【隠れた顔】































 廃工場。

 飛び交う音なき銃弾。

 倒れる者たち。


 その中、銃弾の雨を危なげなく避ける黒い影。


「っ生きて帰すんじゃねぇぞ!!」

「駄目です!もう、半分以上がやられました!!」

「チッ!無駄撃ちするな!味方にあたる!!」


 そんな彼らの声も虚しく、次々と男達は倒れ。

 残ったのは、中年に入るくらいの男1人。


 ――― ゴツ・・・


「ひっ!」

「後は、あなただけみたいだけど?」


 後ろから聞こえてくる、低く、冷たい声。

 男は銃を落とし、両手をあげ。


 あたりは死屍累々。

 コンクリートは、床だけではなく壁まで赤黒い液体で濡れていた。


「たっ、助けてくれ!!金ならやる!!だから、命だけは!!」

「残念」


 返ってきた即答。

 男にとって、希望も何もないそれ。


「あなた達みたいなのは、依頼がなくても消すつもりだったから」

「っ死んでたまるかーーー!!!」


 屈み、銃を拾い上げようとした男。

 その男の額に、押しつけられる無機質な銃口。


 男はピタリと動きを止め、顔を蒼白にした。


 暗いその中。

 照らされたのは、影の口元。

 そこにあるのは、描かれた弧。


「Checkmate」


 抜けた音が響き。

 紅が舞う。




















 ある家の一室。

 パソコンの光りで顔を照らされた、真剣な少年の顔。

 その少年が、にやりと笑い。


「Jackpot」


 カタ、とEnterキーを押した。


 ――― コンコン


 それとほぼ同時に、ドアを叩く音。

 少年が顔をそちらに向ければ、すでに開かれているドアに背中をあずけ、手の甲をドアを叩いた位置で止めている少女が。


 それなりの表情をすれば可愛いだろうその顔。

 けれど、そこにあるのは冷静な表情。


「おかえり」

「ただいま。それで、どう?」


 主語のない言葉。

 けれど、少年はそれでわかったのだろう。

 少女に、にやりと笑い返す。


「ちょうど今終わったところだ」

「さすがだね」

「でもさ、たまには自分で調べたりとかしたら?できないわけじゃないんだから」

「無理だよ。私、人を騙したりするのは嫌いだもの。そういうの、苦手なんだよね。それに、そっちの方がそういうの得意でしょう?」

「酷いな、俺がそういうことするの好きみたいじゃないか」


 笑いながら言った少年の言葉に、少女はくすりと笑う。

 艶やかな笑みで。


「違うの?」


 その問いに返って来たのは、にやりとした笑い。


「まあ、否定はしないさ」


 その返答に少女はうっすらと笑い、少年の後ろに移動。

 それから、パソコンの画面を覗き込むようにする。


「見てみろよ。今まで潰した中で、ワースト3には入るんじゃないか?ここ」

「・・・そうみたいだね」


 冷静な少女の瞳に、怒りの色が宿る。

 それは、少年の瞳も同じ。


 少年がゆっくりと画面を下にスクロールさせ。

 2人の目が、凄い速さでそこに書かれている文を読んでいく。

 それに伴うように、2人の瞳には更なる怒りが。


「売春斡旋、か。それも、下は6歳から、上は18歳ときた。どの子も、各地で誘拐された子達ばかりだ」

「この子、最近行方不明者としてテレビで、捜索を呼びかけられてた子だね」


 少女が見つめる先。

 泣いたのだろう、赤い目をした7歳の女の子の画像がある。


「それも、すでに客を取らされた後みたいだね」


 リストに書かれたその子の欄には、『客5人』の文字。


「どうやら、薬で大人しくさせてるみたいだ」

「暴れられないように?」

「ああ。まあ、中には暴れてほしいロリコン野郎もいるんだろうけどな」


 2人とも、その笑みは冷たく。

 いうなれば、嘲るかのような笑み。


「明後日までに、必要な全ての情報は調べておく」

「お願いね」


 お互いに低い声で。


「ふふ・・・幸せな死なんて、迎えさせてあげない」


 それは冷たく。

 氷のようで。


 とても、美しい笑み。


「頼むぜ”死神”」

「そっちこそ、情報よろしくね”道化師”」

























 リリアン女学園。

 昼食時、祐巳と由乃、志摩子の2年生組は珍しく、薔薇の館ではなく人気のあまりない場所で昼食を取っていた。


「やっぱり、こんな陽の良い日は中じゃなくて外で食べるのが一番よね!」

「うん。気持ちが良いよね♪」

「そうね。私もそう思うわ」


 3人は顔を見合わせ。

 それから、笑う。


「寝ちゃいそうだよ」

「賛成」

「けれど、あと10分ほどで5時限目が始まってしまうわよ?」


 志摩子の言葉に、祐巳と賛成した由乃は残念そうな顔。


「それがあった・・・」

「午後の授業なんて、なくなれば良いのよ」

「まあ、由乃さんたら」


 クスクス笑う志摩子。

 それにつられるように2人も笑い。


 そんな時、祐巳の携帯が震えた。


「あ、ごめんね」


 携帯を取り出し、なんだろう?の表情のままメールを開く。


 あるPCを介してのそのメールは、依頼。

 それは、表向き母親であるみきが運営している探偵事務所に着たもので。

 それも、相手は祥子だ。


 内容は、なんと祥子の従姉である瞳子が登校時に行方不明。

 誘拐かもしれないから、と有名でもあるみきの事務所に探してほしいとのこと。

 瞳子の家はお金持ちのため、身代金誘拐を危惧したのだろう。


 依頼主が両親ではなく祥子、ということに若干の違和感を感じるも。

 依頼文の中に、両親がその報告を聞き倒れてしまったから、と書かれていて納得。


 もっとも、祐巳にしてみれば、倒れてる暇があったら警察にでも頼め、と思うのだが。


 表情を変えずそれを全て読んだ祐巳は、嬉しそうな笑顔を作って携帯を閉じた。


「なんだったの?」

「今日、家族で外食するから、早く帰ってきてほしいって。今日、お茶会だから平気だよね?」

「そうね。けど、羨ましいわね〜」

「楽しんできてね、祐巳さん」

「うん!」


 にっこりとした笑顔を作って。

 もう一度、携帯を開く。


 送り主は祐麒。

 内容は、その瞳子が、調べていた組織のリストに新しく加わっていた、というもの。

 欄には、調整中、との文字があるとも。


「なんですって?」

「中華が良いか洋食が良いか、それとも和食が良いか?っていう質問。う〜ん、私は和食が良いな〜」


 由乃に答えたその瞳の中。

 そこには、憎悪すら宿っていることに、2人が気づくことはない。




 放課後。

 祐巳は家に帰ることなく、みきの事務所に直行。

 人の気配がしないそこには、祐麒がすでにパソコンに向かっており。


「祐巳、道具は全部いつものところにあるぞ」

「そう」


 由乃や志摩子に向けていたのとは天と地ほどに差のある、冷たい表情。


 祐巳は鞄をソファに置くと、ツインテールを外しながら奥のドアへと足を進めた。

 数秒後現れたのは、黒で統一された服を着た美しい少女。


 黒のズボン。

 黒のハイネック。

 黒の手袋。

 黒のコート。


「行ってくるね」

「ああ。事後処理は任せておけ」

「派手にね」

「それこそ任せておけ。生き地獄ってやつを味あわせてやるさ」


 にやりとした笑みを交わして。

 祐麒はパソコンに再び向かい。

 祐巳は、もう一つの扉の方へと向かった。


 そこは薄暗い地下。

 長く続く、細い道。

 そこかしこにある横道。

 そこにある、一台のバイク。


 祐巳は、コートを翻し、躊躇うことなくそれに跨り。


「必ず救い出す」


 凄い速さで、バイクは走り出した。























 瞳子は、絶望の中にいた。

 わけのわからない男たちに、ムリヤリ車の中に押し込まれ。


 連れてこられたのは、小さい子供から自分よりも年上の少女が押し込められた広い部屋。


 彼女達は一様に、気味の悪い濁った目をしていて。


「なに、心配するな。お前も、近いうちにあいつらとお仲間だ」


 ニヤニヤ笑顔の男たち。


 背筋が凍るなんてものではないと、瞳子は思う。

 食って掛かる勇気もなく。


 ただ、男の言うとおり近いうち訪れるであろう残酷な現実が、少しでも遅く来てほしいと願うことだけ。


 体を震わせ。

 リリアンの制服が汚れることなんて、今さら気にすることでもなく。

 ただ、目を閉じて切に祈るだけ。


「(助けて・・・助けて・・・助けて・・・)」


 マリア様、助けてください、と。


 連れてこられて。

 祈り始めて。

 どれくらい経っただろうか。


 部屋の外が、なんだか騒がしくなったような気がして。

 室内にいた男たちが慌ただしく動き出して。

 瞳子は、顔をあげた。


 けれどそれも、今まで聞いたことのない轟音で、首をすくめたが。


「なん、ですの・・・っ?」


 答えるものはいない。

 周りにいるのは、ただ壁や床を見つめるおかしな少女達のみ。


 男たちの叫び声が続き。

 怒声が続き。

 轟音。


 自らの身体を抱き。

 迫り来る恐怖から身を護るすべは、それだけ。

 一介の高校生である瞳子には、それが精一杯で。


 ただ、涙が溢れていた。


「もう嫌ですわ・・・っ・・・お父様・・・お母様・・・っ」


 助けて、と。


「・・・祐巳さま・・・っ」


 呟いたその言葉は無意識で。

 ゆえに、瞳子の心が本心から求める人。


 今の瞳子に、そんなことを理解する余裕はなかったが。


 ガチャリと、開いたドア。


 その音に、瞳子はさらに身体を震わせ。

 それでも、先ほど男たちが出て行った、この部屋唯一のドアを見つめた。


「・・・っ!?」


 現れたのは、知っているような知らない少女。

 真っ黒なコートの裾を翻し。

 肩を過ぎた辺りまで伸びた、色の薄い髪を翻し。


「近づくんじゃねぇ!!」


 1人残っていた男が、怯えたように見慣れない。

 けれど、知識としては知っている拳銃と呼ばれるものを両手で構え。


 少女はそれに反応するように、ぴたりと足を止めた。


「へ、へへっ。バカなヤツだ。こんなことして、ただで済むと思ってんのか?」


 それに返ってくる言葉はなく。

 そんな少女に何を思ったのか、男は引きつった笑みを浮かべたままだ。


 瞳子は、急に目の前で起こった出来事にわけがわからず。

 それでも、少女が自分を見て一瞬微笑んだのがわかった。

 とても、綺麗な笑みで。


「俺たちの顧客には、政界の大物だっているんだ!俺を殺したら、そいつらがお前を消すぜ!?」


 だが、それに返ってきたのは冷笑で。


 男はそれにゾクッと、背筋が凍るような寒気を感じて。

 瞳子はそれに、ドクンと、胸を高鳴らせた。


「っ待て待て!!わかった!お前がほしいのは金だろう!?いくら欲しい!!」


 その笑みで悟ったのだろう。

 男は、手の平を返したように交渉しようとした。


 少女はやはり答えず、ゆっくりと瞳子のもとへと。

 男はガタガタとふるえながら、銃口を少女に向けたまま。

 瞳子は、釘付けにでもされたように、視線を少女に向けたまま。


 そんな瞳子に、少女はコートを静かな動作で掛けてやる。

 そして、瞼に優しく手を添えられ。


「目を、瞑っていて」


 聞いたことのあるような気がする。

 しかし、それよりも色香があるようなその声に。

 素直に、従っていた。


 瞳子に、少女に対する恐怖はなく。

 少女が、男がもつものよりもごつい拳銃を握っていたとしても。


 あるのは、男たちに拉致られてから、初めて感じた安心感。


「で、お金だっけ?」


 瞳子は、少女が立ち上がった気配を感じて。

 掛けてくれたコートの前を、ギュッと握りしめた。


「けど、残念。お金に関係なく、あなた達みたいなのは、元から依頼がなくても消すつもりだから」

「っ!!!」


 男は一直線に唯一のドアへと向かい。

 少女は、すっと片手をまっすぐ前にだし。

 引き金を、躊躇うことなく。


「Checkmate」


 静かな声が。

 無機質な室内に、四散した。








































「瞳子ちゃん、無事でよかった・・・」

「ご心配をおかけしました、祥子お姉さま」


 薔薇の館。

 瞳子は、1日しか経っていないのに、まるで何年もいなかったような感覚で薔薇の館にいた。


 世間では、その組織を利用していた者たちの実名が、匿名で公表された。

 それはテレビで。

 それはインターネットで。


 公表された彼らの中には政界の大物も多数おり、ゆえに世間をにぎわせている。


 社会的抹殺。

 祐麒が行った事後処理とは、このことである。


 ちなみに、警察からも組織を壊滅させて欲しい、との依頼が多々くるので、そういった機関から祐巳たちが捕まり、罰せられることはない。

 民間人を傷つけない、という条件付で許可された存在なのだ、彼女達は。


 さらに被害者達は、薬で意識を混濁させられており。

 色々なところを連れ回されたような気がする、ということはおぼろげに覚えてはいるも、決定的なことは覚えていなかった。

 それはきっと、不幸中の幸い、といえることなのかもしれない。

 決して、幸せではないのだが。


「けど、まさか瞳子ちゃんが誘拐されてたなんて。本当、無事でよかったわよ・・・」

「ありがとうございますわ、由乃さま」


 いつもはどちらかといえばそりの合わない2人。

 だからこそ、こんな時の心底安堵したような言葉が、瞳子は嬉しかった。

 自分を本心から嫌っているわけではないと、そう確認できるから。


 だから、瞳子も本心の笑顔で返した。


「由乃さんのいうとおりだわ。怪我もなくて」

「ありがとうございます」


 志摩子とも微笑みあって。

 他の者たちからの言葉にも、珍しく素直に受け答えする瞳子。


 と、令が思い出したように首を傾げた。


「けど、瞳子ちゃんを助けてくれた人って、いったい何者なんだろうね?」

「そうね。それは気になるわ」


 うんうん、と頷く由乃。

 なんだか、何か事件を解き明かそうとする、探偵のようだ。


「由乃さんたら」

「なによ、志摩子さんだって気になるでしょう?」

「それは、そうだけれど」

「どんな人だったの、瞳子?」

「・・・綺麗な、方でしたわ」


 乃梨子への答えに、ふんふん、とさりげなく頷くみんな。

 その中で1人、驚いたような表情をした祐巳に気づくことなく。


「ですが、どこかで見たことがあるような気が・・・」

「どこで!?」


 一番に身を乗り出したのは由乃で。

 けれど、祥子たちもジッと瞳子を見つめている。


「・・・・いつも、見ている方のような気がしますが・・・」

「ほらほら、思い出して!」


 由乃の言うとおり、思い出そうとする瞳子。

 しかし、これといった決定打が出ないのか、やがて首を横にふる。


「今すぐには無理ですわ」

「なぁんだ」

「もう、由乃ったら」

「なによ。令ちゃんだって知りたかったくせに」

「そ、それはそうだけど」


 アセアセと答える令。

 不満そうにムッとする由乃。


 そんないつもの黄薔薇ファミリーに微笑む祥子たち。


「ねえねえ、瞳子ちゃん」


 同じように、いつもの日常が嬉しくて口元を柔らかくさせてそれを見ていた瞳子に、祐巳が声を。


「なんですの?祐巳さま」

「飲み物なくなったから、みんなの紅茶入れよう」

「あら、私としたことが。そうですわね」


 瞳子が立ち上がり、伴うように祐巳も立ち上がった。

 それに目を見開く瞳子。


「瞳子1人で大丈夫ですわ」

「良いよ。第一、わたしもやることないんだもん」


 そういう理由ならば、と瞳子は渋々、といった風を装いながらため息。


 2人で流しに向かい。


「ねえ、瞳子ちゃん」


 なぜか、小声での呼びかけ。

 瞳子がそれに訝しげに祐巳を見れば。


「あの時のことは、秘密、だよ」


 祐巳が、自らの口元に人差し指をあてていた。

 うっすらと、微笑んで。


「っ!?」


 息を呑む瞳子。

 その笑みと、昨日見た少女の笑みがかぶる。


 髪型の違う2人。

 けれど、それ以外の部分は同じで。


 祐巳がしないと思っていた、その艶やかな。

 綺麗な笑み。

 ゆえに、あまりに真逆すぎて思い出せなかった、似ている人物。


「祐巳さま・・・っあなたが・・・っ!」


 悟った。

 あの時の少女は、目の前にいる上級生の一つの顔なのだと。

 本当の顔なのだと。


 その言葉は続くことはなかった。


 なぜなら、瞳子の唇に、予想外に細いその指が押し当てられていたから。


「”私”と瞳子ちゃんだけの、秘密。ね?」


 美しい微笑とその指。

 瞳子は顔を赤くして、閉口してしまう。

 せざるを得なかった。


 紅茶を入れながら。

 瞳子は、手伝ってくれる祐巳をちらりと見て。


 トクン、と、心臓が波うった。




















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