【死を視過ぎた彼女】






























「っ!?」


 一気に覚醒。

 夢から現実へ。


 吐き出す呼吸は、無意識に速くなっていた。

 頬をつたう汗が、少し不快。

 瞼にやきついた光景が、鼓動を早める。


「はぁっ・・・・はぁっ・・・・・・・・・・・はぁ・・・」


 最後に深く息を吐き出して、私はベッドの上に膝を立てて抱きしめ、顔をうずめた。


 最近は見なかった、ユメ。

 だから、安心していたのに・・・。


「祥子さま・・・」


 口からもれたのは、ユメの中に登場した人物。


 私は、小さい頃からよく予知夢を視ていた。

 それは決まって人が死ぬ時の映像で。

 それは、まったく知らない人のときもあるし、身近な人のときもある。


 何もわからない頃は、それを視るたびに泣いて家族を起こしてしまっていた。

 まだ小さかった私は、たまたま見かけたユメに出てきた人に、それを告げて気味悪がられたりもした。

 その場面に遭遇し、何度も夢でうなされたりもした。

 この能力がバレて、独り孤立した時期もあった。


 現実との境目がわからないくらいリアルなその光景。

 それが一番酷かったのは小学校卒業間際から、編入した中等部2年の初め頃まで。


 毎夜毎夜視る、悲惨な事故死、残酷な殺人、無念を告げる自殺、突然の病死。

 耳を塞ぎたくなるような断末魔、目を閉じたくなるような形相、泣きたくなるような”死にたくない”という嘆き。

 そして、それが現実に、知らせとして、目の前で見て、ニュースで見てただのユメではないと強制的に認識させられて。


 あまりのことに一時期は失語症になり、人と関わるのが怖くて怖くてで仕方がなかった。

 それでも、そんなこと関係ないとでも言うように、ユメは人の死を予言する。


 それがパタリと止んだのは、中学の2年の半ばごろ。

 本当に一切視なくなって、安心した。

 安心、していたというのに・・・・。


 まさか、祥子さまの死を予知してしまうなんて・・・。


 外れてくれれば良い。

 けど、それが外れないことを、私は嫌というほどに知っているから。

 それなら当然、することはただ一つ。


 祥子さまが死なないようにすること。

 あれが、現実にならないようにすること。


 それだけ。

 それで気味悪がられようとも。

 それで、小学生のときのように孤立しようとも。


 あれが現実になるよりは、断然良い。

 身近な人が死に、たくさんの人が悲しむのを見るよりは。































 夢の中で祥子さまは、校内の階段を下りているとき、生徒が数人がかりで運んでいた分厚い板の下敷きになって、死んでしまった。

 その板から、2本の釘の先端が飛び出ていたのを、私は視た。

 祥子さまは、それが首に刺さり死んでしまったのだ。


 そう、家や登下校中ではない。

 だからきっと、その分祥子さまの死を阻止しやすいはず。


 これでも私は、何度か人の死を阻止したことがあるのだから。


 大丈夫、きっと・・・。


 心の中で自らに言い聞かせ、私は学校へと向かう。

 あれが起きるのがいつかわからないから、祥子さまが来る前に玄関口で待っていなければいけない。


 それで待ち続けて、早1時間。

 祥子さまが現れるどころか、やってくる気配もない。

 あの方はどうやら、意外と遅い時間に登校するよう。


「ふぅ・・・」


 もれるため息。

 不思議そうに話しかけてくるクラスメイトからの問いかけに誤魔化して答えるのは、結構疲れてしまう。

 心のどこかに、まだ人との関わりを避けている節があるからかもしれない。

 それでも、あのユメを視たということは、祥子さまが今日死ぬというのは確定。

 なら、そんなことでめげてはいけない。


 30分後。

 ・・・・やっと来た。

 祥子さまから見えないように隠れて、後を追いかける。

 夢で見た光景が起こりそうになったら、すぐに助けられるようにしながら。


 そのあと、私は朝礼が始まるギリギリまで祥子さまのクラスを見張り、遅刻扱いになってしまった。


「祐巳さんが遅刻なんて、珍しいわね」

「あ、うん。少し、やりたいことがあって」

「ふ〜ん」


 いつも、私が一番に教室に入るのを知っている桂さんは、不思議そう。


「別に深いところまでは聞かないけど、あんまり無理はしないようにね。また話せなくなったら嫌だから」


 そして、私が中1から中3の初めにかけて失語症だったことも知っている。

 ううん、それは同じ学年のほとんどの人が知っていること。

 上級生の方や下級生の子は、理由を知らないながらもみんなが助けてくれたので、あまり知られていなかったけど。


 ――― パシャ


「そうそう。言葉を話せない祐巳さんは儚げでよかったけど、今の笑える祐巳さんのほうが私も好きだもの」

「・・・ありがとう、蔦子さん」

「その微笑みいただき」


 今度は真正面から撮られて、苦笑してしまう。


「っと、先生がきちゃったわ。それじゃあね」


 蔦子さんは何故かご機嫌で自分の席へと戻っていった。


「とにかく、無理しないようにね」

「うん。ありがとう、桂さん」


 良いの良いの。


 桂さんは手を横に振って笑う。

 優しい桂さんの気遣いに、私も笑みを返した。









 そのあと、休み時間のたびに祥子さまのクラスに向かった。

 さすがにお昼休みにまで行くと、通る方に凄い不審そうに見られてしまうけど、そんなことを気にしているときではないから。


 そうしたら、祥子さまがクラスから出てきた。

 慌てて後を追う。

 そして、祥子さまが階段を下りるとき、視界に入った人達。

 彼女達が持つ、分厚い板。


 ここだ!


 彼女たちが踊り場まで上りきった時、板が手すりに当たって落ちてしまう。

 それを、どうにか未然に防げれば!


 私はさりげなく近づこうとして。

 けれど、


「ちょっと良いかしら?あなた、先ほどから祥子さんに何の用なの?」


 私を不審に思っていたらしい方に、腕をつかまれてしまった。


「あ、あのっ」

「まさか、祥子さんのストーカーかしら?」

「は、離してください・・・!」


 人に関わることを恐れていた私は、唐突に触れられるとその時の心情が蘇ってしまう時がある。

 例えば、今のように。


 怖くて言葉にならない。

 けど、答えていられるほど時間に余裕はない。

 だから私は、なおも詰め寄ってくるその方の腕を振り払った。


「ちょっと!!」


 止まれない。

 だって、

 だって、ユメで視た、事故の直前の光景がそこにあったから。


 急いで階段を駆け下りる。


「っ祥子さま!!」

「え?」


 下を向いていた祥子さまが、こちらを見る。

 つられるように板を運んでいた人達も。


 彼女達は、板が落ちていることに気づいていなかった。


「っキャッ!」


 慌てて祥子さまの腕を引き寄せて、落ちてくる板を止めようと両手を前に出す。


「危ない!!!」

「避けて!!!」


「っぐぅ・・・っ」


 悲鳴と重なる、右手への激痛。

 耳の奥から聞こえた、鈍い音。

 もれでた、生理的な声。


「あなた!大丈夫!?祥子さんも!!」


 先ほど私に迫ってきた方が、顔面を蒼白にして駆け寄ってきた。

 けど、私はそれに答えることができなかった。


「っはぁ・・・っ・・・はぁっ・・・」


 目の前の手の甲から見える、2本の釘。

 本来、私の手にはない物。


 釘は、私の手を突き破り、貫通していた。


「っ私は平気よ・・・っ。けれど、彼女が・・・!」

「誰か!先生を呼んできて!!」


 騒がしくなる廊下。

 周りを囲む、野次馬の人達。

 溢れ出る血と痛み。

 そして、周りにいる人達への恐怖。


 釘が刺さったまま、私の体は震えていた。


 その時の私は、とにかくこの場から逃げ出したかった。


「う゛ぅ゛・・・あ゛ぁ゛っ・・・!」


「あなた何をやっているの!!!」

「止めなさい!!!」

「っ!!?」


 祥子さまの声。

 あの方の声。

 周りの、声なき悲鳴。
 

 私はそれらを無視して釘から手を引き抜いた。

 あたりに舞う、私の血。


 血がさらに溢れ出たけど。

 痛みだって尋常ではなかったけど。


 とにかく。

 とにかく、この場から逃げたかった。

 周りの視線から、逃れたかった。


「あなた!どこに行くの!!」

「待って!!」


 お2人の制止を振り切って、私は右手をハンカチでくるんで人垣をわけ、階段を駆け下りた。

















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