【裏のこと】






























 一軒の家。

 パッと見は、どこにでもあるような家。

 その家の中、朝日に照らされて眠る一人の少女あり。

 まだ14,5歳あたりなのだろう、幼い、可愛らしい寝顔だ。


 その少女へと近づいていく、一つの影。

 17,8歳くらいだろう、女性と少女の中間というべき彼女は、そのまま少女に覆いかぶさるように乗りかかる。

 それに気づき、少女の目がゆっくりと開かれた。


 幼い寝顔だった彼女はけれど、紫色の神秘的な瞳とその強い眼差しで、幼さなど一瞬で消えた。

 あるのは、凛とした気高さ。


「・・・また、入ってきたんですか」


 毎度のことなのだろうか、はたまた少女には感情の起伏あまりないのか、上に乗りかかられているというのに驚いた様子はない。

 乗りかかっているほうは、そんな少女の問いかけににっこりと。


「鍵をかけていないんだもの、あなたって。無用心よ?」

「うちに入ろうとする輩など、いませんからね。あなた以外」

「そうね。見えても認識はされないように、術が施してあるんだものね」

「ええ。それより、退いてくれますか?」


 軽く肩を押してくる少女の手をつかみ、彼女は笑みを深めて反対にその手首をベッドに押し付けた。


「食事がまだでしょう?」

「いりませんよ、あなたの血なんて」


 押さえつけられているにもかかわらず、少女の表情は変わらない。

 反対に、それに不満そうな顔をするのは相手のほう。


「なんでよ?頭も良いし、顔だって良いつもりよ?そのうえ処女。普通なら、飛びつくほど素晴らしい血液じゃない」

「普通の人間であるあなたが、ヴァンパイアの普通を語らないでください」


 ふぅ、とため息。

 相手はそれでさらに不満そう、というよりも拗ねた顔になる。

 その表情のまま、少女に口付けた。


「普通じゃないわ。だって、あなたという存在に出会ったもの。そして、あなたに恋をした」

「それはただの思い過ごしです。あの場面であなたを助けたために、そう勘違いしているだけでしょう。吊り橋効果、というものです」

「ふん。私の気持ちを、勝手に分析しないでくれる?」


 彼女は、器用に少女が寝巻き代わりに来ているYシャツのボタンを、口で外し始めた。

 それを見て、少女は再びため息。


「そういうことだけは、上手ですね」

「ええ、日々上達しているわ。どこかの誰かさんが、素直に脱いではくれないから」

「私のせいだと?」

「他に誰かいて?」


 にこり、と少女に微笑み返すころには、白く滑らかな胸がさらけ出されていた。


 少女はため息をつく。

 まったく、本当にこういうことだけ器用になって、とでも言うように。


「・・・ん・・・っ」

「ふふ。やっぱり素敵、あなたの声」

「・・・っ・・・・それはっ・・・どうも・・・ん・・・っ」


 小さくもないが大きくもない胸の間。

 ゆっくりと、楽しむように彼女は口付けていった。

 少女らしからぬ甘い声を、聞くために。

 スレンダーな体が放つ、魅惑的な香りを嗅ぐために。






















「江利子、あなた遅刻してきたでしょう!」

「さすが蓉子。耳が早いわね」

「なにを考えてるの!あなたは、黄薔薇さまなのよ!?」

「別に、なりたくてなったわけじゃないわ。お姉さまが、たまたま黄薔薇さまだったというだけでしょう?」

「屁理屈をこねないで!!」

「まあまあ。落ち着こうよ、蓉子」


 憤る蓉子。

 気にしていない江利子。

 そんな2人の間に入ったのは、最近元気を取り戻してきた聖。


「とりあえず、理由を聞いてみたらいいじゃん。怒るのはそのあとでも、さ」


 聖の言葉が確かに正論だからか、蓉子は心を落ち着けようと息を吐き出し、椅子に座る。

 それを見て、令はホッと息を吐き出した。

 祥子は蓉子派なのか、睨むように江利子をみている。


「それで、なんで遅刻してきたわけ?」

「・・・・そうね」


 つまらなそうに書類を片付けていた江利子は、ふっと笑みを浮かべて窓の外へと目を向けた。

 それは、蓉子でさえも初めて見る、柔らかな笑み。


 全員が、驚いたように江利子を見つめる。


「簡単にいえば、なかなか懐いてくれない猫を抱いていたのよ」

「猫?」

「そう。猫」


 にっこり顔の江利子。

 蓉子たちはそれに首を傾げたり眉を寄せたり。

 ただ、その中で聖だけは、本当の意味を気づいたように目を見開いている。


「え、えっと、・・・・マジ?」

「ええ、マジ」


 極上、と言っても良いかもしれない、江利子の笑顔。

 顔を見合わせて疑問符を浮かべる蓉子たちとは反対に、聖はこめかみを引きつらせていた。































「まったく、黄薔薇さまにも困ったものですわ」


 仕事が終わり、祥子は家へと帰る道を歩いていた。

 あたりは暗いが、今はもう慣れた。


 グチグチ文句を言いながら、少しだけ足早に外灯しかない道を歩く。


 その時。


「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 布を裂くような悲鳴が、祥子の脳を震わせた。


 ピタ、と立ち止まる祥子の足。

 固まった体。

 その状態で、目だけをキョロキョロと動かし、あたりを見渡す。


 どれくらいしただろうか。

 誰かの悲鳴はあれきり聞こえてこない。

 まったくの静寂。

 耳が痛くなるほどの。


 祥子の頬を、冷や汗が伝う。

 ポトリ、と落ちた雫の音でさえ、祥子は怯えて肩を震わせた。


 気のせいだ、そう言い聞かせて、けれど祥子の体は動かない。


 すると、前から何かを引きずるような音が聞こえるのがわかった。

 それも、段々と近づいてくるよう。


「っ!」


 ガタガタと震える体。

 しかし、ピクリとも動かず、逃げることが出来ない。


 ただの勘違いでありますように!!


 心の中でそう祈っていた祥子の前、月に照らされた誰かが姿を現した。


「ひっ!!」


 金色に輝く瞳。

 それを持った男性が、歩いてくる。

 左手で、何かを引きずりながら。


 男は祥子の姿を見て、にやり、と笑った。

 いや、正確には、ニタァ、といった笑みを。

 口から覗く、紅い何か。

 男が引きずる物体を濡らす、同じ色。


「こんな夜更けに、お嬢ちゃんみたいな若い子が、危ないよぉ?」


 どさり、と落とされた物体。

 ニタァ、とした笑みのまま近づいてくる男。


 祥子の脳が、激しく警報を鳴らす。

 それでも。

 それなのに。

 祥子は、ぺたりと、その場に座り込んでしまった。


「特に、お嬢ちゃんみたいに美味しそうだと、さぁ」

「っいや!近づいてこないで!!」


 叫ぶも、男は歩みを止めない。

 むしろ、その叫びさえも喜ぶように、気味の悪い笑みを深めるだけ。


 だが。


「っが・・・っ!」


 触れそうなほどに男が祥子に近づいた時、鈍い音が響いた直後、男の体が大きくよろけた。


「誰だ!!」


 ギラリと、危険な輝きを宿す、男の瞳。

 それは、祥子の後ろへと向けられていた。


 祥子が恐る恐る後ろを振り返り。

 それと同時に、祥子の肩に掛けられたコート。


「・・・・え・・・・?」

「殺しても殺しても、ゴキブリのように湧いてきますね、あなた方は。いい加減、我が国に人間を狩りに来るのは止めていただけますか?」


 知らない間に隣にいたのは、Yシャツにジーパン、という軽装をした少女。

 祥子はその少女の紫色の、美しい瞳に知らず知らずのうちに目を奪われていた。

 男とは違う、気味の悪い色ではなくて、強い色。


 祥子は、ただ純粋に、美しいと思った。

 隣にいる彼女が。


「ひひっ。お前、知ってるぞぉ!人間とヴァンパイアのあいだに生まれた、出来そこないだ!!」

「でしたら当然、今まで私と出会ってきたあなたのような存在がどうなったのか、ご存知ですよね?」

「前のやつらが、小物だっただけさぁ!てめェみたいな小娘、ぐちゃぐちゃにして食ってやるよぉ!!」


 牙をむき出し、少女に襲い掛かる男。

 しかし、少女はそれに怯むことなく男の後頭部をつかみ、地面に押し付けた。


「残念ですが、あなたも小物のようですね。今までで最短ですよ?」


 くすりと笑い、少女はそのままいつの間にか手にしていた、真っ白い銃の銃口を男の後頭部に押し当てる。

 祥子が制止する間もなく、そして躊躇いもなく、その引き金を引いた。


 ――― パスッ


 気の抜けるような音。

 男は白目をむき、体から完全に力を失った。


「あっ、あなた、なんてことを・・・!!」


 少女は恐怖に顔を引きつらせる祥子に目を向け、少し呆れたような顔をする。


「あなたは、優しいのか愚かなのか、判断に困りますね」

「なっ、なんですって!?」

「そうでしょう?いくら人の形をしていようと、彼は人を食べ物としか考えていない輩ですよ?」

「・・・・食べ、もの・・・?」


 視線での促し。

 祥子がその視線をたどれば、内臓が飛び出た女性の死体。

 先ほどまで男が引きずっていた、肉塊だったものの正体。


「う・・・っ!」


 祥子はその悲惨さに、胃の中にあったものを戻してしまう。

 背中を叩く、ポンポン、という優しい感触が少しだけその勢いを緩めてくれる。


 しばらくして逆流が収まった祥子は、息荒くしながら涙をうけべていた。


「残念なことに、今水は持っていないんです」

「・・・良いわ。手も、ありがとう」

「お気になさらず」


 スッとはなれていく手に名残惜しさを感じつつ、祥子は立ち上がる。

 けれど、腰が抜けてしまったらしくすぐにへたり込んでしまった。


 月に照らされた祥子の頬が、朱に染まる。

 少女はそれにくすりと笑い、祥子の体を抱き上げた。

 いわゆる、お姫様抱っこ、と呼ばれるものだ。


「ちょっ!」

「家までお送りしましょう。住所をお願いします。それとも、その腰が治るまでここいいますか?」


 その意地悪な問いかけに、祥子は渋々、といったように住所を述べた。

 その直後、祐巳の体が空にまう。


 息を呑んだ祥子は、視界にはいってきた翼を見て、納得した。

 いや、いまだ理解の範疇外ではある。

 ただその納得には、軽い現実逃避が含まれているだけ。


 少女と祥子のいなくなった場所。

 そこには、男の遺体も、女性の遺体も、何も存在してはいなかった。






「お疲れ様、祐巳」

「ありがとうございます」


 表向きは、ただの廃屋。

 しかし、ある術の施された扉を蹴れば、最先端の機械たちが並んでいた。


 祐巳がそこにはいると、すぐに声を掛けてくれたのは同じ歳くらいの少女。


「それにしても、減らないわよね〜」

「ええ。オリジナルは、どこの誰で何人いるのか。まあ、日本に来なければ、そんな者たちどうでも良いのですが」

「相変わらず、祐巳は毒舌ね」


 祐巳と少女の会話の中に入ってきた、眼鏡をかけた女性。

 知的な印象を受ける女性だ。


「おや?事実でしょう?」

「ふふ。ええ、そうね。事実だわ」

「さて、景。私は報告も済みましたので、そろそろ家に帰ります」

「ええ、お疲れ様。桂、あなたも帰って良いわ」

「やった!祐巳、帰りましょう」

「ええ」


 細くなる、紫と金の瞳。

 それを見つける、金の瞳も優しい。


「そうだ!景も、早く帰るんだよ?じゃないと、所長が怖いんだから!」

「ええ、わかってるわ。それじゃあ、おやすみ、2人とも」

「「おやすみなさい、景」」


 女性に手を振り、2人は廃屋を出て行く。


「ところでさ、祐巳。リリアンに来ること、考えてくれた?」

「まだです。リリアンは、彼女がいる学校ですからね」

「あ〜、江利子さまか。祐巳ラブだもんね、江利子さま」

「・・・他人事だと思っていますね?」

「他人事だしv」


 祐巳は、にっこりと笑う同僚の無邪気な笑みに、小さくため息をついたのだった。











 一言。


 一話完結?











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