【だからこそ、優しくて】































「祐巳さん!?どうしたの!?」

「・・・っ?」


 痛みに耐えながら歩いると、そんな悲鳴のような声が聞こえて。

 顔をあげたら、同じクラスの志摩子さんが、顔を青くして駆け寄ってくるところだった。


「手から血が出ているわ!」

「・・・・・・」


 こんなふうに慌てた志摩子さんを、初めて見た。

 それでも心配させないようにと、大丈夫だから、そう言おうとした声はけれど、音としてまったく出てこなかった。


 もしかして、また・・・?


「保健室に行きましょう!」


 何故か、真っ赤に染まったハンカチを確認して、志摩子さんは泣きだしそうな顔をする。

 その顔のまま左手を引かれて。

 けど、蘇ってきた恐怖に、体が勝手に志摩子さんの手から手を抜いていた。


「祐巳、さん・・・?」

「・・・っ」


 平気だから、という言葉も、出てこない。

 だから、私は首を横に振って、意思を伝えようと。


 でもその前に、再び手をつかまれた。
 

「駄目よ。行きましょう」


 初めて見る、志摩子さんの険しい顔。

 その目が潤んでいて。

 2度目のその行為を、拒むことはできなかった。


 志摩子さんに手を引かれて、私は保健室へと。

 その途中。


「あれ?志摩子さん?・・・って、なによその血・・・っ」


 確か、由乃、さん・・・?


「怪我をしてしまったみたいで。今から保健室に行くところなの」

「大丈夫なの・・・っ?」


 頷いて返して、そのまま何故か彼女も一緒に保健室へ。

 ちなみに、ハンカチは一枚では足りない、ということで由乃さんと志摩子さんのハンカチも巻かれた。

 それでも、みるみるうちに紅く染まっていくハンカチを見て、2人は険しい顔。


 保健室に行くと、そこには祥子さまと先ほどの方がいらっしゃった。


「・・・ここで待っていれば、来ると思ったのよ」

「っあなた!何を考えているの!!あんなに血が出ていたのに―――!!」

「っ!」

「祥子さま!祐巳さんが怯えています!」

「っ・・・・」


 あの志摩子さんが、上級生に怒鳴った・・・?

 驚いて志摩子さんを見たのは私だけではなくて、由乃さんもあの方も同じ。


「福沢さん、傷を見せて」

「・・・・」


 険しい顔の志摩子さんに手を引かれるまま、椅子に座らされる。

 保健の先生は、私がここに上がると同時に、中等部から転移してこられた先生。

 なぜなら、私が失言症のとき、一番お世話になった先生だから。

 だから、また高等部でも同じようなことが起こった場合、対処できると高等部側は思ったのかもしれない。


 滴るくらいに紅くなったハンカチをみて、祥子さま方が息を呑んだ。


「見たのね?また」

「・・・・(こくん」


 そしてこの先生は、私の見るユメのことも知っている。

 家族しか知らない、私の能力。

 言ったとしても、頭がおかしいとしか周りが捉えてくれなかった私の言葉を、この先生は信じてくださった。


「そう・・・」


 ハンカチをどけた瞬間、どぽっ、と赤黒い液体が傷口からこぼれた。

 絶句したように口に手をあてる皆さん。

 先生と私以外の皆さんが、顔面蒼白だった。

 それでも、ユメや現実の死で見慣れている私には、痛みの方が体を蝕む。


「・・・見事に、貫通してるわね。まあ、骨を避けてるから、それは不幸中の幸いね」

「治るんで、しょうか・・・っ?」

「それはね。もっとも、表面の傷だけが塞がっても中が傷ついたままでは、治ったとはいわないわ。だから、時間はかかるわ」


 祥子さまの震えた声に、先生がしっかりとした声で返す。

 答えながら私の手にガーゼを張って、包帯を巻いてくれる。

 それから、少しはなれて携帯を取り出すと、どこかに電話をかけ始めた。


「祐巳さんっ、大丈夫っ?」


 目尻に涙を浮かべた志摩子さんに、微笑んで頷き返す。

 それでも、志摩子さんの表情は、

 皆さんの表情は、変わらず泣き出しそうで。

 声を出すことさえもできない今、それを和らげる方法が、私にはわからない。


「っごめんなさい・・・っ」


 その震えた声に驚いて祥子さまに目を向けると、祥子さまは肩を震わせて顔を覆っていた。

 私が好きでやったことなのだから、そのように罪悪感を感じなくても良いのに。


 私は傷のないほうの手を伸ばして隙間をぬい、祥子さまの頬に手をあてる。


「っ!・・・あなた・・・っ」


 ハッとしたように私を見る祥子さまに微笑んで、流れる涙を親指で拭う。

 それでか、祥子さまはさらに涙をこぼしてしまって。

 拭うのに、四苦八苦。


「・・・ありがとう・・・っ!」


 抱き寄せられて、そのまま祥子さまは私の肩に顔をうずめ。

 私は、そんな祥子さまの背中を撫でた。


「・・・初めは、祥子さんのストーカーかと思っていたのよ?」


 そう思われても仕方がない行動をしていたのだから、そう思われて当然。

 私はその方に苦笑を返して。

 その方も、苦笑を返してくださった。


「あ、あの、ところで祐巳さん」


 戸惑ったような声に、私は志摩子さんへと顔を向ける。


「先ほどから、言葉を発していないようだけれど、もしかして・・・」


 志摩子さんは、やはり泣き出しそうで。

 右手は使えないし、左手は使用中。

 だから、泣かないで?


「・・・志摩子さん、どういうこと?」


 由乃さんは私のことを知らないようで、訝しげに私と志摩子さんを交互に見ている。

 といっても、それは祥子さまやその方も同じで。


「福沢さんはね、強いショックを受けたことによる失語症になっているのよ」

「「「え・・・」」」


 目を見開く由乃さん。

 祥子さまも、勢いよく私から離れた。

 私はそれに、苦笑を浮かべてしまう。


 とりあえず左手が空いたので、志摩子さんの流れた涙を拭う。


 それと同時に聞こえてきた、救急車の音。

 それで、先ほどの電話が、病院への電話であることを知った。


「救急車も着たことだし、あなた達は教室に戻りなさい。5時間目の授業が始まるわよ」

「・・・私は、一緒に病院へ行きます」

「わかったわ」


 祥子さまの発言に驚く私とは反対に、先生はまるで予想をしていたかのようにすぐに頷いた。


 祥子さまを助けようとしたのは私の意思であって、祥子さまのせいではないのに。

 それでも、祥子さまの目がとても真剣で。

 何を伝えても、祥子さまはその意思をお変えにはならないのだろうなと、悟る。


「あなた達は、教室へ」


 ちらりと私を見る志摩子さんたちに微笑み返せば、何故かお3方とも渋々といった感じで。

 その反応に、首を傾げてしまう。

 そんな私を見て、先生は苦笑を。

 何故?


 そうしているあいだに保健室内に2人の方がやってきて、半強制的に担架に乗せられた。

 けど、自分で想像したよりも血を失っていたらしくて。


 私は横になった瞬間、意識を失った。





































 ”手術中”というのランプが赤々と灯っている。

 その前の椅子に腰掛けている、祥子と泉。

 2人とも、特に祥子は険しく、悲痛な表情を浮かべていた。


「・・・先生」

「なに?」

「・・・何故、彼女が失語症だと・・・」


 躊躇いながら、祥子はちらりと泉を見る。

 泉はそれに困ったような顔。


「彼女ね、中等部の頃に3年間弱ほど失語症だったのよ」

「え・・・?」

「といっても、中等部に編入してきた頃にはすでに、言葉を話せなかったんだけどね」

「そ、それは、何故・・・」


 ふぅ、とため息。

 泉は足を組み、膝の上に組んだ手を置いた。


「あまり、人には言っちゃ駄目よ?」

「はい」

「それと、あまり信じられないことだから、信じられないならそれで良いわ」

「はぁ・・・」


 よくわからない前振りに、祥子は曖昧に。

 泉はそれに苦笑、けれどすぐに真剣な顔で煌々と光るランプを見つめた。


「福沢さんはね、予知夢をみるのよ」

「予知夢・・・?」

「これから起こる未来を、夢で視ることができるの」


 突拍子もない泉の言葉に、祥子は複雑な顔をした。

 信じられないような、けれどそれを表に出さないように努めようとする、そんな表情を。

 予想していたのか、泉はそれについて何も反応はしなかった。


「そして、彼女が視る予知夢とは・・・・」


 間。

 祥子がそれに訝しげな顔をしたとき、泉は続きを言った。


「人の死、よ」

「・・・・・・・・・・え?」

「福沢さんは、人の死を予知夢で視るの」

「そ、そんなことが、起こるはずありませんわっ」

「起こるはずがないのなら、あなたは今こうして此処にはいないでしょうね」

「・・・・どういう意味ですか?」


 泉は眉を寄せる祥子に、ため息をこぼしながら。


「あの子は、あなたが死ぬ夢を見た。だから、それを阻止しようとした」

「・・・あ・・・っ」


 祥子は、保健室に行く途中で、静に聞いたのだ。

 祐巳がずっと、祥子の後を追いかけていた、と。

 それで声をかけたのだ、と。


「物心がつくころには、すでに予知夢を視ていたらしいわ。それも、人の死だけを」

「・・・・・・」

「事故死、病死、殺人、自殺。特に酷かったのは、小学校を卒業する少し前かららしくて、毎日毎日、人の死ぬ瞬間や悲鳴を視て、聴いていたみたい」

「だから・・・」

「ええ、それもあるわ」

「・・・他にも、理由が?」


 ええ、と泉は頷く。


「人の死ばかりを視過ぎたあの子は、人と関わることに恐怖を覚えたみたい。夢は優しくなくて、身近な人の死さえもみせてしまう。だからこそ、あの子は怖かった、と言っていたわ。人と近づくことが」

「・・・・・・」


 物心つく前から。

 それは、どれほどの恐怖をあの小さな子に与えたのだろう。


 祥子は、いまだ灯るランプを見上げた。


「毎夜視させられる死。人への恐怖。その2つが、あの子が失語症になってしまった理由」

「先生はそれを、私以外の誰にも・・・?」

「ええ。福沢さん自身、人に言うことにとても怯えていたわ。・・・・隠すことを知らない頃は、それのせいで、気味悪がられたり、化け物扱いされたりしたそうよ」


 祥子には当然、そんな経験はない。

 そんな能力もない。

 だから、軽々しく可哀想に、何てことも言えなかった。


「小笠原さん」

「はい」

「さっきも言ったけど、信じるも信じないもあなたの好きにしなさい。けど、この話しを誰かに言うことは許さないわ」

「わかっています」

「それなら良いわ」

「ですが、何故先生は私にそれを?」


 泉はそれにかすかにだが表情を緩めた。


「私の、保険医としての勘、かしらね」

「勘、ですか?」

「ええ。あの子には、あなたが必要な気がするから」


 それと、あなたにも、ね。


 続けられた言葉に、祥子は一瞬だけ驚き。

 それから、なにやら悩むような顔で視線を下におろした。

 それを見る泉の視線は、どこか優しく。


「(そう、死を視続けてきたあの子は、とても優しいから・・・)」

「(あなただって、感じたはずよ、小笠原さん。あの子の優しさを)」


 それは口にせず、ただ思うだけ。

 言わずとも、祥子ならわかると思ったから。


 その時、ランプがふっと消えた。















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