【仮契約の真意】































<刹那 視点>


 不思議な人だ。

 綾瀬 夕映。

 私がそう強く思う人の名前。


 その名前は、何の変哲もない。

 ほとんど関わることがないだろうと思っていた、クラスメイトのもの。

 関わるはずがないと思っていた人のもの。


 まさか、ただのクラスメイトでしかないと思っていた彼女が、こちら側の人だったなんて。

 魔法使いだったなんて、思いもしなかった。


 魔法使いでありながら、私と同じ人外であるマクダウェルさんと友達になるだなんて思ってもいなかった。

 吸血鬼だとわかっていながら、そんなこと気にさえせずに友達になるなんて、予想もしていなかった。

 そんな人がいるなんて、思ったこともなかった。


 彼女のような人が稀だということは、わかっている。

 それでも、当たり前のように受け入れられたことが、とても嬉しく感じる。

 もしかしたら、お嬢様も受け入れてくれるかもしれない、そんなことを最近は思ってしまう。


 夕映は、不思議な人だ。

 私がハーフであることを、これでもか!というほどに気にしていなかった。

 どうでもいい、とはまた違う。

 あれは、人間ではないから〜〜だ、という考えすらないかのような。


「刹那さん、思い出し笑いは非常に危険です」


 最近聞き慣れたその声に慌てて振り返ると、夕映がどこか呆れたような顔で私を見ていた。


 笑っていたのか、私は。

 今まで、そんなことなど一度もなかったのに。


 恥ずかしくなり、俯いてしまう。


「何を思い出していたのかは聞きませんが、急に笑われると引くです」

「ハッキリ言うな・・・」

「すみません。これからはオブラートに包んでいいます」


 言いはするのか。

 思わず笑う。


「ちなみに、思い出し笑いをする人は一般的に、ムッツリスケベだといわれています」

「っそそそんなわけないだろう!!」


 なにを言い出すんだ急に!


「その反応があやしいことに気づいてください。思い当たるところがあるのか、と勘繰られるですよ」

「夕映が変なことを言うからだ!」

「私は一般的なことを言ったに過ぎません。多分、真名さんあたりならば『私はムッツリではなくオープンだ』とか言いそうですが」


 思わず龍宮の方を見てしまう。

 そこには、聞こえていたのか机に突っ伏した、珍しい龍宮の姿があって。

 そのすぐあと、勢いよく立った龍宮はつかつかとこちらへとやってきた。


「夕映、あなたは私をどんな目で見ているんだい?とても知りたいんだが」

「エロい人です」


 ハッキリと口にする夕映に、さすがに龍宮も口元を引きつらせてる。

 夕映の気持ちはわからんでもないが、少し龍宮を不憫に思う。


「・・・どこらへんか、聞いても良いかな?」

「目がエロいです」

「ぶっ!」


 即答された答えに思わず吹き出してしまう。

 だが、龍宮から睨まれ、慌てて口元を押さえて視線を逸らした。


 中学生とは思えない身体つきの龍宮。

 それは、なんというか、う、羨ましいと、思うこともあったりする。

 だから、夕映が言ったのはそれのことだと思った。

 けどまさか、目がエロいとは・・・。


 さすが夕映だな。


「・・・そうか。目か・・・ふふふ・・・っ」


 龍宮も私と同じように、身体ではなく目がエロいと言われるとは思っていなかったようだ。

 中学生らしからぬ身体つき、というのは龍宮自身理解し、そして少しコンプレックスを抱いているようだしな。


「真名さんは、ニヤリと笑っている時が特にエロいです」


 どことなく背中に影を背負った龍宮。

 1人、自分の言葉に納得するように頷く夕映。

 私は笑ってしまわないように腹筋に力を入れて、咳をする。


「でも、私はそんな真名さんが嫌いではありませんが」


 その言葉に、私も龍宮も目を見開いて夕映をみれば。

 彼女はまっすぐ、龍宮を見上げていた。


 初めて綾瀬夕映、という存在を本当の意味で認識したあの夜のような。

 まっすぐな視線で。

 不覚にも、一瞬見惚れてしまったほどの、強い瞳で。


 そう、私はあの時初めて、彼女の目がとても綺麗な輝きを持っていると知ったのだ。


「・・・ふふ・・・ありがとう、私も物怖じせずに言ってくる夕映は嫌いじゃないよ」


 微笑む龍宮は、私でも見たことがないほどに優しい色。

 それに返す夕映の微笑みも、かすかではあるものの綺麗なもの。


 恥ずかしくなって視線を逸らし。

 そんな夕映、いや、龍宮を不機嫌そうに見ているマクダウェルさんと不安そうな宮崎さんが視界に入った。


 何故か私は、そんな2人の気持ちが痛いほど良くわかった気がした。


「夕映〜」


 その声に私はハッとして、慌ててそちらに顔を向ける。

 予想通り、いたのはお嬢様で。


「そろそろ、部活行くえ〜」

「そうでした。すみません、木乃香」


 おおおおお嬢様!(汗

 すぐにこの場から立ち去らねば!!


「そ、それで、せっちゃん。今日、部活ないんやったらウチの部活見にきてほしいんやけど・・・」

「・・・いえ、今日は」

「そういえば刹那、今日剣道部は休みだったな。行ったらどうだい?」

「な!?」


 た、龍宮!?

 あれか!?

 先ほど笑った仕返しか!?

 その笑みはそうなんだな!?


「そやったら!」

「い、いえ、すみませんが、用事がありますので」

「嘘ですね」


 んな!?

 夕映!?


「人は、嘘をつくとき右上を見る傾向があります。それは、左脳で記憶と嘘を矛盾なく組み合わせようとするからです。というわけで、今のは嘘ですね!」


 ビシッと私を指差す夕映。

 それに慌てていると、そんな私を無視するように夕映の腕が私の腕にまわされ、立たされる。

 そのまま、ギュッと腕を抱きしめられた。


「な、なにを・・・!?」

「木乃香、反対をお願いします」

「っうん!任せてや!」


 あわわわ!

 お嬢様まで!!


「楽しんでおいで」

「たっ、龍宮〜〜〜!!」

「うるさいです」


 だったら手を離してくれーーー!!(泣


「あはは、今日のせっちゃん元気やなー」


 な、何でこんなことに・・・!

 マクダウェルさんも、そんな殺気をこめて睨むくらいなら、夕映をどうにかしてください!!


「のどか、パル、行くですよ」

「う、うん」

「はーい。今日は賑やかだね〜♪」


 だ、誰か助けて・・・!


「何故木乃香を避けるかは知りませんが、友達の悲しそうな顔を見たくないですから」

「っ!」

「もっとも、凡その理由はなんとなくわかりますが」

「夕映・・・」

「いつか木乃香を避ける理由を、話してくれると嬉しいです。刹那さんとも、私は友達なのですよ」


 お嬢様に聞こえないように囁かれたその言葉を聞いて、何故か私は抵抗する気がおきなかった。































<エヴァ 視点>


 アホか、私は。

 高々これくらいで。


 らしくなく緊張している自分に、呆れてしまう。

 というのも、以前断った仮契約について話そうと思っているのだ。


 あいつと出会って、1年が過ぎた。

 麻帆良に来るまで学校なんぞ通ったことなどないが、初めの3年は不本意ながら楽しかったといえる。

 だが、ナギは結局現れず、その上仲良くなったやつらは卒業式の次の日、綺麗さっぱり私を忘れていた。

 ましてや、卒業式に出たとしても高等部に上がることもできず。


 それからの学校生活は、ただの苦痛でしかなかった。

 それ以降は、どうせ忘れられるのだから、誰かと親しくしようなどと思うはずもなく。


 【光りに生きろ】

 そんなふざけたことを言い残しておいて、結局あいつがやったことは見たくもない光りの中に私を放置しただけ。

 それが悪いとは言わないし、悪でしかない私の自業自得ともいえる。


 そう、優しくされただけでナギを好きになった、馬鹿な私の自業自得なのだ。

 その心うちでは、私を化け物と罵っていたかもしれないのに。


 所詮、ナギも他の魔法使いと同じだったのだろう。

 この呪いは私の心に苦しみを与えるのに、とても効果的なものだった。

 他の正義の魔法使いどもと違うのは、瞬間的な殺しではなく、無様に生き続ける苦しみを私に与えたこと。


 馬鹿だと思っていたが、あいつは意外に策士だったのかも知れんな。

 あいつは初めから、約束を守る気などなかったのだ。


 それに関して、私はやつを怨むつもりはない。

 正義が悪を滅ぼそうとするのは当たり前のことでもあるし。

 私自身、男を見る目がなかったと、今では納得している。

 だが、希望を抱かせるておいて、とは今でも思う。


 そうして、何度目のか中学生としての始まり。

 今までと同じ惰性で、ふざけた日常が始まった。

 下らない、吐き捨てたくなるような、意味のない生活が。


 だが、そう思っていた私のもとに現れた、おかしなガキ。

 それが、綾瀬 夕映。


 私を真祖だと知ってなお、恐怖に竦むことなく。

 私の魔力が封印されているから見下している、というわけでもなく。

 私が吸血鬼であることなど大したことでもない、と言わんばかりに。

 ただ、面白い本を教えてくれないか、などと。


 久しぶりに、笑った。


 私は綾瀬夕映を気に入り、まだまだ弱いあいつを鍛えてやることにした。

 私が認めたやつが弱いだなんて、我慢ならんからな。


 それからは、あいつの部活を見学したり、私が入っている部活に招いたり。

 夜になれば別荘で修行をしてやり、1年の半ばからは、夜の警護も茶々丸を含めた3人でやるようにもなった。

 夕映たち図書館探検部と一緒に、秋にも関わらず季節はずれの花火なんてものをしたりもな。


 久しぶりだ。

 1年があっという間だと、そう感じたのは。


 だが、楽しかったことばかりでもない。

 というのも、宮崎のどかはどうやら夕映を好きらしい。

 絶対口にはせんが、私もあいつに惚れている。

 だからこそ、宮崎のどかが夕映を好いているとわかった。

 それは、あいつもだろう。


 初めの頃は、夕映に気づかれぬようにお互い嫉妬なんてものもしていた。

 が、時がたつにつれて、あいつと深く関わるものが増え、あいつに惚れるものも増えた。


 桜咲刹那。

 多分、大河内アキラもだ。

 龍宮真名は微妙だな。


 特に、桜咲刹那は危険だ。

 あいつは烏族とのハーフだからこそ、箍が外れると欲望のままに夕映を襲うこともありえる。


 それに思い至った時、私は焦った。

 以前、大切だからこそ夕映からの申し出を断った。

 だが、最近思うのだ。

 このままでは、手遅れになりはしないか、と。


 ゆえに今日、あいつを呼び出した。

 理由はもちろん、仮契約についてだ。


「マスター、落ち着いてください」

「私は落ち着いている」

「貧乏ゆすりをしてらっしゃいます」


 茶々丸に言われ、私は貧乏ゆすりをしていたことにようやく気づいた。


 チッ、闇の福音ともあろうものが情けない。


 そう自分を叱咤しながら。

 それでもやはり、早く来いとドアばかり見てしまう。


 そうしてようやく鳴ったベルの音。

 茶々丸がすぐさまドアを開けた。

 そこにいたのは、呼び出したのだから当然夕映だ。


「エヴァンジェリンさん、用事とはいったいなんでしょう」


 相変わらず不変の表情で、茶々丸に促されるまま椅子に座る。

 そんな夕映の前に茶々丸は紅茶を出し、いつもの「美味しいです」「ありがとうございます」のやりとり。

 さり気なく茶々丸のやつも、腹立たしいことに夕映には微笑みかけたりするのだ。


「・・・夕映、気持ちに変わりはないか?」


 お茶を一口飲み、口の渇きを潤わせて問いかけた。

 一瞬夕映は首を傾げたが、すぐに意味に思い至ったらしい。


「仮契約のことでしたら、気持ちに変化はないです」


 頭の回転が速いところも、夕映を気に入っている理由の一つだ。

 何より、躊躇いなく相手の瞳を、まっすぐ見つめて返すところがイイ。

 私の目を見つめて接してくるものなど、ほとんどいなかったからな。


「そうか・・・」


 自然と、身体から力がぬけ。

 先ほどまでカラカラだった口の中が、通常に戻る。


「仮契約をしてやる」

「ありがとうございます。ですが、急にどうしたですか?」

「それは・・・まあ、気にするな!」


 まさか、お前を他のやつにとられないため、だなんて言えるか!

 少しでもリードしていたいからだなんて、言えるはずがないだろう!


「そうですか。それで、仮契約はいつするです?」

「夜の修行の時、別荘で行う」


 わかりました、と緊張した様子もなく頷く夕映。

 もう少し頬を染めるとかしても良いだろう!

 キスをするんだぞ!キス!

 って、脳が溶けてるのか私は!?


「そうだ。今夜は血を吸うからそのつもりでいろ」

「・・・はい」


 今度は、どことなく困ったような表情になった。

 それもそうだろうな。

 吸血鬼にとって、血を吸うことは人間でいう繁殖行為と同等のものだ。

 吸う側の私はもちろん、吸われる方にも興奮作用が起こる。


 今までそのせいで、何度か夕映を襲いそうになったな・・・。

 というか、いつもは淡々としたやつからあんな声を聞いたら、襲いたくなるだろう、普通。

 ましてや、私はこいつに惚れていたりするのだ。

 第一、こいつもあまり抵抗しないのがいけないんだ!

 逃げるなり何なりすれば良いだろうが!


「おい」

「なんですか?」


 出て行こうとしたその背中を呼び止め、忠告することにした。


「吸血後、また襲おうとするかもしれんが、今日本気で逃げなければ本当に襲うぞ」


 今までは自制してきたが、今日はそうしないぞ、と。

 自分で逃げろ、と暗に告げる。


 だがそれに返ってきたのは、予想外の返答。


「エヴァンジェリンさんでしたら、嫌ではないですから」


 情けないことに、一瞬思考が停止した。

 いや、私だけではなく、茶々丸も同じだったらしい。


「も、もしやお前、私を好きなのか・・・?」

「友情という意味でしたらイエス、恋愛感情という意味でしたらノーコメントです」

「・・・どういう意味だ?」


 内心落胆しつつ問うと。


「私にはまだ、恋愛云々がわかりません。ですが、エヴァンジェリンさんが相手でしたら、そういう行為も嫌悪を感じませんので」

「・・・・・・わかった。ならば、今日から我慢するのは止めにしよう」


 確かに、まだ中学生のガキだからな。

 夕映の性格からいって、恋愛に今まで興味など抱かなかったのだろう。


 ふふ。

 なに、本人が良いと言っているんだから遠慮する必要もない。

 夕映の心よりも先に、身体が手にはいるだけのこと。

 最終的にあいつの心を手に入れれば、問題はない、はずだ。


 自分の考えたことに納得し、何度か頷く。

 数時間後のことを考えて、馬鹿みたいに内心の興奮を抑えながら。


「っそ、それでは、また後ほど」

「はい。失礼します」


 我にかえったように挨拶をする茶々丸に返して、夕映は何事もなく一旦帰っていった。















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