑うサンジさん。

 私はそれに、小さく笑った。


「・・・意地悪ですね、サンジさん」

「あはは、そうかもね」


 偽りの笑顔なんて、私は見たくない。

 そんなものよりも、今ナミさんが浮かべている小さな笑みのほうがきっと、綺麗だと思うから。


 ナミさんは眉を寄せて、ルフィさんの頭を殴っている。

 それから、ウソップさんと顔を見合わせて小さく笑って。

 それに、ルフィさんも満面の笑みでふざけて。


 満面の笑みとはいえない彼女のそれはきっと。

 とても、尊い笑顔。



































 夜、一つしかないベッドに入った。


「電気、消すわよ?」

「はい。おやすみなさい」

「おやすみ」


 真っ暗になかった女部屋で。

 ロウソクの火を消したナミさんが、隣で横になるのを感じる。


 私は、一つ言いたいことがあって。

 だから、ナミさんへと身体を向けた。


「ナミさん、実は謝りたいことがあって」

「私の過去を聞いたこと?」

「っ!・・・気づいていたんですか?」

「小声で話していたわけでもないんだし、嫌でも気づくわよ」


 私は、目をうつむかせた。


「・・・ごめんなさい・・・」

「良いわ、別に」


 返ってきたのはあっさりした返答。

 それに驚いてナミさんをみるけれど、いつもどおりの無表情。


「知られて困るような過去でもないし」


 その口調が、まるで自分の過去など大したことない、と言っているようで。

 私は反射的に身体を起こした。


「ナミさん!」

「別に、今時普通でしょ?故郷を海賊に支配されるなんて。むしろ、壊滅させられてみんなが殺されるより、全然マシだわ」


 私は反論しようとして。

 暗闇でもハッキリと見えた、無表情とは違う。

 険しいその表情を浮かべた彼女を見て。

 その瞬間、理解してしまった。


 ナミさんはきっと、そう自分に言い聞かせながら戦い続けていたのだと。


「ナミさん・・・っ」

「普通なのよ、ビビ。目的のために笑顔を浮かべるのも、騙すために身体を使うのも」

「・・・え・・・っ?」


 ナミさん、今、なんて・・・?


 いつの間にか、ナミさんは私をじっと見据えるように見つめていた。


「まさかあなた、私が誰とも寝たことないとでも思ってたの?」

「えっ、だってっ。そんな必要どこにっ!」

「より多く、より早くお金をためるためよ。必要なことでしょ?」

「そんなっ!そんなことっ!」


 そんなことして助けられても、誰も嬉しくないっ!!


「効率の問題よ。それに過去だわ。今さらなにを言っても、変わらない」


 ナミさんはベッドから出てしまう。

 咄嗟に私はその手をつかんだ。


「・・・ビビの思いは、綺麗ごとだわ。世界は、そんな綺麗なままでは進めない。そんな甘いこと考えるのは、現実を知らないただの馬鹿よ」

「ナミさん・・・っ」


 その言葉は、とてもショックだった。


 そんな私の手を外して、ナミさんはドアの方へと行ってしまう。

 私はそれを、ただ見ているだけ。


「私は見張りを交代してもらうわ。だから、ビビは気にせず寝てなさいね」


 そんな不器用な気遣いが、哀しかった。

 けど、口から何も言葉は出ない。


 ナミさんはそんな私に気づいているのかいないのか、ドアに手をかけて止まった。


「・・・ああ、でも、私はそんな馬鹿が嫌いじゃないわよ」


 それだけ言って、出て行ってしまったナミさん。

 私はしばらく呆けて。

 慌ててベッドから飛び出し、ナミさんを追いかけた。


 多分この日、私はキッカケを手にした。

 そのキッカケは、ナミさんを好きになるキッカケ。















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