【前世を信じますか?】
昔、2人の少女が隠れて愛し合っていた。
1人は見目麗しい、その一帯の領主娘。
もう1人は、可愛い顔立ちの町娘。
領主の娘は、町娘の傍が心地良くて共にいるようになるうちに、誰に対しても分け隔てのない優しさに惹かれていった。
町娘は、領主の娘の寂しさを癒したいと思って接しているうちに、次第に不器用な優しさに惹かれていった。
けれど、2人の逢瀬は見つかり、領主は激怒。
自分の娘は見逃したが、町娘を町の往来で首切りの刑に処した。
白装束に身を包み、いつも綺麗にお団子にして一つにまとめられた髪は乱れ放題。
しばらく牢屋に入れられていた町娘のふっくらした頬は、可哀想にこけていた。
誰からも愛されていた少女の、死刑執行。
柵で囲われた向こう側から見ている町人たちは、誰も彼も嗚咽をもらし、涙を浮かべている。
そしてそれは町人だけではなく、役人達も同じで。
そこにいる役人達は、感情を押し殺そうとした強張った顔で少女を見つめていた。
彼らもまた、少女の優しさに癒された者たちなのだ。
「やれ!!」
領主の無情な声が響き、誰もが悲壮感をあらわに唇を噛みしめた。
けれど、少女はそれにも物怖じせず、ただジッと、目をつぶって座っているのみ。
「・・・・ごめんな?」
「こちらこそ、申し訳ありません、お役人さま。このようなお仕事を、させるようなことになってしまって」
「お祐さん・・・っ」
謝った役人とは別の者が、苦しそうに少女の名を呟く。
少女はそのものにも顔を向け、微笑んだ。
少女がいつも浮かべる、穏やかな笑みを。
場違いに。
「それと、もう、お弁当をお作りすることが出来なくなったことを、お許しください」
「そんなことっ」
「話すのはそれくらいにしろ。・・・お祐ちゃんのために、一気にやってあげよう。それが、俺たちにできることだ」
「ありがとうございます」
役人達の中で長的存在にあたると思われる男性の言葉に、役人達はやはり苦しそうに。
反対に、少女は変わらず穏やかな顔で。
掘られた穴。
そこに向けて、少女は首を出す。
その斜め後ろに、役人が刀を持って立った。
「・・・すまないっ!」
「良いのです」
目をつぶり、役人も刀を振り上げようとした。
そこに。
「お祐!!お祐!!!」
少女の聞きなれた、けれど今にも壊れそうなその声に、少女は差し出していた首を戻し、そちらに向けた。
いたのは、少女が思ったとおりの、愛しい人の、涙を流して柵ごしにこちらを見る姿。
少女の位置からでも、領主の娘が肩で息をしているのがわかる。
きっと、家から少し遠い位置にあるここまで休むことなく駆けてきたのだろう。
「っお祥!!何をしている!!家にいろと言っておいただろう!!!」
怒鳴る領主など眼中にないかのように、領主の娘は愛しい町娘を見つめ、叫んでいた。
「お祐!あなたが死ぬというのなら、私も命を絶つわ!!」
「お祥さん・・・・」
嬉しそうに、少女は微笑んだ。
この、今にも命が絶たれようとしているにも関わらず微笑むその姿に、領主の娘が目を見開く。
その間に、少女は首をもとに位置に戻した。
「お祥さんに、伝えてください」
「・・・ああ、なんて伝えれば良いっ?」
「もし、生まれ変われるとするならば、次こそは、永久の幸せを手に入れましょう、と」
「わかった。・・・良いんだな?」
「はい」
「っお祐!止めて!お祐を私から奪わないで!!―――っお祐ーーーーーーーー!!!」
2日後、水死体があがった。
それは、少女と同じ白装束を着た、眉目秀麗な少女の遺体。
そして何故か、少女の小指には、鮮やかな赤い結い紐が結んであった。
流れの激しいその川に、流されることなく。
その少女の遺体は、2日前に処刑された少女と一緒に、秘密裏に埋葬された。
満開の桜の木下に。
一人娘が死んだことに嘆く領主に、町人たちは噂した。
きっとどこかで、彼女達は手を取り合い、微笑みあっているに違いない、と。
リリアン女学院。
古くからある、幼稚舎から大学までのエスカレーター式のカトリック系の女学校。
そこに、最近、一人の少女が編入してきた。
子狸を思わせるような可愛らしい顔立ちに、傍にいれば心が落ち着きそうな穏やかな雰囲気。
その少女の名前は、福沢祐巳といった。
「祐巳さん、勉強でわからないところとかはない?」
「平気だよ。ありがとう、桂さん」
「祐巳さん、一緒にお弁当食べましょう」
「うん、今行くね」
「祐巳さん、部活まだ決めてないでしょう?私の入っている部活を見学してみない?」
「それじゃあ、行ってみようかな?」
編入生だから。
というわけではなく、祐巳はみんなから好かれていた。
それは、彼女のいる空間がとても心地のいいものだから。
そう感じたのは、クラスメイトだけではなく教師や上級生達も同じだった。
どこかの部活に見学に行けば、次の日から連れてきた者が部長に、もう彼女は来ないの?とせっつかれ。
彼女と話しをした者は、また彼女と話ができないかとクラスに押しかけ。
本当に引っ張りだこ。
それでも、それに対して祐巳は文句一つこぼさず、嬉しそうに笑顔で対応をしていた。
「福沢祐巳か〜。ちょっと会ってみたいかも」
ここは薔薇の館。
今日は仕事はなく、ただのお茶会。
そこで持ち上がった話題が、噂になっている祐巳のことだった。
「そうね。確かに、興味はあるわ」
聖の言葉に、江利子が優雅に紅茶を飲みながら同意している。
令が紅茶を一口のみ、従妹であり妹(プティ・スール)でもある由乃へと顔を向けた。
「由乃、見たことないの?」
「チラッとでしたら見たことはあります。ですが、パッと見、普通の子だったように感じますが」
「え?そうなの?ですが、ずいぶん噂になってますよね?」
驚いたような顔を由乃へと向け、後半を自分の姉(グラン・スール)へと向ける。
「ええ。クラスメイトにも言われたわ。是非、会話をしてみて、と」
「それは、会話をしないと、彼女の良さがわからない、ってこと?」
「そうなのかもしれないわね。確か、祐巳さんは1年生よね?」
「あら、紅薔薇さま?もしかして、祥子の妹(プティ・スール)にでも、なんてこと考えているのかしら?」
江利子の意地悪そうな笑顔での問いに、蓉子は肩をすくめる。
「そんなに良い子なら、あの気難しい祥子の妹(プティ・スール)も難なく出来るかも、と思っただけよ」
「なに言ってんの。姉妹(スール)なんていうのは他人同士なんだから、難があって当たり前でしょ?」
「まあ、聖の言うとおりね」
「たまには言うこというわね」
「たまには、が余計」
ムッとしたような顔で、聖は志摩子が入れてくれたコーヒーを飲む。
そんな中、志摩子がスッと手をあげた。
「祥子様は、お帰りになったのですか?」
「いいえ。なんだか夢見が悪くて体調が芳しくないとかで、あなたたちが来る前、気分転換に散歩させているのよ」
「よく素直に行きましたね」
「あら、令。お姉様からの命令よ?それに、初めは抵抗したとしても、結局蓉子に言いくるめられて渋々行ったに決まっているじゃない」
「・・・・なんだか、私悪い人みたいじゃない」
蓉子のジトッとした視線を江利子はさらりと受け流し、紅茶を飲んだ。
その少し前、祥子は歩いていた。
言いつけどおり、生真面目に。
「ふぅ・・・。お姉さまも、強引なのだから」
ため息をついて、ふと春には満開になる桜並木道に、誰かがいることに気づく。
いつもならば気にしない。
気にしないはずなのに。
何故かこのときは、その人物が気になって仕方がなかった。
近づいていくと、それは1年生と思しき顔立ちの少女で。
青々と茂った桜の気を、愛しげに見上げていた。
「あなた」
声をかけたの理由は、祥子自身にもわからない。
ゆっくりと、体全体で振り返る少女。
その少女と目があった時、祥子は今朝見た夢を思い出した。
なぜならば、その夢に出てきた町娘と、目の前にいる少女が瓜二つだったから。
「あなた・・・お祐・・・っ」
「はい」
返ってきた、満面の笑み。
夢の中、”祥”という名の”自分に”向けられていたものと、同じもの。
「ですが、それはあくまで私の前世に過ぎません」
「ぜん、せ?」
「はい。あなたは覚えいる、というよりも、前世の記憶を見た、といったところですか?」
それは、”祥”がかつての自分ということ。
そして、目の前はかつて自分が本気で愛した少女だと。
「あなたは、覚えているというの?前世、というものを」
「はい。思い出したのは、小学校を卒業する少し前でしょうか」
そう言って、彼女は再び桜の木を見上げた。
「ここに、私たちは埋葬されたんです。お役人さんたちのご好意で」
「この木の下に?」
「はい。そして、時はたち、私たちが忘れさられたころにこの学院が建ち、桜並木の一本となった」
祥子、つられるようにその気を見上げた。
その木は、桜なんて大嫌いな祥子が唯一、何故か目がいってしまう桜の木。
「だから、なのね・・・」
「何がですか?」
幼い、きょとん、とした顔。
祥子は自然と、微笑んでいた。
「この木だけは、嫌いにはなれなかったのよ。桜なんて、大嫌いなのに」
「ふふ、良かった。この木も嫌いだとしたら、どうしようかと思いました」
「え?」
「たまにあなたを見かけたとき、まるで宿敵を睨むかのように桜の木を睨んでいたので、嫌いなのだろうとは思っていたんです。でも、良かった」
咲きほこる花のような、可憐な笑み。
祥子は笑みを深め、自分よりも少しだけ小さな少女を見下ろした。
少女も、微笑みながら祥子を見上げる。
「あなたの、今のお名前を聞いてもいいかしら?」
「祐巳。福沢祐巳です」
「私は、祥子よ。小笠原祥子」
今さら、のように感じる自己紹介。
2人は同時に吹き出した。
「祥子さま」
「なにかしら?」
「私は”お祐”ではありませんが、あなたと共にいたいと思っています。この気持ちが前世から来るものなのかそうではないのか、それを見極めることができるまで、あなたのお傍にいても良いですか?」
微笑み、問う祐巳に、祥子は髪を後ろに払い、
「そうね。それなら、私の妹(プティ・スール)として、私の傍にいなさい」
自らの首に下げていたロザリオを、祐巳にかけた。
「よろしいのですか?」
「あら、私が言っているのよ?なにか問題があって?」
断られるとでも思っていたのか、祐巳は驚きに目を見開いて。
祥子はそんな祐巳の、お団子にまとめられている髪を素早くといた。
まるで、慣れた動作のごとく。
「あ・・・・」
「綺麗よ、祐巳」
「・・・・・」
恥ずかしそうに頬を染めながら、それでも微笑み返してくれる祐巳。
祥子は抱きしめたい衝動に駆られたが、もう少し今のお互いを知ってからでも遅くはない、とそれを抑える。
「それでは、行きましょう。祐巳。お姉さま方に、あなたを紹介しなくては」
「はい。祥子さま」
「違うわよ、祐巳。”お姉さま”よ」
「あ、そうでした」
ちろ、と舌を出す祐巳が可愛らしくて、どくりと祥子の鼓動が波打った。
それが、かつての自分のものなのか、今の自分のものなのか、祥子自身もわからない。
だから、祐巳が言ったように、それを傍にいて判断しようと、そう思った。
もちろん、それがわかったからといって、祐巳を手放すつもりなど祥子にはなかったが。
「それでは、行くわよ、祐巳」
「はい、お姉さま」
差し出された手に、祐巳は嬉しそうに手をかさね。
2人は、微笑みあいながら薔薇の館へと向かった。
急な妹(プティ・スール)の登場に、驚く蓉子たち。
そんな彼女達に、祥子は問いかけた。
「お姉さま方は、前世を信じますか?」
はたから見れば、少し頭ヤバイ?と思ってしまうような質問を。
あとがき。
なんとなく、思いついた話し。
2人が、前世で・・・。というもの。
といっても、思いついたのは前世の部分だけなので、後半はしっちゃかめっちゃか。
意味わかんないことになりましたが、そこは”まあ、トリさんだしな”と納得してくだされば幸いです(できるか
ブラウザバックでお戻りください。
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