【ようやく見つけた人】































 江利子は、窓から見えた光景に、我が目を疑った。

 それも一瞬のことで、すぐに駆け出していたが。


 リリアン生らしからぬ、スカートのすそを翻し、江利子は走った。

 階段を駆け下りて。

 途中、聞きなれた声に呼び止められたが、聞かなかったことにして。

 否、それさえも耳に入らず、一直線に。


「・・・・・・・・お早いご登場で」

「あ・・なたっ・・・な・・・んでっ!」


 仁王立ち。

 されど、息切れ。


「なにをおっしゃっているのかわかりませんが」


 どこか呆れを含んだ声で。


 江利子の聞き慣れたその声。

 見慣れたその表情。

 その中で見慣れない、自分と同じ制服。


「はぁ・・・はぁ・・・はぁぁ・・・・・・。リリアンに、来てくれたのね」


 最後に大きく息を吸ってはいて。

 江利子は、近づいていった。


 何度も何度も。

 本当に数え切れないくらい。

 ずっと、一緒にいたいと。

 リリアンに来てほしいと言い続けていた少女に。


「まあ、同僚からも勧められましたからね」

「同僚?・・・まあ、いいわ。あなたが、私のもとに来てくれたのなら」


 一度ピクリと眉を動かすが、それもすぐに消え、江利子は満面の笑みで少女の前にたち。


「待っていたわ」


 万感の思いで、少女を抱きしめた。


「はぁ・・・」


 少女は抱きしめ返すことはなく。

 諦めたようにため息をはき。


 けれど、江利子の腕を振り払う様子を一切みせなかった。


 周りで何事かと見ている生徒たちがいる。

 周りで、江利子だと騒ぎ出す生徒がいる。

 周りで、相手は誰だと囁きだす生徒がいる。


 そんなこと。

 そんなこと、関係なくて。


 江利子は思うまま。

 強く。

 苦しいくらい強く、少女を抱きしめた。


 それは、江利子の親友が引き剥がすまでそのままだった。





























「聞いたわよ、祐巳♪」


 朝のH・Lを終えてすぐ、祐巳のもとに同僚である桂が近づいてきた。


「耳聡いですね」

「まさか!朝の話は、もう全校生徒が知ってるわ!」


 面白そうに両手を広げ、大きなリアクションをとる桂に祐巳はどこか呆れたようにため息。


 それは、楽しんでいる桂に対してか。

 はたまた、聞き耳を立てているクラスメイトとなった者たちにか。


「それはそれは」

「けど、まさかあれほど熱烈だとは予想外だったわ」

「楽しんでいますね」

「もちろん v」


 ため息。


「もういっそ、受け入れたら?」

「・・・私と彼女は、住む世界が違います」

「なんだそんなこと。こっちに引き入れちゃえばいいことでしょ?」


 何かを引く動作をしてにっこりと笑う桂に、祐巳は3度目のため息を吐いて片手で顔を覆った。


「もう、そんなに呆れることないでしょ!」

「呆れますよ」


 ムッとしたように頬をふくらます桂。

 祐巳は取り合わない。


「だいたい、祐巳だって江利子さまのこと満更でもないんでしょ?」

「何故そのように思うのですか?」

「だって、あの祐巳が拒絶しないなんて、今までなかったもの!」

「しても、彼女は聞きません。だから、諦めただけです」

「それでも、今まで祐巳に言い寄ってきた子達を考えると、ねぇ?」


 人魚に同属、魔女でしょ?


 なにやらぶつぶつと呟き、指を折っていく桂。

 それから、何か閃いたように。


「わかった!祐巳は処女が―――!」

「桂?」


 ぴしりと、桂は固まった。


 ギギギ、と硬質な動きで祐巳へと顔を向ければ。

 そこには、めったに浮かべない、祐巳の笑顔。


 綺麗。

 可愛い。

 それらの形容詞は、人によって異なるが。


 桂が感じたのは、ただ「恐怖」。


「あまり下らないことを言ってると、握り潰しますよ?」


 何を?


 そんなツッコミさえできないほど素早く、桂は指折りしていた手を体の側面にくっつけて。

 姿勢を正して、にこりと笑った。

 かなり引きつり気味な笑みだが。


「なんでもないっ!」

「そうですか。ではそろそろ、授業の準備をしたほうが良いですよ」


 その言葉はイコール、さっさと席に戻れ、という意味で。

 桂は回れ右をし、自らの席に直行。

 無駄のない動きで着席。

 さっさと1時間目の用意を始めた。


 その身体は、見てわかるほどに震えていた。


 自業自得。




































 編入生のことは、瞬く間に噂になった。


 曰く、とても可愛いのだと。

 曰く、とても綺麗なのだと。

 曰く、神秘的な雰囲気なのだと。

 曰く、幻想的な雰囲気なのだと。

 曰く、一般人とは思えないオーラを放っているのだと。

 曰く、近づきがたいオーラを放っているのだと。


 曰く、黄薔薇さまと恋人関係なのだと。


 それらが蓉子の耳に入ったのは、偶然ではなかった。

 きっと、クラスメイトたちが、江利子の親友である蓉子に確認をとりたかったのだろう。


 話題の少女が、江利子とどういう関係なのかどうかを。


 そしてそれは、蓉子だけではなく、山百合会メンバー全員に流されていた。


 そのうちの1人、祥子はそんな噂になど興味がなかった。

 噂でどれほど素敵か聞かされても、それは所詮噂に過ぎなくて。

 他人から見て素敵でも、祥子にとって素晴らしい人だとは思えない可能性が高いからだ。


 だから祥子は別に、噂の人物を見に1年生の階に来たわけではなく。

 ただ単純に、山百合会の仕事を手伝ってくれる志摩子への言伝のためにやってきただけ。


 だって祥子は、興味がない。

 今の彼女が興味ある人物といえば、ただ1人。


 あの日。

 あの夜。

 1時間にも見たない、短い間触れた奇妙な世界の住人。


 どこか、物語に出てくる悪魔にも似た翼を持った。

 紫の瞳を持つ、美しい少女のこと。


 あれから、忘れた日などなくて。

 恐ろしい”何か”と出会ったというのに。

 それさえ掻き消えてしまうくらい、印象深く。

 今も、心にあり続ける少女のこと。


 思わずもれ出たため息。

 祥子はそんな自分に呆れ、けれどそれを表には出すことなく志摩子の教室へと向かった。


 教室の前に着て、祥子が思ったことはまず「煩わしい」、だった。


 それはそうだ。

 1年桃組前の廊下には、なぜか人で溢れていたからだ。


「・・・・少し、どいてくれるかしら?」


 自然と眉がより、声も刺々しくなってしまう。


「っ!?す、すみません、紅薔薇のつぼみ!」


 声をかけられた1年生らしき初々しい少女を含めた者たちが、慌てたように割れた。

 騒がしさも一緒に消えたので、祥子は幾分気分が戻るのを自覚しつつ、一声かけて教室の中に。


「志摩子」

「あ、祥子さま」


 祥子が声をかけたのは志摩子。


 まるで、他は興味がない、といえるような雰囲気を放つ彼女に、周りで見ていた者たちがどこか残念そうな表情をした。

 きっと、彼女達は山百合会の人物である祥子が、江利子と浅くない関係にあると思われる少女に何かアクションを起こすと思っていたのだろう。


 祥子はそんな周りになど興味がないように。


「今日の仕事はなくなったわ。だからお茶会だけだから、来ても来なくてもかまわないわ」

「わざわざありがとうございます」

「良いのよ。あなたには十分助けられているし、これくらいするのは当然だわ」


 親しきものにしか向けない。

 それでも、蓉子に向けるよりも幾分か硬めの笑みで、祥子は告げた。


「ありがとうございます」

「いえ。それではね、ごきげんよう」

「ごきげんよう、祥子さま」


 挨拶を交わして、祥子は踵を返す。


 だがその途中、何か見逃してはいけないものを見かけたような気がして、


「?」


 顔を移した。


 祥子の視界に入ってきたのは、切り離された空間。

 たくさん人が集まっているこの教室で、一箇所だけ違う場所のような雰囲気を放つ場所。


 頬杖をついて、窓の外に目を向ける少女。

 そんな少女の肩に、頭を乗せて目を閉じて眠っているらしい少女がいる。


 まるで、そこだけ違う世界のような。

 騒がしい喧騒から引き離されたような。

 静寂の世界。


「・・・・・・・・」


 ゆっくりと。

 けれど確実に、祥子の目が見開かれていった。


「っあなた!!」


 それが噂の人物であるとか。

 周りの状態とか。

 そんなこと意識はない。

 目に見えない。


 ただ、一直線に彼女のもとへと向かった。


「ひゃっ!?なになに!?」


 祥子の大きな声にだろう飛び起きた少女は、わけがわからず辺りを見渡し。

 窓の外を見ていた少女は、祥子を視界に入れて、どこか驚いたように薄く目を見張った。


「あなたはあの夜の、優しいのか愚かなのかわからない人・・・」

「な、何故リリアンに!?それとも、元々リリアン生だったの!?」

「いえ。今日から、この学園に編入したんです」

「そ、そう。・・・あ、あの夜は、本当にありがとう。言うのを忘れていて、ずっと引っかかっていたの」

「律儀な人ですね、あなたは」


 驚きと喜び。

 それらが混ざった、珍しい祥子のその年相応に見える表情。


 周りで見ていた者たちはそれに目を見開き。

 それ以上に、謎のの編入生が祥子とも知り合いだということに、驚愕した。

 それは、志摩子も同じであった。


「で、できれば、改めてお礼がしたいのだけれど」

「結構です。あなたにお怪我もないようですし」

「それでもっ」


 引き下がる様子のない意思を感じて、祐巳はため息。


「わかりました」

「本当!?」


 輝く、祥子の表情。

 これまた、周りの者たちには珍しい表情。


「ちょちょっと祐巳!?祥子さまとも知り合いだったの!?」

「まあ」

「それはさすがに報告受けてないんだけど!?」

「今まで忘れていたものですから」


 嘘だ、と桂はわかった。

 忘れる、なんて祐巳はしないのを、長年一緒にいて知っているからだ。

 それこそ、何百年前のことだって、祐巳は覚えている。

 それは、自分も然り。


「・・・・・・・はぁ」


 だから、桂は諦めのため息を吐いた。


「まあ、良いや。祐巳のことは、信じてるし」

「ありがとうございます、桂」


 手を横にふって。

 もうその話しは終わり、とばかりに桂は再び祐巳の肩に頭を乗せて目を閉じた。


 ただ、それを見ていた祥子は、不機嫌そうだが。


「それで、私はどうすれば良いのです?」

「あ・・・っ。今日の放課後、うちに来てもらえるかしら?」

「わかりました」


 桂に向けていた視線を慌てて祐巳に移し、祥子は答え。

 返ってきたのは簡潔な言葉。


 それでも、祥子は嬉しさに笑顔になった。


「では、終礼が終わった後に迎えに来るわね」

「わかりました」

「ありがとう。それではごきげんよう。・・・そういえば、名前を言っていなかったわ。私は小笠原祥子。あなたは?」

「私は福沢祐巳といいます」

「そう。それではごきげんよう、祐巳さん」


 嬉しそうに教室を出て行く祥子。

 思わずそれを見つめ、見送る一同。

 すでに、窓の外に目を向けている祐巳。


 謎の編入生。

 江利子と浅からぬ関係を持ち。

 編入生だというのに、すでにクラスに旧知の存在がおり。

 さらに、祥子とも知り合いだったと判明。


 祐巳の謎は、さらに深まるばかり。


















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