【飛び入り参加】






























 今日も、私は夜中に入ったばかりの時間に、リリアンへと足を運ぶ。

 夜蝶さまの、あの写真を撮って以来、毎日。

 また、この目で、夜蝶さまを見ることができるかもしれないから。


 夜蝶さまの再来。

 それは世間をにぎわせている。

 10年間なりを潜めていた夜蝶さまが、突如姿をあらわし、夜空を縦横無尽に飛び回る。


 蝶の様な煌びやかな羽を持ちながら、体を包むのは漆黒の服。

 顔を隠す仮面は鼻から下のない、のっぺりとした仮面。

 口元には、妖艶な笑みが浮かんでおり、それだけが夜蝶さまが唯一さらす素肌。


 夜蝶さまの存在はすでに、明治時代からあったと新聞で読んだ。

 いなくなる年数はそれぞれだけれど、その間に世代交代が行われていると思われる。


 どの夜蝶さまも、盗む相手は決まってお金持ち。

 しかし、盗まれたものがいまだ一つも世に出ていないらしいことから、盗まれたものはすべて保管されていると考えるべきだろう。

 となると、大きな家が必要。

 祥子さまの家のような、豪邸が。


 だからといって、祥子さまが怪しい、なんて決め付けてはいけない。

 祥子さまくらいのお家ならば、他にもあるから。

 
 ・・・いろいろ御託を並べてみたところで、私はただあの方をもう一度見たいだけ。

 この目で。


 なのに、まさかこんなことになるなんて・・・。








 祐巳が闇の中を飛んでいると、見慣れた背中を見つけた。


「またこんな夜中に出歩いて・・・」


 呆れたように呟き、けれどその人物だけではないことに眉を寄せた。


 3人ほどの、柄の悪そうな男たちに、囲まれているのだ。


 仮面の目元から見える目が、鋭くとがる。

 羽が大きく広がり、途端祐巳の体が急降下した。


「離してっ!!」

「カマトトぶってんじゃねえよ!こんな夜に歩いてるってことは、そういう相手を探してたってことだろうが!!」

「おい、あんまり大声あげさせるな。バレるじゃねぇか、なあ?」


 顔をもう一人の男へと向けるが、視界に入ってきたのは通り過ぎた何かと、何も発することなく吹っ飛ぶ3人目の男の姿だった。


「あれ?」


 吹っ飛んだ男へと目を向け、それから不思議そうに首をかしげた。

 急な出来事に、脳の理解が追いつかないらしい。


「や、夜蝶、さま・・・・?」


 蔦子が見た先は、2人の男の真後ろ。


「あ?」

「へ?」


 マヌケ面で振り返った2人が見たのは、羽をゆっくりと動かしながら立っている祐巳の姿。


「「んなっ!!?」」


 男たちは驚きの声を上げ、瞬間、崩れるように倒れた。

 祐巳が、見えない速さで男たちの腹部を殴ったのだ。


 蔦子はそれを見て目をさらに見開き、その表情のまま祐巳へと目を向けた。


「夜に出歩かない方が良い」


 少しハスキーな声で短く告げると、祐巳はすぐに羽を広げ、飛び立つ。

 蔦子はそれを見てハッとすると、慌てたようにカメラを構え、写真を撮った。


 祐巳は背中でそれを感じ、ガクッと肩を落としてしまう。

 幸い、蔦子には羽が邪魔でそれを見られることはなかったが。


「蔦子さんって、やっぱり変わってる・・・・ついでに、懲りてない・・・気がする・・・」


 呆れたように呟き、祐巳はため息をついた。





























「本当よ!本当に、夜蝶さまに助けてもらったの!」


 祐巳が教室に入ってすぐに、珍しく興奮した蔦子の声が聞こえた。

 話している相手はもちろん、桂だ。


「じゃあ、そのときの写真とったのよね!?」

「・・・飛び立った後のは・・・」

「それじゃあ意味がないじゃない!なんで悪党を倒す夜蝶さまを撮ってないのよ!」

「(相変わらず、嫌な話題だよぉ・・・・)」


 肩を落とし、祐巳は近づいていく。


「どうしたの?2人とも。というか、すごい声大きい」

「あ、祐巳さん!聞いて、私昨日、夜蝶さまに助けてもらったの!」

「助けてもらったっていうことは、蔦子さんの身に危険がおとずれた、っていうことだよね?」

「あ・・・」

「あ、いや、それは、そうなんだけど・・・」


 祐巳の言葉でそれを理解したらしい桂と、目をさまよわせる蔦子。

 これまた珍しい姿だ。


 だがそれは、祐巳が蔦子たちいわくブラックの表情で蔦子を見ているから。


「蔦子さん?」


 その顔のまま、祐巳は蔦子の顔を覗き込んだ。

 蔦子は天変地異の前触れかと思ってしまうほどに目を泳がせ、祐巳と目をあわそうとしない。


「蔦子さん」


 桂にも名前を呼ばれ、蔦子は観念したように息を吐き出し、上目遣いに祐巳を見た。


「ごめんなさい」

「もう、夜に出歩いたりしない?」

「・・・・・・はい」

夜に、出歩いたりしない?


 顔をさらに近づけ、目もさらに鋭くなる。


「ハイ!」


 あまりの怖さに、蔦子は大きな声で返事。


「もうしちゃ駄目だよ?」


 それを聞いて満足したのか、祐巳はいつもと同じ笑みを浮かべており、蔦子はホッと安堵の息をつく。


「ええ、もうしないわ」

「桂さんも、駄目だからね?」

「蔦子さんと一緒にしないでよ、祐巳さん。それに、私、祐巳さんに嫌われるようなことなんてしないわ」

「・・・・そっか(写真を見たりするのは、その範疇じゃないんだ・・・確かに、それで嫌うなんてことしないけど)」


 桂の笑みに微笑み返して、けど内心はため息を吐く祐巳。


 なんだかんだ言いつつ、この2人の中心は祐巳なのだ。











 昼食時間。


「ねえ、祐巳さん」

「なぁに?」


 厚焼き玉子に箸を伸ばしていた祐巳は、蔦子へと目を向けた。

 蔦子は購買で買ったパンを手に持ったまま、祐巳を見つめている。


「祐巳さんって、お姉さんいる?」

「なんで?」


 こてん、と祐巳と桂はそろって首をかしげた。


「昨日声とかきいて改めて思ったんだけど、やっぱり似てるのよね、祐巳さんと夜蝶さま」


 パキン、と祐巳の体が凍った。

 それは、何とか祐巳が自力で解凍させたけれども。


「あら、そうなの?」

「ええ。仮面から見えた瞳の感じだとか、声とか、雰囲気とか。さっきの祐巳さんに、そっくりなのよね」

「ねえねえ、祐巳さん!どうなの!?」


 身を乗り出して聞いてくる桂に便乗するように、蔦子も身を乗り出す。


 祐巳は引きつりそうな口端をできるだけ抑えながら、顎に指を当てて首をかしげてみせる。


「う〜ん、どうだろう?わたしの知ってる限りでは、姉も兄もいないと思うけど」

「(いや、むしろここで片親しか血の繋がらない姉がいる、っていう設定にしたほうがいいのかな・・・?)」


 内心冷や汗を流しながら、帰ったらみんなに相談しよう、と決意を固めた。


「そう・・・・。ねえ、祐巳さん」

「(ドキッ!)なぁに?」


 真剣な目で見つめられ、祐巳はかなりドキドキ。


「文化祭で、夜蝶さまのコスプレしてくれない?」

「・・・・はい!?(なんで話がそっちにいくの!?)」

「良いじゃないそれ!是非みてみたいわ!!」


 目を見開き、危うく箸を落としそうになる祐巳とは反対に、桂は目を輝かせてノリノリだ。

 桂の反応を受けてか、蔦子はメガネをキラーン☆、と光らせる。


「写真部のイベント、としてやろうかと思っているのよ」

「写真部でもないのに、なんでわたしがしなくちゃいけないの!?」

「なら私もやるわ。それなら良いでしょう?」

「いやいやいやいやいや!」


 両手を前に出し、前面に拒否をあらわす祐巳。

 けれど、当然蔦子と桂がそれを受け入れるはずがなく。


「なら、私もやっても良いかしら!」

「桂さんなら大歓迎よ」

「わぁ!楽しみ!」

「聞こう!ねえ、わたしの意見を聞こう!?というか、聞いて!?」

「衣装は、写真を参考にして探しましょう」

「そうね。仮面はしなくても良いわよね」

「無視!?」


 残念なことに、蔦子と桂は完全スルー。


「なんなら、あと1人くらい、仲間にいれない?」

「あら、良いわね。誰にしましょうか」

「やっぱり、このクラスで似合いそうな人といったら・・・」

「「志摩子さんね」」

「いやっ、志摩子さん山百合会の行事あるし!」

「さっそく聞きにいってみましょうか」

「ええ!」

「またしても無視!?わたし正論いってない!?」


 祐巳の叫び声が2人に届くことはなかった。


「(わたし泣きそう!!)」








「「志摩子さん」」


 聞きなれた声。

 気になっていた人と一緒にいる人たちの声。

 私はそれに、慌てて顔を上げた。


「な、なにかしら?」


 何を言われるのか、と戦々恐々としながら、けれど2人が見せているのは笑顔。


「「夜蝶さまのコスプレ、しない?」」



「・・・・はい?」


 そんな2人から問われた言葉を、私は一瞬理解ができなかった。


「実はね、文化祭のとき、写真部の催しとして夜蝶さまのコスプレを考えているの」

「こす、ぷれ・・・?」

「ようは、夜蝶さまの衣装を着て、文化祭を楽しむのよ」


 きらきらとした目をした蔦子さんと桂さんに、私はどうしようかと視線をさまよわせた。

 一番に目を向けたのは、祐巳さん。


 祐巳さんは、哀愁を漂わせて窓の外を見ていた。

 その目は遠くを見ていて、なんとなく理解した。

 祐巳さんも、”こすぷれ”というものをするのだと。


「祐巳さんと、仲直りしたくない?」

「え!?」


 驚き顔を戻すと、先ほどとは違う笑みを浮かべた蔦子さんがいた。


「祐巳さんは気づいていないみたいだけど、志摩子さんあの日からいつも祐巳さんを見ているでしょう?」

「あ・・・」


 気づかれていたのだとわかり、頬が熱くなった。


「山百合会も大変だろうけど、別に当日志摩子さんは暇な時間に衣装を着るだけだから、そんなに時間はとらないわ」

「そう、なの?」

「ええ。これを機に、祐巳さんと仲直りしてみたらどう?」


 私は、蔦子さんの言葉に強く頷いた。


「ご一緒しても、良いかしら?」

「よし、そうと決まれば、こっちこっち!」

「あ・・・っ」


 桂さんに腕を引かれ、私は慌てて包みを開けようとしていたお弁当を持ち、祐巳さんのいる席へ。


「祐巳さん!志摩子さん、良いって!」

「・・・・・志摩子さん」

「は、はい」

「お疲れさま」

「え?」


 私は、呆れたような笑みを浮かべている祐巳さんに、首をかしげた。


「桂さんと蔦子さんの勢い、すごかったでしょ?」

「なによそれ!志摩子さんは、心から了承してくれたのよ?」

「そうよ。笑顔で頷いてくれたから、ここにいるんじゃない」

「え?そうなの?わたしはまた、勢いで押し切ったのかと思ってた」

「祐巳さんにしかしないわよ!そんなこと!」

「祐巳さん以外に、するわけないじゃない。そんなこと」

「・・・・桂さん、蔦子さん、ちょっとお話が」

「「い・やv」」


 そんな祐巳さんと桂さん、蔦子さんの会話。


 2人に対する羨ましいという心はあるものの、それ以上に祐巳さんが私をいることに不満を感じているわけではないその様子に、とても安堵してしまう。


「とりあえず、変なことになっちゃったけど、よろしくね。志摩子さん」

「ええ」


 私は、その会話に入っていけるようになるような、祐巳さんと笑いあえるような、

 そんな勇気を、持とう。

 そう思った。


 いつか、ではなくて。

 近いうちに。























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