【子供は嫌い、ただそれだけ】































 左腕を布で首に吊り、千雨は学校に来ていた。

 一緒にいるのは、結局昨日泊まった木乃香と刹那に真名の3人。

 エヴァは近右衛門に呼び出されていておらず、茶々丸はお供だ。


 千雨たちは下駄箱のところで、夕映たち図書館組みと会った。

 彼女達は千雨の腕を見て目を見開き。


「ち、千雨さんっ、一体どうしたですか!?」

「ちょっとな」

「だ、大丈夫なんですかっ?」

「ああ、気にすんな」

「けど、怪我した様子もないし、何で吊ってるの?」

「色々あんだよ」


 慌てる夕映とのどか、首を傾げているハルナにそれぞれ返しつつ。

 千雨たちは3人と共に、かなり大所帯だが教室へ。


 その途中、そこにはオコジョを乗せたネギが立っていて。


 その姿を見て目を細めるのは、木乃香と夕映たち3人以外。

 ただ代わりに、木乃香は怯えたように千雨の右腕に抱きついた。

 すでに木乃香にとって、ネギは弟のような存在ではなく、恐怖の対象になっているのだろう。

 あんな現場を見ては、そうなるのも仕方がない。


「木乃香?」

「な、なんでもないえ」


 夕映がそれに気づいて声をかけるが、返ってきたのは隠し切れない怯えの混じった笑み。

 それに夕映が眉を寄せていると、千雨たちはネギの数歩前で足を止め。

 夕映たちもつられるように足を止めて。


 そこで初めて、千雨達の雰囲気がいつもと違うことに気がついた。


 のどかはオドオドと、無意識に千雨の左側から身を寄せる。

 気の弱い彼女には耐えられない空気なのだろう。


「おはようございます!!」


 そんな中に響いた、千雨達の空気とは相反した元気な挨拶。

 無駄にやる気のみなぎっている顔。

 彼には、刹那たちからの冷めた視線が見えないのだろうか。


「一昨日は、本当にすみませんでした!でも怪我治ったんですよね、良かったです!」


 ピキリと、刹那の額に浮かぶ青筋。

 真名の目はさらに冷たさを増し。

 木乃香はその発言に驚いたように目を見張った。

 明日菜から聞いているはずなのに、何故そんな言葉が出てくるのか、と。


 千雨はなんでガキの話に付き合わなきゃいけねーんだ、とため息。

 刹那達のように、別段怒りを感じているわけではないらしい。

 ただただ、煩わしいと感じているだけで。


 そんな千雨と周りを見ながら、夕映は何かを考えている様子。


「それで実は、長谷川さんに頼みたいことがありまして!」

「頼みごと?」

「はい!・・・お願いします長谷川さん、僕のパートナーになってください!!」


 空気が停止した。

 主に、千雨側のメンバーの。


「刹那、真名」

「・・・っ」

「・・・わかったよ」


 夕映たちが何故今パートナー?と驚いていると、急に千雨が2人の名前を呼び。

 それに悔しそうに唇をかむ刹那と、肩をすくめ、けれど目だけは鋭くネギを見つめている真名が返事を。

 それに夕映たちは首をかしげる。


 しかし千雨は、2人が武器を手にとったことに気がついたのだ。

 特に真名は、殺そうとしていた。

 ここが学校で、さらに夕映たちが横にいるにも関わらず。

 だがそれほど、今の発言は彼女達の琴線に触れたのだろう。


「駄目、ですか?」


「近衛、ちょっと腕を離してくれ」

「え?あ、うん」


 ネギに答えず、千雨は木乃香に唯一使える方の腕を離してくれと。

 木乃香がネギの発言に驚きつつ腕を離すと、千雨はポケットから携帯を取り出し。

 登録してある、ある番号に電話をかけた。


『あ、千雨ちゃん?どうしたの?』


 それは明日菜。

 走っているのか、特有の息遣いが合間に聞こえる。


「なあ、今何してんだ?」

『それが、ネギがどこにもいなくて。なんか嫌な予感がするから、早く見つけたいんだけど・・・』

「ああ、その嫌な予感ビンゴだぞ」

『え?』


 千雨はオロオロとこちらを見つめるネギをちらりと見て。


「ガキは、今私たちの目の前にいるからな」


 向こうから、息を呑む音が聞こえた。


「パートナーになってくれ、ってよ。どう思う?」

『・・・ほん、とう・・・っ?』

「ああ」

『っごめん・・・!ごめんね、千雨ちゃん・・・!』


 聞こえてきた、泣き出しそうな明日菜らしからぬ謝罪。

 それに千雨の方が驚いてしまって。


「おいおい、こっちが罪悪感抱くような声だしてんじゃねーよ。いじめて悪かったから落ち着け」


 ちょっとした意地悪のつもりだったが、千雨が思った以上に明日菜は今回のことで心に傷を負っていたらしい。

 思わず千雨は慌てて、できるだけ優しい声を心がけて宥め。


「とりあえず、このガキ回収してくれ。目障りでしかたがねー。ああ、場所は教室に向かう途中の廊下だ」


 なんて話しをした後、千雨は携帯を切ってポケットへ。

 すぐさま、木乃香がその腕を抱きしめた。


「あんた、昨日神楽坂から何も聞いてねーのか?」

「え?あ、アスナさんからは、千雨さんの怪我が治ったことと、エヴァンジェリンさん達とのこととか」

「近衛のことは?」

「え?このかさんのこと、ですか?」


 きょとん、と首を傾げるネギ。

 千雨は今にも飛び出しそうな2人に顔を向け。


「どう思う?」

「自分に都合のいいことばかりですね。・・・神楽坂さんが都合の悪いことだけ言わなかったとは思えませんし」

「大方、都合の良いことのみに集中していて聞いていなかったんだろう」

「だろうな。ま、ガキだしな」


「あ、あの、千雨さん。一体・・・」


「ネギ・スプリングフィールド。聞きたいことがあるのですが、よろしいですか?」

「あ、はい!」


 夕映の質問は残念ながら刹那の声に掻き消されてしまう。

 だが、彼女の疑問は、続けられた刹那の言葉で解消された。


「あなたは、もしちーちゃん、千雨さんが死んでしまっていた場合、どうするつもりだったんですか?」

「え・・・」


「え・・・・・・っ」


 ネギの明るかった表情が固まった。

 夕映やのどか、ハルナの表情も同様に。


 千雨は刹那の様子にため息を吐き。

 真名は答えを待つかのようにジッとネギを見つめ。

 木乃香は千雨の腕に顔を押し付けている。


「千雨さんが死んでしまった後、どうするつもりだったのかと聞いているんです。・・・幸い、ちーちゃんの命は助かりましたが、私は一昨日からずっと聞きたかったんです」


 静まり返った廊下。

 放たれた言葉。


「あなたは自らが担当している生徒を殺しておいて、平然と教師を続けるつもりだったんですか?」


 痛いほどの静寂。

 夕映たち3人の視線が、ぎこちない動きでゆっくりとネギから、千雨へと向けられる。

 まるで、事実を問うような。

 まるで、その発言を否定するのを期待しているかのような。


 千雨はそれに困ったような顔でため息。

 それを肯定だと理解し、夕映達の顔がさらに強張る。


「ちーちゃんの腕を動かなくさせて」

「ちーちゃんの聴力を失わせて」

「ちーちゃんのこれからをめちゃくちゃにして」


 一瞬の間。


「何故貴様は平然とちーちゃんの前に顔を出せるんだ!!!」


 爆発したかのような声。

 吹き荒れる風のような殺気。

 射殺さんとするかのような視線。


 それらにネギはしりもちをつくように座り込み。


「刹那、近衛たちが怖がってんじゃねーか」

「っ!・・・すみません・・・っ」


 一応は抑えられたそれら。

 けれど、一般人である夕映達の身体は震えたまま。


「ネギ!!!」


 その声に身体を震わせたのは、ネギだけではなく夕映達も。


「あ、あんたなに考えてんのよ!!なんで千雨ちゃんを―――っ!!」


 ズザァァっと、埃を舞い上げながら滑りながら止まり、明日菜は怒鳴る。

 その目には涙が光っていて。

 それに気がつかないのか、ネギは震えたまま声をあげる。


「だっ、だって、千雨さんがこちら側なら、アスナさんにこれ以上迷惑かけなくてすむって!カモ君と話し合って・・・!!」

「っ!!」


 出てきそうになった。

 言ってはいけない言葉まで。


 明日菜は唇を噛みしめることでそんな言葉を抑えつけて。

 千雨に向かって、頭を下げる。

 深く、深く。


「ごめんなさい・・・・!!!」


「明日菜、さん・・・?」


 夕映たちは、もうワケがわからなかった。

 たった1時間くらいの出来事の間に、色々起こりすぎたのだ。

 あまりのことに、いくつかの内容がすっ飛んでしまったほどに。


 千雨は天井に顔を向けて、息を吐き出し。


「あー・・・、神楽坂、こっちに来い」

「・・・・・・・」


 数秒のち、明日菜は俯いたまま千雨のもとへ行き。

 千雨は木乃香の腕の中から自分の腕をそっと外すと、明日菜の手をとった。


「千雨、ちゃん・・・?」

「罰変更。お前、しばらく私の傍にいろ」

「え・・・?」

「要するに、しばらくあのガキから離れてろ。ずっとじゃねー、しばらく、な」


 それだけ言って、千雨は明日菜の手をつかんだままさっさと歩き出し。

 へたり込んだままのネギの横を通り過ぎて。

 そのあとを刹那と真名、木乃香が追いかけて。

 さらにそのあとを、慌てて夕映たちが追いかけた。


 残されたネギ。

 その顔は、呆然としたまま。






















 教室に入ると、みんなが驚きながらわらわらと集まってくる。


「長谷川、その腕どうしたの・・・?」

「ちょっとな。大したことねーよ」

「けど千雨ちゃん、左利きだよねー?大丈夫?」


 アキラに続いてまき絵がそう問いかけてくる。

 千雨がそれに答えようと口を開き。


「平気やよ、ウチらが千雨ちゃんの分のノートは、教科ごとに分かれてとったげるから」


 それよりも先に、右側にいた木乃香が答えた。

 それに頷くのは刹那と真名。

 昨晩決まったことである。


「・・・って、わけだ。心配してくれてありがとな」

「ううん、大丈夫なら良いんだーv」


 うっすらと微笑みかけられ、まき絵は機嫌良さそうに笑い。

 アキラはどことなく残念そうに納得し。

 けれど、ふと思う。


「ノートも写せないほど酷い怪我なの・・・?」

「・・・・あー・・・、こいつらが過保護なだけだ」


 鋭いツッコミに千雨は苦し紛れな発言。

 だが、何となく納得してしまいそうなのは、アキラから見ても刹那達が千雨を大事に思っているのがわかるからか。

 今も刹那が千雨の鞄を持ってあげているわけだし。


 そのあとも声をかけてくるあやかや古菲に当たり障りのない返事を返しつつ、自分の席に座った。

 当然のように刹那達が、自分の席に鞄を置いて集まってくる。

 夕映たちもそれに便乗するようにしてやって来て。


 けれど、その表情は一様に硬い。


「千雨さん、あなたのその腕はネギ先生が・・・?」

「正論ではあるね。もっとも、彼は千雨ではなく茶々丸さんを標的にして、千雨がそれを庇ったに過ぎないけど」

「真名」

「事実だろう?」

「・・・どちらにしろ、私たちのクラスメイトです・・・」


 千雨の面倒くさそうな咎めの声にも、真名は肩をすくめて。

 夕映は、暗い影を背負って呟く。

 その頭には、ネギの姿を思い浮かべているのだろう。

 いつもの無表情に、怒りが混じっているようにも見える。


「”すみませんでした”・・・たったその一言で許されるはずがないじゃないか・・・!」

「お前も落ち着けって」

「ですがっ、あんなことをしておいてっ。ちーちゃんにあんなことをしておいて”怪我治って良かったですね”だなんて・・・!!」

「っあのバカ・・・!!」


 刹那が苦しそうな声で。

 泣き出してしまいそうな声で呟き。

 どんな会話があったのか悟ったようで、明日菜が似たような声で小さく怒鳴った時。


「千雨殿」


 楓がやってきた。

 何故かその顔は、どこか強張っているように見えて。

 千雨だけではなく、刹那たちも訝しげに楓を見上げた。


「長瀬?」


 訝しく思いながら、前に立った楓を見上げ。

 その声にこたえることなく、楓はそっと、確かめるかのように千雨の左腕に触れ。


「・・・・・・・・・・・?おい」

「・・・先日あったネギ坊主の髪には、一垂らしほどの血がついていたでござる。ネギ坊主自身、人を傷つけてしまったと。・・・ネギ坊主もそれしか言わなかったため、拙者はそれほど大きな傷ではないと、そう思って・・・」


 その呟きで、千雨たちは楓が何を言いたいのかを悟り。

 ゆえに、続く言葉を黙って待った。


「・・・・・・・・誠心誠意謝れば、許してもらえると・・・・安易に、そう言ってしまったでござる・・・・・・」


 段々と、いつもの糸目ではない楓の瞳が暗くなっていく。

 そんな楓に千雨は。


「バッカじゃねーの?」


 呆れ全開の顔で、そう返した。


 それに目を見開くのは夕映たち3人だ。

 刹那たちは苦笑。


 知っているから。

 わかっているから、千雨が何を言うかなんて。

 何も知らずに、ただ純粋な気持ちで慰めただけの楓を、千雨が糾弾なんてするはずがないことを。

 当事者の明日菜やエヴァにでさえ罰とは言えない罰を与えるような千雨なのだから。


「くだらねーこと言ってんじゃねーよ。この怪我とあんたが、どう関係あんだよ」

「し、しかしっ」

「落ち込んでるやつ慰めることの、どこが悪いことなんだ?むしろ褒められるべきことじゃねーのかよ」


 大体な、と千雨は酷く面倒くさそうに続けた。


「私が悪いの、いや私が。って、テメーら揃いも揃って同じこと言いやがって。ひょっとしてマゾか?」


 ポカーン、とした表情になる面々。

 何となく状況を察していた夕映達3人も、楓も、明日菜も。

 反対に笑い出しているの木乃香に刹那、それと真名だ

 ここらへんの反応の違いは付き合いの長さだろう。

 木乃香の場合は性格的なものと思われるが。


 明るくなる雰囲気。


「千雨は要するに、楓が罪悪感を感じる必要はない、って言いたいのさ。ね、千雨」


 チッと小さく舌打ち。

 それは刹那たちにとって肯定を意味していて。

 それに刹那達がくすりと笑えば、それを理解したらしい楓や夕映たちも顔を見合わせ、笑う。


「千雨殿は、口が悪いでござるな〜♪」

「はっ、そんなの言われ慣れてんだよ」

「ちーちゃんを知るものの、共通の認識ですからね」

「うるせー」


「それにな、別に今回のことは誰か1人が悪いわけじゃねぇ。ガキどももマクダウェル達も悪かったんだ」

「え?そうなの?けど、千雨ちゃんネギに近づくなって・・・」

「どっちも悪い。けど、片方は友人で片方は嫌いなガキだ。友人を贔屓するのは当然だろ。ガキはもっと関わり合いになりたくなくなった程度だ」


 明日菜の言葉にあっさりと返す千雨。

 それは常々子供嫌いを公言している、千雨らしい理由で。

 けれど、普通の人なら驚くようなもので。

 しかし、それは当然ともいえる感情でもあり。


「・・・千雨ちゃんらしい」


 明日菜はようやく、いつもの自分らしい笑顔を浮かべることが出来た気がした。


 問題はまだ残っている。

 木乃香は、その言葉をたとえ千雨らしいと感じても、ネギを許し、以前のように一緒に暮らすことは無理だし。

 刹那や真名だって、千雨が大好きだからこそ、そう簡単にネギを許すことはないだろう。

 夕映達がネギに抱いた不信感は消えないし、千雨の腕や耳のことを詳しく知ればさらにその感情は深まるだろう。

 楓だって、千雨の腕のことに気がついたために、ネギは護るべき子供、という認識が楓自身は気づいていないが消えつつある。

 エヴァと茶々丸も千雨への罪悪感は消えないし、原因の一端を自分達が担っていると理解していてもネギへの怒りが消えるはずもない。


 問題は多い。

 今ただ、これ以上問題が増えないことを祈るだけ。



















 あとがき。


 ちーちゃんは周りの人達と違って、ネギを憎んでいないよ、というお話です。

 もともと子供が嫌いで、ネギはさらに嫌いで、けど今回のことでもっと嫌になった、という程度。


 本文ではでていませんが(これから書く可能性はあります)、ネギは千雨がどれほど酷い怪我だったのか知りません。

 血を見て怖くなって逃げちゃったので、あのときの千雨がどういう状態だったのかを詳細に覚えていないんです。

 あえて言うとすれば、すでに(外見からは)健康状態に見えたため、それほど酷い傷ではなかったのだろうと思っています。

 腕を吊っているのも、包帯が巻いてあるわけではなく、ただ吊っているだけですし。


 ではでは、このような駄文をここまで読んでくださってありがとうございます!

 ちーちゃんマンセー、これからも続きます。



















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