【あなたの本質】































 上生菓子の材料になるモノを麻帆良市から随分と遠い土地まで買いに来ていた千雨は、おもちゃ屋を見ているあやかを発見した。

 それはどうやら向こうも同じなようで。


「あら、こんなところまで何をしにいらしたのですか?長谷川さん」

「買い物だ。・・・雪広は、なんでおもちゃ屋?」


 眉を寄せ、あきらかに対象年齢10歳未満専門っぽい店内を見る。

 あやかはそれに恥ずかしそうに頬を染め。


「ふふ、弟の誕生日のプレゼントを買いに来ましたの」

「へー。良いお姉さんじゃねーか」


 柔らかな笑み。

 あやかは初めて見たそれに驚き、それから笑う。

 千雨も初めて見る、照れたようなはにかむような笑み。

 それはいつもとは違う、歳相応のもの。


「いくつだ?」

「そうですわね・・・生きていれば、ネギ先生と同じくらいでしょうか」

「・・・そうか。なら、盛大に祝ってやれ」

「・・・驚きませんのね」


 【生きていれば】、それはすでに死んでいるという意味で。

 こういうことを言えば、大概の人間は申し訳なさそうに謝ったり、黙ったりする。

 だが、千雨はことさら穏やかな笑みを浮かべるだけ。

 あやかはそれに驚いた。


「驚いた方が良かったか?」

「いえ、そういうわけではありませんが・・・」

「なら気にすんな。あんたが今すべきことは、私を気にすることじゃねー。弟が喜びそうなものを探すことだろ」

「長谷川さん・・・」

「まあ、これだけ思ってくれる奴からのプレゼントだ。何でも喜ぶだろうぜ」


 優しい笑み。

 優しい瞳が、メガネの奥から見えて。

 あやかは、心が熱くなるのを感じた。

 同時に、こんなに優しい人を無愛想だから冷たい人だと思っていたことが恥ずかしくて。


「・・・長谷川さん。一緒に選んでくださいません?」

「ごめんだね。私は弟思いのお姉ちゃんを独占する気はないんだよ」


 悪戯っ子のような笑み。

 それも初めて見るもので。


 さっさと踵を返してしまう千雨。

 だが、そう言われてしまうと引き止める気にはなれなくて、あやかは微笑みながらその姿を見送った。

 新学期からは、もっと彼女に声をかけてみよう。

 そう決意しながら。


 あやかと別れた千雨は、口元に苦笑を浮かべて。


「柄じゃねーこと言ったな」


 振り返り、おもちゃ屋で再び物色し始めたあやかを見。

 再び、足をすすめる。


「ったく、2−Aの連中は調子が狂う」


 その口には、苦笑ではなく笑みが。



























 新学期前日、朝も早くから寮が騒がしい。

 内容は、実はネギが恋人を探しに日本に来たとか何とか。


「うざってえ」


 その喧騒は、前日から”クラッシャー”の仕事をしていた千雨の耳にも入り。

 寝ずに仕事をしていた千雨の神経を逆なでする。

 といっても彼女が怒っているのは、朝から騒ぐんじゃねーよ非常識、というもっともな理由だが。


 依頼を終えた千雨は、学校へと来ていた。

 理由はない。

 何となく、今日教室に行きたくなったのだ。

 教室から見える世界樹を見たくなった。


 自分の席に着いて窓から見える世界樹を見ること数十分。

 2人分の見知った気配が近づいてくることに気がつく。


「あれ?千雨ちゃん?」


 その呼び名に顔をしかめつつ、千雨はスルー。

 期末テストの一件依頼、木乃香も千雨と率先して話すようになった1人だ。

 その時ちゃん付けで呼ぶなと何度も言ったのだが改善しないため、千雨も今では諦めている。


「近衛、なんだよその格好。コスプレか?」

「ちゃうよー。お見合い写真撮るためやえ」

「げ、よくやるよ。その歳で」

「お見合いーー!?」


 嫌そうな顔をする千雨とは反対に、大きく驚いてくれるネギ。

 木乃香は2人の反対の反応にくすりと笑う。


「じーちゃんがお見合い趣味でなー。いつも無理矢理すすめられるんよ。ウチ中2やのに、フィアンセいうて」

「はっ、嫌だねえ、ジジイは」

「あはは、今日はお見合い用の写真撮らされるところやったんけど、途中で逃げてきてもーた」

「へー。ところでお見合いってなんですか?」


 千雨の冷めた発言に苦笑を浮かべつつ、説明。

 だが、ネギは驚いたくせに根本的なことを知らないらしく。

 思わず千雨だけではなく木乃香も内心、さっきなんで驚いたんだ?と思ってしまう。


 その後、千雨が我関せずと世界樹を見ているあいだに話しは進み。

 ネギを占うとか何とか。


「そういえば千雨ちゃん、なんで教室におるん?」

「別に、世界樹を見にきただけだ」

「えー?そやったら、近くで見たほうがええんやない?」

「良いんだよ。・・・近くで見るより遠くから見るほうが、私は好きなんだ」

「え・・・?」


 遠くを見るようなその目。

 浮かぶのは困ったような、柔らかい笑み。

 木乃香は見慣れないその顔からどことなく寂しさを感じ取り、千雨のもとへ。


「近衛?」


 それに気づいた千雨が訝しげに立っている木乃香を見上げれば、にっこり笑顔で手をとられる。


「おい」

「千雨ちゃんも占ったげるわ」

「は?別にいらねーよ」

「ええからええから」


 ニコニコ笑顔の木乃香にため息。

 千雨は仕方なく、ネギのどいた椅子に座る。


「千雨ちゃんも運命の相手?」

「なんでも良い」


 投げやりな答えにも木乃香は笑顔を変えず。

 千雨の左手を握り、手相占いなのか手の平を見つめる。

 そんな2人を、何故かネギの方がわくわくしたような表情で見つめ。


「・・・千雨ちゃんの運命の相手は・・・・・・千雨ちゃんの優しさに気づいとる子や」

「へー、私が優しい、ねえ・・・」


 言われた本人が納得していないような反応。

 それこそ千雨らしいな、なんて木乃香は思い、くすりと笑う。


「ほおほお、千雨ちゃん、その子の裸見とるみたいやえ」

「おいおい、裸ってことは風呂か?なら相手はクソ濃い2−Aの奴らかよ。うちのクラスの奴だけは勘弁してくれ」


 冗談としか受け取っていないのか、それとも言うほど満更でもないのか

 いや、前者だろうが、その口元には笑みが浮かんでいる。


 木乃香はふと、千雨の言葉に内心安堵している自分がいることに気がつき、首を傾げた。


「(なんでやろ?)」


「あの、このかさん。それって、千雨さんの運命の相手が同性ってこと、ですか?」

「ん〜、かもなー」

「け、けど、良いんですか!?同性なんですよ!?」


 ずきりと、自分の胸が痛む。

 木乃香はもう一度それに首を傾げて。

 反射的に手で自分の胸に触れようと。


「別にあんたに関係ねーだろ、誰が誰を好きでもよ」

「え?」

「同性が好きな奴も異性が好きな奴も、両方好きな奴もいるんだ。そんなの、優しい奴が好き、って言うようなもんと同じだろ」

「全然違いますよーー!」

「あっそ。けどそれはあんたの価値観であって、全員がそうじゃねー。それを人に押し付けんなよ」


 ネギを見ずに窓の外を見つめて、酷く面倒くさそうに千雨は言う。


 その言葉に木乃香は、もう一度わけわからないながらも安堵した。

 ネギの”型どおりの先生”らしい発言も、気にならないくらい。

 ニコニコ笑顔の色が深まる。


「続きするえー。・・・うん、長い黒髪の人みたいやな」

「黒髪で長いっつーと、結構いるな」

「あとは、ちょっと訛った子やろか」

「・・・おい」


 呆れた目が木乃香へと向かう。

 木乃香はそれに悪戯っ子の笑みで舌を出す。


 反対にネギがわからないらしく、そのやり取りを首をかしげながら見ていて。

 かといって、わざわざ千雨が教えるはずもない。


「じゃ、ウチそろそろ行かな。嫌やけど」

「あ、お見合い用写真」

「うん。ほな、また明日な、千雨ちゃん。ネギ君はまたあとで」

「はい。頑張ってください!」


 応援するネギに苦笑を浮かべて。

 何も言わない千雨へと木乃香は目を向け。


 そこには、またしても初めて見る表情。

 瞳があった。

 その瞳はメガネの奥から木乃香を見つめ。

 呑まれてしまいそうな。


 急なソレに、木乃香は知らず息を呑む。

 それでも何かを言おうと口を開き。


「なあ、近衛」

「あ、なん?」


 千雨に先を越された。

 それはどこか遠く聞こえて。

 けれど、真剣だとわかる声。


「嫌なら、本気で嫌がったほうが良いんじゃねーか?」

「え?」

「見合いだよ。今みたいに流されてると、気がついたら本当に好きでもない奴と結婚、なんてことになるぞ」

「・・・・・・」

「好きでもない奴と結婚して、好きでもない奴に抱かれて。好きでもない奴のガキ生んで。・・・それで捨てられたガキからの忠告だ」

「っ!?」


 その言葉に絶句したのは木乃香だけではなく、ネギも同じで。

 先ほどまでのほんわかした空気は、一瞬で粉砕した。


 それを無視するように千雨は、窓の外へと移していた視線を木乃香へと再び戻し。

 その深い。

 感情の読めない、メガネの奥。

 まるで縛られたかのように動けない。

 その瞳に、木乃香は何も言えない。


 魅了されたかのように。


「流されんなよ、近衛。身内のやることが全部、自分に必要だなんて思うな。それを理解していて、流されるな。・・・いつか、後悔するぞ」


 ガタリと椅子から立ち上がり。

 その音に、木乃香とネギは肩を震わせる。


 そんな2人を気にすることなく、千雨は教室を出て行こうと歩き出し。

 木乃香は慌てて、反射的にその背中に走りよった。


「千雨ちゃ――― あっ」


 が、その途中着物の裾を踏んでしまい。

 来るだろう衝撃に、ぎゅっと目を瞑った。


 しかし訪れたのは、温かな。

 柔らかな感触。


「着物で走るなよな」


 聞こえてきた、呆れたつぶやき。

 反射的に顔をあげ。

 思いのほか近くにあった顔に、慌てて離れた。

 最近見慣れてきた、友人の顔なのに。


「ご、ごめんなー」

「このかさん大丈夫ですか!?」

「平気や」


 ネギに微笑み返して。

 それから、千雨へと顔を向ける。


「あ、あんな、千雨ちゃん―――!」


「ネギ、ここにいた!探したじゃない!」

「木乃香さんに千雨さんもいらっしゃいましたのね。・・・ところで、何故木乃香さんは着物ですの?まさかとは思いますが、それでネギ先生を誘惑しようだなんて・・・!!」


 だがその続きは、現れた明日菜とあやかに奪われてしまう。

 その直後、他のクラスメイト達も現れ。

 シリアスな雰囲気は遠い彼方。


 それを背に千雨はさっさと教室を出て行き。

 木乃香は千雨のもとに行こうとするも、あやかの詰問でそうすることが出来ず。


「千雨ちゃん・・・」


 2年間一緒に過ごした。

 それでも最近になって会話するようになった、まだまだ知らないクラスメイト。

 きっかけは、心配してくれたみんなの言葉を聞いて、わざわざ追いかけてきてくれたあの日。

 厳しくも、大切なことに気づかせてくれた彼女の不器用な優しさ。


 2年一緒にいて、木乃香は初めて知った。

 あんなにも、儚い少女の存在を。

 自分のような存在を作り出さないでくれと。

 そして、後悔しないようにしろと、忠告をくれた。

 悲しんでいるわけではない、ただ、淡々とした声で。


 木乃香は、共に歩きたい親友がいる。

 今は、理由もわからずに疎遠になった親友が。


 けれど、初めてだった。

 その消えそうな背中を、支えたいだなんて思う人は。


「聞いてますの!?木乃香さん!!」


 木乃香には、あやかの声は聞こえない。

 もう見えなくなったその背中を、見つめるだけ。





















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