【現れた人】






























「それ、本当なの?」

「私は嘘なんてつかないわ」


 教室に入ると蔦子と桂が顔を寄せ合って話しているのを見つけた祐巳は、足音を立てないようにしながら近づいていった。

 すぐそばまで来ると、桂と蔦子のそんな会話が聞こえる。


「何の話?」

「っ!?な、何だ、祐巳さんか。ビックリさせないでよ!」

「や、やるじゃない、祐巳さん」

「ごめんごめん。それで、どうしたの?」


 桂の隣である自分の席に腰掛け、カバンの中身を机の中へと移動させながら2人に問う。


「ほら、昨日のことよ」

「ああ」


 蔦子に納得の表情を返すと、桂が顔を寄せてきた。


「やっぱり、本当のことなの?」

「蔦子さんが何を言ったかわからないけど、たぶん本当」

「そうなんだ」


 桂は感心するように頷いた。


 祐巳、蔦子、桂は、周りのように山百合会のものに憧れを持っていない。

 蔦子は山百合会の者たちの写真は売れるので、感謝はしていたが。


 ゆえに、桂は昨日のことを聞いても、幻滅なんてものはしないのだ。


「ようは、薔薇様も人間だってことよね」

「そうね。ま、完璧すぎるよりは親しみやすいわよね」

「祐巳さんで遊んだことは許せないけどね」

「同感」


 頷きあう桂と蔦子の様子を、祐巳は苦笑しながら見ていた。

 と、急に蔦子がにっこりと笑う。


「ところで桂さん、これを見てみて」


 蔦子が取り出したのは、数枚の写真。


「(また写真!?)」


 軽いトラウマになってしまったらしい祐巳は、さりげなく警戒した。


 そんな祐巳に気づかない桂が、その写真を手にとり。


「・・・っ!?これは!!」


 夜蝶の写真を見たときと同じくらい、凝視した。


「ね、ねえ、蔦子さん。それ、何?」

「見る?」


 ニヤリとした顔で差し出された写真。

 祐巳は恐る恐るそれを受け取り、見てみた。

 けれど、そこにいたのはただの自分の写真。


「これ、もしかして昨日の?」

「そう。ブラック祐巳」

「・・・・・そのブラック何とかってナンデスカ?(そしてさり気に呼び捨てですか?)」


 良い笑顔の蔦子に、思わず敬語(+片言)で問う祐巳。

 それに笑顔のまま蔦子が答えようとしたとき、


「蔦子さん!これ焼き増しして!!」


 桂がそう言って遮ってきた。

 本人にその意思はないだろうが。


「特別よ?」

「いやいやいや!本人のいる前で、そういう話しやめよう?影でされても嫌だけどっ」

「ごめんなさい、もうしちゃったわ。というわけで、よろしくね、蔦子さん」

「任せなさい」

「(・・・・・・なんでこの2人と友達なんだろう、わたし・・・・・)」


 テヘッと明るく、そして軽く謝りすぐに蔦子へと顔を向ける桂。

 蔦子など祐巳の言葉なんてなかったように、桂に笑顔を向けている。

 祐巳はそんな2人の様子に、遠い目で窓の外を見た。


「それで、ブラック祐巳というのはね」


 急に説明を始めた蔦子に、祐巳は我にかえると慌てて耳を傾けた。


「いつもはほんわかしている天然で単純な祐巳さんが、ガラッと変わって鋭い指摘をしてきたり、この写真みたいに鋭い目で見つめてきたりする状態の祐巳さんを言うの」

「(なんか、実は馬鹿にされてる・・・・?)」


 口端を引きつらせる祐巳に気づかず、桂は相変わらず写真を見つめている。

 とりあえず蔦子に言いたい文句を抑えて、桂に声をかけた。


「あ、あのさ、桂さん?」

「何?」

「本人の前で、その人の写真を見るのは如何なものなんだろう?なんて、思うのですが」

「ああ、大丈夫。わたしはそういうこと気にしないから」

「(そういう問題!?)」


 なんだか近頃、桂さんがわからなくなってきた。と思う祐巳だった。












「桂さん、お昼くらいは写真を見るのやめようよぉ〜」

「だって、夜蝶さまもブラック祐巳も、素敵なんだもの」

「蔦子さんからも、何か言ってよ〜」

「あら、良いじゃない。私もこれからそうしようかしら」

「やめてー!」


 カバンから写真を取り出そうとする蔦子の腕を掴み、抵抗。

 桂だけでも居心地悪いのに、蔦子にまでされたらそれこそご飯ものどを通らない。


「もう、大袈裟ね、祐巳さんったら。ねえ、夜蝶さま」

「(桂さん、写真に話しかけてる!?)」

「それにしても、なんか夜蝶さまとブラック祐巳さんって、雰囲気似てるわよね」

「え!?」


 蔦子が写真を交互に見ながら、そんなことを急に呟いた。

 どきっ!!と、もうそれは凄いくらいに動く。


「「・・・・・・・・・・」」


 ジーっと写真の夜蝶と、目の前にいる祐巳を交互に凝視する。


「(え?え?嘘、うそぉ!なにこの急な展開!!)」


 ドクン!ドクン!と、2人の視線に何を言えばいいんだろう、と焦りながらその目を見つめ返した。


「・・・今まで黙ってたけど、実は、そうなんだ・・・・」


 祐巳がそう言うと、蔦子と桂は驚いたように軽く目を見張って顔を見合わせた。


「そうだったの・・・・」

「まさか、祐巳さんが夜蝶さまだなんて・・・・」

「ええ!?信じるの!?」


 今度は祐巳が驚いた。

 が、蔦子と桂はクスッと笑いあい、桂が祐巳の両頬を摘んで引っ張る。


「わたし達を騙そうだなんてするから、ちょっとお仕置きしたのよ」

「ほひほひっへ」

「なに言ってるか、桂わかんな〜い」


 引っ張りながらテヘッ♪とお茶目に笑う桂の手から逃れ、頬を膨らませた。

 そんな祐巳の頬をつつきながら、蔦子がニヤリと笑う。


「大体ね、夜蝶さまと祐巳さん、どう見たって背丈があわないじゃない。髪だって、夜蝶さまほど長くないでしょう?」

「わかってて冗談言ったのに。信じたかと思ったよぅ」

「わたし達を騙そうだなんて、100年早いのよ、祐巳さん」

「そうね。第一、祐巳さんは嘘がつけないんだから、人を騙せるはずがないのよ」


 桂と蔦子の言葉に祐巳は不満そうな顔をするけれど、内心はガッツポーズ。


「(何とか誤魔化せたけど、2人とも鋭いな・・・。にしても、やっぱり写真なんて大っ嫌い!!)」


 祐巳の、写真に対する印象がさらに悪くなった。




 そんな祐巳たちを見つめていた、一人の少女。

 志摩子だ。


 昨日の祐巳と蔦子の言葉が、ずっと頭の中を廻っていた。

 次の日になっても。

 それはずっと消えることなく、むしろ自己主張をし始める。


 昨日のことを思い出すたび、志摩子は憂鬱になる。

 祐巳を見ていると、その話題の中にいるかいないかなど関係なく、微笑んでしまう。

 元気で明るくて、周りさえも元気にしてくれるような祐巳。

 そんな祐巳に「嫌い」と言われた。

 ましてや、消極的な志摩子は、社交的な祐巳に憧れを抱いていた。


 昨日、見ているだけしか出来なかったことを謝りたい。

 けれど、仲の良さそうな3人のもとへと行き、謝る行動力が志摩子にはなかった。

 なかったし、勇気もなかった。

 だから、志摩子は祐巳たちを見ていることしか出来ずにいた。



 と、急に。


 ――― ざわざわ


 廊下が、ざわざわし始めた。


 志摩子だけではなく、祐巳たちも何事かと廊下を見れば、ちょうど1人の少女が出入り口のドアに現れた。

 その人物は、昨日祐巳が嫌いだと告げたうちの一人、鳥居江利子だった。


 祐巳と蔦子が顔を見合わせ、それから桂とも顔を見合わせた。


「昨日のことかな?」

「あら、志摩子さんに用事なのかもしれないわよ?」


 祐巳が呟くと、桂が志摩子を見て言う。


「ごきげんよう」


 しかし、祐巳と桂の言葉とは反対に、江利子が向かってきたのは祐巳たちだった。


「「「・・・ごきげんよう」」」


 顔を見合わせた後、祐巳たちは挨拶を返す。

 まるで、知り合いとも言えないくらいの人と挨拶を交わすように、固い感じで。


「昨日のことですか?」

「ええ。私としては、あのまま終わりにはしたくないのよ」

「祐巳さんは、ただの生徒なのに、何故わざわざ?」

「あら、私たちに面と向かって「嫌い」だなんていう子に、興味を抱かないほうが変じゃない?」

「興味があるからという理由だけで、嫌われてる下級生に会いに来るんですか?」

「当然よ。言ったでしょう?あのまま終わりにしたくはない、と」


 祐巳、桂、蔦子にそれぞれ返す江利子。

 それから、江利子は祐巳へと目を向けた。


「私はね、祐巳さん」

「はい」

「興味があるものには、食いついて離れないの」

「はぁ・・・(スッポンか?この人・・・)」


 内心呆れながらも、とりあえず返事。

 江利子はそれににっこりと微笑む。


「だから、よろしくね」

「な、何をですか?」

「ヒ・ミ・ツv」


 唇に人差し指を当て、江利子は颯爽と教室を出て行った。


「・・・・何なの?あの人」

「「黄薔薇さま」」

「いや、それはわかってるから!」


 間髪いれずに返してきた2人にズビシ!と突っ込む祐巳。


 それを無視するように、桂が右肩、蔦子が左肩に手を置く。


「「頑張れ♪」」

「他人事!?」


 爽やか過ぎる2人の笑顔に、祐巳驚愕。



 周りが何があったんだ、といった視線を祐巳たちへと向けるが、祐巳たちはそれを無視していつもどおりの会話を続けていた。


 志摩子はそんな3人に目を向けながら、江利子のような勇気がほしいと、強く感じていた。























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