【夜蝶】































【今宵も、”夜蝶”が空を舞う!!】

【10年ぶりに現れた、怪盗”夜蝶”!今回狙うは、大議員の家!!】




 祐一郎は、新聞の見出しを飾るその文字に、ぶっと吹き出した。


「父さん?」

「お父さん、どうしたの?」

「あなたったら。気にしないで、祐巳ちゃん、祐麒。”夜蝶”に笑っただけみたいだから」


 みきの言葉に祐巳と祐麒は顔を見合わせ、呆れたような顔をした。


「また?いい加減、慣れたら良いのに」

「だがな、祐麒。”夜蝶”だぞ?ずいぶんと、綺麗な名をつけられたものじゃないか。なあ、祐巳?」


 ニヤニヤと祐巳を見る祐一郎に、祐巳は頬を膨らませた。


「失礼だな〜、もう!」

「あなたも祐巳ちゃんも止めなさい。けどまさか、蝶、と呼ばれるとは思わなかったわね。私たちは、蛾、のつもりなのに」

「電灯、宝に集まる蛾、それがそんな名前で呼ばれることになるなんてな」

「祐麒の言うとおりだよ。名前負けしてる感じ」

「あら、祐巳ちゃん。全然そんなことないわ。祐巳ちゃんの羽綺麗で、私は好きよ?」

「・・・・ありがとう、お母さん」




 一般よりも少しだけ裕福な福沢家はけれど、平凡な家庭である。

 否、そう見せていた。

 けれど、実際はそうではない。


 現在=福沢みき、旧姓=祝部みき。

 祝部家は、代々伝わる怪盗一家なのだ。

 その家に生まれた女性は、16歳の誕生日の夜に羽が生え、同時に外見が10歳ほど歳を取ると、怪盗をする資格を得る。


 かつて、みきもそうだった。

 そして現在は、祐巳がそれを受け継いでいた。





「祐巳さん、ごきげんよう」

「ごきげんよう、桂さん」

「新聞見た?夜蝶様、すごい大々的に載ってたわね!」

「うん、見た見た」


 桂は、熱狂的な夜蝶のファンであった。

 もっとも、リリアンのほとんどがそうであると言っても過言ではない。


 月夜、羽を広げて飛ぶその姿は幻想的で、幾数もの人間を魅了する。


「素敵よね〜。私のところにも、盗りに来てくれないかしら」

「おじさん怒るよ、きっと」


 苦笑する祐巳の言葉ももっともである。

 他人事であるから楽しんでいられるのだ。

 盗られる方にしてみたら、そんな悠長な、といったところである。


 まあ、盗られる方も、盗る本人にそんなことを言われたくないだろうが。


「ごきげんよう、祐巳さん、桂さん」

「「蔦子さん、ごきげんよう」」

「ふふふ、これを見て」


 なにやら怪しい笑みを浮かべつつ、蔦子は数枚の写真を祐巳の机においた。


「あ!!」

「っ!?(げっ!!)」


 心の中で、淑女らしからぬ言葉を叫ぶ祐巳に気づかず、桂はその写真を取り上げた。


「夜蝶様じゃない!どうしたの、これ!!」

「よく撮れているでしょう?自信作なのよ!」


 雲からのぞく月の光に照らされた、夜蝶の姿。

 漆黒の服をまとい、まるで王に頭をたれるようにマリア像にひざを突いているその背中からは、夜蝶の証である大きな羽が。

 他のには、羽を広げて飛び立つ姿が映し出されていた。


「マリア様に忠誠を誓う夜蝶様・・・・素敵だわ!!」
 
「(盗んだ帰りに、昼間マリア様の前に落としたピンを拾ってるところだよ・・・・)」


 THE 視点の違い☆

 だがそれは、誰が見ても桂と同じ意見しか出ないような姿だった。


「(自分のマヌケさをここまで恨んだのは、初めてかもしれない・・・・)」

「忘れ物を取りに来て、まさかこんな光景にめぐり合えるなんて思わなかったわ!」

「(わたしもまさか、蔦子さんが夜中の1時に学校に来るとは思わなかったよ・・・・)」

「夜蝶様の髪、月に照らされていてとても綺麗ね・・・。あー、仮面がなければ、もっと嬉しかったのに!」

「(いや、それバレますから!)」


 写真をボーっと見ながらも、祐巳はしっかり蔦子や桂の言葉には(心の中で)返している。

 けれど、10年後の姿をとっているその顔が見られても、今とは違いすぎてきっと誰も気づかないだろう。

 それほどまでに、祐巳は変貌を遂げるのだ。


「一枚、1000円。どう?」

「全部買った!」

「(ぼったくり!!?)」

「まいどあり〜♪」

「ねえ、蔦子さん。これ、文化祭で発表とかしないの?」


 もうお金を払い、ほくほく顔で蔦子に問いかける桂。

 それに、蔦子はキラリ、とメガネを光らせた。


「ええ、考えてるわ。題名は、そうね・・・・『黒と白の逢瀬』」

「いや、逢瀬って、片方石像じゃ・・・(こんなのお母さんに見られた日には、怒られちゃうよ。・・・・むしろ、狂喜乱舞して写真買い取りそうだけど・・・)」

「わかってないわね、祐巳さん!きっと、夜蝶様はマリア様をお慕いしていらっしゃるのよ!だから、夜な夜なマリア様に逢いにいらっしゃるんだわ!」

「(そんなの捏造しないで!落し物を取りに来ただけなの!・・・すっごいマヌケだよわたし!)」


 頭を抱えたくなった祐巳。

 もちろんそんなことはしないが、朝から気分は急降下。

 今日はブルー日決定だ。





「ふ〜ん♪ふふ〜ん♪」


 放課後、鼻歌を歌いながら隣を歩く友人に、祐巳はため息をこぼしそうになる。


「ごきげんだね」

「ええ。なんといっても、夜蝶様のおかげで今日だけで2万を売り上げたんだもの♪」

「ぼったくりだな〜」

「あら、私の涙と汗の結晶をたしたんだもの、当然の金額よ。むしろ、安いくらいよね」

「(偶然忘れ物とりに来ただけで、涙と汗とか言われてもな〜・・・)」

「けど、本当に素敵ね、夜蝶様って」

「え?どこが!?」


 思わず素っ頓狂な声を上げてしまう祐巳に、蔦子は呆れたように首を横に振って見せた。


「まだまだ子供ね、祐巳さん。夜蝶様の魅力がわからないなんて」

「(自分の魅力とか言われても、わたしナルシストじゃないし・・・・)そう、かな?」

「そう!きっと、仮面の下はとても綺麗な顔が隠れているに違いないわ!ああ、撮りたい!!」

「(恐ろしい!!)」


 ひぃ〜!と心の中で悲鳴をあげる祐巳のことなど無視するように、撮りたい、と繰り返し呟く蔦子はなんだか危ない人みたいだった。

 いや、みたい、ではなく、確実に危ない人だ。


 距離をとり、遠巻きに蔦子を見つめる祐巳。

 そんな祐巳の耳に、小さな声が聞こえてきた。


「あ、あのっ、放してください!」


 驚いてそちらに顔を向けると、見慣れない1人の少女が2人の男性に囲まれていた。

 制服は、どうやらリリアン中等部のもののようだ。

 祐巳はムッとすると、その少女のもとへ歩いていった。


「(髪が竜巻だ・・・・)」


 なかなか見ない髪形に驚きつつ、気丈に睨み返している少女の肩を叩いた。


「お待たせ、ごめんね」


 とりあえず、常套句を言って、少女の腕をつかんでいる手をやんわりと外してみた。

 ビクッとして振り返った少女は、祐巳を見てぽかん顔。

 お待たせって、なんのだろう?といった感じかもしれない。


「それで、うちの妹に何か御用ですか?」


 少女の前に立ち、微笑みながら問いかける。

 男たちは驚いたような顔をしたが、すぐにニヤリと笑って顔を見合わせた。


「この子のお姉さん?可愛いね。名前教えてよ」

「申し訳ありませんが、見知らぬ方にはお教えできません(祐麒がいたら、あんたらロリコン?とか言いそう)」


 思いを隠してやはりにっこり。


「そう言わないでさ。ちょっと遊ぼうよ」


 1人の男が祐巳の腕をつかめば、少女が小さく息を呑んだ音が聞こえる。

 祐巳はその手を外し、右足を蹴り上げた。


「「「っ!?」」」


 3人そろって息を呑む。


 祐巳の右足は、男の顔の真横でぴたりと止まっていた。


「あまりしつこいと、こちらもそれ相応の対応をさせていただきますが?」

「い、良いのか?あ、あんた、リリアンだろ?そんなことしたら、学校になに言われるかっ」


 もう1人の男がそう言ってくるが、祐巳は足を下ろして微笑んだまま、


「構いませんよ?わたしは、中学生をナンパする20代後半の男性が余りにしつこくて、仕方なしにやったことですから」


 そういい、さらに続けた。


「こういうとき、弟ならこう言うのでしょうか?・・・・一昨日きやがれ、ロリコン野郎」


 もう、キャラ違いません?そんな勢いだ。


 そして、


 ――― パシャ


 カメラのフラッシュ。


 祐巳たちがそちらに顔を向けると、いつの間に(向こうから)戻ってきたのか、そしていつの間にやってきたのか蔦子がカメラを構えていた。


「大の男が中学生をナンパする瞬間、ばっちり撮らせてもらいました」

「お、おい」

「あ、ああ」


 2人は慌てたように走り去っていった。


「・・・・ねえ、祐巳さん」

「なぁに?」

「今日、ブルー?」

「ブルー?」


 カメラのキャップをしながら問いかけてきた蔦子に、祐巳は首をかげた。


「下着の色」

「なっ!?」

 ぶっ!!


 祐巳は吹いた。

 少女は言葉を失った。


「まさか、祐巳さんの下着を写真に収めることができるなんて。今日はなんて良い日なのかしらv」

「つっ、蔦子さん!?」

「永久保存版v」

「むしろ永久消滅を希望します!」

「却下v」

「ちょ、ちょっと蔦子さん!」


 るんるんで歩き出す蔦子をおって、祐巳も慌てて駆け出す。


「あ、あの!」

「え?」


 祐巳は不思議そうに振り返り、少女を見た。

 話題が話題だったからか、少女の頬はなんとなく赤い。


「わ、私、松平瞳子と申します!お姉さまのお名前を伺ってもよろしいでしょうか!」

「あ、うん。わたしの名前は、福沢祐巳だよ。それじゃあ、気をつけてね。ごきげんよう」


 男たちに向けていたのとはまったく違う、優しい笑顔を向けて手を振り、背中を向け蔦子を再び追いかけた。

 その背中を、少女は惚けるように見つめていた。


「祐巳さま・・・」






















「さて、行きますか」


 鼻下から欠けたように無い仮面を手にしながら、福沢家の屋根に立っているのは、祐巳。


 いつもは二つに結わっている髪をひとつで団子にし、一本の黒い簪をつきさすようにしてまとめている。

 黒いズボン、黒いタートルネック、黒い手袋。

 仮面をつければ、肌が見えるのは、口元だけだろう。

 後は、少しだけ薄い髪だけ。

 身長は170センチほどといったくらいだろうか。


 探せば何とか、昼間の祐巳の面影が残る、綺麗と称せるその顔に、静かに仮面をつけた。


 一気に、背中に大きく広がった羽が現れ、祐巳は跳躍した。























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