【もう一度、あなたと】































 長谷川千雨は、ほとんどのものが知らないが、上生菓子を作ることを趣味の一つとしている。

 その腕は茶道部に所属しているエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルも認めている。

 それは週に2度、試食として提供している茶道部員たちが、唯一と言っても良い、余ものをお持ち帰りするほどの美味しさで。


 そのため、エヴァと千雨は友達という間柄となり。

 エヴァの要望で、彼女にだけ新作を作ることも少なくない。


 だがエヴァは、千雨が裏の人間であるとは思っていない。

 千雨もそれをエヴァに言うようなことはなく。

 たとえかつて共にいた戦友だとしても、少しの間だけ友人であった相手に対しても同じ。

 知っているのは近右衛門くらいだろう。

 担任の高畑にだって言っていないのだから。


 そんな彼女は、現在学園長室にいた。


「・・・用件は?」

「そう不機嫌そうな顔をせんでくれ」

「無駄話をするつもりはありません」


 キッパリ切り捨てるその顔には、近右衛門の言うとおり仏頂面が浮かんでいる。

 早く帰りてー、なんて思いが今にも聞こえてきそうだ。


 近右衛門はそれに苦笑をこぼす。


「実は、千雨君に依頼をしたいのじゃよ」

「は?依頼は夜の警備と近衛木乃香の護衛、のみのはずですが?」

「そのつもりじゃったんじゃが。・・・ナギ・スプリングフィールドを知っておるじゃろう?」

「あー、あの魔力だけはアホみたいに高い馬鹿ですか。それがどうしました?」


 サウザンドマスター、英雄をあっさりと馬鹿呼ばわり。

 もしナギの実情を知らない、盲信している正義の魔法使い達が聞けば怒りを買いそうな言葉だ。

 もっとも、ここにいるのは近右衛門だけであり、彼自身苦笑するだけであったが。


「実は、その息子が3学期から卒業課題でうちにやってくるんじゃよ」

「ガキは嫌いです」

「うっ・・・。そ、それで、課題というのが教師になることでのう」

「ガキは嫌いです」

「わ、わしは、君のクラスの担任をやってもらうつもりなんじゃよ」

「ガキは嫌いです」


 同じ言葉を何度も。

 おそらく、近衛門の言いたいことを理解しているのだろう。

 ゆえに、先に断りの言葉を。

 それでもめげず、けれど額に冷や汗を浮かせながら近衛門は続け。


「で、できれば、千雨君に彼のフォローを頼みたいなー、なんて思っとるんじゃが・・・」

「ガキは嫌いです」


 改めて依頼。

 もっともそれは、間髪いれずに同じ言葉で拒絶されたのだけれど。


 そんな千雨に近衛門は先ほど以上に冷や汗を流しつつ。

 バン、と近右衛門は机に両手を突き、トップらしからぬ、机すれすれに頭を下げてきた。


「この通りじゃ!やってくれ!」

「最後にもう一度言います。・・・ガキは嫌いです」


 だがそれも、スッパリはっきり切り捨てられる。

 千雨の表情は機械のごとき無表情。


「かつてナギ君と共に戦ったよしみで!!」

「共に戦ったと言っても、1ヶ月やそこらです。その息子の面倒をみてやる義理はありませんし、それをするほどナギに恩があるわけでもありません」


 っていうか、と千雨は続け。


「元々、近衛の護衛だけ、という契約だったはずです。夜の警備だって、そちらがどうしてもというから渋々やっているんですよ?」


 これ以上仕事をする気はないと、そう含めて。


 近右衛門はとりつく暇もない千雨の様子に唸り。

 そうしている間に、千雨はさっさと。


「それでは、失礼します」


 止める間もなく、学園長室を出て行ってしまい。

 近右衛門は、大きくため息をついた。


 お金をもらえればたいていの仕事は引き受ける・・・というような彼女のかつての戦友とも違い。

 もともと一般人として普通に編入してきた千雨。

 そんな彼女の裏を調べて知って秘密裏に接触し、個人的に依頼。

 その依頼を受けてくれたのも、刹那が同じ護衛をしているから、というもの。


 もっとも、千雨は刹那にもかつての戦友にも自分のことをバラしていないのだが。


「・・・彼女がフォローをしてくれれば安心できたんじゃが」


 近右衛門の呟きは、寂しく部屋に散った。

















 新しくやってきた担任。

 10歳という子供が担任をすることに不満そうにする者もいるが、9割は笑顔で受け入れている。

 その残りの1割に属するエヴァは、授業をまた失敗した、と落ち込んで教室を出て行くその担任を見て鼻を鳴らした。

 そんな彼女へと近づいていく千雨。


「マクダウェル」


 差し出された、ケーキを入れるような白い箱。

 エヴァはそれを受け取り、不機嫌そうな顔から嬉しそうに顔へと変える。

 今の彼女にそんな顔をさせられるのは、千雨だけだろう。


「毎回すまないな」

「感想くれりゃーいい」

「新作か?」


 さらに喜びの色を深めてエヴァが問えば、千雨は小さく微笑んで頷く。

 喜んでくれるその表情が、千雨は好きなのだ。


「そうか。ありがたくいただこう」

「ああ」


 じゃあな、千雨は片手をあげて、昼食を取るためだろう教室を出て行き。

 1秒にもみたない間その背中を見送っていたエヴァは、ふと自分と同じように千雨の背中を見つめている人物に気がつく。

 桜咲刹那と龍宮真名。

 もっとも、こうしてエヴァが気づくのは初めてではない。

 今までも、彼女達が千雨を気にして、けれど声をかけようとしないことには気づいていた。


 エヴァは何となく気に入らないと思いながらも、気持ちを新作らしい上生菓子へと向ける。


「茶々丸、屋上に行くぞ」

「はい」


 エヴァ用の重箱を持つ茶々丸と共に、屋上へ。

 その道中、茶々丸も気になるのかチラチラとその箱を見ている。

 彼女はガイノイドのため食べることはできないが、千雨の作るソレを”美しい”と感じているから。


 一方、刹那はため息をついていた。

 千雨をみると思いだす、初めての友人。

 自分の全てを知っていてなお、笑顔を浮かべてくれた人。

 人ではないと知りながらも、共にいてくれた人。


 記憶の中に今も在る人物を、一度たりとも忘れたことはなく。

 とても綺麗な女の子。

 特に、微笑みが綺麗で。


 その笑みと、大きな丸メガネと髪を一本に結った野暮ったい姿で仏頂面のクラスメイトが、何故かかぶる。


 名前を覚えていれば、と思うも、覚えているのは”ちーちゃん”という自身がつけたあだ名で。

 彼女の名前も千雨だが、”ち”で始まる名前のものなどこのクラスだけでも3人。

 千鶴、千雨、茶々丸。

 といっても、刹那は”ちーちゃん”がガイノイドではないことくらいは覚えているため、茶々丸はぬかして。

 それでも2人。

 この学園だけでも100人以上はいる可能性があり。

 第一、”ちーちゃん”がこの学園にいるのかどうかも定かではなく。


 それでも、エヴァに向けた笑みとかつて向けられた笑みとがかぶる。

 初めての友人。

 初めて好きになった人。


 刹那はため息をつく。

 そう簡単に見つかってたまるか、と。

 けれど、やはり千雨は気になる存在で。

 かといって、否定されたショックを考えてしまうと、それを本人に問いかける勇気もなく。


 唯一のつながりは、”ちーちゃん”が稽古をつけてくれた剣術だけ。


 真名も、ため息まではつかないが、憂鬱であった。

 かつて、お互いに背中を預けて戦場を生き抜いた戦友。

 それこそ、今日やってきた担任よりも小さな頃から共にいた、家族とも相棒とも言える存在。


 真名が龍宮家に引き取られるよりも前にどこかの家へと引き取られた相棒。

 その苗字を聞かなかったのは、自分を残していなくなったことへの苛立ちからで。

 今思えば、何故聞かなかったのかと後悔している。

 知っているのは、自分と同じく日本人の夫婦に引き取られたことくらいで。


 だからこそ、真名は龍宮家の養子を受け入れたのだ。

 もう一度、背中を預けて戦いたいと、そう願ったから。

 もう一度、共にありたいと渇望したから。


 そんな願いを、叶えたくて。


 ブレイドとガントという互いのコード名。

 お互いに本名ではなかったのは、自分たちが組していた組織の規定。

 本名を知っているのは、名付け親である組織の長のみ。

 ブレイド、剣術使い、ヒントはそれだけ。


 なのに、見た目表の人間にしか見えない千雨が気になるのは何故なのか。

 笑顔がかぶるのは何故なのか。


「・・・あいつはもっと綺麗だ」


 自分で求める人を貶しているような気がして。

 真名は、吐き捨てるように呟く。


 戦友のなびく髪にあこがれて伸ばした髪の毛に触りながら、真名は窓越しの空へと視線を向けた。




























「長谷川さん、いつもありがとうございます」

「気にすんな」


 一見きつい言葉に、けれど宮崎のどかは微笑む。

 その言葉とは裏腹に、千雨が優しいことを知っているから。

 今まで何度も重い本を運ぶのを手伝ってもらった経験から、のどかはそのことを知っている。

 それはのどかの友人である、ここにはいないが綾瀬夕映も早乙女ハルナも同じで。


「そういえば、聞きましたか?この後、ネギ先生の歓迎会をするそうですよ」

「げっ」


 言葉通り嫌そうな表情。

 のどかはそれに笑みを深め。


「全員参加だそうです」

「騒ぎてーだけだろうが」

「ふふ、そうかもしれませんね」


 教室ではあまり一緒にいないために知る者は少ないが、のどかがこうやって穏やかに笑うのは、夕映たち以外では千雨にだけである。


 その時、階段を下りていたのどかは階段を踏み外してしまう。


「宮崎!」


 のどかの口からもれる悲鳴。

 だが、柔らかな何かに包まれ。


 地面に転がり落ちた千雨は、自分を助けようとしたのだろうかネギ・スプリングフィールドを気にすることなく。

 すぐに、のどかの身体を起こす。

 1,2秒浮いたことを気にすることなく。


「怪我はないか?」

「え・・・?あ、だ、大丈夫です!」


 メガネの向こう側から見えた、いつもはけだるそうなものを一切なくした真剣な眼差し。

 それにのどかはどぎまぎしながら、頬を赤くして頷いた。

 その返答に千雨は小さく息をもらし。


「少しは下を見て歩け」

「す、すみませんっ。あの、長谷川さんは・・・」

「少し擦り剥いたくらいだ。気にすんな」

「え!?」

「気にするほどじゃねーよ」


 そういって千雨はポケットから大き目の絆創膏を取り出すと、それを肘にペタリ。

 私が貼ります、とのどかが言う暇のない素早い、慣れた動き。


「とりあえず、本拾おうぜ」

「あ、そうですね」


 ネギがいなくなったこと。

 もとい、神楽坂明日菜に連れて行かれたことなど気にすることなく。

 むしろ、そんなこと眼中にない千雨は、のどかと一緒に本を運ぶのだった。


 のどかと共に教室へと戻ってきた千雨は、のどかと別れて教室の端の席に座る。

 その隣にさり気なく真名が座り、反対にエヴァと茶々丸が。


「あんたがこういうのに出るなんて珍しいな」

「まあ、気分だ」

「マスターは五月さんの料理が好きですので」

「っふ、ふざけたことを言うな!」


 ネジを巻くエヴァと巻かれる茶々丸を見ながら、千雨は口端をあげつつ呆れた表情で。

 隣からと、もう一方からくる視線も慣れたものとして無視。


「そっちか。マクダウェルまであのガキが好きなのかと思ったぜ」

「はっ、私が?あのガキを?それはもはや、私に対する侮辱だ」


 鼻で笑い千雨を睨みつけるエヴァに、悪い悪い、と千雨は片手をふる。


「クラスのやつらが、どいつもこいつもあのガキを認めてるのがな」

「気に入らんか?」

「気に入らねーな。先生って言うのは”先に生きる”って書く。要は、生徒より年上ってことだ。別に理由もなく教師が年上と決められてるわけじゃねー、生きてる分経験が豊富だからだ。勉学だけじゃなく、学校じゃ教師からそれ以外のことも学ぶ。社交性、協調性、その他色々な処世術をだ。
 それを、まだ10歳のガキに教えられんのか?つーか、よくPTAがなにも言わねーよな。私が親なら断固反対だね」

「なるほどな。確かにそのとおりだ」

「長谷川さん、一つ聞いてもいいかい?」


 頷くエヴァの反対に座っていた真名が、何故か真剣な顔で。


「なんだよ」

「親になる予定が?」

「・・・・・・・・」


 呆れというか、哀れみというか。

 そんな表情で千雨は真名を見てしまう。

 反対にエヴァは驚き、それでも千雨と同じような表情で真名を見。

 茶々丸はいつもの無表情だが、何故か千雨を見つめ。


「・・・ほら、これでも食って落ち着け」

「答えてくれないかい?」

「ばっかじゃねーの?」


 呆れ全開の言葉に真名はどことなく気落ちしたように視線を俯かせ。

 いつも飄々とした、というほどでもないが、どちらかといえば同年代とは思えない達観した様子のある真名の、その落ち込んだような様子にエヴァは驚き。

 千雨は呆れたように息を吐いた。


「ガキは嫌いだ」


 あっさりとした回答。

 しかしきっとそれは、真名の求めていた答えだったわけではないだろう。

 エヴァとてそれに気づくが、千雨はなにを考えているのかわからない仏頂面。


 だがそれがやはり、真名には戦友とかぶって見えた。

 戦場以外での彼女も気に入らないことがあると、似たような表情を浮かべていたから。

 何よりその言葉は、当時自身も子供だというのに子供を見るとよく言っていた言葉。


 疑問を感じるようになって1年と半年。

 真名はようやく、それを口にする。

 数時間前に否定した言葉を紡ぐ。


「・・・長谷川さん」

「あ?」

「君は・・・やはりブレイドだね?」

「ブレイド?」


 真名の言葉に首を傾げるエヴァと茶々丸。

 2人を無視して、千雨は真名へと目を向けた。


「・・・確信するのが遅ーんだよ」


 片目を細めて、小さく口端を上げる。

 それは肯定。


「そう言わないでほしいね。むしろ、気づいた私を褒めてほしいものだよ」

「相棒の顔くらい、すぐに気づけ」

「こう言ってはなんだけど、その姿わざとだろう?そんな格好じゃなければ、私だって一目見て気づいたさ」


 肩をすくめ。

 けれど、自分の予想が中って嬉しいのか、柔らかな笑みを浮かべている。

 千雨はそんな真名に苦笑を返す。


「しょーがねーだろ。あのままでいると、男どもがよってきて鬱陶しいんだよ」

「なるほど。そういうわけか」


 真名は納得。

 エヴァと茶々丸は千雨の野暮ったい姿しか知らないため、さらに首をかしげ。


「・・・貴様ら、前から知り合いだったのか?」

「ああ、ガキの頃の遊び仲間みたいなもんだ」

「幼馴染、というやつか」

「そうだね。物心つく前から、すでに一緒にいたからね」


 千雨も真名も、組織に幼い頃から戦いのイロハを教え込まれた孤児である。

 真名は銃使い、コード名ガントとして。

 千雨は剣術使い、コード名ブレイドとして。

 そして10歳になる頃には、彼女達は幼いにもかかわらず2トップと呼ばれるほどの実力を持つようになっていた。


「・・・ならば千雨、桜咲刹那の方はどうなんだ?」

「ああ、そういえば刹那もいたね。彼女とはどういう関係なんだい?」


 和やかともいえた空間は、一気に尋問のような雰囲気へと様変わり。

 千雨はそれに目をぱちくりし。

 それから、訝しげに。


「1ヶ月くらいだったけど、毎日遊んでた時期があってな」

「・・・ということは、日本に行っていた頃に?けど、あの時ブレ・・・千雨は2ヶ月間日本に滞在していなかったかい?」

「まあ、色々事情があるんだよ」


 真名の指摘に苦笑をこぼす千雨。


 と、のけ者のような状態になっているエヴァが、不機嫌な顔で千雨と真名を睨んでいた。

 それに気づき、千雨は小さく笑い。


「なんだよ、マクダウェル。話に入れなくて拗ねてんのか?」

「な!?拗ねてなどいない!!」


 エヴァはそう返すが、千雨は口端をあげて笑うだけ。

 彼女のプライドの高さを、千雨は理解しているから。

 自分を無視するように話しているのが気に入らないのだと、千雨もわかっている。

 伊達に2年間も友人関係を築いていない。


 もっとも、エヴァの根底にある感情にまでは気付いていはいない。

 友人を取られたくないという、ソレを。

 エヴァ自身がそれに気づいているかどうかは不明だが。


 真名は口に手をあて、くくくと笑い声をもらし。

 エヴァはそんな真名を睨み、千雨も睨み。

 だが千雨は小さな微笑を返すだけで、これといって気にしておらず。

 茶々丸はそんな3人を、千雨以上にわかりづらい笑みを浮かべて見ていて。


 そんな彼女達の様子を、刹那が苦しそうに見つめていた。






















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