【知らないのは本人だけ】
































 凄い絵だな、祐巳はそう思う。


 祥子は天和を自分の妹(プティ・スール)だと主張し。

 そんな祥子に、驚く者たち。

 そんな祥子を、楽しそうに見つめる者たち。


 そして、さっきから微量の殺気を祐巳に向ける天和。


「えっと、蓉子さま、これは一体何がどうなってこうなったんですか?」


 気をとりなおし、祐巳は笑っている蓉子に問いかけた。


 すると、祥子はそこでようやく祐巳と志摩子もいることに気付いたようで、驚いたように2人を見た。

 特に祐巳を。


「なにがって、見たまんま」


 笑う聖に、はぁ、とマヌケな対応。

 わかんねぇよ、なんて微塵も思っていません。


「というか、見てもわからないのでそう問いかけたのですが」


 思わずボソッと呟いてから、祐巳はため息をつきながら飲み物を用意するために流しへ。

 その隣に並ぶ志摩子。


「祐巳さん・・・・」


 志摩子は感じ取っていた。

 天和が発する、とても不気味な雰囲気を。

 そしてそれを向ける相手が、祐巳であるということに。


「大丈夫だから」


 震える志摩子の手をとり、祐巳は見えないように聞こえないように、手の甲に優しく口付けた。

















「天和ちゃん、だっけ?」

「そうですぅ」

「えっと、初めて見る子だけど、転校生?」


 聖は、甘えたようなぶりっ子な天和の口調に、若干引きながらそう問いかける。

 リリアンに、この手の子はいないから。


「はいぃ、このあいだぁ、転校してきましたぁ」


 隣に座る祥子の眉が、ピクリと。


 天和は知らない。

 祥子が生粋のお嬢様であることを。

 ゆえに、そんな口調で話しをする者を見たのは初めてあるし、色々な作法を習わされた祥子にしてみたら、その口調は許せないものであるということを。


「そんな子と、祥子が姉妹(スール)、ね〜」

「時間ではないと思いますが?」


 許せないが、自分で主張した手前それを覆すわけにはゆかない。

 祥子は苛立ちを隠しきれない様子で、それでもそう問う。


「ええ、そうね。それは私も同感だわ。けれど、あなた達の間に絆が見えないのは気のせいかしら?」

「そんなことないですよぉ。ねぇ、祥子さまぁ」


 天和は祥子の腕を抱きしめ、甘えたように顔を覗き込む。

 ぴきりと、祥子の額に青筋が。


「・・・・無理じゃない?あれ」


 祥子の隣には天和が座っているため、今祐巳は聖の隣に座っている。

 聖は、囁くようにして祐巳に問いかけた。


「というか、口調、移りそうです・・・」

「ぷっ。それはそれで、見てみたいかも」


 返ってきた内容に聖は吹きだし、笑いながら祐巳を見る。

 それに気付き、祐巳と聖を見る蓉子たち。


「どうしたの?聖」

「だって、祐巳ちゃん、天和ちゃんの口調移りそう、とか言うんだもん」


 想像したのかさらに笑い、机に額をつけて肩を震わせている。


「ぷっ。やっぱり、祐巳ちゃんて良いわ。こんな状況でそれが言えちゃうんだもの」


 江利子も想像したようで、お腹に手をあてて笑い出す。

 蓉子も令も由乃も、顔をそむけて口に手をあて、笑っている。


「・・・・そんなに笑いますか」

「ごめんごめん」


 頬をふくらませる祐巳の頭を、聖が笑ったまま撫でる。

 謝っているように感じなかった。


「・・・・まったく。祐巳さん、もう少し空気を読んでくれないかしら?」


 心もち穏やかになったらしい祥子は、そう言って咎める。

 けれど、その顔には笑みが浮かんでいて、本当に怒っているわけではないようだ。


 忘れさられている志摩子は、密かにそんな祐巳を想像して頬を赤らめていたりする。


「すみません。・・・・・聖さまが笑うからっ」


 謝りつつ、ムッとしたように涙を拭う聖のわき腹をつく。


「ごめんてば。けど、あれに笑わない人はいないよ」

「・・・・なんだか、久しぶりに来たのに、対応酷くないですか?」

「あら、これが私たちの愛情表現よ?」


 江利子に満面の笑みで言われ、祐巳は返す言葉が見つからない。

 というか、何を言っても無駄だとわかっているからかもしれない。


「祐巳さんてぇ、面白いねぇ」


 そう言って笑う天和の目は、まったく笑っていなかった。

 またしても向けられる微量の殺気。


 それに気付いているが、祐巳は気にせずに困ったように笑うだけ。


「それでぇ、どうするんですかぁ?祥子さまぁ」


 和やかだった空間が、ぴきりと固まる。

 祥子の放つ苛立ちで。


「それともぉ、お姉さまって呼んだ方がいいですかぁ?お姉さまぁ」

「・・・・・・そうね。今ここで、お姉さま方の前でロザリオを伝授しても良いかもしれないわね」


 にこりと微笑む祥子。

 けれどそれは、妹(プティ・スール)に向けるような笑みではなく、完全に興味のない一般生徒に向ける祥子の紅薔薇様としての笑顔だった。


「本当ですかぁ?天和嬉しいぃ!」

「それは、とりあえず待ってもらえますか?」


 蓉子がさすがにそれはまずい、と思ったのか口を開く。

 が、それよりも早く、祐巳が待ったをかけた。


「祐巳さん、何かご不満かしら?」

「不満、というよりは、不安ですね」

「不安?」


 眉をよせる祥子。


 天和には仮面をかぶるのに、祐巳には素の表情を向ける。

 器用である。


「天和さんは、つい最近転校してきたばかりです。姉妹(スール)制度の意味さえわからないかもしれません。ですから、もう少しお互いのことを知ってから姉妹(スール)になっても、遅くはないのではありませんか?」


 天和のような危険な人物と、護衛対象である祥子を必要以上に近づけるわけにはいかないのだ。

 それでも天和を連れてきたのは、それが違和感ない行動だから。

 忍はあくまで裏の者であるため、余計な行動をして不審がられるわけにはいかない。

 特に、危険人物には。


「けどぉ、天和は祥子さまをお姉さまって呼びたいしぃ」

「天和もこう言っているわ。お互いに了承しているのに、水を差さないでちょうだい」


 天和からは、邪魔だな、こいつ。的な視線をもらい。

 祥子からは、嫌だけど我慢して姉妹(スール)になるわ、的な視線をもらってしまう。

 本人達は気づいていないだろうが、祐巳にはわかった。


 困ったな、といった顔を浮かべ、祐巳は助けを求めるように志摩子を見た。

 今ここで変に自分を出してしまえば、天和に怪しまれるから。


 志摩子はそれを感じ取り、微笑む。

 祐巳に頼りにされたことが、何よりも嬉しくて。


「お忘れかもしれませんが、祥子さま」

「なによ」

「天和さんと姉妹(スール)になったとしても、祥子さまがシンデレラを降りることはできませんよ?」

「まあそうね」

「なっ!?話が違いますわ!!」


 江利子が同意したため、祥子は机を叩いて立ち上がった。

 蓉子はそれにため息。


「祥子、私は妹(プティ・スール)のいない者に発言権はないと言ったわ。けれど、妹(プティ・スール)がいるからあなたの要望を全て受け入れる、という意味で言ったわけじゃないの」

「騙したんですのね!!?」

「騙したわけではないわ。あなたが曲解しただけでしょう?」


 唇を噛みしめる祥子に祐巳は近づいていき、その手をとった。


「祥子さま」

「祐巳さん・・・・」

「落ち着いてください。ね?」


 祐巳が微笑みながらそう言うと、少しして祥子は深呼吸をしはじめた。

 それから、天和に向かって。


「ごめんなさい。私は、あなたを利用しようとしてしまったわ」


 頭を下げたのである。


 それには、全員が驚いた。

 驚いていないのは、天和くらいであろう。


「・・・・良いですよぉ。天和もぉ、やりたいことありますからぁ」


 あっさりと、引き下がる天和。

 なぜなら、まず祥子たちを手に入れるよりも先に、祐巳を消す必要があると判断したからだ。


 祐巳はその思考を瞬時に察知する。

 だが、それを表に出してあらわすことはしない。


「けどぉ、天和は諦めませんからぁ」


 ニコ、と笑い祥子の顔を覗き込む天和。

 祥子はそれにゾクリと背筋を凍らせた。


 それは、あまりにも苛立った天和のそれが表に出たがために、祥子でさえも感じることができた天和の狂気であった。


 天和は祥子がそんなことを感じているとは気付かず、にこぉ、と笑う。































「・・・・・感じた?」


 3人残った薔薇の館。

 沈黙していたその部屋で、ようやく聖が口を開いた。


 蓉子も江利子も、いちように頷く。


「初めは、ただ変わった口調の子だとばかり思っていたけど・・・・」

「最後の、何よ、あの目・・・っ」


 蓉子も江利子も、体を震わせ、そんな自分の体を抱きしめていた。


 聖は何かを思い出し、ぶるり、と体を震わせる。


「頭を下げた祥子をみたあの子の目は、物を見る眼だった・・・・」


 重苦しい沈黙。


「・・・・・祐巳ちゃんに、感謝、しないといけないわね」

「祐巳ちゃんがいてくれて、本当に良かったよ。じゃなかったら、今頃祥子の妹(プティ・スール)になってた・・・・」

「祐巳ちゃんは、気づいてなかったみたいだけれどね」


 蓉子、聖、江利子は互いに顔を見合わせ、顔を引きつらせて笑いあった。

 それは、天和という未知の存在に恐怖し。

 それは、祐巳という温かな存在に感謝したからだった。




 その頃、違う場所では。


「志摩子さん、怖くなかった?」

「祐巳さんがいてくれたから平気、と言いたいけれど・・・・」

「ごめんね?でも、絶対に護るから」

「ええ、信じているわ」


 互いに微笑みあう恋人同士が。




 そして、一方では。


「キヒッ。どうやって殺そうかなぁ」

「今日はぁ、散々邪魔してくれたしぃ、いたぁくしちゃおうっとぉ」

「でもぉ、あんなブスの叫ぶ声なんて聞きたくないしなぁ」


 愚かな殺人者が、何も知らず、笑っていた。


 気づかれていないと思っているのは、快楽殺人者だけ。






















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